葛城と猪俣
「……」
銅像のように全く動かないスクールカースト制度の実行委員長の榊原先輩。
「……ったく。……今から彼女と出かけるんだよ。……早く来いよ」
都のお偉いさんがのんびりとしているせいか、次第にイライラし始めた3年の荒俣先輩。そしてさり気なくリア充アピールをする。こういう、彼女いますよ宣言は、世界一どうでもいい宣告だろう。
「榊原先輩。俺、トイレに行っても良いですか?」
「……なるべく早く」
俺は、緊張でトイレに行きたくなってきた。榊原先輩にトイレに行くとだけ言っておいて、俺は会議室の近くにあったトイレで用を済ませた。緊張すると、どうしてトイレが近くなるのか。そんな疑問を思いながら、トイレを出ると。
「私の予想、当たったでしょ?」
「お前は、俺のストーカーか?」
男子トイレを出た所に、廊下の壁に寄りかかって俺に話しかけてくる葛城がいた。どうして俺がトイレに行った事を知っているのだろうか。
「松原君。これは、スクールカースト制度を廃止に追い込む、機転だと思うの」
俺のツッコミはスルーされて、葛城は続けて話を続けた。
「4軍の松原君なら、1軍、2軍、3軍の本当の姿を知っている。この過酷な現状を赤裸々に語ることが出来る。榊原先輩、それともう一人の先輩に負けないよう、しっかりと都のお偉いさんに、この制度がどれだけ愚かな事を訴えてほしいの。出来る?」
俺だって、このいかれたスクールカースト制度には大反対の人だ。そんな事、葛城に言われなくても分かっていた事だ。
「葛城に言われなくても分かってる。ありのままの事を言って、大袈裟に、4軍は哀れだとか言わないようにする。そういう事だろ?」
「そう思っていてくれていたなら、私も安心。応援してるわ」
そう言って、葛城は微笑んだ。葛城は、俺にかなり信頼して、これからの出来事に期待している。どこまでできるか分からないが、多くの生徒が望むような結果につながればいいなと思っていると。
「気色悪い光景ね。元陰キャが青春している光景は、見ているだけで吐きそうになるわ」
葛城の背後からそう話しかけていたのは、俺らのクラスの女王、スクールカースト制度でも上位、1軍の座に就く猪俣だった。
なぜ猪俣がここにいるのか。俺の呼び出しの放送の時には、猪俣は日下部たちと教室を出て行ったのを見たんだが。
「……猪俣……さん」
猪俣の声を聞いた葛城は、肩をビクッとさせ、そしてゆっくりと背後にいる猪俣の方を見た。かなり猪俣に怯えているように見えるのは、俺だけだろうか。
「初めまして。と言うべきかしら?」
「そ、そうね……。あ、改めて……自己紹介……しないと……。わ、私は、1軍の葛城――」
「ダサい三つ編み、赤いメガネ。あのクソダサい格好はやめたの? 髪をストレートにして、メガネを外せば、男子からモテるって、ようやく思いついたの?」
猪俣にそう言われると、葛城はこの場に座り込んでしまい、過呼吸の状態になっていた。
葛城の周りだけ、空気が無くなったように、凄く苦しそうに呼吸をしている。これって相当ヤバい状態じゃないのか!?
「やっぱりこいつ、昔の事は話していないのね。松原は全校生徒に黒歴史を放送で話したのに。松原より最低ね」
「あれは菜摘が勝手に話したんだよ」
きっとヒビト君の事を言っているのだろう。俺の黒歴史は猪俣たちには絶対知られたくなかったんだ。本当に菜摘を恨む。
「それはそうと、前回のプールの時と言い……。猪俣、お前は葛城とどういう関係だ?」
「あんたと松宮の関係で例えるなら、私とこいつは、小1から中1までの幼なじみ。と言えばいいかしら?」
これは意外な事実だ。葛城や猪俣は、今までそんな素振り、知り合いのように話し合っている姿を全く見せなかったから、俺も猪俣がそう言うまで、全く分からなかった。
「……猪俣さんが、他校に引っ越すまで、私は猪俣さんのおもちゃにされていた」
多少咳き込む中、何とか正気を取り戻した葛城は、ダウン寸前のボクサーのように立ち上がり、猪俣をキッと睨みながら、俺にそう言った。
「……も、もう昔の私じゃないの。……今では私の方がスクールカースト制度では、猪俣さんより上なの」
やはりまだ猪俣が怖いのか。口調では強がっている葛城だが、足はがくがく震わせていた。
「そうね。凄く腹立つわ」
猪俣が葛城に睨み返すと、葛城は再び過呼吸になりかけたが、何とか堪え、俺の顔をチラッと見ると、いつもの凛とした態度を繕っていた。
「猪俣さん。下剋上勝負したいなら、いつでもかかってきなさい。私は容赦なく、あなたを叩きのめす」
「松原から聞いてない? 私はそのような幼稚な遊びは興味ないから」
前から思うが、そう思っているなら、どうして葛城にそのような事を言うのか。そう疑問に思っていると。
「もう少しで2学期。夏休みが明けて2学期になったら、み~んな地獄を見る」
「その話はどこから?」
「風の噂で聞いただけ」
葛城も気づいていると思うが、どうも猪俣は誰から聞いたかは教えたくないらしい。猪俣の友好関係がバレるのが嫌なのだろう。
「葛城。私は凄く2学期が楽しみなの。あいつにトップの座を引きずり落とされて、絶望し切った葛城の顔を見るのがね~。本当に、楽しみで楽しみでしょうがないのよっ!」
猪俣がそう話した時の顔は、本物の悪魔のような、凄く悪い顔をして高笑いをしていた。
「絶望なんてしないわ。貴方にどれだけ絶望させられたか。あれを越えるような絶望なんて、この世に存在しないと思っているから」
葛城は、猪俣にどんな事をされたのか。すごく気になる所だが、俺は空気を読んで、葛城の行動を見守った。
「成績、社交性、運動神経も、猪俣さんに劣らない、猪俣さんを越えるような人になったの。それが、今のスクールカースト制度に現れている。私に負けるのが悔しいからって、僻んで来るのは、小学生の頃より惨めよ」
最後に葛城は、猪俣にあっかんべーをしていた。猪俣がキレると思い、俺は警戒していたが、猪俣は葛城に関わる事を止めて、何も言わずに猪俣が来た道を引き返していた。
「な、何とか、乗り切りれ……た……」
猪俣がいなくなったので、緊張が解けたのか、すぐにその場に座り込んで、激しく息切れをしていた。
「……頑張ったな――」
「……もう少しでちびっちゃうところだった」
せっかく労いの言葉をかけようとしたのに、今の言葉で台無しだった。女子がちびるとか言うな。
「まさか、お前がいじめられっ子だったとはな。だから、スクールカースト制度を無くしたいって言っていたのか」
「……他にも理由はあるけど、大まかな理由はそう」
葛城はいじめられる気持ちが分かる。自分のようないじめられっ子をこれ以上出さないように、自分がトップになり、底辺にいる生徒を救おうとしたのだろう。
「そうなると、尚更協力しないとね~」
「……ああっ!!」
いつの間にか現れた菜摘を見て、俺は大切な事を思い出した。
「菜摘……? 質問会はどうなった?」
俺は都のお偉いさんの質問会をすっぽかしてしまった。確実に、俺は榊原先輩にペナルティを課せられるだろう。
「たった今終わったよ? けど大丈夫。私がヒロ君になり切って、程よく答えておいたから~」
不安しか残らないので、俺は生徒会室に向けて走り、榊原先輩に謝りに行った。




