実行委員長の招集
お盆期間が終わり、徐々に大人は普段の生活に戻り始めるこの時期。俺体の学校は、お盆明け早々、全学年の登校日だ。
暑い通学路、ぎゅうぎゅうになっている満員電車。それらを乗り越えないといけないので、学校に行くのが億劫だと思っている昨夜、突然葛城から連絡があり、朝早く学校に来て欲しいと言われた。
「ちゃんと来てくれて、とっても嬉しいわ」
「……誰かさんのせいでな。……早く起きる事に、抵抗が無くなりつつあるんだよ」
指定された視聴覚室に行くと、葛城は、俺と最初に出会った時みたいに、窓辺に寄りかかって俺を待っていた。早朝と言っても、まだ暑い。部屋を閉め切って、汗をかきながら、俺をずっと待っていたようだ。
「あら? いつもは一緒にいるはずの松宮さんは?」
「玄関に着いたら、急に消えた」
ちなみに俺と一緒に来た菜摘は、靴を履き替えた瞬間、急に姿を消した。きっと飲み物を買いに行ったのだろうと思い、そのまま視聴覚室に来た。
「それで、何の用だ?」
葛城がこんな朝早く呼び出すとは、何か重大な事を言うのだろう。また、誰かが変な事を考えているのか、それともコミケの時に話した、スクールカースト制度に一波乱が起きる理由が分かったのか。
「今日は全校生徒の登校日。夏休みに全校生徒が揃う日。その日を利用して、都のお偉いさんが、この学校を視察しにくるらしいの」
「……もしかすると、スクールカースト制度について、見にくるのか?」
「そう考えた方がいいかもしれない」
都内には、多くの高校がたくさんある。たくさんある中、何か特別な学校、進学校でもない、普通の高校を視察に来るなんておかしい話だ。視察に来る理由として有力なのは、このいかれたスクールカースト制度だろう。
「あの人の事だから、何か突拍子な事を言ってくる可能性はある。トップの人に何か言ってくるか、それとも最底辺の人に何か言ってくる可能性がある。今日一日は、警戒していた方がいいわ」
生徒の意見を聞きたいとか、都のお偉いさんがそう言い出して、生徒会長を通じて、俺を呼び出す可能性があると言う事だろう。頭の片隅に入れておくか。
「話はこれで終わり」
「用が済んだなら、どうして俺の手を掴もうとしてくる?」
話が終わったと言っているのに、葛城は、ゆっくりと俺の前に近づいていた。そしてこの企んだ顔。また俺を動揺させるようなことをしようとしているに違いない。
「今日も暑いわね」
「暑いな」
「うちの学校、白いカッターシャツだから、色の濃い下着だと透けるの。そして今日は、ピンクだから透けちゃうわね?」
うちの学校の女子の制服は、白いカッターシャツにリボン。冬服の上着を外したような姿になる。男子も同じく、白のカッターシャツにネクタイ。男女とも、似たような格好になる。ただ、ズボンかスカートの違いぐらいだ。
「汗で透けたブラジャー、松原君はずっと見ていたでしょ? いつも私の手助けしてくれるから、お礼に触らせてあげようと思って」
いつの間にか俺の手を掴んでいた葛城は、そーっと自分の胸に触らせようとしていたので、俺は葛城の手を振り払った。
「遠慮しないで。私は、別に松原君なら触られても――」
「そ、そう言えばー、村田とキャッチボールする約束をしているんだったー。村田を待たせるのも悪いからな、」
そんな約束はしていないが、俺は葛城から逃げ出すために、そんな嘘をついて、葛城を置いて逃げ出した。
『1年2組の松原君。至急、生徒会室に来てください』
普通に補習をし、廊下には大人の団体が歩くような姿は見られず、そして何事も無く、今日の登校日が終わり、すぐに家に帰ろうとした時、俺の名前を呼ばれた。葛城の予想通り、話を聞く生徒は、俺に白羽の矢が立ったようだ。
「ヒロ。また何かしたの?」
「……悪い事したなら、すぐに謝りに行くのが吉だよ」
校内放送で呼ばれたので、楠木と木村は俺が何か問題を起こしたと思ったようだ。
「何もしていないからな。……ったく、せっかく早く帰ってアニメ見ようと思っていたのにな」
足取りが重いが、仕方なく生徒会室に向かう事にした。
「ヒロ君。今日は、吉尾屋で、ヒロ君が好きな牛丼食べて帰ろうよ~」
そしていつの間にか、菜摘が俺の横に現れ、昼食の事を言っていた。
「さっきの放送、聞いていなかったのか? 生徒会に呼ばれたから、今から生徒会室に行くんだよ」
「つまり、遊んでから帰るって事だね~。お供しま~す」
菜摘にとって、生徒会室はもうゲームセンターみたいな場所になっているようだ。そして菜摘と共に生徒会室に向かい、ノックしてから入った。
「……待ってた」
生徒会室には、ふざけた制度、スクールカースト制度の実行委員長、2年生の榊原先輩が生徒会室で俺を待っていた。
「……貴方は呼んでいない」
「ヒロ君の傍に私あり、って言葉を覚えて欲しいな~」
この様子だと、菜摘は空気を読んで、俺から離れる事は無さそうだ。菜摘がいるなら、緊張して榊原先輩と話す事は無いだろう。
「……4軍の松原正義。……今から、私と一緒に来てほしい」
「どこに行くんですか?」
「……会議室。……大人に色々と質問されるから、それに答えてほしい」
つまらなさそうに、俺ではなく、俺の背後の景色を見つめているような感じで、不思議なオーラを放っているように見えるが。
「……緊張しているんすか?」
「し、してない……!」
口では強がっているが、榊原先輩は微かに体を震わせていた。
4軍から、生徒会長のコネで1軍になった人だ。元々、表で活躍する人ではないようなので、大勢の前で話すのは苦手なのだろう。
「緊張した時には、手の平に人と言う字を書いて、それを飲み込めばいいんじゃなかったかな~?」
「……やってみる」
菜摘の助言を信じて、榊原先輩は小さな手の平に人と言う字を書いて、それを飲み込んでいた。
「……これで無敵」
まじないのようなものだが、さっきまでの青ざめた顔から、普通の顔色に戻り、本人の緊張がほぐれたと思い込んでいるなら、それでいいだろう。
「失礼します」
どうやら、俺以外にも誰かが呼ばれていたらしい。ようやく落ち着いた榊原先輩の様子を見ていると、身長の高い、どこか若手の俳優にいそうな男子生徒が生徒会室に入ってきた。
「……3年3組。……1軍の荒俣紘一」
「俺、何か悪い事でもしましたか?」
生徒会に呼ばれると、皆悪い事をしたと思い込んでしまうのか。
そして荒俣先輩は、榊原先輩に今回の事情を聴くと、荒俣先輩は快く今回の事を引き受けていた。
「よっ、一年。この機会に仲良くしようぜ」
「……は、はい」
そう言えば、俺は3年生の人と話すのは初めてな気がする。俺も榊原先輩のように、3年生と話すとなると緊張してしまった。なぜ3年の人、しかも特に生徒会やスクールカースト制度の実行委員でもない人が、ここに呼ばれたのか、理解が出来なかった。
俺と荒俣先輩が揃ったところで、俺たちは榊原先輩の後について行き、まだ誰もいない会議室の中に連れられた。まだ違う場所で話をしているのか。時間になったら、ぞろぞろと見学気分で都のお偉いさんがやって来るだろう。それまで、俺たちは会議室の椅子に座り、待機することになった。
「……ふわぁ~」
3年の荒俣先輩は、眠そうに欠伸をして、そして足を会議室の机の上に乗せていた。
「……」
榊原先輩は緊張のあまりか、銅像のように固まっていた。
「ヒロ君。お腹が空いているころだから、私のパンを分けてあげるね~」
そして関係のないはずの菜摘は、平然と俺の椅子の後ろに体育座りで座り、俺にジャムパンを差し出してきた。
榊原先輩は、緊張し過ぎて、菜摘が普通にいる事に気が付いていないようで、荒俣先輩は菜摘も参加者かと思って、特に菜摘を追い返すようなことをしていない。
この全く関わった事無い面子で、俺は都のお偉いさんたちの質問ラッシュに立ち向かえることが出来るのか。俺も緊張のあまりに、胃が痛くなってきた。




