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プールの魔法

 

「おはようございます~。ヒロ君~」

「……そんな早く起きれるなら、近所の公園でラジオ体操してこい」


 今日は朝の4時に菜摘は起こしに来た。まだ薄暗いが、菜摘の目はぱっちりと覚めていて、寝ている俺の腹の上に座り、小さく鼻歌を歌いながら、上機嫌で体を微かに揺らしていた。


「ラジオ体操は好きじゃないんだよね~。英語の授業を受けている時みたいに、眠くなるぐらい面白くなくて~」


 菜摘にとっては、ラジオ体操と英語の授業は、同じぐらいつまらないようだ。この話を英語の長尾先生に聞かせたら、更に落ち込むだろう。


「ヒロ君。昨日は、ありがとう」

「……クレープの事か?」

「そうそう~」


 翌日になって、菜摘は昨日奢ってもらったクレープの事でお礼を言った。いつもなら、こんな改まって言わないはずなのだが、今日は一体どう言う風の吹き回しだ。


「それでお返しとして、今日は私がヒロ君をプールにご招待しま~す」


 だから今日の菜摘は、こんなに上機嫌なわけだ。

 菜摘とプール。恐らく小学校、夏休みの間、学校のプールが解放されていて、菜摘と田辺で泳ぎに行った以来だろう。確か、小5の頃だったはず。


「お婆ちゃんがプールの招待券をくれたんだよね~。婦人会の旅行のビンゴ大会で当てたみたい」


 通りで、菜摘がありえない事をすると思ったら、そういう事だったのか。招待券をもらったなら。使わないと勿体無いし、もし菜摘のおばさんから招待券をもらわなかったら、きっとプールに行く事も無かっただろうし、菜摘にとっては棚から牡丹餅だろう。だから、嬉しそうにしている訳だ。


「どうするの? ヒロ君は、私の水着姿が見たいから、もちろん付き合ってくれるよね?」


 色々と色っぽくなった菜摘の水着姿には、実際には興味津々だ。だが、そんな事を堂々と俺の幼なじみに言えるはずがない。誤魔化して答えるか。


「……ひ、久しぶりに泳ぎたいからな。し、仕方なく付き合ってやる」

「照れなくていいんだよ? ヒロ君、私の体に興味津々だから――」


 変な勘繰りを入れられる前に、菜摘の頭を叩いて轟沈させた。

 そして俺は久しぶりのプールを思いっきり楽しむため、もう少し寝て英気を養うことにしよう。ぐっすりと眠るため、また菜摘に起こされないように、布団をかぶり携帯のアラームが鳴るまで寝る事にした。



 昼過ぎに、都内にある屋内プールにやって来た俺と菜摘。今日は35度を超える猛暑日。そして夏休みの時期もあるので、プールはたくさんのお客さんで賑わっていた。

 このプール施設に来るのは初めてなので、俺はプール施設の概要を見てから、水着に着替えるために、一度菜摘と別れて、更衣室で着替えようとしたら、菜摘が俺の後について、男子更衣室に入ろうとしていたので、俺は菜摘を女子更衣室の前まで移動させてから、ようやく水着に着替えた。

 泳ぐ前から、なぜこんなに疲れないといけないのか……。本当に菜摘のマイペースには手を焼く。前より、マイペースが悪化しているのは、気のせいだろうか。

 俺はまた菜摘がいない事を確認してから、水着に着替えた。男は服を脱いで、下に履くだけなので、すぐに着替えが終わる。

 すぐに着替え終わって、俺はプールサイドで菜摘が着替え終わるのを待つことにした。


 菜摘はかなりのマイペース。きっと1時間近くかけて着替えて、俺の所にやってきそうだ。気長に待つことに――


「お待たせ、ヒロ君」


 俺がこのプールサイドに出てきて、そんな時間が経っていない。だが菜摘は、すぐに着替えを済ませ、青と白のストライプ柄のビキニを着て、俺に立っていた。


「……す、凄く似合ってる」


 当たり前だが、小学校の頃より菜摘は色々と成長している。出る所は出て、くびれているところはくびれている。菜摘の下着姿は何も思わなくなっているが、菜摘の水着姿は、心の底から可愛いと思い、改めて菜摘が俺の幼なじみで良かったと思った瞬間だった。

 どうして水着を着た女子って、こんなに可愛く見えるのだろうか。見慣れた下着姿の菜摘とは違って、今回の水着は、本当に可愛いと思える。

 あの入学して間もない頃。赤いベレー帽と白いカーディガン、赤いスカートを穿いた、あの格好をした菜摘を見た時と、心の底から可愛いと思ったときめきと一緒だった。


 本当に、俺は菜摘の、この姿は似合っていると思っているのだろう。


「あ、ありがとう……。ヒロ君……」


 俺に似合っていると言われたのが照れてしまったのか、菜摘らしくない表情で、顔を赤くして下を向いてしまった。


「とりあえず、泳ぐか……」


 せっかくプールに来たんだ。このままプールに入らずに帰るわけにもいかないので、俺はプールの中に入ったが。


「……菜摘は入らないのか?」

「今はプールの水面を見ていたい気分なんだよね~」


 揺れるプールの水面なんか見て、何が楽しいのやら。しゃがんでプールの水面をじーっと見ている菜摘を、周りが不思議そうに見ていた。

 だが、こんなに人が多いと、誰か一人でもうちの学校の生徒がいそうだ。菜摘と一緒にプールに来ていると他の奴に知られたら、凄く厄介だ。特に猪俣や佐村、俺らのクラスのカースト制度の頂点に立つ物たちだ。あいつらに見つかったら、確実に冷やかされるだろう。


「……また、どこかに消えたか」


 先程まで水面を眺めて、俺の傍にいた菜摘は、いつも通りのマイペースで、姿をくらませていた。


「……お~い。菜摘~!」


 こんな混雑したプール施設に、菜摘を一人で歩かせているのは非常に危険だ。菜摘の事だから、いつの間にか外に出て、平気で水着姿で道を歩いていそうだ。

 結局、菜摘を探す運命は変わらないようで、俺は辺りを見渡しながら、菜摘の名前を呼んで捜索していると。


「……あっ」


 世間って狭い物だ。都内にたくさんあるプール施設、そして今日と言う何の変哲もない日に、猪俣とばったり出くわすとは。


「……ジロジロ見ないでくれる? キモい」


 俺と出会った猪俣は、すぐに機嫌悪くなり、舌打ちされた。

 猪俣は、性格、女王様のような性格では無ければ、普通にモテているだろう。黒色の水着の上にパーカーと着ているが、スタイルは楠木と負けないぐらい良かったので、つい水着姿の猪俣に見惚れてしまった。

 ここは何も見なかったことにして、俺は猪俣の前から消えた方がいいかもしれない。軽く会釈だけしておいて、菜摘の捜索を再開した方が良さそうだ。


「松原」

「な、何だよ……」


 俺はそっと猪俣の前から立ち去ろうとしたのに、猪俣は俺を呼び止めた。


「今って、あんた一人?」

「私もいるよ~」


 そしていつの間にかジュースを買っていて、ストローでジュースを飲んでいる菜摘が、俺の代わりに答えた。


「他は?」

「俺と菜摘だけだが」


 そう言うと、猪俣は腕を組んで、俺を見下すような冷たい目で話しかけてきた。


「松原。あんた最近、私より上の葛城と仲良いみたいだけど」

「仲は良くない。葛城とは、あの制度を廃止するために手を組んでいるだけだ」


 どうやら、猪俣は俺と葛城が関わっていることを知っているようだ。


「次、葛城と会ったら伝えてもらえる? あんたの天下はすぐに終わる。今のうち、精々威張っておきなさいって」

「どういう事だ?」

「それは夏休み明けたら分かる。もしかすると、私の1軍のと言う立場、そして他の連中のスクールカーストの順位も、危ぶまれる可能性があるから」


 猪俣はなぜ俺にそう忠告してきたのか。俺は理解できなかった。


「もしかして、下剋上を狙ってるのかな~?」


 菜摘はそう言う考えに行きついたのか、猪俣にそう尋ねると。


「残念ね、松宮。私はそんなの狙っていない。私はクラスでトップでいたいだけ。他のクラスの人、あんなアホらしい勝負とか興味ないから」


 それを言って、猪俣は俺たちに背中を向け、俺たちと別れ、違うプールで遊んでいた男女のグループに合流していた。佐村や日下部など、俺の顔見知りはいないようなので、俺の知らない奴と遊びに来ているようだ。


 猪俣は、なぜ俺にそんな忠告をしてきたのか。

 一体、猪俣は2学期から何が起こるのかを知っているんだ。

 俺たち4軍をゴミのように見下す猪俣が、俺に忠告をして来ると言う事は、何か裏で良からぬことが進んでいるようだ。尚更、学校に行きたくなくなってきた。


「ヒロ君。猪俣さんの水着、そんなに可愛かった?」


 にこやかな顔だが、俺に顔を向けずに話しかけているって事は、菜摘は俺が猪俣の水着に直視していたことに怒っているようだ。


「ヒロ君は、エロ本の女の人だけじゃ物足りず、今は水着姿の女の子に飢えているようだから、私がヒロ君の欲求不満を解消して――」


 公衆の面前で、変な事を言い出した菜摘の頭を叩いて、菜摘は轟沈したが、今回は頭を痛そうに押さえてすぐに復活すると。


「水が滴る水着姿の私を見られるのは今だけだよ? この時を逃したら、もう二度とこの状態の私は見られないと思うな~?」 


 菜摘が小悪魔的な顔をしてそう言うと、俺は菜摘の濡れた肌、濡れた髪、濡れた水着。菜摘の水着姿に意識してしまい、顔が熱くなってきた。


「ヒロ君。まずは水中でどれだけ息が止められるか、勝負したいな~。それから……」


 水着と言う薄着の姿でも、菜摘は俺の腕にくっつき、そして成長した胸を俺の腕に押し当てたので、俺は菜摘に意識してしまい、黙り込むことしか出来なくなっていた。


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