保護者の乱
桜が満開の頃。安藤と猪俣がクラスにカースト制度を設けると言い出した事が、このいかれたスクールカースト制度の始まりだ。
今では全学年で施行され、1軍が高みの見物をし、2、3軍は相変わらず俺たち4軍をパシリにして、威張っている。そんな怒涛の1学期も今日でようやく終わる。
今日は1学期の終業式。適当に校長の話を聞いていると、次はあの烏丸先輩の話だったのだが、最後に変な事を言った。
『今日は全ての部活動、放課後に残る事を禁止にする。全校生徒は速やかに帰宅し、明日からの夏休みを臨んでほしい』
何故か、今日は放課後の学校に残る事を禁止された。別に残りたいという訳ではないが、部活動を懸命に取り組んでいる生徒からは、少しざわめく声が聞こえた。何か学校全体を使ってやる事でもあるのだろうか。
「ヒロ。今日、私バイトは無いから、どこかに食べて行かない?」
1学期最後のホームルームが終わると、隣の席の楠木が嬉しそうに俺に話しかけて来た。
「ああ。真っ先に帰るか」
今日、俺はとっとと帰る事にしている。さっさと帰れと生徒会長も言っているんだ。なら楠木とどこかで食った後、早急に帰って、クーラーが効いた部屋で、溜まりまくったアニメを消化しないといけない。もう、新しいアニメが始まっているから、他の奴らに乗り遅れるわけにはいかない。
「私は、ラーメンが食べたい気分だな~」
楠木と同時に席を立つと、突然俺の背中に寄りかかって現れた菜摘は、何故かラーメンを催促してきた。こんな暑いのに、ラーメンなんか食べたいのか?
俺はこの状況を好ましく思わない。俺はさっさと家に帰りたい、一刻も早く学校を後にしたい。あまり遅く残ると、あの生徒に見つかる可能性が高く――
「仕事よ、ワトソン君?」
ほら、葛城に見つかったじゃないか。だから早く帰りたかったんだ。
葛城に無理やり手首を捕まれて、菜摘と楠木がどこを食べに行くか言い争っているタイミングの時に、菜摘たちに気付かれないように、俺をプールが傍にある、体育館の裏に連れ出した。以前、俺と菜摘、太っていた頃の塚本と出会った場所だ。
「ふふっ。誰もいないこの体育館裏。私を襲うなら、今がチャンスよ?」
「そんな事するか……!」
俺が興奮するように、わざと胸を突き出すように誘惑してくる葛城。ここは理性を保って、ちょっと触ってみたい感情を抑えないといけない。
「……それで、今回は何の用だ?」
俺が何もして来ないと分かった葛城は、キョトンとしていた。こいつ、俺の事を変態だと思っているだろ。
「どうして今日は早く帰れと。あの生徒会長がなぜそう言ったのか、気になるわよね?」
「知っているのか?」
腕を組んで、そして体育館の壁に寄りかかる葛城。どうやら、葛城はこの後、学校で何が行われるのかを知っているようだ。
「この後、この学校の生徒の保護者たちが、学校に抗議するらしいの」
抗議か。親が抗議すると言えば、一つしか思い当たらない。
「スクールカースト制度の事か?」
「ええ」
今まで誰も文句を言ってこないのが不思議だったが、まさかこのタイミングでやって来るとは思わなかった。やっぱりあのいかれたスクールカースト制度をやっている事はおかしい事なんだ。
「特に、松原君のような4軍の人、3軍の人が学校でいじめを助長させるような取り組みをしていると、親に言ったと思うの。教師が体罰をしただけで処分が下るこのご時世。罰として、1軍のたった一言で電流を流されるなんて、体罰と変わらないもの」
1軍に逆らった、高校生として相応しくない行動を取れば、4軍の人はバッチから流れる電流が体中を駆け巡り、しばらく動けなくなるような強い電撃を流される。こんなの、教師の拳骨や折檻とあまり変わらないだろう。
先生も、このスクールカースト制度に反対しない。なぜ、教員も誰も反対しないのが不思議なぐらいだ。
先生も当てにならない。このスクールカースト制度に耐えられなくなった誰かが親に言って、今回のような事が起きたのだろう。
「こんなの、我が子を愛する親が黙っていないでしょ? 毎月多額の教育費を払っているのに、こんなバカらしい取り組みに力を入れている学校を不信に思い、モンスターペアレンツが今日やって来るって事」
それが普通の反応だろう。
もし、俺がおふくろにこの現状を言ったとしても。
『そんなのがあるのね~』
で、事が終わってしまうだろう。俺のおふくろは、菜摘のために合鍵を作るほど、凄くゆる~い親だ。堅苦しい親も嫌だが、全く無関心の親も困る。
「……だから、俺たちに早く帰れって事か」
「そう言う事。こんなの、学校にとっては不祥事と同じような事。これが生徒にバレたら、尚更スクールカースト制度の印象が悪くなるから」
1.2軍はこのスクールカースト制度を満足していると思うが、3、4軍は不満を持っているに違いない。3、4軍の人に保護者がスクールカースト制度で抗議が起きたと知ったら、これを機に一気に不満が爆発し、暴動になる可能性もある。だから、さっさと俺たちを帰らせるのだろう。
「視聴覚室。一緒に体を密着させながら、視聴覚室の中を盗み見しましょう?」
顔を近づけて、俺に一緒にその会場を見ようと誘ってくる葛城。
この抗議で、保護者は一体どんな説明をするのか、俺も凄く気になる。だが、葛城と一緒に見るとなったら、俺は何をされるか。また強制的にボディタッチをされそうで嫌なんだが。
「我慢しなくていいの。我慢は体に毒。欲望のまま、私と見ま――」
「ヒロ君は、今から私とカレーを食べに行く約束になっているから、無理なんだよね~」
葛城は俺の手を取ろうとした時、突然現れた菜摘は、菜摘が主張する特等席、俺の腕にくっついてきた。菜摘の奴、数分でラーメンからカレーの気分になったようだ。
「あらら、もう場所が特定されちゃった?」
「ヒロ君いる所に私あり、って言う言葉を覚えて欲しいな~」
やんわりとした顔、口調でいるが、若干口元を吊り上げ、微かに目を開いている菜摘。これは葛城に怒っているようだ。この菜摘を見るのは、俺が楠木をお姫様抱っこして怒った以来だろうか。
「いててっ!」
「ヒロ君も、簡単に私以外の誘惑に負けちゃダメだよ~?」
俺にも怒っているようで、菜摘は俺の頬を摘まんでいた。菜摘の繊細な指で摘ままれて、指が俺の頬に爪跡が残るほど力を入れていたので結構痛い。葛城よりも、今回は俺の方に怒っているようだ。まあ、俺も抵抗出来ずに、連れてこられたので、今回は俺が悪いだろう。
「松原君にそんな怒ったら、松宮さんより、私の方が好きになっちゃうわよ?」
葛城が菜摘をそう脅すと、菜摘は俺の頬を摘まむのを止めて、特等席の俺の腕にくっつき直していた。葛城も、俺と関わっているうちに、菜摘の扱いに慣れてきたようだ。俺の話をちらつかせれば、菜摘は大人しくなる。流石1軍のトップと言えるだろう。
「視聴覚室、勿論行くでしょ? 松原君?」
保護者たちがどうやって学校に抗議するのかは凄く気になるが、何せリスクが大きい。視聴覚室の扉から盗み見するというのは、いずれ気付かれてしまい、すぐにペナルティ、最悪は盗み見しようと誘った葛城は、すぐに降格させられてしまうだろう。
『ほら、さっさと帰れ~!』
遠くから、男性の教員の声が聞こえた。校舎に残っている生徒を早く帰らせようとしているようだ。教員を校舎の見回りをさせるほどだ。それほどこの事態を生徒に知らせたくないようだ。
「時間は無いわ。これはスクールカースト制度を無くせるいい機会なの。リスクは覚悟で行きましょう」
ここで何か良い情報を聞ければ、このふざけたスクールカースト制度を廃止できるチャンスが出来るかもしれない。
「私はヒロ君が行くなら行きま~す」
菜摘はもぐもぐと菓子パンを食べ始めていた。菜摘だけが帰ると事は無いだろう。どんな面倒な事に巻き込まれようとも、菜摘は絶対に俺についてくるだろう。
葛城と二人っきりでいるというのは、色々な面で凄く不安だ。まだ菜摘の面倒を見ながら、葛城と共にした方がいいだろう。
「……ったく。……行けばいいんだろ?」
ペナルティ覚悟で行くしかないようだ。気が乗らないが、頭をかきながら、葛城にそう言うと。
「それでこそ松原君。じゃあ、こそ泥のように、こっそり行きましょう」
俺の返事を聞いた葛城はクスッと笑った。
葛城の後について、俺は菓子パンを食べながら腕にくっついている菜摘を運びながら、保護者が学校に対する抗議が行われる視聴覚室に向かった。




