昇格に向けて
「ちょっとちょっと。マロン、私の話を聞いてほしいです」
昼休みになると、立った半日でクラスに馴染んだ紫苑が、俺の肩に抱き着いてきた。
「私、今日の初登校で凄く緊張しました。凄く緊張して眠れませんでした。そして寝坊して慌てて学校に来ました」
「それは大変だったな」
「お弁当忘れたので、恵んでほしいのです~!」
よほど腹を空かせているのだろう。泣きついて俺に弁当のおかずを恵んでほしいと言ってくるほどだ。
「ヒロにもらうんじゃなくて、購買行きなさいよ」
昨日の事もあって、紫苑が俺にくっついているのが気に入らないのか、楠木は突き放すような感じで紫苑にそう言ったのだが、紫苑は照れ臭そうに笑いながら、俺にこう言った。
「聞いて驚かないでほしいのです。実は、財布も忘れたのですよっ!」
財布を忘れた事を堂々と言える人間なんて初めて見た。紫苑って、どこか南国の島にでも行っていたのかと思うほど、陽気な性格だ。
あまりにも哀れな光景かと思ったのか、学校に来る前に買ってきたコンビニの袋からパンを一つ取り出して。
「ほら、私が買ったパンをあげるから、早くヒロから離れる」
「女神様~!」
楠木からパンをもらえたことが嬉しかったのか、楠木に抱き着いていた。
「ちょっとっ! 急にくっつかないでっ!」
「紗良ちゃんは、ツンデレって言うキャラなのですね~。本物は初めて見たのですよ~」
楠木はツンデレになるのだろう。本物のツンデレに会えたことに、紫苑は楠木に対する好感度が上がっていた。
「それじゃ、サンドウィッチをありがたく貰いますっ!」
「はいはい、分かったから、さっさと向こうに行きなさいよ」
「そんじゃ楠木。パンを高村にあげるなら、私も貰っていいのよね?」
今の光景を見ていた1軍の猪俣が、そう言って楠木のコンビニの袋に手をかけていたが、楠木は猪俣の手をはたいた。
「は? あんたなんかにやるわけないで――」
「1軍の私に口答えしない~」
そして猪俣はペナルティの電気を楠木に食らわせて、楠木が痛がって体を蹲っている姿を見て、愉快に笑った後、楠木から奪ったパンを食べていた。
「日下部。心優しいクズが、私たちにパンをくれるんだって~」
「マジ? 優しいじゃん、クズの木」
日下部は楠木のコンビニ袋ごと持っていき、持って行った楠木のコンビニ袋を他の2軍たちに分け合っていた。
「……あ、あの。……返します」
「……いい。……昼食ぐらい抜いても平気」
そう強がっている楠木だが、手をお腹に置き、空腹を堪えるように机に突っ伏していた。流石に楠木がかわいそうだと思った紫苑は、サンドウィッチを返そうとしていたが、楠木は拒否していた。
本当は猪俣たちに怒鳴りたいところだが、すぐにペナルティと言って俺に電気を流すだろう。まあチキンハートの俺には、猪俣たちの大勢の中に飛び込んでいくのは無理なんだが……。
「……ちょっと失礼」
と言う事で、俺は猪俣たちに乗り込むことを諦め、空腹の楠木を助ける最善策。自分のスマホを取り出し、俺は菜摘に電話をかけることにした。昼休みが始まっても未だに俺の所に来ないと言うのは、きっと教室で寝ているのだろう。
「……おい、寝てたのか? ……今すぐ来てく――」
「ヒロ君から誘うなんて、珍しいね~」
電話で通話して数秒しか経っていないのに、もう菜摘は俺の目の前に現れた。
「菜摘。いっぱいパンを持っているんだろ? 猪俣にパンを盗られた楠木に1個分けてくれないか?」
「別にいいよ~。何なら、今週発売した新発売のパン、ガムシロップクリームパンをあげるね~」
制服のポケットから謎な味のパンを楠木にあげると、楠木は苦笑しながら受け取っていた。
と言うか、菜摘の制服は一体どう言う仕組み何だ? どこかのロボットのポケットですか?
「マロン。これは俗に言う、いじめと言う物ですよね」
以前と俺の肩に抱き着いている紫苑は、今の楠木の光景を見てそう聞いてきた。
「高村は聞いていないのか? この学校ではいじめ、差別の根源、カースト制度と言うアホみたいな制度が出来たんだよ」
「全く聞いていないですね~。生徒が伸び伸びと生活出来て、勉強する環境があると言う説明だけは受けましたね~」
どうやら、ブラック企業が人材を確保するために、優しい先輩が丁寧に指導するとか、フレンドリーな職場だと言う感じで嘘をついているのと一緒なようなものか。
「マロン。そのなんちゃら制度について説明してほしいです~」
「スクールカースト制度な」
俺は紫苑にカースト制度について説明をすると、紫苑は成程と言う感じで頷いた。
「一見楽しそうにも聞こえますが、とっても嫌な制度ですね。ただ上の人が下の人の苦しむ姿、不幸になる姿を見て楽しむ、生徒会長の悪趣味な取り組みです」
紫苑も俺たち側の人間のようだ。優劣をつけたがる他の奴らとは違ってよかった。
「マロン! 私と共にスクールカーストの上位を目指しましょう! 彼氏を援護するのは、彼女の使命ですか――んっ!」
「誰がカップルなのかな~?」
紫苑の言葉を聞くと、菜摘はしかめっ面になり、そして相手を黙らせる時にやる行為、紫苑の唇に菜摘の指を置いて黙らせていた。
「菜摘。高村から指を離せ。菜摘、カップルの話は置いておいて、高村がカースト制度打開に協力してくれるのは凄くありがたい。こんなふざけた制度を終わらせるために、勉強をして頑張りたいと思わない――って、耳を塞ぐな!」
勉強の「べ」と言う言葉を聞いただけで、菜摘と楠木は耳を塞ぎ、菜摘は聞こえないと言う感じで吹けていない口笛を吹く、楠木は耳を塞ぎながら狸寝入りをしていた。
「……そんなに勉強が嫌か?」
「嫌」
露骨に嫌そうな顔をしなくてもいいじゃないか。楠木、よくこの高校に入って来れたよな……。
「ヒロ君。勉強と言うのは、無理やり押し付けてやらせるものではないと思うんだ~」
「それは前にも聞いた」
いつものように突然現れた菜摘も、今回は楠木の味方のようだ。
「なあ。お前らはこの最低なスクールカースト制度を抜け出したいと思わないのか!? さっきの紗良の出来事も含めて、最近の上位の奴らの行為が酷い。1軍の奴らを懲らしめるために、下位が上位よりいい点数を取って、見返してみないのか?」
「ヒロ君。私は勝負に負けちゃったから、昇格は出来ないよ?」
そう言えばそんな決まりがあったんだよな……。
先日の法田との成敗勝負に負けた菜摘。それのせいで、どれだけいい成績を出したとしても、普通の定期テストでも昇格できない。菜摘や俺が上位に行けば、猪俣や安藤の奴が腰を抜かすと思うんだが……。
「昇格させるのは無理だから、私は勉強をしな――」
アホな事を言っている菜摘の頭を叩いて、菜摘を轟沈させた。
「菜摘の勉強嫌いは昔からだから知っているが、あまり成績が悪いと、菜摘の両親にまた怒られるんじゃないのか? 盆と正月の時に戻ってくる両親にいつも怒られるって、前に愚痴っていただろ?」
菜摘は全く勉強をしないので、勿論成績が悪い。盆と正月の時に帰ってくる菜摘の両親に、毎年恒例で怒鳴られているが、毎回のように怒られているので、もう菜摘は慣れてしまっている。中学校の時にのように、ぼーっとしているといつの間にか終わっているようだ。
「怒られるのが嫌なら、今日は俺の家に――いや、菜摘の家で勉強するか」
いつも俺の部屋でやっているから、菜摘が自分の家のようにくつろぎ、そして俺の部屋の物を物色されて、菜摘のマイペースに振り回されて、勉強が出来ないオチになるんだ。
「ひ、ヒロ君も知っているよね? 私のお婆ちゃんは気難しい人だから、いきなり押しかけてくると――」
「夜中に言っていたよな? 菜摘のお婆さん、婦人会の旅行でしばらくいないんだろ?」
そう言うと、菜摘は完全に固まってしまった。これで俺のペースだ。菜摘はしばらく何も反論出来ない。
「俺は勉強したい。俺は4軍であいつらのパシリとして使われるのが嫌だ。そして毎回電気を受けるのも嫌だ。俺は勉強して、この最底辺から抜け出して、上位のアホたちを見返したい」
「……本気で上を目指すって事かな?」
「ああ。今回のテストで、俺は上位に行く」
菜摘の目を見てそう話すと、流石幼なじみ。俺の本気でそう思っていることを理解したようだ。
「そうなったら、受験の時みたいに私も本気を出そうかな~。ヒロ君、私もサポートしま~す~」
その本気をいつでも出してほしいと思いながらも、俺は菜摘に笑いかけた。
「……それで、このやりとりを見ていた楠木さんは、今でも勉強は嫌って言うのかな~? 今のヒロ君は、私に好感度がアップ中だよ~?」
菜摘の奴。素直に俺の言う事を聞くと思ったら、やはり裏があったのか……。俺の勉強したい気持ちに共感しておけば、自分に好感を持たれると思って、わざとそんなやりとりをしていたのかもしれない。
「ヒ、ヒロ。じ、実は私も急に勉強したくなってきたの。だから、一緒に参加させて!」
本当に、菜摘には負けず嫌いで、そして俺の事が好きなんだな……。
「一致団結したところで、皆さんで上位を目指しましょう~!」
なぜか最後は紫苑が俺の首を締めながら、この話題を締めくくっていた。
そして俺たちはこの問題だらけの女子生徒共に、スクールカースト制度、昇格に向けて、俺たちは勉強することになった。




