木村の告白
「……」
「……」
俺は、木村と共に放課後の廊下を歩いていた。
帰りのHRが終わって、そこから1時間。その1時間で投票が行われる。
投票するのは、勝負が行われている学年の生徒のみ。つまり、今回は法田と菜摘との勝負なので、1学年の生徒が投票の権利を持つ。一緒に放送の演説を聞いていたはずの2、3学年は投票出来ないようだ。
そして勝負し合っている者は、この1時間。勝手に出歩くことは出来なくなり、生徒会室に監禁される。
HRが終わった途端、菜摘が俺の名前を大きな声で呼んでいた気もするが、俺は気のせいだと思い、投票に向かう事にした。
「……」
「……」
そして投票箱が置かれている玄関に、俺と木村で歩いて向かっていた。
楠木はバイトのようなので、すぐに俺に別れの挨拶をして、投票を済ませて、学校を後にしていた。
「……どうした?」
気が付くと、木村は俺の顔をじっと見ていた。だが俺と目が合うと、木村はすぐに俺から顔を逸らし、頬を赤く染めていた。
「……な、何でもないよ?」
何でもないなら、じっと俺の事を見ないはずなんだが。
そう言えば、木村と2人きりになると言うのは、初めてのような気がする。
菜摘、楠木とならよく2人きりになるんだが、木村だけと言うのは無かった。
俺が木村に、地声が好きな声優の声と似ていると言った以降、木村は口数は少ない物の、俺たちと一緒にいるようになり、俺、菜摘、楠木には地声で話してくれているが、未だに俺たち以外ではスマホで話している。
勿論、先生でもだ。先生に問題を当てられても、聞こえないふりをしているし、寝ているふりをしているので、先生たちには木村の印象は悪いだろう。
「……松原君」
「どうした?」
今後は俺に話しかけてきた木村。
「……今日はいい天気だね」
「それはボケとして受け止めればいいのか?」
窓の景色を見たって、外はザーザーっと雨が降っている。黒い雲に空は覆われて、絶対に天気がいいと言える景色ではないだろう。
「……そ、そうだね。……や、やっぱり何でもない」
ボケではなかったようで、俺がそう言葉を返すと、木村は恥ずかしくなったのか、再び頬を赤く染めて、俺から顔を逸らしてしまった。
玄関に行くと、玄関には投票箱に用紙を入れて投票しようとしている人はいなかった。少しだけ様子を見ていたが、誰も投票箱には目もくれず、ただ単に他の生徒は下駄箱に行き、靴を履き替えて外に出て行っていた。
初めての取り組みなので、きっと興味範囲で人はいるのだと思っていたのだが、誰もいない事に驚きだった。時間が悪かったのかもしれないが。
投票は、政治の選挙と同じ。紙に菜摘か法田の名前を書き、そして箱に用紙を入れて投票する。たった数分で終わった。何だがあれだけ盛大に演説をやっていたから、この投票だけは凄く地味な気がする。
あっさり終わってしまったので、俺は菜摘が監禁されている生徒会室に行った方がいいのか、迷っていると。
「どうした?」
気が付くと、木村が俺の制服の裾をちょいちょいと引っ張っていた。
「……ちょっと来て」
木村に制服の裾を掴まれたまま、俺は木村に屋上の扉の手前の広場に連れてこられた。俺たちと木村が仲良くなるきっかけになった場所。
学校全体でスクールカースト制度が実施されても、屋上に立ち入った者はペナルティとか、そう言った事はならないが、依然と立入禁止になっている。立入禁止になっていても、木村はこっそりと入っているようだ。
「……座ろう?」
「お、おう」
言われたとおりに、俺は階段の所に座ると、そして俺に肩を寄せるように、木村も横にちょこんと、ぴったりとくっついて座って来た。
「……あげる」
そして木村は俺に飴を差し出してきたので、俺は貰い、木村も飴を舐めていたので、俺も舐めることにした。
「……」
「……」
そして木村は、舌で飴をコロコロ舐めている間は、俺と木村の間で無言となった。
……き、気まずい。
ただえさえ、木村は口数が少なく、まともに会話を成立させた事も無いはず。どういった話題に木村は興味を持つのか分からない。
「……飴、好きなのか?」
「……それなり」
木村はこれと言って好きでもないようだ。偶然持ち合わせていたのだろう。
「……雨降ってるな」
「……うん」
「知ってるか? カタツムリって、殻を取ってもナメクジにはならないんだぞ」
「……知ってる」
ダメだ。やっぱり木村とは会話が続かない。物静かな木村なので、積極的に話そうとしてくれない
「……松原君……話がある」
「な、何だ?」
誰もいない、物静かな場所で、木村は何の話をするのだろうか。もしかして、楠木の時のように、この場の流れで告白とか――
「……先生に……報告しようと思っている」
木村は真面目な相談をしてきたと言うのに、俺は変な期待をしてしまった事が恥ずかしくなり、少しだけ壁に頭をぶつけ、煩悩を消した。
「……職員室の前に……保健室だね」
「大丈夫だ。これぐらい、日常茶飯事だ」
「……松宮さんと……何しているの?」
これは菜摘と関係ないが、ただ単にたまにふと中学時代の黒歴史を思い出してしまい、よく壁に頭を打ち付けている。
「木村が今だと思ったなら、今行くべきじゃないか?」
あの日から結構時間が経っているが、ようやく木村も決心した。どうして声を出したくないのか、先生も事情を知らないはずなので、木村の口から言った方が確実だ。
「……」
俺が木村の背中を押したら、急に黙り込んで、また新たな雨を口に入れて、黙って舐め始めていた。
「……不安か?」
「……」
そしてゆっくりと、木村は頷いた。やはり、一人で報告しに行くのは心細いのだろう。楠木、菜摘がいない時に、どうしてこの相談をしてきたのか。事情を一番知っている、俺にだけ付いてきて欲しかったのだろう。
「……陰キャに……職員室はハードルが高い」
「あーそういう事ね。完全に理解したぞー」
木村の言っている意味は、すごく分かる。また変な期待をしてしまったので、再び壁に頭を打ち付けて、煩悩を消した。
「ま、さっきも言ったように、今の気持ちのまま、早く先生に説明した方が良い」
「……うん」
木村はゆっくりと立ち上がって、職員室に向けて歩き出したので、木村が職員室に入るまで、俺も木村の後について行った。
俺は、職員室の外で木村を待っていると、5分ぐらいで木村が職員室から出てきて、再び屋上前の広場に戻って来た。
『木村さんの事情は分かった。けど、そう言った事情でも、他の先生の理解は得にくいと思う。先生からも説明はしておくけど、木村さんもなるべく話せるように、頑張ってほしいわ』
木村の制服のポケットに忍ばせていた、ボイスレコーダーで、そんな会話を俺に聞かせた。
「……まあ、大人の世界の検討しますって事だから、解決したわけじゃないな」
「……うん」
根本的な解決にはなっていない。木村がそう説明しても、先生はあまり深刻に受け止めていないだろう。
「少しは気が楽になったか?」
「……それなり」
さっきとは違い、顔色が良くなった木村は、何もない天井を見上げながら、飴玉を口の中に入れていた。




