放っておけないトップたち
通勤、通学ラッシュで、満員の電車に乗ることが出来ず、俺たちは次の電車を待つことにした。
勉強に関しては、葛城が心強い。事情を葛城に説明し、どうか菜摘の勉強を葛城も見て欲しいとお願いすると、葛城は時間がある時だけ見てくれることになった。俺もすっかり忘れていたが、葛城はちゃんと部活動に参加しているようで、部活動が中止になる3日前からならオッケーらしい。
「良かったな。いつもテストで1位を取っている人が、菜摘に勉強を教えてくれるらしいぞ」
「葛城さんが、私のペースについて行けるかな~?」
教えてもらう立場なのに、どうして菜摘はこんなに偉そうなのか。
「確か松宮さんの成績は、あの渡邊さんよりも下。学年で最下位だった気がするわ。……もしかして、小学1年生の所から教えないといけない?」
「それは流石にないぞ」
菜摘の頭は、恐らく中学生止まり。算数の文章題でもしかすると躓くかもしれないが、4月頃の勉強から教えればいいと思っている。
「松宮さん。三角形の面積を求める公式は?」
「何だっけ? ……確か、πr2乗だっけ?」
三角形の面積なのに、どうして中学で習う、円の面積を求める公式は覚えているのだろうか。
「その気持ちは分かる。中学生なら嫌でも覚えるわよね。思春期真っ只中の男子なら、誰だって食いつく話題。πを2回連呼したくなるわ」
「確か、ヒロ君もやけに連呼していたような~?」
「こうやって? パイパイ!」
女子高生2人が、どうして駅のホームの真ん中で、そんな事を平気で言えるのだろうか。
「やっぱり、松原君は昔からむっつりさんだったのね~」
「だ、大事な公式だったから、覚えるために行って言ったんだよ」
俺をからかうように、葛城はニヤニヤと俺を顔を見つめていた。
「けど、小学生で習う公式を覚えていないと、二次関数、微分積分は到底出来ない。漢字が読めないと、問題は当たり前に読めない。化学、物理も数学みたいなものだし、英語も文法、単語を覚えないと問題を解けるはずもない。松原君が思うように、私だけじゃ厳しいかもしれない。ここは、私よりは少し劣っているけど、成績は良くて、松宮さんに親しみを持っていて、ずっといられる斉藤さんにも教えてもらった方がいいかも」
菜摘が高得点を取るには、中学生まで習った事を思い出してもらってから、高校で今まで習ってきた事を教えていくしかないだろう。
「けど、斉藤さんと松原君が接触するのは難しいかもしれないわ」
「どういう事だ?」
「斉藤さんは、松宮さんが不真面目なのは、松原君のせいだと思っているから、印象は最悪だと思うわ」
それはそう思われても仕方がないだろう。前に俺たちのクラスにやって来て、菜摘を連れ戻しに来た時でも、斉藤は俺をチラッと見ると、嫌そうな顔をしていた。
「それと、斉藤さんは大の男嫌いだからね」
印象最悪より、更に大きな障壁があるようだ。男嫌いとなると、当然のように俺と話す気は無いだろう。もしかすると、俺は斉藤と接触しない方がいいのかもしれない。下手な事を言ったら、中村のように刺されるかもしれない。
「……葛城の方から、お願いしてくれないか?」
「大切なボーイフレンドのお願いだもの。私が、斉藤さんと話す機会を設けてあげる」
俺が不幸になるのが楽しいのか、クスクスと笑いながら、葛城は上機嫌になり、気持ち良さそうに背伸びをしていた。
こういう事だけは、行動が早い葛城。朝のホームルームが始まる前には、斉藤に約束を取り付けて、昼休みの食堂で話す事になった。
「葛城果歩。男がいるなんて聞いていないんだけど?」
そして昼休みに、ウキウキした顔で葛城に食堂に連れられて、しばらく待っていると、菜摘を連れて斉藤がやって来ると、斉藤は俺が視界に入った瞬間、いつでも戦えるように身構えていた。斉藤は、俺の事をどう思っているのだろうか。
「言ったはずだけど? 私と松宮さん、ま@*$#*%んで、お昼を食べながら、今後の事で話し合いましょうって」
どうやら、俺の名前は伏せ字ではなく、超早口で言ったらしい。
「葛城果歩が、私に話しかけてくるから、何かあるかと思ったけど、まさか男と会食するなんて思わなかった。すっごい不愉快なんだけど」
嫌そうな顔をしながら言っているが、ちゃんと話には応じてくれるようで、菜摘を横に座らせてから、俺の前に座った。
どのように話を切り出すかと迷っていると、俺は葛城から『斉藤英梨のトリセツ』というメモを貰った。斉藤との会話を円滑に進めるために、葛城が用意してくれたようで、俺は斉藤の目を盗んで、チラッと見てみると。
『斉藤さんのトリセツ! 絶対に目を合わせない。容姿を褒めない。ボディタッチは絶対NG!! 触ったら、巴投げされるので、全て私に任せなさ~い!』
つまり、俺はこの場にいない方がいいらしい。女子だけで話を進めた方が、円滑に進むと思うし、葛城にすべて任せる方が不安だ。
「それで、葛城果歩の用件は?」
「せっかくのお昼なんだから、ゆっくりとお話ししましょう。まずは、斉藤さんのスリーサイズを教えてくれる?」
「お、教えるはずないでしょう!!」
ほら。こうなるから葛城にすべて任せられないんだ。斉藤は、顔を真っ赤にして、葛城に激怒していた。
「冗談はさておき、斉藤さん。もし松宮さんがピンチだと聞いたら、貴方はどうする?」
「く、クラスメイトのピンチなら、私がすぐに助けるわ……」
そう言って、斉藤は照れたように頬をポリポリとかいていた。
「松宮さんは、ピンチの真っ只中なの。来週のテストで高得点を取らないと、松宮さんは留年の危機。松宮さんの事を思うなら、スパルタでもいいから、松宮さんに勉強を教えて――」
「了解よ。松宮菜摘、今からすぐに勉強よ! 暢気におにぎりを食べているんじゃない!」
斉藤のスイッチが入ったようで、菜摘の襟を持って、どこかに連行しようとしていた。やり方はともあれ、斉藤も協力してくれることになり、俺にとっては結果オーライだ。
「待って。話はまだあるの」
だが、やる気になった斉藤を、葛城は呼び止めていた。
「今日、松原君は生徒会長にお呼ばれしているの」
「何か悪い事でもしたの?」
生徒会長に呼ばれたら、何か悪さをしたと思われても仕方ないのだろうか。
「貴方も、スクールカースト制度には反対なのでしょう? 何か言いたい事があるなら、松原君に言付けした方がいいかもしれないわよ」
斉藤も、俺たちと同じ考えのようだ。1軍は、自分勝手な奴が多いので、葛城や斉藤のような、スクールカースト制度に反対するのは珍しい。
「発言する機会があるなら、あの会長に言っておきなさい。あんたがやっている事は、学校を破滅の道を歩んでいくだけって。さあ、図書室で勉強しに行くわよ」
「ヒロ君、助けて~」
斉藤に強制連行された菜摘は、俺に助けを求めながら、図書室に連行されていった。
「これで問題は解決。さあ、私たちはのんびりとお昼を食べましょうか。松原君は、今日はお弁当?」
「俺は、毎日弁当を持ってきているぞ」
基本的に俺のおふくろが作るので、昼飯には困らない。楠木のように、毎日のようにコンビニなどで昼食を買う手間が無いので、そういう所だけはおふくろに感謝してる。
「私は、お弁当持ってきていないから、定食でも頼んでこようかしら。すぐに戻ってくるから、先に食べてくれてもいいわよ」
「そうさせてもらう」
俺も腹が減っているので、先に弁当を食べよう。今日のおかずは何だろうか……。
「金平ごぼうに、鮭の塩焼きなどなど……。やっぱりりょうちゃんは料理が上手よね~」
「……どうやって忍び込んだんですか? 美冬さん?」
菜摘の制服を借りて、制服姿で侵入している幼なじみの母親が、いつの間にか俺の隣に座り、俺の弁当を美味しそうに眺めていた。




