体育祭1
秋晴れで、あの猛暑が続いた続いた日が嘘のように、今では爽やかな空気になっていた。そんな中、俺たちの学校の体育祭が開催された。
「宣誓、私たち生徒は、たくさんの生徒と力を合わせ、協力しながら、正々堂々と戦う事を誓います」
校庭の前に立つ校長先生に向かって、選手宣誓を行う代表の2人の生徒。体操服の色から察すると、学年は3年生。1年は赤、2年は青、3年は緑となっていて、どの学年か分かるという訳だ。
「それでは、競技に移りたいと思います。第一種目の大縄跳び。第二種目の部活動対抗リレーに出る生徒は……」
準備体操をした後、いよいよ体育祭がスタート。この学校は赤組、白組の2色に分かれる。普通の学校なら各クラスごとに分かれるのだが、どうやらこの学校は違うようだ。
「体育祭、めんどいんだけど」
「まあな」
校庭の隅っこで、俺と楠木は木の下で体育座りをして、和気あいあいとしている2軍の生徒たちを眺めていた。
勿論のこと、この体育祭にもスクールカースト制度が運用されている。メインは2軍と3軍で構成されていて、人数が少ない1軍と4軍は、2軍と3軍が構成される組に、バラバラに配置される。そして俺たちは赤組、2軍が構成している組に入れられた訳だ。
「……バレないように帰るには、どうすればいい?」
「挙動不審な行動はせず、さり気なく校内にあるトイレに向かうフリをすれば、バレないと思う」
俺たちの赤組には、俺と楠木、そして木村。赤いハチマキを巻いているはずなのに、俺たち4軍はお荷物、厄介者として、ブルーシートが敷かれている所には座らせてもらえず、こうやって日の当たらない木の下で縮こまっている訳だ。同じ4軍の河合は入れるのに、何故俺たちだけはダメなのか。納得できない。
「塩田氏、橋本氏。最初は大縄跳び。最初から目が離せませんな~」
「全くですな~。塩田氏、垂水氏~」
そして誰よりも最前線で見ようと前に出ているのは、俺と同じ4軍の塩田たち3人。何を期待しているのかは言わないでおくが、あいつらが文化祭の時より楽しそうで何よりだ。
「私たち、何の競技に出されるのかしらね」
「さあな。きっと、誰もやりたがらない競技を押し付けてくるだろう」
競技は事前に決めていない。競技が始まる前に、運営に誰が出るのかを申告しに行かないといけない。
しかも誰が出場するのかは、各学年の1軍に任されている。俺たちと同じく、各色に10人の1軍が配置され、そして俺たちの学年の1軍で、その決定権を持っているのは。
「ヤイは、女子が活躍するのが見たいのです。男はヤイの周りを快適にするのに奮闘すればいいと思うのです」
自分だけ椅子に座り、一人の女子生徒に扇子を扇げさせている中村が、俺たちの赤組、1学年のトップだ。
「中村さん」
「何ですか? 小林さん?」
中村の様子を見かねた男子生徒、小林が中村の行動に抗議していた。
「さっき選手宣誓で言っていたと思うんだけど、たくさんの生徒と協力して、体育祭に臨むと。俺たち男子だって、参加する権利はあるはず。トップだからと言って、中村の我が儘が通じると思わないで欲しいな」
「そんな事言っていましたか? ヤイには、『宣誓、私たち生徒は、たくさんの女子生徒と力を合わせ、女の子で協力しながら、正々堂々と戦う事を誓います』って、聞こえたのです。小林さんは、耳鼻科で診察を受ける事をお勧めするのです」
中村の方が耳鼻科に行くべきだろう。どこにも女子生徒だけで体育祭を盛り上げるとは言っていない。
「とりあえず、3番目の玉入れは、ヤイが指示しておきました。勿論、女子だけなので、男子の出番はありませんので、男子は羨ましそうに観戦するといいのですよ」
「それ以降はまだ指示をしていないって事だね。なら、中村さんが指示を出す前に、俺が運営に報告する事にするよ」
体育祭が開始されてすぐに、俺たちの学年の雰囲気は最悪だ。白組に対抗するどころか、同じ学年の女子で対抗することになりそうだ。
「中村さんと小林君。お互い、意地になっているようね」
中村と小林の言い合いを観ていると、俺の横には、白いハチマキを巻いて、木に寄りかかって立っている葛城がいた。葛城は同じ組ではない。菜摘、紫苑、そして葛城は白組。いつもは協力している関係だが、体育祭は、俺たちとは対戦する相手なってしまった。
「今回初登場の小林賢太郎君。彼はあまり目立たないけど、れっきとした1軍で、3組のトップなの。良い人なんだけど、正義感が強い所が玉に瑕ね」
「誰に向けて説明しているんだ?」
テレビの前で観ている視聴者に説明するような口ぶりで、葛城は小林の説明をしていた。葛城の言う通り、あまり3組は目立たないクラスだ。菜摘や中村のような、個性の強い生徒が存在しないせいか、3組の噂はあまり聞かない。
「こんな所で日向ぼっこしているぐらいなら、さり気なく帰ってみたら? おそらく松原君は、バレないと思うわ」
「それはそれで悲しいな」
誰も気にかけずに、そして翌日にも俺が途中で帰った事を知られていなかったら、それはそれで悲しい。一瞬、本当に帰って溜まったアニメでも観ようかと思ったが、気が変わった。最後までいる事にしよう。
「菜摘が来ないが、何かあったのか?」
「斉藤さんに監視されて、逃げられなくなっているわ。パン食い競争の切り札らしいわ」
いつもなら、さり気なく俺の近くにいるはずの菜摘が、数分経っても現れない。そういう時は、何かがあった時なので、同じ組の葛城に聞いてみると、どうやら逃げ出さないようにと、すぐに斉藤に監視されているようだ。斉藤の言う通り、菜摘がパン食い競争に出たら、すぐに優勝出来るだろう。特に菓子パンには目が無いからな。
「それじゃ、私は競技に出ないといけないから。一旦さよならするわ。松原君、私は部活動対抗リレーに出るの。上下に揺れる、誰かさんのラッキースケベで大きくなった、私の胸を凝視しちゃダメだから――」
「次の競技出るなら、さっさと向かいなさいよ……!」
俺が顔が赤くなるような言葉を、平気に言う葛城の背中を楠木は無理やり押して集合場所に行かせていた。
「……やっぱり、大きい方が」
そして今の葛城の言葉に傷ついたのか、自分の胸を虚しそうに見る木村に、俺は声をかけることは出来なかった。
特に俺たちに出番がある事も無く、時間は進んで行き、時刻は午前11時。もう少しで昼食という時間だ。
「……さり気なく帰ってもバレないわよね」
「……そうだな」
部活動対抗リレーで2位を取った葛城も、あれ以降出番はなく、俺の所にやって来て、暇そうに体育座りをして、みんな楽しそうにやる体育祭の校庭を眺めていた。
「……また、高村が出ているわね」
「……そうだな」
羨ましいのか、自分が虚しく感じるのか、楠木はそう呟いた。
俺たちと同じ4軍なのに、白組の点数に貢献している紫苑は、楽しそうにいろんな種目に参加していた。体を動かすのが好きな紫苑は、体育祭は天国と言えるだろう。しかも、コミュニケーション能力の高い紫苑は、色んなクラスに話す友達がいるらしい。俺、楠木、木村とは違う、ただ成績と帰宅部のせいで4軍にされているような物だ。
「高村氏の姿が眩しすぎますな~」
「本当だよ~。ああ~。僕もお近づきになりたい~」
ずっと体操服の女子生徒を吟味している4軍の塩田たち。他の奴は橋本と垂水と言うらしく、走る女子の姿が眩しい、近寄って思いっきり深呼吸したいなど。その気持ち悪い実況のせいで、楠木と木村に完全に引かれている事は黙っておこう。
「……別に出たいって訳じゃないけど、何もしないで体育祭を終えるのは嫌ね」
「……そうだな」
楠木の言う通り、俺も何の競技を出ずに体育祭を終える事は避けたい。ここで中村たちに頭を下げて出させてくれって言うのも、俺たちにとっては屈辱だ。何か素直に1軍の命令に従うって言うのも、俺にとっては癪だからだ。
「楠木さん。木村さん。出番なのです」
「松原君だっけ? 君にしか頼めない事がある」
もう俺たちの存在を忘れているのではと思いかけている時、遂に中村と小林が俺たちに声をかけて来た。
「誰も出たがらない、借り物競争に出て欲しいのです」
「男子に一人枠が空いているんだ。そんな松原君に活躍するチャンスをあげようと思って。借り物競争に出てみないか?」
やはり、俺たち4軍は誰もやりたくないような競技に参加させられる運命のようだ。




