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投擲士と探検技工士は洞窟を潜る  作者: 左高例
第一章『始まりの冒険』
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第8話『ラッキースケベは懲役刑』

 センセイが男だろうが女だろうが謎生物だろうが、仕事だ仕事。

 今日も今日とて元ダンジョンな洞窟を進む。昨日は謎の暴露大会を開いたがそんなもんは酒の席だったのでさっさと気分を切り替えて行く。

 先頭は相変わらず、手足の付いたドラム缶が探検家の装備をしているみたいなセンセイ。

 探検技工外装スペランクラフトジャケット、と言うらしい。

 見る限り狭ッ苦しいキグルミだが、色々と便利な機能が付いているとか。例えばガスの中でも進める空気清浄機や、これまで歩いてきた道のマッピング。パワーアシストや例のマジックハンドによるクラフト補助などだ。それに内部に画面があるようで、入っていても外は普通に見れる。

 ただデメリットとしては跳躍力が低下する。まあ、お世辞にもジャンプしやすい体型ではないわな。これならば迂闊に飛び降りると転びそうだから、センセイが段差に気をつけていた理由も判る。


「本当にその外装、歩きにくく無いんですかー?」

 "問題ない。歩幅が小さいぐらいだな"

 

 エリザベライザーゼットが前を歩くセンセイを、やけに気にしたように言う。

 それまではセンセイが、そういう体型の生き物だと認識していたので歩きにくさなどは気にならなかったのだが、言わば今はキグルミの中に居るようなものだから大変そうに見えるのだろう。

 なお厳密にいえば、センセイはドラム缶の中に座るように入って歩行はペダル的なものを踏んで自動的に行っているようだからうっかり躓くことは少ないようだが。あくまで聞いた限りじゃ。

 

「センセイの心配してねえで転ばないかお前が気をつけろゼット」

「ゼットって言わないでくださいー! それに転びませんよ、子供じゃあるまいし!」

「この数日で五回は転んでただろ」

「転びますよ! こんな洞窟ですから!」

「どっちだよ。即座に意見を翻しやがって」


 この瞬間的な脳みそってどうにかならないのか。投薬とか電撃とかで。そんなことを考える。

 センセイが歩きながら振り向きもせずにエリザに言葉を投げかけた。


 "五回のうち、三回は咄嗟にアルトが助けてくれただろう。お礼を言っておきなさい"

「あっ、そうですねありがとうございますアルトくん!」


 しかしなんだかな。謎の生物だったセンセイと違って、中身があると思うと途端に駄目な妹に言い聞かせる姉みたいな印象を覚える。

 思えば中身が女だからこそダンジョンレイパーなんてあだ名を嫌がったわけか。知り合いのオークレイパーってあだ名の女傭兵も迂闊にそう呼ぶと骨をへし折られるぐらいだし。つーか本名知らねえんだが俺なんか。

 

「アルトくんが転びそうになったら助けてあげますからね!」

 

 心底本気で、気合を入れてそう言ってくるエリザに苦笑した。転んだ俺なんざ支えたらエリザごとぶっ倒れそうだ。


「じゃあ人生プランの資金繰りに躓いたときに連帯保証人を頼むかもしれないが、その時はシクヨロ」

「あれ? これってもしかして遠回しなプロポーズです? 困ります、ええと、お友達から順番に!」

「もしかしねえよ」


 一体どう脳が働いたらその結論に達するのか。もしかしてもお友達→連帯保証人コースだよ。

 しかし自分で言っておいてあれだ。ここまで頭脳が可哀想な女を騙すようなクソゲスが居たら俺は思わず射殺しかねないな。ムカつくから。

 自己嫌悪。

 

「どうしました? アルトくん。頭を押さえて」

「ちょっと頭痛がな」

 "そろそろ小休止しようか"

 

 どこかセンセイの声に微笑ましいものを感じるのが忌々しい。

 とりあえずそこらに座って水でも口にしよう。センセイが振り向いて歩くのを休止したので、俺も立ち止まって水筒を手にとって。

 休憩となるとエリザの行動は早く、早速座れそうな岩を見つけたようでそれに腰掛ける。とはいえ岩だらけだからそう離れず、俺の近くだったのだが。

 カチリ。

 と、音がした。エリザが座ると同時にだ。

 戦場で耳鳴りになるまで聞き慣れた音。

 どこかで、張り詰めた弦が解き放たれるのを感じ取った。


「──くっ!?」


 暗闇の洞窟で不明の方向から放たれた矢の位置などわかりようも無い。

 俺は咄嗟に近くのエリザを引っ張って体で抱え、水筒で自分の顔面を庇った。


「きゃっ!?」


 恐らく仕掛け罠だ。だとすればスイッチを踏んだエリザが一番危ないし、その側に居る自分が次に危険だ。

 だが、センセイの対応は神速であった。

 岩陰から飛来してきた矢──視認するのも困難であったが──それが、俺達に当たる前に。

 センセイが飛び出してきて、事も無げにツルハシで打ち払ったのである。

 俺は感心して口笛を吹いた。

 

「ワオ。ひょっとしてピンチでもなんでも無かった? 俺恥ずかしくて死んじまいそう」

 "いいや、カッコ良かったよ。私こそ邪魔したかな?"

「よせやい。矢で打たれたら痛くて泣いちまう」

「なな、なにがあったんですかー?」


 いきなり抱きすくめられたものだから理解していないエリザが腕の中で喚くものだから、離してやる。


「罠の上にお尻を置いたものだから、やっこさん興奮して矢を打ってきたんだよ」

「え、ええ!? 罠! なんで洞窟にそんなのがあるんですかー!?」

 "やはり以前にダンジョン化した名残だろうな。ダンジョンは魔力で罠も自動生成するタイプがある"

 

 他にも確か、ダンジョンマスターとなった魔物が手動で配置したりとか色んなパターンがあるらしいけれど、とりあえずダンジョンの特徴として「誰が仕掛けたかわからない罠がある」ということだな。

 しかし危ねえな。そこらを罠がないかと見回すが、ひと目でわかるように設置されているわけもないか。

 エリザは慌てて先ほど自分が座っていたところを見る。

 そこに、センセイがツルハシを突き立てるとぼろりとキューブ化して罠の岩が砕けた。


「え、ええと[罠素材]ですね!」

 "そう。これと[コウモリの素材]をクラフトして……"


 センセイが取り出したコウモリの素材を組み合わせると──出来上がったのは、どういうわけか変な笛であった。

 コウモリ色をした変なホイッスルという奴である。エリザもきょとんと首を傾げる。


「それ、なんですか?」

 "コウモリの超音波発生特性を組み合わせて、この笛を吹くと周囲の罠にだけヤマビコのように音が返ってくる。つまり、笛を吹いたときにやかましければ周囲に罠があるということだ"

「殆どマジックアイテムだな……」


 いや、技工士の技術自体が魔法技術に分類されるから当然ではあるのだが。

 この謎の組み合わせでそのホイッスルが出来上がるのと、蛇と穀物だけで蒲焼き丼が出来上がるのにどれほど難易度の差があるかは不明なので深くは突っ込まない。

 

「わあ、やりますやります!」


 エリザが受け取って、ホイッスルに唇を付けて一息に鳴らした。

 ビー、とまず聞こえた次の瞬間には、周辺のどこかしこ、複数から大量の音が返ってきたのである。

 

「つまり、ここら一帯罠だらけってことか」

 "ダンジョンだった頃はトラップルームだったのかもしれない"

「なるほどね。できれば罠じゃなくてお宝でも残しておいて欲しかったもんだ」

「お宝って例えば? 重たいと持っていくのが大変ですよね」

「土地の権利書と印鑑とか」

「そんな所帯じみたダンジョン嫌ですよ!?」


 さて、お宝はともかく。


「どうすっか。近くにあるってことは分かったが、どこにどれだけあるかわっかんねーし」

「気をつけて行くしか無いんですかね」

「ハイ無理。特にエリザが無理」


 犬の糞を踏まないように歩けって指示を出しても踏みそうな雰囲気がある少女だ。

 一応自覚はあるのか、彼女も別の方法を考えだした。


「じゃあセンセイの……ってセンセイはリュックがあるから、アルトくんに背負ってもらって……」

「俺もあんまり自信ねえなあ、罠感知は」


 こうなればと頼りなセンセイに目線をやると、やはり頼りがいのある頷きを見せた。

 そしてリュックから取り出した苔素材と水素材を組み合わせて出来たのは──。


 "発光材を作った。これを靴底に塗って先を歩くから、二人は光る私の足跡を踏んでついてきてくれ。自分一人が歩く分の罠なら慎重に進めば大丈夫だ"


 そう言った。

 万が一、歩幅の差で罠を踏まないように配慮してのことであるようだ。

 そうして俺達はセンセイの数メートル後方から、エメラルド色に光る足跡を辿って進むことになった。

 移動速度は警戒しているから落ちる──かと思ったが、落ちねえ。

 ただセンセイは片手にツルハシを持って、時折前方の地面を掘り返しては土素材で埋めていた。どうやら、罠を見つけて採取し、かつ俺達が躓かないように穴を埋め直しているのだろう。


「こういうのってなんか楽しいですよね。石跳びの遊びみたいで」

「石跳びってあれか。東軍西軍にわかれて順番に奇声を発して跳びながら石を投げつける遊び。ガキの頃得意だったぞ。最後は必ず殴り合いに発展するんだよな」

「違いますよなんですかその荒んだスラム系の遊び。けんけんぱーですよっ」

「拳、拳、破ァーッ!」

「なんかコンボ技出しました!?」


 などと馬鹿話をしながら軽く三十分は進んだ。

 センセイがツルハシを振るう回数も少なくなり、罠の数が減ったように思える。


「よし、それではエリザ隊員。笛を吹いてみてくれたまえ」

「任せてくださいアルト隊員」


 得意気に胸を叩いて、首から下げていた笛を取るエリザ。


 "君ら異様に仲いいよね……"


 そうだろうか。

 単にノリで生きているエリザとコミュニケーションを円滑にするに、ノリのいい対応を選んでいるだけなのだが。

 ともあれ、エリザは再びホイッスルを口にする。しかしこいつ本当に似合うなホイッスル。ローティーンの女学生みたいだ。

 ぴろろろーと間の抜けた音が鳴り響くが、それに反響する音は近くから聞こえなかった。


「どうやら罠の畑は抜けたみたいだな」

「ですね! 休憩にしましょうセンセイ!」

 "ああ。今度は、ちゃんと机と椅子を並べてな"

  

 ポケットから取り出すような気軽さで、石製のテーブルと椅子を用意するセンセイ。

 さて、また一つ難関を越えてあとどれくらいなんだろうな。この洞窟は。

 まあ少なくとも、センセイの食料が半分尽きる三ヶ月以内に見つかってくれればそれでいい。

 しんどい仕事ってわけじゃないからな。仲間も気楽な方だ。


 "おやつは串団子だ。エリザ、使われた素材を確認"

「はい! ええと、[穀物素材]と[塩素材]に……この串は[木材]ですか?」

「……これってあの罠の矢を割いたやつじゃねえか」

 "はい、アルト正解。エリザのお団子、一つアルトに回すように"

「酷いです酷いですアルトくん!! あれ? でもなんで塩なんですかね」

「甘さを引き立てる為に隠し味に入れるんだろ。スイカとかみたいに」

 "アルト正解。エリザのお団子、もう一つアルトに"

「うあああん! イジメ! イジメですよこれはもう!」


 あまりにやかましいから、俺に配分された団子を仕方なくエリザに戻してやった。





 ******

   




 そしてその日も進んで泊まる。

 毎度のごとくセンセイのスーパー住居作りをするのは、どこか水の匂いがするあたりだった。近くには見えないが大きな水溜まりがあるのかもしれない。

 一応センセイが地面を確認する。例えば地下水の増水などで水没する場所に小屋を建てるのは危険だからだ。

 大丈夫だと判断された場所に、大体いつも同じなセーフハウスの完成だ。


「そういやそれなりの大きさの小屋だが、狭い場所だとどうするんだ?」

 "周囲を掘ってスペースを確保したほうが楽だろうな"

「土木工事はお手の物か」


 水をダボダボと水瓶と風呂桶に入れ終えて来たエリザが戻ってきた。


 "さて……今日はこれから入浴前に座学といこうか、エリザ"

「ふへー……はぁーい、頑張りまふ」

「うげ。チャカポコかよ。晩飯できるまで寝てようかな……」

 

 俺が言うと、センセイはリュックから素材をテーブルに並べてどこか面白そうな声音で、


 "料理で説明するのがわかりやすい理論から入るので、食べながら勉強をしよう。口を動かせば眠気も無くなるからな"

「うーふふーふ……アルトくんも一緒に勉強しましょうよう」

「俺ぁ勉強と労働と政治が大嫌いなんだ」

「社会不適合者じゃないですか!」


 言い訳をするが、飯にありつけないとなると困るので頬杖をついてテーブルに座ったまま待つ。

 早速センセイは[油素材][穀物素材][野菜素材][塩素材]を釜の前でクラフトすることで、[熱々ピッツァ]を作り出した。

 ああ、ちなみに俺が素材名を言い当ててるのはマテリアルを見た印象からの推測だからだ。それぞれのマテリアルにはなんかそれらしー油っぽかったり麦っぽかったりするマークが付いている。

 ともあれ、ピザだ。三人で食べても十分な大きさがある。

 

「嬉しいじゃないの。俺はピザが女神様より好きだ。ついでにビールがあればなお良い」

「アルトくん! アルトくん! 残して翌朝冷め切ったの食べられますよ!」

「あぁん? んな不味いの食ってどうすんだよ。今食い切るに決まってるだろ」

「はーどぼいるどなのに……」

 

 センセイはピザカッターまでわざわざ作って、するするとピザを小分けにした。

 これを使っての講義が始まるみてぇだが、俺は食べることに専念しとこう。頭痛くなるからな。

 ……。

 ピザのチーズやら焼き目やらが小ピザ型になっていて、みっしりと無数にピザの中に存在している。

 直視していると目眩を感じそうだった。


「フラクタル模様のピザなんて初めて見た」


 じっくりとそれを眺めた俺は、センセイがフラクタル理論を使った解説を始めるのを聞くのであった……。

 

 

 とりあえず飯を食いながらの講義を終えて、エリザはまたしても知恵熱で一時ダウン。

 俺もげんなりしてたので、一番風呂をセンセイに譲ったところであった。

 風呂場の扉を開けて入っていく、コケシ外装のセンセイ。

 小屋に入ってもあの外装をつけたままだ。本人曰く、慣れてるから平気だし慣れてないと実地で危ないので常に着ておくらしいが。

 俺が風呂場への扉へ、単にセンセイが入っていったなーという感想だけで見ていたのだが、頭痛で顔を歪めているエリザがこっちを向いて言ってきた。


「アルトくん……センセイのお風呂、覗いちゃ駄目ですからね」

「覗かねえよ。俺をなんだと思ってるんだ」

「男の人は油断できないんですよ。あの真面目ぶってる村長くんだって五十年ぐらい前は共同浴場を覗いてたんですから」

「あの爺さんも若かったんだな」

「懲役二年半でした」

「実刑食らったの!? 重くねえかあの村の覗き罪!」


 青少年に優しくない村だ。そんなんだから過疎化して寂れるんだよ。

 しかし五十年前の事件をつい最近みたいに語るあたり、やはり長寿種族だなあと改めて思う。エルフは長寿を活かして学者になってるやつも多いんだが、こいつのようにマイペースなのも主流だ。いやまあ、エリザぐらいスカタンなのは珍しいとは思うけれども。

 

「そんなわけでー、アルトくんが懲役掛かったら申し訳ないですので、覗きはしないこと」

「しねえって」

「でも昨日もうセンセイのお風呂に突入したんですよね……二年半かあ……あたし、待ってますね強制労働所の外で」

「あの村、強制労働所とかあるの!? いや、というかアレだろ。昨日の会話からすると俺を中に向かわせたのお前だろ。膏薬持っていけって。つまり同罪だな」

「じゃあ一緒に懲役の強制労働頑張りましょう!」

「頑張らねえよ。一々あんな事故みたいなラッキースケベで臭い飯食ってたまるか」

「ああっ! ほら、ラッキーだと思ってるんじゃないですか! 狼です! ぐるるー」


 テーブルの、風呂場への扉に近い席を陣取って喉を鳴らして警戒しているエリザ。

 ガキのやることなのでうんざりするとまではいかないが、まあ気持ちが良いものではない。謂れのない疑いを持たれるのは。

 風呂場なんざ覗かねえっつーの。傭兵仲間じゃ女傭兵の風呂を覗きに行く奴のことを[自殺志願者]と呼ぶぐらいだ。オークレイパーに殴られた後オゥイェイシーハーウッてな感じの逆レされるから。多分。予想だけど。

 しかしまあ、ラッキーねえ。

 うん。いや。うん。

 確かに昨日は驚きのほうが優っていたが、いざその記憶を振り返ると俺の美しい心の思い出箱に永久保存しようとは思う。

 

「アルトくん……いやらしいこと考えてません?」

「いや、世界からイジメを無くすための啓蒙活動について思案していた。まずは地道に募金からだな。チャリンと募金すれば貴方のイジメの罪は消えます。二回目以降募金すれば貴方の両親の罪も消えます」

「詐欺ですよそれ!」

「あーはいはい。そんなに不安なら外に出とくよ俺は」

「言っときますけど、勉強として建物の構造確認して、お外からお風呂場覗けないようになってるのは確認済みですからね」

「だから覗かねえって」


 センセイが風呂から出るまでの間、エリザに睨まれっぱなしじゃ肩も凝るから俺はビールの入った陶器瓶とランタンを持って小屋から出た。

 夜風も吹かねえ洞窟の中だが、結構風情はある。

 土の下なんざどこでも一緒だろうと思っていて、実際にここ数日歩き続けてうんざりするぐらい見てきた洞窟だが、場所場所でかなり様相を変えていることが俺にもわかった。

 鍾乳洞になっているところ。石と砂で乾燥しているところ。壁全体がぬめっとしているところ。粘土状の土で囲まれたところ。

 元ダンジョンだったから、無駄に広いのだろう。

 実際かなり歩いてきていて、ひょっとして隣の国の地下に落ち込むんじゃねえのってぐらいだが、センセイ曰く大きく円を描くように道が続いていて、つまりは螺旋構造的に下へ進んでいるようだという。だから歩いても歩いても深度は中々下がらねえ。 

 いっそ真下にセンセイが掘ったらどうかとも考えたが、


「やらねえよなあ、どう考えても」


 センセイの目的はダンジョンを生成したという実績ではなく、探検をすることなのだ。

 それにこのまま進めば元ダンジョンならば必ず明確な最奥がある。下手に掘る方向を間違えて見当外れに進んだら労力も無駄だろう。

 あと、センセイはあのジャケット的に下に落ちるような道を自分で作るのはやりたがらなそう。


「あー酒うめえ。元手が水と穀物だけでなんで味までいいんだこれ」


 瓶ビールを口に咥えて胃に入れる。しゅわしゅわとした炭酸もしっかり出来ていて、よく冷えていた。

 センセイのクラフトは、究極的に原材料や成分の類似品から、過程を無視した完成品を作りだす。

 

「技工士が料理屋をやってるという話も聞かねーけど、出せば大儲けだろうな。特に居酒屋とか。基本的に穀物と水だけで他種類の酒を生み出せるから酒税局もびっくりだ」


 独り言を呟きながら俺は脳内にセンセイ(中身)が割烹着で小さな居酒屋を開いている光景を想像した。


 僕真面目な公務員になって通い詰めるよ。


「気色悪ィ妄想すんなボケ!!」


 俺自身の叫びだ。七三分けで公務員になった俺に向けて、手頃な石を明後日の方向にぶん投げる。

 いかんいかん、危うく魂レベルで更生しちまうところだった。まあとにかく、そんな妄想をする程度には酒が美味い。そう、酒が美味いだけでセンセイをキャスティングしたのには深い意味は無い。

 と──その時。

 ぼご、と妙な音が聞こえた。

 俺が暗闇の向こうに投げた石の当たった音だろうが、地面や岩にぶつかった音ではなかった。

 

「……?」


 目を細めてランタンを前に出すと──その光を反射する物体が、近づいてきていた。 

 一言でいえばそいつは──ザリガニ。

 ただしクソでっけえ上に外殻が真っ白だ。いやもう本当にデカイ。どのぐらいデカイかというと、ハサミで俺の胴体ぐらいなら軽く挟めるレベルでデカイ。馬よりデカイ。

 どうやら俺のぶん投げた石はこいつに当たったらしい。


「ここは一つ……先制攻撃成功ってことにしとくか」

 

 どうせ小屋のここまで近くに寄ってきていたのならば、なにかしら危険が及んだ可能性がある。

 それを寝る前に始末するのは正しい行動だ。

 

「さてと……」

 

 一瞬センセイを呼ぼうかとも思ったが、この洞窟に入って頼りっぱなしだった俺に付いた悪い癖かもな。

 怪生物が出ただの何だので、戦闘要員な俺が入浴中のレディを呼びつけるなんざ恥もいいところだ。

 小屋にこいつが近づいたら注意を叫べばいいか。

 そう思って、腰のポーチから投石弾を手の中に取り出した。

 警戒しているのかじりじりと近づいてきているザリガニから目を逸らさずに投石紐でそれを巻いて、回転させる。

 

「ぶちまけろ」


 放つ。

 遠心力を加えた拳程の大きさの石礫はまっすぐに巨大ザリガニへ向かう。

 が、直前でこの海老野郎、デカイハサミで生意気に眉間へとぶん投げた石をガードしやがった。

 べきゃべきゃとハサミの甲殻に罅が入って半分もげたが、それで石は力を失ったようだ。

 そして痛覚は無いのか、わっしわっしと足を早めて俺に近づいてきた。


「危ねえ!」


 大きくハサミを薙ぎ払う。思っていたよりかなり早い速度だ。ハサミを受け止めれば軽く吹っ飛びそうで、俺は後ろに跳んで避ける。

 続けて接近し、上体をもたげたザリガニがハサミを振り下ろしてきたので横側に逃げた。

 地面を叩いたハサミが岩を砕く音を出した。殻の中筋肉が詰まってるのかよ!

 そこらに落ちていた石を一つ拾って、回転もそこそこに投石紐でぶん投げる。

 横っ腹に食い込ませようとしたが丸みを帯びて硬い殻に滑って、ザリガニの小さな足を一本砕くに留まった。

 

「ちっ……やたら硬ぇな、キチン質の癖に重装歩兵並かよ」


 投石は戦場で超強力な攻撃手段だが、どちらかといえば軽装の相手に効果が高い。

 というのも三百メートル届くすさまじい高速でぶん投げられた石は、その破壊力が石そのもののキャパシティを超えているというか。つまり、人間の肉より硬い物体にぶつかったら石自体が粉々に砕けてしまうので貫通力に欠けるのだ。

 重さと早さからくる破壊エネルギーは重装歩兵を貫ける計算になるはずなのだが、ぶつかって砕けた石は破壊力さえ分散し防がれる。実際はうまくいかないってことだな。勿論、石の大きさや鎧盾の材質次第でもあるんだが。

 それでも相手が人間ならば鎧の内部に衝撃を加えられるのだが、無脊椎動物なこいつらにはあんまり効かなそうだ。


 とにかく、横方向に回ればすぐにはザリガニも旋回できないだろうと思ったが、

 

「うお早っ」


 その巨大ザリガニは後ろに素早く跳ね飛んで俺と距離を開け、僅かな方向転換で再び俺を前方に捉えてわしゃわしゃ近寄ってきている。

 海老と一緒で後ろに飛ぶ速度は早いようだ。

 だがこの距離なら──と攻撃を仕掛けようとしたら、突然ザリガニは近寄るのを止める。


「?」


 こちらをじっと見たかのように思えた瞬間──やべえと思って横っ飛びに離れる。

 俺がさっきまで立っていた場所を高圧の細い水流が通り過ぎた。近くの岩にぶち当たって凄まじい音を立て、飛び散る。

 ザリガニは口に放水できる──つーかションベンできる穴が空いてるのは知ってたが、そんな威力かよ!


「ションベン引っ掛けようとしやがって、ぶっ殺す」


 第二弾の放水が来る前に、俺は腰に下げていた杖──に、偽装した既に手槍をセットしてある投擲機アトラトラを掴んで構える。

 投擲機は、槍状の武器をまっすぐぶん投げるための原始的かつ効果的な道具だ。魔法も科学も無かった頃の人類はこれを使って猛獣から攻撃のアドバンテージを得た時代がある。

 

「文明サイッコー」


 言いながら、投擲機を思いっきり振り下ろす。

 するとセットされた槍がいい感じに稼働して遠心力が最大掛かったところで前方に向けて穂先を向けてかっ飛んでいくという仕組みだ。

 その槍は空間に巨人が縫い針を通したように──まっすぐ一直線に目標のザリガニの頭から尻尾まで一気に貫いた。

 幾ら無脊椎動物でもそうされれば死ぬだろ。

 [四枚通し]のアルトリウス……傭兵になって戦場で得た称号だ。鉄鎧四枚をぶち抜いた威力は伊達じゃない。


「ふう、仕留めた仕留めた。センセイにザリガニの体バラして貰って中の槍を抜かないとな」


 手をぱんぱんと叩いて、びくびくと痙攣したように動いているザリガニを見た。

 そしてその後ろから、二匹目の巨大ザリガニが怒り心頭とばかりに死にかけのザリガニの前に立ちはだかり、そして俺に向けてハサミを上げて威嚇し始めたのを。

 ちょっぴり軽くなった投擲機を腰に戻しながら、言う。


「あー……ひょっとしてご家族さん? この度はご愁傷様でし」


 放水された。即逃げて岩陰に隠れる。

 クソが。戦場なら槍の十本ぐらい持ち歩いてるけど、ここは洞窟だ。センセイが出せるからいいかって思ってあの一本しか用意してないんだぞこちとら。

 クラフトとまでは行かないが、木材と尖った石があれば槍ぐらいは作れるのだが。


「こうなりゃ投石だけで倒すか……」


 水ビームが周辺に飛び散る中で、とにかく投げれそうな石の位置をランタンの明かりで確認してると──。

 ごとり、と斧や槍が放り投げられて、近くの地面に落ちた。

 

 "アルト! 武器だ!"


 声が聞こえた。

 戦いの音を聞きつけたセンセイが小屋から駆けつけたらしい。或いはエリザが気づいて呼んだのか。

 ちっ。一匹だけなら俺だけで軽く仕留めたんだが。

 まあいい。ビームの間隙で岩陰から飛び出して、石で出来た斧を手に掴む。

 重さは十分だ。縦回転を加えながらザリガニに放り投げる。重さは投石や槍どころではない。一撃で眉間を叩き割って、ザリガニは手足をばたつかせた。

 

「トドメだ」


 石の槍を投擲機に仕掛けて、ぶん投げる。斜め上から振り下ろされた槍は地面にザリガニの体を縫い付けるように刺さり、やがてその断末魔の動きは鈍くなり止まった。

 

「ふうー。悪ぃなセンセイ。もうちょい楽に倒す予定だったんだが……」

 "気にするな。いつでも呼んでくれて構わないのだぞ"

「そうかい。そりゃあ───」


 振り向いて、俺は白目を向いた。

 小屋の明かりをバックに、外に出てきているセンセイは。


 風呂から急いで駆けつけてきたようで──裸だった。


 細い足と肉付きがいいのにくびれた腰。豊かな胸。鎖骨。化粧気が無いのに艶やかで染みも無い顔。それらがまだうっすらと濡れて、湯が滴って上気していた。

 真っ白い肌が洞窟を照らす明かりでとても目立ち、何も隠さずに佇んでいる。



「そこは気にしろよ!」



 俺が指摘するとはっとしたようにセンセイは固まって、ゆっくりとしゃがんで膝を抱えて体を隠した。


 "あ、あの……これは……その……"


 プルプルと震えながら顔を真っ赤にしている。背後から、バスタオルを持ってエリザが駆けて来ている。

 まったく、こんちくしょう。目の毒に効く目薬ってあるのか?

  



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