第7話『センセイ』
「おー痛ぇ」
今日も今日とて、センセイがしゅばっと新設した小屋にて休憩を取る。
しかしあれだ。毎日石造りでしっかりとした小屋に泊まって、ふかふかのベッドで寝ているわけだが。
もしセンセイが居なかったら、そこらの岩を枕に野宿を何日も続けないといけなかったって考えると、普通の洞窟探検はハードな仕事だな。それこそ寝ている間に、蟻の餌になっちまいそうだ。
少数人数で利点があるというのも、センセイがいるからこその少数人数だ。居ないとなると手分けしてテントを貼ったり、食料荷物を大量に持ち込める大人数じゃなければまず探検が成立しないだろうな。
ま、それはともかく。
蟻の大群が生息する範囲から逃げた俺達は三時の休憩もそこそこに、とにかく襲われた地点から離れることにした。
寝る場所決めてもそこがまた蟻に囲まれるようなところだと堪らねえからな。
一応、休憩の際に俺やエリザが蟻に噛まれたところに膏薬を塗っておいたわけだ。ちなみに市販品。外に雑貨屋で買っていたやつだ。
それで出血なんかは止まり、そして小屋にて風呂に入ったあとでもう一度念の為に膏薬を塗りこんでいるのであった。
「他に噛まれてねえよな」
体をよじり、腰や足などに傷口が無いか確認する。
幸い噛まれた場所は他に無さそうだ。
「ちょっとアルトくん、パンツ一生で居ないでくださいよ」
「なんだよパンツ一生って。俺は一生パンツ男か」
「そうなんですか?」
「違ぇよなんで聞き返すんだ。あとパンツじゃねえから。ステテコだから」
「知りませんし見たくないです。大体なんでいちご柄なんですか似合わない」
「見てるじゃねえか」
「見てませんー」
まるっきり子供だな。頬を膨らませたまま顔を背けているエリザに苦笑をこぼして、シャツを被ってズボンを履いた。
それにいちご柄は良いだろ、いちご柄は。俺のお気に入りのステテコなんだぞこれ。
「ほらもうちゃんと着たぞ」
「はぁい。でも、あれですね。こんなちゃんとした小屋があるならパジャマも持ってくればよかったです」
「限りなくいらねえだろ」
「いりますよ! 寝るときはパジャマを着ましょうって教わらなかったんですか? 神に」
「神に!?」
どこの神だ、それは。
「いいか、寝るときは上裸にジーンズでソファーに寝て、目が覚めたらぬるくなったビールと冷めてまずいピザの残りを齧って昼まで二度寝するんだよ」
「……ちょ、ちょっとかっこいいかも! こんど一緒にそれやりましょうよアルトくん!」
「女子供と一緒にやるだけで台無しすぎるだろ……」
いや、案外そういうハードボイルドにやかましい少女はつきものなのか?
あんまり読まねえからなあハードボイルド系の小説とか。偏見みたいなイメージしか知らねえし多分俺に似合わない。
「大体、欲しけりゃパジャマをクラフトすればいいだろ、お前の場合」
「ううう……本当にできるようになるのかな……今晩の授業も楽しみだなあ……あっ涙が出てきた」
「そこまでしんどいか……」
エリザが、センセイの居る風呂場の扉を見ながら目元に浮かんだ涙を拭った。謎理論を理解できない自分への悔しさの涙か、単に眠くなる涙かは不明だが。
ふと、エリザの視線が固定されて思案顔になった。
「どうした?」
「いえ、先生は蟻に噛まれなかったのかなって。ほら、あたし達がテーブルの上に居た時も、下で作業してましたよね」
「ふむ、確かにそうだな」
そのときは蟻の大群はまだ押し寄せていなかったとはいえ、数十匹ぐらいはセンセイがすり鉢状に地面を掘削していたときもそこらには居たはずだ。
明確にこちらの肉を狙ってきている蟻どもだから、近くに獲物が居れば噛みつくだろう。
センセイのことだから近づいてもあのツルハシでさくさく片付けて行きそうだが……。
「なにも言わなかったから、噛まれなかったんじゃねえの?」
「でもでも、案外先生って責任感じるタイプじゃないですか」
「そうだな」
「だから噛まれたことも心配されないように、黙ってたりとかして……」
「……まあ、あの蟻だったら一箇所二箇所噛まれても別に放っておけば治るぐらいの傷だろうけど」
確かに蟻にしちゃデケェし噛まれれば血が出るぐらいはあったが、余程悪いところを噛まれない限りは平気な程度だ。
戦場で流れ矢がぶっ刺さり、投石器の攻撃で周辺の地面ごとふっとばされるのに比べればションベンみたいなかすり傷に過ぎない。
長年探検家をしているセンセイにとっても、怪我をしたとしても話題に出さない程度だと自覚しているのだろう。
だがエリザは、
「駄目ですよ! 千丈の堤も蟻の一穴からって名台詞があるじゃないですか!」
「名台詞なのか? それ」
「というわけで先生も怪我してないか確かめて貰いましょう」
「風呂上がった後でいいだろ」
「先生ってお風呂あがり、普通にいつもの格好をしてますし……」
「ああ」
俺やエリザは寝るときは多少ラフな格好──シャツとズボンになるが、センセイは相変わらず作業着でリュックも背負ったまま靴も脱がずに横になっている。脱がないの?とは聞いたが慣れているから大丈夫だそうだが。
「脱いでる今がチャンスですよアルトくん。軟膏を勧めてきてください」
「俺かよ」
「だって、男の人の裸は恥ずかしいですし」
「……まあ、いいか」
他人の風呂中に乱入するというのは、やや抵抗が無くはなかったが。
あのコケシ人間みたいなセンセイが服を脱いでいる姿というのも興味はあった。
おっと、勘違いするな俺はホモじゃない。ただの学術的興味だ。そもそも骨格とかどうなってるのか、気になっていたんだ。
俺は軟膏の小瓶を持ってサンダルをつっかけ、風呂場への扉を開いた。
「おーい、センセイ。蟻に噛まれてねえ? 傷薬あるけど」
とりあえず小屋の間取り説明するが、風呂場はええとだな、
■■■■△△
■■■■■×
■■■■■□
■■■■□□
■が寝床兼広間。
△が便所で、□の風呂場は■との境のドアを通って、一旦直角に曲がって×に浴槽がある。スペース上の都合と脱衣所代わりだな。
で。
一番右下の角に、センセイがあったのを、扉を開けた俺は見た。
、、、
『あった』
と、表現するのはまさにそこに座っていたセンセイは──生きているように見えなかったからだ。
センセイは胸から上が、千切れかけたかのように大きな切れ目を見せて、座っているのに頭は天井を向いていた。
ソーセージをぼきりとへし折って一部の皮だけが繋がっている状態とでも言おうか。
とにかく、生きては居なかったのは確実だ。
「──センセイ!? 大丈夫か!!」
軟膏どころの話じゃねえ。俺は慌ててセンセイに駆け寄った。
えぐり出されたのか、空洞のように内臓がぽっかりと抜け落ちているのを見てゾッとする。俺達が目を離した瞬間に、センセイはこんな猟奇的な──。
ざば、と水の音が聞こえた。
俺の背筋は粟立った。そうだ、センセイをこんなにした何かおぞましい敵が居るとしたら──この先の浴槽に──恐らくサメ……。
呼吸が浅くなると同時に、軟膏の瓶を固く握りながらそちらを向く。武器の一つも風呂あがりの俺は持っていない。せめてこれをぶん投げて怯ませ、部屋まで戻らなくては──。
そう、思って、視線を、浴槽に。
そこには風呂から立ち上がった様子で──長い黒髪を湯で濡れた裸体に張り付かせた女がきょとんとして俺を見ていた。
俺は意表を突かれたと言ってもいい。
不意打ち気味に軟膏をぶん投げる作戦が頭からスッポ抜けていった。
そしてとても個人的な感想を言えば、かなりの美女で巨乳だった。あといい匂いがした。
女は、驚きから覚めたものの訝しい様子で、体も隠さずに俺の方を向いたまま首を傾げた。
幸いと言っていいものか、やたら理不尽に濃い湯気やらランタンの光やらで詳しいところは見えなかったが。俺は訴訟されたらこれを裁判所で主張したいと思う。
濡れた艶やかな、薄い色をした形の良い唇を僅かに開いて、女は声を出した。
"アルトか? どうした、なにかあったか"
その言葉はセンセイの口調だったし、やや平坦ないつも通りの声だった。ただ少しばかりエコーが抜けて女っぽくなっていたが。
OK。
俺は悟った。
センセイの中の人だこれ。
「べっ、つ、に……緊急事態って、わけじゃ……無かったですはい」
舌がもつれて変な声が出た。
やべえ超動揺してる。童貞のクソみたいな言葉を出した自分の口を縫ってやりてえ。
後ずさって扉まで向かう。
センセイが何やら俺の変な様子を心配したようで、口を半開きにして手を伸ばしているが。
"アルト?"
わかってる。
センセイに中の人が居たのはわかったから。
体隠せ。
糸で巻き戻されるように下がりに下がって角を曲がり。
俺は風呂場から出てそっと扉を閉めた。
勢い良く叩きつけて閉めようかと思ったが、それをするとセンセイが気に病むかなとか、変な気遣いが咄嗟に生まれたのだ。
「アルトくん、どうしたんですか? 急にお風呂場で叫んだりして……びっくりしましたよ」
こっちに向かいかけてきたのだろう、エリザが扉を閉めた俺のすぐ後ろから話しかけてきた。
振り向いた俺の表情を見て彼女はびくっとした。まあ、多分なんとも言えない歪んだ顔をしていたからだろう。
無言で俺は扉に親指を向けて、言う。
「センセイ……女だったじゃねえか」
「えええええ!?」
*****
それから暫くして。
広間のテーブルに三人が顔を付きあわせて座っていた。
まあ誰というほどのアレではないが、俺とエリザの前の椅子にセンセイの中の人が座って、抜け殻──っぽくなっているセンセイの外ガワが隣に置かれている。
確かにガワを明るいところでよくよく見れば、中腰というか半ば腰掛けたような体勢で中に入れるスペースがある。手足はそれこそ、キグルミのようにすっぽりとガワの内側に嵌めていたのだろうが。
風呂を終えて体を拭いて出てきたセンセイは、紺色でやや胸が開いた半袖のぴったりとした服を着ている。体に張り付くぴっちり感はダイバーが着る服にも似ていた。細身だが胸やら腰やら丸っこいところは丸っこい身体のラインがよく見えてしまう。
黒髪ロングを腰まで伸ばしたセンセイは人間種族のようだが顔と首元と二の腕から覗く肌は驚くほど白く、目鼻の筋が立っていて目がやけに綺麗で、陶器の人形のような顔の印象を与える。年は俺より下に見えるが、大人びた十代にも見えるし、若い二十代にも見えるのでよくわからん。
「セ、先生……!」
あんぐりと口を開けているエリザ。まあ少なくとも彼女よりセンセイは大人に見える。
「あれ服だったんですか!?」
「服っつーのか!?」
ダイナミックな服もあったもんだな、おい。
困ったように微笑んでいるセンセイに、エリザに任せたらどうも話が遅いと思って俺が問う。
「探検技工士のセンセイに、中の人が居てそれが美人さんだったなんて聞いたこたねえんだが……」
俺はこれでも、ダンジョンの命名権欲しいなーと前から思ってたから関連雑誌とかを読んでいたんだ。[探検家になろう]とか[電撃探検家マガジン]とかそういうやつを。
それでセンセイのことも知っては居たんだが、中身があるなんてどこにも書かれていなかった。
彼女は少し困ったように口元に人差し指を当てて考えたようだが、静かにこう言った。
"順を追って説明しよう。まず、アルトがその──私がその探検技工外装の中に入っているということを知らなかったというのは、他の誰にも私がその事実を隠していたからだ"
「ほう」
とすると何の偶然か意識の緩みか、脱いだところに乱入したのが俺というわけだが。
いまいちしっくり来ない気がした。だってそうだろう? 探検で他の誰かと生活を共にするのに、俺だけが風呂のときに目撃したってのは少し変だ。何十年センセイは探検家として活動しているんだよ。
それこそ風呂はあまり作らないといったが、それでも少人数で潜るのは今だけではないし、その時は作ったはずだ。
俺の訝しい目線に気づいたようで、目を合わせて彼女は頷いた。
"疑問に思っているようだが、本来は探検途中でも水浴びはその外装だけにして脱ぐことは殆ど無い。今回は特別に──そうだな、君達にいつ私のことを告げようかと思って、バレても構わないという思いで入浴をしていた"
「何の特別があるんだ?」
"エリザだ"
「あ、あたしですか!?」
指名されて慌てて返事をする。
エリザが原因ってなると……ああ、そういうことか。
"アルトは気づいたようだが、エリザは私の弟子になった。この洞窟を出ても暫くは私のところで学んで貰いたい。だから、このことを教えようと思っていた。弟子に隠し事をするのは、趣味じゃない"
「でもそれは、仕事が終わって俺が居なくなってからでも良かったんじゃねーの?」
師弟の秘密が特別となると、俺はまったくの部外者なわけだ。
だがセンセイは微笑んで俺を見た。どうも、苦手というか見ていて悪感情が生まれないのが逆に困る感じの笑みだ。
"アルトは……事情こそ知らないけれど、評判を気にしているだろう。君の行動方針に関わっていそうだと、言動の端々から察して──君ならば、私の正体を知っても言いふらしたりはしないと、ここ数日だがそう思えた"
「へっ。信頼してくれてありがとうよ。幸せになる壺かコピーの絵画でも買ってくれるとなお嬉しいぜ」
"ふふっ"
こちらの事情を見透かしたようなセンセイの言葉に苦々しく返すのだが、口元を押さえて静かに笑われた。
ああくそ、傭兵の集まりなんかじゃ俺を嘲笑したクソなんざ即!喧嘩だってのにどうもセンセイ相手にそれをする気になれねえ。
……ん? そういやセンセイは見た目通りの人間だよな?
探検技工士の伝説は確か……もう何十年か前から……
"それともう一つ──聞いてもらいたい"
センセイは視線を外装に向けて、複雑な表情で言う。
"私は探検技工士センセイであるが──探検技工士[先生]ではない"
なに?
「それは……どういうことですか?」
エリザの不安そうな言葉に、彼女は応える。
"本来の探検技工士[先生]とは、私の師匠が呼ばれていた。幾十のダンジョンを作り、潜り、生還した伝説の探検家。それはほんの三年前まで、私の師匠である[先生]の作った伝説なのだ。
私は弟子だった。時にはダンジョンに同行したり、自分で技工士として活動したりしながらも先生の弟子として彼の活躍を誇りに思っていた。
だがある日。先生はダンジョンに潜ったまま帰ってこなかった。だが、私と先生が住んでいた家に見たことのないこの外装がいつの間にか置かれていた。
この外装は先生にそっくりで、着用すれば探検の助けになる道具だった。これが何故現れたのかはわからない。だが、先生は待っていても帰ってこないと思った。
そして私はこれを着て、探検技工士となりダンジョンへ潜るようになった。姿は先生とそっくりだったから周りにはそのまま同一人物だと思われたけれど、訂正もしなかった。私の本名も皮肉にも[センセイ]だったからな。
あの先生が死んだと自分で認めたくなかったのかもしれない。そして、どこかのダンジョンの奥底に先生が居るのかもしれない。そう思って、この三年は先生に比べれば拙いながらもセンセイとして成功を納めていた"
彼女は。
師匠の名を継いで、そうであろうと活動している探検技工士なのだと語った。
"私は知りたいのだ。
この外装に先生が乗っていたならば、今はどこにいるだろうか。
この外装は先生に似せて作られたのならば、誰が作ったのだろうか。
どうして私にこれが送られてきたのだろうか。
そして──これは根源的な欲求として。見たことのない何かが世界のどこかに沢山存在している。それを見つけて知りたい。
私は知りたい。去っていった誰かの意思を知りたい。この世界の謎を知りたい。だからこうして、探検を続けている。探検技工士として、生きている"
そう語ると、彼女は大きく息を吐いて、やや目尻を下げて俺達を見てきた。
"身の上を偽っていたから、君達からは失望されるだろうが……"
「しません!」
大声で、エリザが遮ってテーブルに身を乗り出した。
彼女は面食らったような顔のセンセイに続けて言う。
「失望なんかしません! あたしが、背中を押されて弟子になったのは伝説とかダンジョンレイパーとかそんな大層な名前に対してではなりません!」
"ダンジョンレイパーはちょっと"
自分についた不名誉なあだ名にちょっと引くセンセイ。
気にせずに、エリザは続けて言った。
「あたしは、センセイに! あなたに技工士の教えを受けて付いていこうって決めたんです! だから、あたしにとっては先生は偽物とか代わりとかじゃないんです!」
"……エリザ"
はいはい。
いい話いい話。
手を取り合って百合の花でも咲きそうなぐらい見つめ合ってる師弟。頑張って欲しいですね。
げ。センセイがこっち向いた。
"……アルトはいいのか? 君は伝説の探検技工士を頼りに、潜ることになって……その、騙したようで"
「あぁん? いいよ別に。センセイだってここ三年、ダンジョン潜りの経験積んできたんだろ」
"ああ、それと先生の助手もしていたから自信はあるのだが"
「じゃあ胸を張ってろ。間違えそうだったら三人で考えながら進みゃいいだろ。ここまで潜っといて、偽物でしたんで契約不成立で帰ろーとは言わねえよ。頑張ろうぜー」
テーブルに寝転がるようにしてそっぽ向きながら俺は適当にそう応えた。
そりゃあ、この探検技工士が伝説じゃない……というか伝説の弟子ってのはちょっと想定外だけどよ。
とんでもねえトーシロとかならまだしも、ちゃんと経験のあるやつなんだからそこまで問題はねえだろ。今のところ順調なわけで。
それに……名前を継ぐ、か。
少しだけセンセイに視線を向けたら、それでも気まずそうな顔で俺を見ていた。
ああもう、わだかまるぐらいなら黙っとけよ。秘密なんか明かしても、まったく得なんてしないんだぜ?
「はあー」
「ど、どうしましたアルトくん」
「……」
俺は顔を上げて、テーブルに顎を付けて半眼で二人を見ながら口を開いた。
「俺の本当の名前は[アーサー]ってんだ」
「え?」
"……アーサー"
「だけど今はアルトリウスでいい。アルトリウスは養父の名前でな。元騎士だったらしいが、仕事で国家反逆罪レベルのミスをしやがってとんでもない汚名を受けた碌でなしだ。
[不名誉のアルトリウス]とか言われてな。失敗の内容は機密だったが勝手な噂が噂を呼んで、国中で親父の名前が悪名の代名詞になるまで使われまくった。
処刑でも受けてりゃマシだったんだろうが、どういうわけか不名誉除隊だけで済まされてな、惨めなもんだぜ」
突然語りだしたことに、エリザは目を丸くして聞いている。センセイはじっと俺を見ていた。
ええいクソ、こんなんだから自分語りなんてやりたかねえんだ。
「で、俺としちゃ糞オヤジが罵られようがどうでもいいんだが、その仕事上の失敗の理由がどうも噂によると『赤ん坊を助けた』ことによって連鎖的に発生したみたいでな。
その助けた赤ん坊って? 俺かよ! みたいな。俺のせいで罵られてるとかマジ胸糞悪いっつーか。こんな目に合うぐらいなら助けんなっつーか。
色々ウゼェ気分になったから悪名の代名詞な糞オヤジの名前を、別のアダ名とかデカイ功績とか立てて霞めないと、原因の俺が悪いみてぇじゃねえかって思って傭兵になって活躍していたわけだ。
ダンジョンの命名権にこだわるのも、[アルトリウスダンジョン]をどっかに作ってクソみたいな悪口より有名にするためでよ。まーそんな感じ」
投げやりな感じに、早口でそう告げて。
テーブルの中央に置かれた小さな酒樽から、コップに酒を注いで一気に飲み干した。
口の中を焼くぐらいのアルコールが欲しかったが、僅かに熱くする程度の酒だ。まあ、味は悪くない。もう一杯注ぎつつ、俺は酒で赤らめた顔で二人にもそれを勧めた。
「恥ずかしい秘密話暴露会じゃねえの? ほら、お前らも呑んで嘘でも本当でもこっ恥ずかしいこと言いやがれ」
顔を見合わせて──どこか慌てたように、エリザは酒を自分とセンセイの分注いだ。
まったく。酒も入ってないのに身の上話なんざ、するもんじゃねえっての。
他の傭兵仲間にも言ったことない──内容的に、言ったら台無しだからだが──ことだったが、こいつらは傭兵じゃないから平気だろ。
二人もぐいーと酒を呑んだ。センセイはなんかこっちを楽しげに見ている。見るな見るな。
親父だか師匠だかが原因で色々やってるって親近感なんか、沸かせるんじゃねえぞ。
「あーおい次はエリザだ。なんか恥ずいこといえ」
「わ、わかりました! ……あの、これ凄い秘密なんですけど二人には特別に教えますね。絶対笑わないでくださいね!」
"笑うものか"
俺とセンセイの視線がエリザに向くと、彼女は手元の酒を飲み干して、やや俯きながら勢いをつけて吐露する。
「じっ実は……あたしの本当の名前……皆にエリザってアダ名で名乗ってるけど……」
「名前?」
「フルネームは『エリザベライザーゼット』っていうんですっ!」
……。
「エリザベライザーゼット」
"エリザベライザーゼット"
「呼ばないでください! 恥ずかしいんですから! 合体変形ゴーレムみたいで!」
俺とセンセイは、笑うなと言われていたけれど、つい声を上げて笑ってしまった。
個人の秘密や事情なんて、エリザのこれとそう変わらないだろう? 言わなったが、目があってそう通じた気がした。
そうして酒を飲みながら、俺達はへんてこな話をして夜は更けていった。
少しか結構か、よくわからねえが。
俺達は連帯感っつーのか仲間意識っつーのか、そういうのが高まった気がした。
「そういえばセンセイ。俺らに明かすのはともかく、それならそうすればいいのになんで生身で風呂に入ってからだったんだ?」
"……その、君達に秘密を明かそうと、いざ外装の中の姿を現すときにだな"
「ああ」
"体が臭うとか……思われたら嫌だったから洗っておこうと……"
「……」
センセイは意外に乙女だった。




