第5話『弟子入り少女』
洞窟の中に作られた簡易小屋。
朝を告げるのはチクタクと動く時計のみであったが、俺達はおおよそ朝六時に起床して出発の準備を始めた。
朝食に出るのはセンセイがクラフトした蒸しパンだ。他にはコーンポタージュスープと野菜ジュース。
「……これ蒸しパンと見せかけて[虫]パンとかじゃないよな? 昨日のオオムカデ素材入れてないよな?」
"ムカデは料理じゃなくて別の道具作りに使うから入れたりしない。だから安心しろ"
「美味しいですよ、ケーキみたいで!」
「そうかい。ところでエリザ、ケーキってのは砂糖を塗ったパンのことじゃないからな」
「わかってますー!」
センセイを信じることにして、柔らかな蒸しパンを齧った。口の中で溶けそうなふんわりとした感触に、とても甘い味が目覚めの頭に嬉しい。
朝食には素早くエネルギーになる甘い菓子などが適している。センセイに掛かれば、甘い食べ物は全て[穀物素材]で作れるのだ。思いっきり乱暴に分類すれば、サトウキビだってイネ科で穀物みたいなもんだからな。
とりあえず探検で食い過ぎってこたぁねえだろうから、三人でもっちもちと食った。
ふやっとしてて腹に溜まらねえと思うかもしれないが、クルミが混じってて噛みごたえがある。それに量もたっぷりだったから満腹にはなりそうだ。
「……じー」
昨日から気になっているのだろうが、エリザがセンセイの食い方を見ている。
「行儀悪いぞ」
「でもでも」
いや、そりゃちょっとあれだが。
センセイはちぎった蒸しパンを、そのドラム缶をコケシ風に着色した感じな頭部に近づける。喋っているのに開いたのを見た覚えのない口元に食品を持って行くと。
ひゅっと。
食べ物が消える。
恐らくは吸い込まれた……のだろうか?
「こら、エリザ! 手を伸ばすな! 巻き込まれるぞ!」
「はうあ!」
そっと自分の千切ったパンをセンセイの口元に近づけているエリザの手を俺は叩いた。
"君達は人をなんだと思っているのか"
呆れた様子でセンセイがまたひゅっとパンを吸い込んでいた。
食事を終えると小屋の片付けをセンセイが行う。
片付け、と言っても掃除などではなく、ベッドを解体して木材と布素材に分解するぐらいで、小屋自体は置いていくことにした。
木材と布素材でできたベッドと違って、それ以外は殆ど土と石でできているのでそこらを掘れば手に入る素材だからだ。
帰り道に再び使うか、ダンジョン化すればここが冒険者の拠点になるかもしれない。
そう思いながらも、俺達は再びランタンと松明を持って洞窟の奥を目指し歩き始めた。
洞窟の内部は基本、岩や砂利っぽい地面に時折水たまりが見受けられる。
壁は基本的にじめっとしていてあまり触りたいものではない。かなり広かった入り口付近よりは狭いが、それでも十分な幅がある道が続いていた。
人間の都合など考えずにメチャクチャに成形された自然地形ならば行き止まりや歩けない場所などが多そうだが、この洞窟は一応進んでいけるあたり、元ダンジョンという昨日聞いた話も信憑性がありそうだ。
「って思ってる端からこれか」
天井が高くなったと思ったら、目の前に切り立った崖か、大岩のようなものが立ちはだかっている。
高さは5mほどもあるだろうか。ほぼ垂直になっていて、行き止まりにも見えた。
一番後方を歩いていた俺だから、少しばかり下がって目を岩の上に凝らす。
「んー……その上に道は続いてるみたいだな」
天井は目の前の崖で行き止まりになっておらず、ずっと先まで続いているようだ。やや狭くなった穴がぽっかりと見えた。
エリザが首が痛みそうなぐらい見上げて言う。
「じゃあ登らないといけないですね」
「誰か一人上に行ってロープでも垂らすか?」
俺なら頑張れば登れないほどじゃなさそうに見える。
すると、センセイが腰にランタンを下げてツルハシを構えた。
崖の壁にツルハシを振るう。小気味良い音が連続して鳴り、昨日壁を掘っていたように崖に穴が空いていった。
しかし昨日と違うのは、その穴は斜め上に向けて掘られており、足元は階段型にしてある。
ものの数十秒もあれば俺らが通れるぐらいの小さめなトンネル状の階段が、崖の上まで到達したのである。
「おおおー……」
俺は昨日見ていたがセンセイの掘削能力にエリザは口を半開きにして、トンネルを進みながら壁や天井に手を触れた。
適当に突き崩したようにしか見えないが、その刳り抜かれた断面はむしろつるりとしている。
「これっていきなり崩れたりしないですよね?」
"砂の土壌なら補強しなければいけないが、この洞窟なら余程のことが無い限り落盤もしない土質だ。爆弾を使っても平気だろう"
「へーすごいなあ。あたしなんて、砂場で遊んでトンネル作ってもすぐに潰しちゃいますよ」
「砂場で遊ぶってのは遠い昔の話なんだよな? お前がまだ未就学児レベルの頃の」
「いえ? 先週とか遊びましたね」
「……」
「な!? なんですかアルトくんその哀れんだ目は! ええと、ほら! 漫画とかでも、海に行った女の子たちが砂遊びとかするじゃないですか!」
「ありゃ海だからだ! 漫画でも十代半ばの女キャラが公園の砂場でキャッキャしてたら『ああ……ちょっと遅れてるんだな』とか可哀想に思うわ!」
「思いませんよ! 差別表現はやめてください!」
俺は溜め息をついて、半眼で手を振って諦めたような声を出した。
「わかったわかった。エリザが砂遊びしてるのすげえ似合うよマジ天使。だからとっとと進め」
「ううう……パーティの間に早くも亀裂が……」
「パテで埋めとけそんなん」
言い合いながら先へと進んだ。
やや狭くなった道も先に行けば、巨大な鍾乳洞が地面に繋がっている広い道に戻る。
水気の臭いを結構感じ始めた。山に降った雨が地底に染み出てきているのだろう。それが岩の表面を長年かけて溶かし、垂れ下がったような形にする。
水分からか、ヒカリゴケが繁殖していて俺達の明かりを受けてキラキラと光を返していた。あっセンセイがツルハシで削って苔素材にしてる。グッバイヒカリゴケ。
「それにしても、あちこち穴が空いてるな」
松明を軽く振って見回すが、人が通れそうな穴が幾つも見える。
どれが地底に繋がっているのかは、時折センセイが微細な空気の流れを計測して進んでいるのだが。
「これって迷ったりしませんよね……」
分かれ道のように点在する穴を幾つも通りすぎて行くので、エリザが不安げに呟いた。
"大丈夫だ。これまで通った道は全て私が記録してある"
センセイの言葉に、俺も頷いた。
「そうだぜ。こちらのお方は何十何百もダンジョンを潜って全部帰ってきてる伝説の探検家だ。帰り道がわからなくなるなんて間抜けはしねえさ」
「……ですよね!」
「おうさ。俺の読んだ情報誌にも、『あまりの凄腕テクに初物食いのダンジョンレイパーと呼ばれる』とか書かれてたぐらいで……」
ぴたり、と目の前を歩くセンセイが足を止めた。
こちらに背を向けたまま、
"そんなこと言われているのか……?"
と、戸惑って言うので、悪い噂を仕入れちまったかと少し悪い気がした。
微妙に落ち込んだセンセイは休憩を宣言して、またテーブルと椅子をクラフトするのであった。
******
探検の基本日程は、
朝八時出発。
朝十時おやつ休憩。
昼十二時~一時昼食休憩。
昼三時おやつ休憩。
夕六時に寝床の小屋設営。
という形で二時間刻みで休憩が来るので正直言えば非常に楽だった。
これは素人目に見ても体力が劣っていそうなエリザへの配慮や、目的地までの距離が定まっていないのと食料の余裕があるからだろう。
大人数で集まっての探検は、ともすれば不平不満からやれ「もっと早く進め」だの「慎重すぎる」だのと意見が出て不和を招きそうだが、たった三人で俺とエリザもセンセイのいうことがもっともだと思っているのでそんな事態にはならない。
少人数にも利点があるってのは本当だな。
特に問題もなく一日移動に費やした。途中で蛇が出たぐらいで、俺がナイフで軽く縫い止めてセンセイがマテリアル化させる。
そして今日もセンセイが超速で小屋を作り上げて中で休むことにした。
「そういえばセンセイ、こういうお家作るのって疲れないんですか?」
エリザが夕食の蒲焼き丼(穀物素材+蛇素材+塩素材)を食べながらそう尋ねた。甘辛のタレで焼いてある蛇の蒲焼きが、ふっくらと炊きあがった湯気の立つ銀シャリに載ってるごちそうだ。
センセイはひゅっと蒲焼きの頭部分を口に吸い込んで応える。
"特に疲れるわけではないな。無論、技工士によって疲労は個人差がある。私もこのような悩まずに作れる最低限の部屋数の小屋だから楽だが、素敵なマイホームでも作ろうとデザインを凝って考えながらクラフトしたらやはり時間も掛かるし精神的に疲れる"
「なるほどー」
"さすがに私も、砂漠の1000m地下に埋まってしまったときは脱出するのに疲れた。掘っても掘っても上から砂が落ちてきてキリがない"
「疲れるのケタが違ぇな」
処刑か絶望ものだろ、普通それ。
呆れつつも肝吸い(蛇素材+塩素材+水)を啜る。どういうわけか、蛇の肝はえげつない臭さがするはずなんだがこの料理はまったく気にならない蛋白な味わいだ。どうなってるんだ。前に俺が自分で捕まえた蛇を皮剥いで丸焼きにして食ったら、肝の臭さと苦さで死にかけたぞ。
「あ! そういえばセンセイ」
ごそごそとエリザはポケットを漁って、テーブルの上に何かを置いた。
いや、何かって。
キューブ状のマテリアルだったのだが。
……んなもんポケットに入れるか普通。
「お風呂場の排水口のところにこれ落ちてましたよ。多分排水口開けたときに、回収漏れがあったんじゃないかなって」
"……触れるのか?"
怪訝そうな声でセンセイは言って、俺に顔を向けた。
"アルト、そのマテリアルに触れてみてくれ"
「あ、ああ」
センセイに言われて俺は恐る恐るキューブに触れてみた。
指先が軽く突いたかと思うと、音もなく石素材のマテリアルは──ごつごつと丸い、洗練されていないそこらに落ちている石ころに変わってしまった。
「これは……?」
"普通、技工士以外の者はマテリアルに触れることはできない。魔力で固められたキューブに触れば、元の形へと変化してしまう。だから技工士以外にはクラフト能力は使えないのだが……"
「でも、あたし触れて……ま、まさか!?」
エリザは驚いたように、自分のポケットを開けて中を見た。
「このポケットが特殊な……!」
「いやそうなのか!?」
"違うからね"
ツッコミの色に冷たさが混じっているのは気のせいだろうか。エリザがポンコツなのが悪いだろここは。
"驚いたことに……エリザには技工士の才能があるようだ"
センセイは関心したように、そう告げた。
******
技工士。
センセイが行っているように、物質を様々な用途に使える素材に変換して、素材同士を組み合わせて道具を作り出す職業。
恐らくは世界で最も技工士は人口が少ない職業である。
これは技工士になるために特殊で希少な才能が必要なので、なりたいと思ってなれるわけではないらしい。
技工士を目指すための学校も専門書も組合も無く、単に世界中を放浪している技工士が、その才能を持つ誰かと出会ったときに親方と弟子として技術を教えることで初めて技工士になれる。
稀な才能。稀な親方との出会い。そのダブル低確率を達成しなければならない。そんなんだから、アホみたいに人数が少ない。
放浪癖もあるので、是非にとどこかの国などに留め置かれていても出て行くので正確な数さえわかっていないぐらいだ。
"ただし技工士は一生で、誰か弟子を一人見つけるというジンクスがある"
センセイはそう言って、手元の丼を退けた。いつの間にか蒲焼き丼は綺麗に食べ終えていた。
自分の両手を見ながらエリザは軽く震えているようだった。
「あたしに……そんな素質があるなんて……」
「驚きだな。ちょっとその辺にドッキリの看板とか隠してねえ?」
「センセイ!」
"いや、無いから"
俺の軽口に強く反応するエリザに、センセイは冷淡に突っ込んだ。
どうやら本当のようだとエリザも理解して、確認をするように呟く。
「生まれたエルフの里だとドンくさ娘って馬鹿にされて、精霊魔法は初歩で躓いて落ちこぼれ、里でニート扱い受けて居心地最悪だったから人間の村に移住してもなんかこー子供に馬鹿にされ続けて、詠唱魔法も二十年ぐらい通信教育にお金掛けてやっと三級取れたあたしが……技工士の才能……!?」
「薄々気づいていたがかなり残念だなエリザ」
可哀想な小動物に向ける目で彼女を見ながら、頬杖をついた。
ちなみに精霊魔法とはエルフやが使う火とか風とか出すやつで、詠唱魔法は人間が使う火とか風とか出すやつだ。
精霊の力を借りて現象を起こすか、自分の魔力をエネルギーに現象を起こすかの違いがあって、確か詠唱魔法は精霊が嫌うからそっちを覚えると精霊魔法は使えなくなるので両方使う、とかはできないあれだな。
どっちにしろ才能ない奴は居るわけだが。目の前のエルフとか。俺だって魔法を使えるわけじゃないけれども。
「喜ばしいことじゃねえの? なんというか、汚名返上をしようとしてこの仕事手伝うことになったらしいけど、技工士なら他人に自慢できる技能だろ。というかエリザがこの仕事終えたぐらいで世間から尊敬される人物になれるとは到底思えん」
「酷い!?」
「カスみたいな評価受けたらよっぽどのことがないとカスのままなんだよ。その点、技工士は違う評価だ。元の駄エルフな噂だって吹き飛ぶだろうさ」
うらやましいことにな。
そう付け加えるのは、本当に羨ましく思っていると──思われたら困るから飲み込んだが。
「でも、あたしが……そんなセンセイみたいにできるとは思えないです」
迷う彼女に対して面倒くさい感情が浮かび、それを溜め息で流した。一にも二にもなく飛びつきゃ楽だっつのに。
しかし確かに。
全部の技工士がそうとは限らない──というかもうちょい、俺が調べた限りでは普通の技工士はもっと普通っぽい感じらしかった──が、確かにセンセイの技術は神の御業に匹敵するんじゃねえかって思う。
家一件を半日掛からずにみるみる立てる、という技工士の情報を見てすげえと思っていたが、センセイは幾ら簡易とはいえ三十分で小屋を立てるのだからオメガすげえだろ。多分こだわって作っても二時間は掛からないと思う。
「あたし、何やっても才能無いって言われて……だから技工士になろうと頑張っても、やっぱり上手にできなくて、挫折するんじゃないかって……」
センセイは何やら考え込んでいるように無言であったが、ゆっくりとした声音でエリザに告げる。
"私は魔法のことは詳しくない。どんな魔法使いが才能があるのかを判断することもできない。他の分野でもそうだ。だが、技工士の才能は明確だ。[有る]か[無い]かの二つだけだ。
技工士ごとに技量に差はあるが、それは一歩ずつ歩めば必ず到達できる程度の、同じ道を進み続けた結果にしか過ぎない。最初の一歩を歩き始めて、後は遅くとも早くとも前に進んでいけば、弟子は必ず師が歩んだ場所に追いつき、追い越していく"
「センセイ……」
"やるならば、私が教えよう。やらないのならば、私はもう誘わない。決めるべきことはたったこの二択だ。今、ここで決めるといい"
優柔不断に悩ませないのは厳しさか優しさか。
どちらにせよ、技工士ってのは食いっぱぐれないレアな憧れ職業として有名だが。
だから、技工士になったら世界中どこでも、個人ではなく技工士の某として呼ばれることになる。
技工士は死ぬまで技工士として生きていくしかない──とどこかで聞いた覚えがあった。その能力は加齢などで衰えることはないからだ。
それを、エリザは。
「──やります。あたし、技工士として生きていきます!」
そう決めた。目には勇気のような意思が感じられて、なんとも羨ましい若さだった。
「頑張れよ」
苦笑いをして俺は軽く応援するように手を振る。だって応援するしかやることは無いだろう? 否定するわけにゃいかねえ。
センセイの声はいつもと同じだったが、どこか優しいような、懐かしいような色が滲んでいる気がする。
"わかった。では、今日からエリザに教えを授けよう。技工士は素質を持っていて、教えを数日学べばすぐに実践できるようになる。そうなれば、後は自分でやりたいように学ぶのだが……この洞窟の中を探検している間は、私についてくることだ"
「はい! 頑張ります!」
"──では、最初の教え。技工士の誰もが最初に教えられて、弟子に伝える言葉だ。今晩はそれだけを覚えなさい"
一旦言葉を止めて、ゆっくりとセンセイは詩を詠むように告げた。
"『全ての時間や力や材というものは、どこかに留まるものでない』"
これを、覚えておきなさい。
センセイの授業はその日はそれだけで、奇妙な──主にエリザから出される浮かれたような空気の中で、俺達は小屋で一晩眠ったのであった。
特別な、世界に数人のみで他人から賞賛される才能か。妬むわけにもいかねえとはいえ、羨ましいやらなんやら、な。




