第11話『合流そして』
先週のあらすじ。
快進撃を続けた俺らはセンセイらと見事合流を果たした。しかし彼女らはどういうわけかサキュバス化しているのだった。
そこで俺らの知恵と勇気とトンチと脱童貞と裏切りとその他諸々を駆使して、彼女らをヒーロー的に救った。
爆発する洞窟を背景にセンセイのキスで見事に潜入工作成功したのであった……!
********
「アルトさん、何寝てるんですか。早く出発しますよ」
「夢か……」
むくりなう。
俺は岩陰から身を起こして大きく伸びをした。さてと。センセイと合流するためにさっさと洞窟を進まねえとな。なんか妙な夢を見ていた気がするが、何も警戒することは無いぜ!
俺達遭難チームはとりあえず合流地点から遠いルートに飛ばされていて、そこから更に脇道に逸れて進んでいた。
ゴール前の水場がある恐らくセンセイもそこで待っているだろう場所へは、二日程度掛かりそうだ。
爆発スライムによって道具類の多くをロストした俺らはさっさと合流しないと厳しいだろう。
そんなわけで、ガントレットに超高熱エネルギーチャージ最強モードで昨日は進撃してたわけだが。
「はぁ……あんだけ気合入れたのに昨日はなぁーんも敵が出てこなかったからな。肩透かしだぜ」
と、そのまま突き進みに進んで、仲間二人が体力の限界に達したので野宿をしたのであった。
最強シェルターダンボールをもロストしている俺ら──センセイから貰った傘ダンボールは、溶接シールドみたいな形に改造されたので隠蔽能力は無い──から、交互に見張りを立てて睡眠を取った。
そして二日目。うまく行けば今日中に何とか合流できるかもしれない。ガンガン進んでるからな。荷物が少ないので自然と進行速度も早い。
「ただ、周囲に敵の影がないってことは注意しないといけませんよ」
朝飯の席でチャモンがそう云う。
メニューは昨日から、俺が持ってるクッキーを砕いて油で練ったようなカロリー重視な保存食を分けて食う。
味はハニーバターを直で噛んでるような感じだが、行動食として摂取しなければならない。センセイと合流したらさっぱりした食い物が食いたいぜ。
「なんでだ? 敵が居なくてラクショーじゃん! っていうかオレが見つけた隠し通路が、敵の出ないボーナス通路だったとかさ」
ハッチが気楽にそう云うと、チャモンは首を振った。
「それならありがたいんだけどね……敵が少ないってのは、敵同士の同士討ちが起きて数が減ってるってことかもしれないだろ」
「だとすると……」
「強力な魔物が発生している可能性があるってこったろ。つーか戦うの俺だし」
「宜しくお願いしますよ」
手をワキワキさせて充電状況を見る。昨日はまったく戦っていないので、一晩経ってもまだガントレットに蓄えられた電力は余裕がありそうだ。
「メシ食ったらとっとと行くぞ。チビらねえように小便済ませとけ」
「ええ……もし催しているときに敵からチンプウ光線を食らったら大変ですからね」
「知らない光線の名前出さないでくれる?」
「チンプウ光線を食らったらちんちんを風車のように回転させ強風を吹かせる怪人に変身させられるんです」
「お前は脳の病気だ!」
何でこのダンジョンに変脳モンスターが居る前提なんだ!
ああっくそ! 俺も普通に変脳とかいう単語が出て来るようになった!
嫌だな!
さて、そんなこんなで進んでいくわけだがそのうちに魔物が居ない理由というか、まあつまりレベルアップ中の現場にたどり着いた。
正面の広間内で「うおおおおおお!!」とか怒りにどことなく悲しさを感じる叫びを上げている魔物が居る。
見た目は俺の胸元ぐらいまでしか背丈の無い小男だが、筋肉ムキムキの上半身をむき出しにして、頭はチリチリのパーマが掛かっている。手にはごついボウガンを持っていて体にボウガンの矢筒を幾つも束ねたものを袈裟懸けにしていた。
「ランボーゴブリンだな」
こんぼうゴブリンの進化系。こんぼうがランボーにワープ進化しやがった。
まあもちろんランボーってのは乱暴が語源で、単騎で目立ちながら敵を蹴散らすという感じの意味だ。戦場でもランボープレイつったらバンザイ突撃に似たような意味を持つ。オークレイパーの得意技だな。
「確かあの叫び声には周囲の敵を集める効果があるんでしたっけ」
「ああ。だから普通の戦闘だと乱入者続出でめちゃんこ面倒くさいとセンセイが解説してた」
「あっ! ほら何かと戦ってるぜ」
岩陰に隠れながら通路の先にある広間を見ると、ゴブリンが連射式ボウガンを乱射して近づく相手をハリネズミにしている。
相手の方はコボルト種の進化系っぽいな。ジゴボルトじゃないが、大きな体をした狼獣人って感じで生命力は強そうだ。何発も体に矢が貫通しているのにランボーに襲いかかっている。
だがランボーが強いのはその手に持つ、俺ら傭兵でも中々持ってないぐらいハイテクなボウガンによってではない。
ナイフを抜き放って鋭い爪で切りかかってきたコボルトを切り払い、蹴り飛ばす。
『神ならば慈悲があるが俺には無い!! 先に手を出したのはお前らだ!!』
叫びながらコボルトと伯仲した接近戦をしつつ、離れると冷静にボウガンで射撃を当てていく。
「あいつ何か叫んでるんだけど……」
「ゴブリンの鳴き声だ。意味があるように聞こえるが、その実何の意味も無い。深く考えんなよ」
どうやら広間には二匹しか居ないようだ。
俺らは暫く奴らが行う殺戮のダンスを見ていて、やがて決着が訪れた。
勝ったのはランボーゴブリンだ。死体の上で再び野太い遠吠えをしている。勝利に酔いしれ、新たな力が湧いて出るように筋肉を震わせていた。
「くたばりやがれ」
そこに俺が大きく振りかぶり槍を投げた。
普通投げやりなんてのは、大きく放物線を描くように投げて穂先の重さも利用して攻撃するもんだが、この俺の雷状態なら話は別だ。
電気に導かれるようにまっすぐと落ちずにかっ飛んでいく槍は狙い通りにランボーの頭をぶち抜く。
そこらの矢や石ころどころじゃない。短槍とはいえ重さ四キロの武器が脳に突き刺さり、頭の中を電撃でシェイクする。人間の体ってのが微弱な電気で動いてるらしいのは実感としてあるが、それ故に強烈な電気を流されたら動くどころではなくぶっ壊れる。
最後の抵抗すらできずにランボーが即死したのを確認して俺らは広間に入った。
「おい。そいつの武器をパクっとけ」
「おう! 見ろ、チャモン! これ凄いぞ! 強そうだ!」
ハッチが連射式ボウガン──通称[ランボーガン]をゲットして大喜びしているが、チャモンの方はエア算盤を弾くような仕草を見せつつ、
「それを売ったお金で道具を揃えなおして……」
と、計算している。何せ連中が持つ鍋やテント、非常食や水タンク、ロープやスコップなんか諸々の道具をロストしたわけだからな。
軽く数万エンは失ったようなもんだ。ついでに四人パーティだと野宿しても食費だけで毎日5000エン近くは掛かるだろう。冒険者なんてのは大変だ。定収入ねえし。
まあそのランボーガン売れば20万から30万エンぐらいにはなると思うが。
これまでの俺だったら俺が倒したやつのドロップアイテムなんだからよこせ!と蹴りをくれてやるところだったが……とりあえずダンジョン攻略中で仲間の火力が低いのが問題なのと、センセイとエリザいれば生活に困ることがないので金の心配もしなくていいこと。
そして何より、金を貯めてもゾクフーに発散できないことで若干金欲が薄れているのだろう。
広間を見回して他に危険が無いか探っていると、途方もない悪寒に襲われた。
ぶつぶつと声が聞こえる。意味が通じない、耳元でひたすら独自言語の歌を聞かされているような気味の悪い音だ。
「あはははははは!!」
突然気の触れたようにハッチが笑いだした。そちらに視線を向けると笑いながら涙を流している。
「やべえ!! 精神汚染だ! ■■■■様が近くに居るぞ! 耳を傾けんなよ!」
「ハッチ! しっかり意識を保つんだ! このままだと『Cはその後何処かに引っ越していき、精神病院にいれられたらしいです』みたいなモノローグの対象になるぞ!」
ぶつぶつと聞こえる声は呪言だ。精神汚染、発狂、そして即死の効果を持つヤバ危険な技。
怖気を振り払って俺は背後を振り向き、周囲に注意を払った。姿が見えればサキュバスタードソードで刺し殺すんだが、目で見えない。
「おい道具屋! ショック与えてそいつの意識を戻せ! 王子様のキスでもなんでも──」
「よしハッチ!! このフンドシを履くんだ! ごめん緊急事態だから!」
迷いなくハッチのズボンをパンツごと下ろして、どこから出したのかフンドシを巻きつけているチャモンが居た。
何こいつ怖い……精神がもうヤバイ気がするんだけど。幽霊さん何とかなりません?
するとよだれが出てるほど虚ろだったハッチの顔に生気が戻り、なんか急に叫びだした。
「ド、ドシフン! ドシフン!」
「ふう……」
「ふうじゃねえよ!? なんか変なことになってるんだけど!?」
「大丈夫です。ドシフン星人のフンドシを装備させただけですから、付けている間は精神がドシフン星人に寄りますが脱がせば戻ります」
「怖……」
男装の少女ハッチは、顔を真っ赤にしながらもなんか「ドシフン」以外の言語が喋れなくなったようで、涙目になりつつドシフンドシフンと連呼している。
アイテム:ドシフン星人のフンドシ。装備効果、精神作用するバッドステータスを無効化。
嫌過ぎる……何が嫌って肌身離さずにこいつがそんな危険な洗脳アイテムを持っていたってことがスゲえ嫌。
精神病院じゃなくて、思想警察とかそういうのに通報した方がいい。
「さあハッチ! ドシフンパワーで■■■■様をやっつけるんだ!」
「ごめん。IQが低くなってきたんだけど」
「ドシフン! ドシフン!」
さて、ここで一般的なゴースト系退治の方法を挙げると2つある。
一つは聖水とか聖なる武器とか炎系の魔法で倒す攻撃タイプ。ゴーストの語源はガスってぐらいだから、範囲炎で退治できたりもするわけだ。燃え残ることもあるけど。
もう一つは防御タイプ。精神抵抗を高めて攻撃を耐えきり勝利する。ゴーストってのは自分の生命点を削って相手の生命点を奪う攻撃をしてくるようなもので、攻撃が無効化されたら勝手に弱っていく。
考えても見ろ。まったく相手が怖がってもくれねえと幽霊だって怯むだろ。
つまりドシフン状態に洗脳した精神的無敵存在をぶつけるのは合っているっちゃ合っているんだが……
とりあえずこんな展開が続いたら頭がどうにかなっちまいそうなので俺が攻撃に出た。
「サンダーを食らいやがれ!」
俺に魔法は使えないが、ガントレットの電力を開放することで放電して怯んだ■■■■様をぶちのめすことにした。
ばちばちと激しい音を立てて紫電が網目のように広がり、透明になっていた相手が影のように浮かび上がって悶え苦しんだ。
何か漫画でも怨霊に電撃は有効だってやってた気がするしな。ガス状生命体ならば、強力な電気による気体のプラズマ化は効果的だろう。
電力の消耗は激しいがこのままでは俺はドシフンに助けられた男として一生汚名を被ってしまう。それは避けたい。
雷の網に捉えた■■■■様にサキュバスタードソードを投げつけた。
『ドシフンイグウウウウウ!!』
「キモッ」
なんかドシフン洗脳されかけてたみたいな感じだった。怖い。
「よし! 先に進むぞ! とにかく大部屋は何が湧くかわからねえからな!」
「はい!」
「ドシフン!」
広間から先の通路へ走って進み、周囲に敵の気配が無い通路にて。
「……とりあえずそれ外してやれよ」
「?」
「いや心底不思議そうな顔をしなくても」
「でもハッチもこんな楽しそうにドシフンしてますし……」
「ドシフン! ドシフン!」
「スゲえ憤ってる。っていうか自分で外せないの?」
「自分で外せない呪いが掛かっていますので。仕方ないか、意思疎通が難しくなるし……じゃあハッチ外すね」
屈んでハッチの股間あたりに顔を近づけ、フンドシを脱がさせようとするチャモンにハッチはいやいやと頭を振ってやつの顔を押さえている。
そりゃあな。
幼馴染の男にフンドシ付けたり外したりされそうになれば年頃の女は怯む。ヒャクパー見られるし。
しかしそれでも、ハッチのズボンとパンツは既にチャモンが持っている状態。どうしてもやつにやられなければ着替えはできない。そしてドシフン状態だと「目を瞑れ!」とも言えない。
「えげつねえ呪いだ……」
やがてするするとフンドシが脱がされて、呪いが解けた瞬間。
「バカー!!」
チャモンは膝蹴りを食らって吹き飛んだ。
俺は胡乱げに、床に仰向けになって倒れているチャモンに近づいた。
「大丈夫か?」
「は、ははは……まあ、仲間のためならこれぐらい」
「見た?」
「今夜オカズにします」
素直はいいことだ。
そして箱化とかドシフンとか意味不明の性癖よりも人は幼馴染で抜くべきだ。
いや、しかしこいつ、幼馴染のことを昨日一昨日まで男と思ってたわけじゃん。
そいつが女だったからって意識をそんなに急に切り替えられるものか?
もしやホモの気があるのでは……怖。
「とっとと進むぞ。高レベル魔物三匹居たからまた暫くは魔物の数も減ってるだろ」
俺にできることはさっさとセンセイらと合流することだけだ。
異常性癖者には隙を見せずにさっさと別れるに限る。
延々と付き合うことになるだろうお仲間はゴシューショーサマだけどな。
その後の進行も順調だった。
案外この隠し通路は近道だったのかもしれない。一本道の通路が延々と続いて、分かれ道も無くて迷わず進める。
ただまあ、幼馴染に脱がされた上フンドシ履かされてまた脱がされたという特殊な体験をしたハッチが若干不機嫌で空気悪かったが。
「おいどうにかしろよ」
「うーん、何かで気を別の方に向けてやればコロッと忘れると思うんですけどねハッチは。バカだから」
「お前が原因なのにその分析はゲス男みたいだな」
「いたずらしてもアメとかあげれば忘れてくれそうですよね」
「同意を求めんじゃねえよカス」
そうしていると進んだ先に宝箱があったので俺とチャモンは顔を見合わせる。
そしてチャモンがそれを指差してハッチに告げた。
「おーい、ハッチ! 宝箱だよ。ここは一つ、ハッチの腕前で開けてくれないか」
「……ふーん! 失敗した細工師にそんなことを頼むなんて嫌味かよ」
「バカだなあハッチ。さっき失敗したんだろ? 216分の1で失敗するんだから、理論上あと215個は宝箱を開けても平気なんだよ」
「そ、そうか? 確かに理屈の上じゃあカンペキだ……」
アホだ。
だがまあ自信を取り戻させる上ではまた鍵開けをさせるってのもいいだろう。
素直に騙されたハッチが宝箱に取り掛かる。俺は安全圏まで下がって岩陰に隠れた。罠の中には大爆発したりするのもあるしな。
暫くカチャカチャと鍵と勝負をして、カコンと宝箱の蓋を安全に開いた。
隠し通路にあった初めての宝か……何があるかだが、
「おおっ! これは伝説の[ストームプリンガー]!」
「なに!?」
俺は慌てて岩陰から飛び出してそれを見に走った。
ストームブリンガーとは善と悪が混じり最強に見えると噂される伝説級の装備だ。敵を切れば切るほど装備者に補助効果がかかっていく一騎当千、無双に相応しい能力を持つ。
そんなものがこのダンジョンに──っと。
俺が箱の中を見ると、そこには大きなカスタードプディングが入っていた。
黒褐色な上部はカラメルのようで、そこに白いクリームかなにかで『ストーム』と書かれていた。
「おい、これは……」
「ストームプリンガー」
「ストームって書かれたプリンじゃねーか!」
×ストームプリンガー
○ストームブリンガー
類似品にご注意ってレベルじゃねぞ。
「いや……待ってください。この書かれている文字は[ストーム]じゃなくて[すとむ]です」
「……ってことは?」
「すとむ君が人に食べられないようにプリンに名前を書いたんですよ!」
マジかよマメだなすとむ君。
何かむしゃくしゃしたので、すとむプリンガーは俺らのおやつとしてむしゃむしゃしてやった。
美味しかったよすとむ君。誰だか知らねえけどすとむ君。
そして雑魚を程々に消し飛ばしながら歩きに歩いていると──
"アルト! それにふたりとも! 到着したか!"
と、センセイが通路に現れて出迎えてくれた。
ずんぐりとしたスーツを見た瞬間にほっと安心の吐息が漏れる。どうにか合流出来たようだな。
"向こうに小屋を作っていてな。エリザと君たちの仲間二人もそこに居る"
「センセイは?」
"私は外で皆が通りかかるのを待っていたんだ"
センセイの先導で通路を少し進むと、開けた場所に小屋が出来ていた。
それを見てハッチは大きく手を上げて小屋に向かい、
「おーい! 来たぞー!」
と叫びながら走っていった。それに呆れながらも、チャモンも足早についていく。
「ったく、仕方ねえな」
"なに。こちらと一緒だった二人も随分会いたがっていたからな。仲の良いパーティだ"
「そうだな。昨日から碌にメシ食ってねえから俺も腹減った。まずは腹ごしらえだな」
言いながら俺もよろよろと小屋に向かって歩き出すと、背後でぷしゅっと何か音がした。
うん? って思いながら振り向いた瞬間。
青い肌に金の目をしたサキュバスが二人、俺に飛びついていた!
「ぐえー!!」
しまった!? こいつら、センセイとエリザだ! いつの間にかサキュバス化してやがった!
外見からバレないように、スペランクラフトジャケットの中に二人でぎゅうぎゅう詰めになって隠れていたようだ。恐らくはあの小屋の中でも、サキュバス化した奴らの仲間がチャモンを待ち構えているのだろう。
目に♥が浮かんでいる二人は明らかに正気ではなく、俺の両手を塞ぎながら吸精で体力を奪い始める。
「ぐううう!」
まずい。全身放電で退ける電力も残っていない。急激に力が抜け始め、そしてパワーが海綿体に集まっているのを感じる。
「あーるーとーくーん♥♥♥ 今度こそ超えちゃいましょう一線♥♥ 沢山吸い取りますけどちゃんと健康を保って、ずっと愛の巣で養ってあげますからねー♥♥♥」
「くっ♥ すまないアルトっ♥♥♥ 体が勝手にっ♥♥」
「先生なんか昨日はアルトくんに助けを求めながら何度もお風呂で……」
「言うなあああああ!!」
お風呂で何!?
凄く気になったがサキュバス状態のことを追求するのは、酩酊時に責任問題を追求するようなものだから意味はないのだろうが。
ええい、まずい。
このままでは俺の欲求不満もあり、純真なエリザちゃんと不本意なセンセイといいことをしてしまう!
……それってまずいことなのか?
いや待て待て待て。まずいに決まっている。ここで俺は人生を終わらせるつもりはないのに変に関係を持ったら以降気まずすぎるだろ。
「あーん♥♥」
「くっ……体が勝手に♥♥♥」
エリザ首筋ちゅっちゅしてくんじゃねえええええ!! 全身の気力が抜ける!!
そしてセンセイは何俺の股間に顔突っ込んでんだああああ!!
まずい。ベルトに手がかかった。俺の相棒が淫魔の餌食になる。それって本当にまずいの? いやいや駄目だダメダメ! なに誘惑に乗ろうとしていやがる俺の弱い心! 必ず逆転して淫魔をブチ払うチャンスは到来するっていうか俺が淫魔ごときに負けるはずねえわけで当然俺の人生はまだまだこれからなんだからそこでエリザやセンセイに逆レされたなんて記憶が相互に残ったらお互いあれだろ!しこりが残るだろ!責任取らないといけなかったらどうすんだ!俺責任とか取りたくないよ!
「出ろ……サキュバスタードソード……!」
「甘い」
「無駄です」
俺がサキュバス殺しの魔剣を召喚すると同時に、センセイとエリザはそれぞれ押さえている俺の両手をゴム鞠のような丸い球体で覆った。剣が握れないようにだ。
案の定手からつるりと滑った魔剣は床に無様に堕ちる。だが、まだだ。
俺は足先を使って剣の切っ先を俺自身に向けて固定する。
「くそったれ!!」
そして俺はそいつを自分自身にぶっ刺した。
新人淫魔のセンセイとエリザが驚いたように見る。
どくん、と剣が刺さった結合部から嫌な熱さが流れ込んでくるのを感じる。
吐き気と共に全身に力が漲ってきた。気持ちは悪いが、死ぬほどな。
両足で確りと立って、しがみついている二人を持ち上げる。
「な、なんかまずいです! 吸精して弱らせるです!」
「アルト! ごめん!」
すると二人で争うように俺の首筋に両側から歯を立てて、血液から一気に吸精しようと仕掛けてきた。
だがもう遅い。吸いまくっている二人を無視するように俺の体は力に溢れている。
「二人共、雑魚淫魔だから知らねえんだろうが、サキュバス殺しってのはサキュバス特攻の剣を持ってるからサキュバス殺しなんじゃねえ……」
「んん~♥♥」
「ちょっと、アルト、濃いぞっ♥♥♥」
「そうだろうなあ、二人とも。ところで、サキュバスって案外少食なのを知ってるか? 複数人で一人の男を襲ったり、一人を衰弱死させるのに何度も分けて夜に襲いかかったり……吸って吸えねえことはないんだろうが、多いやつでも一人あたり一日十人は吸いつくさねえだろ」
左右に居る二人の呼吸が荒れてくる。舐めても舐めても出て来る甘い蜜。それを止められねえように満腹になっても吸い続ける。
「サキュバスタードソードがこれまで殺したサキュバス17948体分の精気を俺の体に注入した。つまりそいつらが吸って集めた分の精気もってことだ。堪能しろエロ姉妹!」
一気に精気を奴らの体に意識して流し込む。
人間で言うならフルコースメニュー数千人分を一気に胃に叩き込まれるようなもんだ。
二人は慌てて離れて、口を押さえたかと思うとその場でうずくまって真っ白なゲロを吐き出した。サキュバスのゲロは白い。
サキュバス殺しがサキュバスの天敵なのが攻撃面だけではない。サキュバスが吸精仕掛けてきたら相手を逆にパンクさせてやるぐらいの精気が剣に込められていて、いつでも自分にそれをエンチャントできるのである。
17948体のサキュバスの中には女王級サキュバスが2体、魔神級が3体含まれているのでそこらのサキュバスどころかもう対抗できるサキュバスの胃袋は存在しないレベルに精気量は多い。
サキュバスに絶対チン負けしないパワー。それをサキュバス殺しは持っているのだ。
「うっぷ……」
俺も気持ち悪くなってきた。正直、外付けで精気を自分に注入するってかなり気分悪い。
(ふふふ……おじさんもあんちゃんと一心同体ってわけだ。これであんちゃんも真のサキュバス殺し──)
「おべべべべべ」
脳にねっとりとしたクソホモの声が響いてきて、俺もゲロを吐いた。主に消化吸収の良い保存食ばっかりだったので、胃液がツンと酸っぱいゲロだった。
クソが。最低の気分だ。
俺は口元を拭って、まだ手がゴム鞠ということに気づく。
サキュバスタードソードでさっくり鞠部分だけ切り裂いて外すと、まだ呼吸も荒く座り込んで栄養過多で意識朦朧としている二人に近づいた。
しかしちょっとエロいな。口元から白濁垂らして汗だくで虚ろな感じでいる二人って。
まあそれは今夜のオカズにでもして、ざっくりと二人をサキュバスタードソードで胸をぶっ刺してサキュバス化を解除させた。
暫く因子が復活しないように念入りにエグッてやる。
「あ、あああ♥♥ いいっ♥♥ もっとっ奥っ♥♥♥」
ごめん。なんか変なスイッチ入れた? 前も行ったが、これで刺すとどうも女は気持ちいい夢を見るみたいで……
まあどっちが言ったかは彼女らの名誉の為に黙っておこう。っていうかどっちも似たような反応したし。
とりあえず吸精された分の精気を再び剣に奪い取りつつ、すぐに目が覚める程度に二人の中に残すことでサキュバス化が解除されてすぐに目が覚めた。
二人は慌てた様子でオロオロとし始めて、お互いに肩を掴んで言い合い出す。
"エッエリザ! エリザが先にサキュバスになって皆を感染させようとしてだなっ!"
「せ、先生こそ! ジャケットに隠れて後ろから襲おう!とかノリノリで提案してたじゃないですか!」
「まあまあ二人共。全ては夢だったんだ。サキュバス化というクソみたいな呪いが二人の意識を改変して、望みもしねえ行為に及ばせた。くっ……! つらかっただろうに!」
「いやまあ」
"そういわれると……"
俺の仲裁に微妙に気まずそうな顔をしながら目をそむける二人。
こんなことで争っちゃいけねえ! というか被害者俺なんだけど!
まさしく飲み会でお互いに失礼をしたようなもんだと思わないとやってられないだろう。自分の意識がサキュバスに乗っ取られる……別の人格と取って代わられるようなもんだ。それがどれだけ恐ろしいか。
決して彼女らが自発的に俺を襲ったわけじゃないんだ。ならばせめて俺は二人を慰めてやらねばならないだろう。酔っぱらった美女にゲロを掛けられたようなもんだ。男の甲斐性ってやつだな。オークレイパーにゲロ掛けられたときは、やつの口の中に洗浄としてウォッカぶち込んでやったが。
「この憤りは早くどくけしそうを見つけて、ゾクフーにぶつけるぜ!」
「ちょっと待ってください」
"え? 何でゾクフーにぶつけるの"
「いや、なんでもない。ゾクフー? なにそれ食べれるの? ぼくはけんぜんなおとこだよ」
すっとぼけて背中を向ける。そして、胡乱げに見てくる二人を遮って俺は叫んだ。
「ああっ! そう言えばあの小屋の中にガキ二人駆け込んだままじゃねーか! 助けに行かねえと取り返しのつかないことになっぞ!」
そう。忘れてたけど、ヨーコとハッカの方もサキュバス化しているっぽいんだった。
ついでに言えばハッチも女なので、サキュバス二人に捕まればあっという間にサキュ化するだろう。
そうなれば眼鏡童貞一人という、猛獣の檻に投げ込まれた餌状態だ。
もう絞り殺されてるかもしれない。
「行くぜ!」
"ああ……"
「ひとまずわかったです」
なんか釈然としていないようだが、とりあえずセンセイはジャケットを装備して俺ら三人は小屋へと駆けた。
「俺が前衛、二人が後衛だ。気をつけろよ。二人共、またサキュバス化なんかしないように」
そう注意してサキュバスタードソードを片手に、俺は小屋の入り口を蹴り破る。
「おい! 大丈夫──か……」
俺は勢いを失って、青ざめた顔を中に向けた。
訝しげに背後の二人が覗き込もうとするが、それを叫んで止める。
「やめろ!! 見るんじゃねえ!!」
小屋の中で、サキュバスの三人は──
人間の形をしていなかった。
「うっ……」
"なんだ、これは……!"
二人共、中を見てしまって絶句する。
区別が付きにくい程に生きたまま変質させられている彼女らは、一人は全身を透明な立方体の箱にみっしりと詰められたように箱化されており、もう一人はとても体が入らない小さな壺の上から首だけ出ており、顔にはレザーの目隠しと口枷が噛まされていた。
最後の一人はハッチだろうか。フンドシ一枚で黄金の固まりと化していた。
それらを満足気に見ているのが、邪悪な眼鏡である。
「──やあ、皆さん」
「お前……どうして……」
「いえね、サキュバスというのが欲望を体現するというのならばということで──参考書を見せてやってもらったんですよ」
手に持つのはチャモンの持つ特殊性癖の異常本。
それを見せられてサキュバス化した三人は自発的にこんな無残な姿になったというのだろうか。
異常眼鏡はいっそ薄気味悪い笑顔で、こう言ってきた。
「ああ、勘違いしないでくださいね。僕がこんな性癖を持っているのではなく、サキュバスを無力化するためにたまたま持っていた本を利用したというだけですので──僕は正常ですよ?」
ぞっと背筋が冷えた。グレイトレイスどころじゃない。
ここはおどろおどろしい、邪悪の理想郷だ。最低最悪の性癖が渦巻くユートピア。こんなものが世界にあってはいけない。
俺は肩越しに三人と目配せをして頷く。
そして相手を刺激しないように小屋から退いて、エリザが作ったごっつい錠前を受け取り小屋に鍵を掛けた。
その間にエリザが藁束で小屋を囲み、センセイが灯油をとくとくと巻いて行く。
俺らは松明で火を付けた。ダンボール成分を多く含む小屋は、あっという間に炎で包まれた。
「こういう方法しか無かったのか……」
「いえ、いいんです。あの子らも苦しむぐらいならいっそ……」
"生きるとは難しいことだな……"
きっと奴らも、この歪まされた哀れな犠牲者なのかもしれないな……
燃やして見なかったことにして、俺らは先を急ぐことに──
「ちょっとおおおお!! なんで焼き殺そうとしてるんですかあああああ!?」
恐らく風呂場の水で濡らしたシーツで箱と壺と自分を包み、黄金の像はそのまま担いで焼け落ちる壁を突破して脱出してきた。無駄に頑丈だな。
息を切らして炎の小屋から出てきたチャモンに、俺はなんとなく言う。
「いや、ほらよくあるだろ。何かもう助けられないぐらいに壊された人がいっぱい居る場所を発見したら、つい燃やしちゃう話とか」
「普通に放火罪と殺人罪ですよ!! あんまりじゃないですか!! どうしてこんなことを!」
「あまりにお前がキショくて……」
「素直に言わないでくださいよ!!」
センセイとエリザもどう見ても邪悪な儀式の現場だったので燃やす方向に賛同したのではあるが。
仕方なく、俺は行動不能になったサキュバス三体をサキュバスタードソードでぶっ刺して解除してやるのであった。
「ちょっと勿体無い気がしますね」
「お前にもな」
「え?」
ついでにチャモンにもぶっ刺して精神ダメージ重点で気絶させる。
とりあえず彼が見た邪悪な理想郷は夢であったと思って欲しい。
「よし、これで四人とも丸一日は起きないだろ。今のうちに先に進むか」
「はいです。ダンボールを被せておきますね」
「ああそうだ。道具をロストしたからサービスでセンセイ、幾つか外に帰れる程度に作ってやっててくれないか?」
"構わないが……妙に気前が良いな、アルト"
「こんなんでも一応、道中で助けになったような感じだったしな」
そうして荷物袋と幾つかの冒険道具に、食料を置いておく。水は近くに水場があるから大丈夫だろう。
「つーかそろそろボス戦だろ? 電気補充したいんだが」
「どうしましょうか」
「こいつらと一緒のときは、サーマイトって粉を燃やした熱で発電したけど……何か良い方法ってある? センセイ」
"テルミット反応で発電できたということは、別に高熱であればいいのか……ならばガス溶接機で熱してみよう"
と、センセイは金属製のチューブのようなものを作り出して、俺に防御用シールドを被せて腕だけ出させた。
ジャケットの上から更に金属製のマスクみたいなものを被って、手元のチューブからスゲえ音が出て激しい光で俺のガントレットを熱する。
まかり間違って穴でも開いてたら。骨まで沸騰しそうな熱なんだろうな……
ともあれそうしていれば電力の補充も完了する。
しかし戦闘中に補充は難しいよなやっぱりこの方法だと。
「後はボスをぶっ殺すだけ……よし、行くぜ!」
「やる気満々ですねえ」
"何のやる気なんだか"
サキュバスに絡まれた&自分に大量の精気を注いだ効果で俺のバスターはビンビンなんだ!
早いとこ済ませてゾクフーで全てを発散したい。俺はただそれだけが願いだ。
「ドラゴンで何でもかかってこいやぁ……!」
次回、エピローグ……!




