第4話『初日終了/地獄の毒々オオムカデ戦』
当然だが洞窟の中には空はなく、日光を感じる隙間が都合よく上部に開いているわけでもない。
延々とランタンや松明の明かりに照らされているとはいえ、暗闇の洞窟を歩き続ければ時間間隔も鈍る。
最初の三時間程度はそれなりに、外に居た時からの延長として正確に思えた俺の体内時計も一日と持たずに怪しくなってきた。
"今日はこのぐらいで休むことにしよう"
センセイは断定的に言って立ち止まった。
また途中休憩したところのように、洞窟の中ではそれなりに広く平坦なところだ。
というか、この洞窟内部は想像していたより下りが少なくて、最初に入り口があった山からどれだけ横方向に離れたことだろうか。
「あたしはまだ大丈夫ですけど」
「どこまでがゴールかわからねえんだ。今休んでも一時間歩いた先で休んでもそんなに変わらねえだろうさ」
「そんなものですか、アルトくん」
もしかしたら一ヶ月二ヶ月は探検が続くかもしれない覚悟で潜ってるんだから、初日から頑張らんでもいいだろう。
センセイはランタンを近くの壁に二箇所ほど設置して周辺の明かりを確保し、ツルハシを手に持った。
"それじゃあ小屋を作るから、暫く待っていてくれ"
そう言って、ツルハシで足元の出っ張りを削った。
センセイがツルハシを振るう速度は非常に素早く、キツツキを彷彿とさせる。それで足元の出っ張っている石や土に触れると、平面になるようにそれは消失してマテリアル化し、自動でリュックに吸い込まれていく。
畑を耕すような動きで地面を均す。唖然と俺達が見ていた時間は五分も経過しなかっただろう。一定範囲の地面を完全に平らにした。
そして次は石素材を使って石ブロックを作り上げる。焼いていないレンガのような直方体のそれを、マジックハンドが正確に地面に並べ始めた。
すさまじい速度だ。ギャンブラーか銀行員がコインを客に見せるため並べるように、地面に石敷きの床を作り上げる。
均したのと殆ど変わらない時間で床を固めると次は敷地に壁を立て始めた。これも一列ずつ地面からにょきにょき生えてるのかって思うぐらい、約3mの高さまで壁を作っていく。マジックハンドの長さ2mとセンセイの身長がプラスして一階建ての屋根ぐらいの高所も問題はない。
「こ、これ一時間経たずに家ができるんじゃないですか?」
「だろうな……」
既成品のようにポンと作るのではなく。
家の壁素材から作って並べているので普段のクラフトよりはかなり時間が掛かっているものの、時間が加速でもしているのかと思うぐらいに高速で家が組み上がっていった。
作り自体は最大限単純な、箱型の小屋だろう。だがそれにしても超速だ。この小屋を作る作業員を限界数まで突っ込んでやらせても、センセイが作るほうが早い気がする。
俺達が何も手伝うことなく見ていると小屋の外側は完成して、入り口らしい四角い穴にポン、と生み出された木製の扉が付けられた。
「扉まで」
「凝ってるなー」
まだ中では仕事をしている音が伝わってくるので入らないが、それも暫く待てば止まった。
扉が内側から開かれて、センセイが手招きをする。
俺達が中に入ると、ランタンが壁に掛けられて明るい小屋内部はまあ……なんというかしっかりしていた。
入ってすぐの大部屋には木製でマットレスも敷いているベッドが三つ並び、反対側には赤い火が灯っている竈が置かれている。
部屋の真ん中には大きなテーブル椅子があって食事が取れるようだ。また、大部屋には二つの扉が奥の方向へ繋がっているようだった。
「あの扉は?」
"片方はトイレ、もう片方は浴場になっている。探検中に風呂、と思うかもしれないが、ストレスは集団行動の天敵だ。清潔を心がけるのも長期活動を行うには重要になる。エリザは風呂と、そこの水瓶に魔法で水を入れておいてくれ"
センセイはそう指示を出した。
入り口で松明に火を灯して以来の仕事だ。エリザはぐっと拳を握って元気よく返事をした。
それにしても、風呂か。いやまあ入らないよりゃ入るほうがいいんだろうさ。空気が篭ってる中で不潔だと色々厄介だろうし。だがなんとも呑気なことだ。
「とりゃー!」
気合の声を上げて部屋にある壺に水を注ぐエリザ。バケツを傾けているぐらいの水量が、だくだくと容器を満たしていく。
両手をくっつけて手のひらを前方に向けるようなポーズをしたらその掌あたりから水が放出されるようだ。
「ところでそれって疲れねえの?」
「はあ。結構平気ですよ。お風呂に入れる分も大丈夫です」
「ふーん」
そんなものなのか? いや、傭兵で知り合いの魔法使いが、風呂に水を入れてたなんて話は聞かねえけど。
壺を満杯にした──満杯も三人で使わねえと思うが──エリザは張り切って風呂場へと向かう。
どうせなら俺も風呂場を見ておくかとついていった。
広さ自体はメインの寝床である広間の3分の1ぐらいで、ここにもランタンが掛けられている。陶器製の浴槽の下には薪が敷かれていて、どうやら下方は壁に穴が開いていて燃焼を助ける為に外から空気を取り込めるようになっているようだ。
風呂場の床には溝が掘ってあり、僅かな傾斜と排水口で浴槽からこぼれた水も外に流せる。
無駄に凝ってるなー……こういう細かいところを作っても、殆ど作業時間が遅れるわけじゃなさそうなのがすげえというか。
「おふゆー!」
「なんだおふゆって」
「お風呂の湯のことですよ。いや、出るのは水なんですけど」
「変な掛け声だな……」
確か初歩魔法は結構感覚的な物があるから、そこまで詠唱や呪文が正確じゃなくても──つまりは使う意思と掛け声で発動可能とか聞いたこともある。
というかまともに詠唱勉強しないからこいつ三級なんじゃなかろうか。
ジョバジョバと湯船に水を貯めているエリザを置いて、部屋に戻る。
テーブルで水壺からガラス瓶に水を幾つか移したセンセイがなにやら並べてじっと見ていたが、邪魔しちゃ悪いと思って今度は便所に入った。
ここは風呂場より更に狭く、腰掛け便器が置かれているだけの部屋だ。いや、よく見たら棚のような窪みがあり、紙らしいものが置かれている。
「紙……?」
少しばかり手触りが妙な感じだ。それにしても、新品の便器って初めて見たかもしれない。
どうやら便器の底には傾斜の後に深い穴を掘っているようだ。まあ、俺達が使う程度じゃ溢れたりしないだろう。
まじまじと見ていると、ノックされた。
「どうした?」
ドアを開けると、センセイが陶器製のタンクに水を入れて持って来たようだ。どうやらこの便器は水洗らしく、それを取り付けた。一晩の宿なのに凝るなあ。
「ところでセンセイ。この紙みたいなのはなんだ?」
"土素材から作った代用紙だ。拭いて流せば水で土に戻る"
と、一枚取ってひらひらしたり、破いたりして見せた。
土から紙……よくわからん。サンドペーパーみたいに尻が削れたりしないだろうな。
ともあれすぐに便所には用事は無いので個室から出る。
いつの間にか広間には置き時計があった。これもセンセイが作ったものだろうが、カチカチと規則正しく秒針が時を刻んでいる。現在時刻は午後六時半を少し過ぎたぐらいだった。
風呂場から水を入れ終えて戻ってきたエリザも席に付いて、センセイは時計の前に立った。
"今日の進行はこれで終わり。出発は明日の八時からにするのでゆっくり休もう。時間間隔を見失うと思わぬ体調不良を引き起こすし、精神的によくない。靴も脱いでおくと楽だ"
植物素材から作成したらしい草鞋を二人分出した。
確かに硬い頑丈なブーツは慣れてるが、草鞋のほうが足にはいいだろう。窮屈に押し込められた足は血行不良になる。
エリザも山歩き用のトレッキングシューズを脱いで渡された草鞋を嬉しそうに履いていた。
それにしても、出発は明日の八時か。十二時間以上の休憩になる。まあ、一日仕事を終えて家に帰ったのだとするとそんなものだが。
"少し早いが食事にしよう。パンは多めに焼くから、夜中に空腹になったら食べるといい。朝食のときにはまた用意する"
センセイはテキパキと──というか、魔法のように料理をテーブルに並べた。
センセイの背後には火を入れてある竈があり、そこの熱を使って暖かい料理を作ったらしい。
しかしだからといって、パンを竈に入れたり鍋でスープを温めたりというローテクではない。
竈の前で[穀物素材][塩素材][水]をクラフトすれば焼きたてのパンが完成。
[植物素材][塩素材][水]でどういうわけか複数種類の野菜が入ってるように見える野菜スープの出来上がり。
[コウモリの素材][油素材][穀物素材]で柔らかカツレツが───
「コウモリかよこれ」
「不思議ですねー、あんなに食べるところとか無さそうだったのにしっかりお肉ですよ!」
「……まあ、いいけど」
爪や皮は含まれていないあたり、処理は勝手になされているのだろう。高温の油でカラッと揚げれば変な病原菌も死ぬか。
都会人ならまだしも、食えりゃ蛇でも食う傭兵とヒッピーめいた自然食好みなエルフだ。さっきぶっ殺したコウモリが晩飯に出たぐらいで食えないと嫌がるほどではない。
見た目が不思議と、豚あたりのロース肉みたいに見える。どの部位だかまったく不明だが、クラフトしたのだろう。おそらくタンパク質ぐらいしか元の素材要素は含まれてない気もする。
パンは生地の発酵過程は一切見受けられなかったがしっかりと中はふわふわしていて、味付けに少し塩気があるのは食事に合うし、歩き疲れた身体の塩分補給に良い。
野菜スープも煮込む過程は一切見受けられなかったが柔らかく煮こまれていて、滋養といった胃に優しい味だった。
そこらの宿で出される飯より、素朴だが美味い。
エリザも欠食児童のようにパンを頬張って喉にうっ詰まらせている。スープは飲みきったようだ。仕方なく、俺の余っているスープ皿を寄せてやったら慌てて口に流し込んだ。
「随分立派な食事だが、こんなに食べて大丈夫か? センセイ、どれだけの期間を見越して食料を持ち込んでるんだ?」
"一日三食とおやつ二回と考えて、無補給でも三人で半年は食いつなげる。実際はこのコウモリのように、ダンジョン内の苔や茸、生物なども出せばまだ持つ。だが一応目安として、三ヶ月進んで手応えが無かった場合は引き返そう"
と、センセイは言う。
とんでもねえ量の答えが帰ってきた。
ざっと計算して水分を含み人間が一日の食事を三回、おやつを二回で一人あたり毎日3kg消費するとしよう(実際はそんなに規則正しくたくさんの量を食べる必要は無いのだが、今日のペースで毎食消費した場合だ)。それが三人で9kgになる。
それが一ヶ月30日(大体世界中この暦だ)だから六ヶ月で180日。かけるの9で1620kg。水はエリザが出すのだから実際はもっと軽いのだろうが、食料だけでざっとそれぐらい持ち込んでいることになる。
やっぱチートだ、探検技工士。
無論、食料そのものではなくずっと軽いマテリアルとして持ち運んでいるからこその量なのだが。
"食後は疲労回復と、よく眠れるように軽い酒も用意したから好きに飲んでくれ。明日に響かない程度にな"
センセイは小さめの樽をテーブルに置いて告げる。
酒も[穀物素材]と[水]だけで作成できているようだ。もうどこぞの宗教的奇跡レベルだな。俺的にはもっと濃い酒が好きなんだが。ウォッカとか。
エリザにやったスープ代わりに、コップに注いで呑んだが普通に美味かった。
「──ぷはっ! ふう、飲み込めた。あ、そういえば今日はどれぐらい進めたんでしょうか」
胸を何度か叩いて──アホだから喉近くを叩けばいいのに無駄に脂肪がついた乳を叩いていた──会話可能になったエリザがそう聞いてきた。
"深さにして……120メートルだな。かなり平坦な箇所や、登った場所さえあったから"
「120……たったそんだけか。っていうかメチャクチャ長くねえかこの洞窟」
"もしかしたらここは、元ダンジョンだったのかもしれない"
センセイの言葉に俺とエリザは首を傾げた。
「そんな話は……聞いたことが無いですけど。いえ、あたしもあの村には引っ越してきたので古ーい歴史は知らないんですが」
"ダンジョンは最奥にあるダンジョンの証を破壊すれば元の洞窟に戻ってしまう。鉱山を潰すような行為だから殆どやられないし、あまり知っている人も少ないけれど。
そうしてダンジョンから戻った洞窟は、ある程度ダンジョンとして迷宮化した形を残しているものだ。記録が残らないぐらい遠い昔にダンジョンがあり、潰されて忘れられた場所かもしれないな"
センセイはそう言った。
ダンジョン作りが流行ったのはここ百年ぐらいのことだが、それ以前は非公開の方法としてダンジョンが生み出されていたと何かで読んだことがある気がする。
その昔に、誰かがダンジョンを作って誰かが攻略をして、ついでに潰された元ダンジョン。それを復活させようとしているのか、俺達は。
"だとすると、気をつけたほうが良い。魔力の残滓があって、魔物がそれを餌に生き延びている可能性も高い"
ダンジョンから生まれる魔力溜まりは、生命の源であり魔物の出現ポイントだ。
肉や魚など生命源のある物質からは、放っておいたら蛆や妖精なんかが自然発生することはよく知られているが、それと原理は同じで魔力貯まりはそれを更に強力にしたように魔物が勝手に出てくるのだ。
本来は最奥にたどり着いてダンジョン化に成功し、その帰り道で警戒しなければならないことだが。
どうやら、行きでも出てきそうだというありがたい忠告だった。
「頑張りましょうね!」
お気楽なエリザの声を聞きながら、まあ確かにやらねえって選択肢は無いんだから頑張るしかないかと思って、もう一口酒を呑んだ。
******
食事を終えて。
「あたし、お風呂沸かしてきます。先に入っていいですか?」
「あー好きにしろ」
と、風呂の準備にエリザが取り掛かり、センセイはツルハシを片手に小屋の入り口へ向かった。
"少しばかり、周囲を採掘してくる。鉱石や魔力溜まりの様子を確認したい"
「……じゃあ俺もそれの見物させてもらうかな。一応、危ない魔物が出てこないように見張りも兼ねて」
そして俺とセンセイは、エリザが風呂に入っている間外に出ることにしたのだ。まあつまり、俺も少しばかり居心地がよろしくないというか、変に俺が小屋の中に居たらエリザも風呂を覗かれるとかで警戒するかもしれないと思ったのだが。
まだ出会って一日の、得体のしれない傭兵なんだからちったぁ警戒して欲しいものだがな。「覗くな」ぐらい警告しろよ。
無論、探検して何日も野外で共同生活を送るのだから変に羞恥心バリバリでいられてもすげえ面倒にはなるんだが。
そこらの人間関係の距離は微妙なところだ。
小屋の外に出るとセンセイは手早く、小屋近くの壁にツルハシを振るった。
コッという軽い音と共に壁が抉られて地面に土砂の代わりにマテリアル化した石や土が散らばり、リュックに回収されていく。
突き立てたノミにハンマーを打つような手軽さでツルハシを上から下に振って壁を素材に変え、穴を開けていく。
さながら豆腐かゼリーで出来た壁を削るように抵抗は無い。おおよそ縦横2m程の穴を広げて、連続してココココと言う音を立てながら歩く速度でセンセイは穴を深くしていった。
「掘るのもすんげえ早さ……人一人分だけが通れる穴なら、走りながらでも掘れそうだ」
邪魔にならない程度に離れながらセンセイの見学をする。
時折ツルハシを打ち付ける音が、コ、からキ、へと変わっているのに首を傾げて尋ねた。
「何か出てくるのか?」
"魔力残滓があると貴金属の鉱石が発生しやすくなるからそれを確かめている。ここに来るまでにオオムカデが居ただろう?"
「ああ」
"ムカデが居るところは金銀が出ると言われている"
「んー……確か、ムカデは存在階位が凋落したドラゴンの末裔だから、本能的にドラゴンが好む金なんかにたかるんだったか」
"そう。蛇竜の一種だな。あれは土中を泳ぐように移動するが、その性質を失って虫になったのがムカデだ。それにしてもアルトは博識なんだな"
「よせやい。こんなものは、たまたま知ってたってだけの話だ」
話しながらも掘り続けていたセンセイが、ぴたりと唐突に手を止めた。
そして慎重にツルハシで引っ掻くようにして、薄く壁を削る。
「どうした?」
"この先に空洞があるようで、水が溜まっていないか探った。地下を掘っていてうっかり地底湖を掘り抜き、溺れ死ぬ探検家は珍しくない"
「想像したくねえ惨事だな」
狭い洞窟を大量の水が埋め尽くすのを想像してぞっとした。
地面深くに溜まっている、暗くて冷たい水の底に沈んじまったら体も腐らず漂い続けそうだ。
"安心しろ。この先に水は無さそうだ。岩と岩の空隙になっている空間だ。この密度ならば低酸素ガスが溜まっていることも無さそうだ。後ろから明かりを照らしておいてくれ"
「あいよ」
俺がランタンを掲げると、センセイは頷いてツルハシを振るった。
カツン、と軽い音を立てて、薄皮が剥げるように目の前の壁が人一人通れる程度の大きさ崩れる。
その先はがらんとした空洞になっていて、俺のランタンとセンセイのヘッドライトの明かりが何十年も閉ざされていた暗闇を照らす。
暗闇の少し先には。
黒い塊があった。ところどころ赤く、黄色い。
光に反応したようで、その塊はぞわりと縄が解けるようにこちらに伸び始めた。
黒い甲殻、赤い頭、黄色い脚──そいつはオオムカデだった。それもかなりデカイ! 身体の太さは30cm、長さは数メートルはある!
「うおっと……」
一歩引いて腰のポーチから投石用の石を取り出す。だが、あのオオムカデに通用するのだろうか。投石紐を使えば軽くぶち抜けるとは思うが、この狭い洞窟ではやりにくい上に目の前にセンセイが居る!
どう考えても人間の腕ぐらい噛みちぎりそうな顎をもたげて、しゅるしゅるとこちらへ接近してきていた。
だが。
探検技工士は慌てていなかった。
「センセイ!?」
冷静に、自分が先ほど崩した壁をぺたぺたと戻していたのである。
敵が迫っているときに石を積んで壁を作るなど普通は無意味だ。しかし、技工士は違う。ほんの一秒で人間が通れるだけあった穴を塞ぐ壁を作り出したのである。
「一応下がったほうがよくねえか? あのでかさだと壁をぶち破るかも……」
とりあえず塞いだものの、そこまで厚い防壁ではないので注意を促すが、
"大丈夫だ。ムカデは身体の構造上、壁に体当たりはできない"
──と、ムカデがセンセイの作った防壁に張り付いたのが見えた。
見えたというのも、その防壁には拳よりも小さい穴が空けられていてその隙間からムカデの腹が這うのが見えたのである。
"ムカデの脚は不随意に近い。一度動かせば全ての脚が勝手に前進を始める。そして頭のすぐ近くにも脚があるので、壁にぶつかればその壁を足場と認識して移動してしまう。結果、壁に体当たりはできずに這いまわるのみだ"
「なるほど……閉じ込めりゃ基本的に安全ってわけか。その穴は?」
俺が指摘すると、センセイは行動で示すように壁に開けた穴にサイコブラスターの銃身を突っ込んだ。
バババ、と発射音が響いて閉じ込められた空間をブラスターのビーム弾が蹂躙した。安全な位置から一方的な射撃。
「はっはあ、楽でいいねえ」
"安全第一"
「今日もゼロ災でヨシ……ってか?」
巨大ムカデがチキチキと音を立てて這う気配が無くなるまでサイコブラスターを叩き込んで、センセイは再び壁をツルハシで崩した。
苦いようなムカデ体液の臭いに顔をしかめる。中では体をぶっ千切られて、ピクピクとしているムカデの破片が飛び散っていた。
センセイがその残骸にツルハシを入れると、それらは[ムカデの素材]として収納される。あれが明日の飯に出るのかもしれない。ううん……コウモリより難易度高め?
「ん?」
センセイがあらかたムカデの死骸を片付けた後で、ランタンの明かりに僅かに反射する壁を見つけた。
"魔力で変異した鉱石だな。それから出る魔力によって、閉ざされたこの空間で巨大なムカデが生存できたのだろう"
「へえ。掘ってみてくれよセンセイ」
言わずとも、みたいな感じだったがセンセイは近づいてツルハシでそれを掘る。
僅かに火花のような、魔力光が飛び散り鉱石はマテリアル化してセンセイの手に乗った。
"銀鉱石があった"
「それも何か、探検に役立つのに使うのか?」
"例えばこうする"
センセイはリュックから[瓶に入った水素材]を取り出して、銀鉱石とクラフトした。
すると霧吹きのような形の道具が出来上がる。
センセイはそれをふしゅ、と巻くと僅かにキラキラとしたミストが空間に散らばる。
"銀成分を使った消臭スプレーだ"
「ん? ああ、確かにムカデの臭さはマシになったか」
"他にも、臭いで追いかけてくる魔物を惑わすこともできる。収穫だな"
そう言って、ひとまず探索は終えたようで俺達は小屋に戻るのであった。
「そういやセンセイ」
"どうした?"
「ここに来るまでに、他のダンジョンとかを潜ったときに手に入れたレアな素材とか持ち込んでないのか?」
"……事情があってな。新たな探検に出るときは、それまでに手に入れた素材は一旦捨てることにしているのだ。村に来るまでの途中で手に入れたグラビトン鉱石ぐらいだな、持っているのは"
「ふーん……なんか勿体ねえ気もするが、あんたの方針だから別にいいけどよ」
そうして、小屋で順番に風呂に入って洗った下着や靴下を部屋干しして、明日に備えて俺達は眠ることにした。
センセイが風呂場に入っていく姿はシュールだったが、出てきたらニスを塗ったコケシのようにつやつやしていたのでなんか笑えた。
ただ室外で探検してるときも室内で料理や休息してるときも、風呂あがりさえ同じ作業着にヘルメット、リュックを背負った格好なのがすげえ。プロ意識ってやつ?
"風呂も、あまり大人数のパーティでは私も用意しないからな"
「そうなのか?」
"結局こういうのも、順番が問題になったり、風呂にはあまり入らない主義の者が居たり、男女が混じっているとあれこれと諍いの種が起こるのだ。少ない人数のほうが纏まるし、その点アルトやエリザは協調性があって素晴らしい"
「いやーそれほどでもですよ。でもでも、確かに十人も二十人も入った浴槽にはあんまり浸かりたくないですね」
「だな。傭兵連中なんて誰がビョーキ持ってるかわからねえから同じ湯船なんて入らねえし。精々探検ってのも、濡れた布で体を拭くぐらいなんじゃないのか?」
"そういう時に頼りになるのが、消臭スプレーでもある。これには除菌効果もあるからな"
などと、話をしてやがて疲れたのかエリザが欠伸をしたので、ランタンを消して一同は就寝した。
明日もまた探検だ。こうして、洞窟の初日は終えたのである。




