第7話『危険な敵にご用心』
朝。それは人類が行動を始める為の準備期間。
正直仕事じゃなければ早起きなんかしたくはねえ。とある有名な政治家はこう言ったそうだ。『早起きをするのはパン屋とゲシュタポだけでいい』とかなんとか。
まあそんな感じで、俺らは多少余裕を持って九時頃に出発しようかなって感じだった。
「起きたらあいつらいねーな」
「先に行ったんですかね」
"やる気があるのは良いことだが、危険を省みていない感はあるな"
休憩所にはあの新人四人組の姿は無く、どうやら早起きして出発したようだ。ゴクローサンって感じ。
「つーか、フツーならベテランを先に進ませてオコボレを貰う感じで付いてくりゃある程度楽なのにな」
俺ら宝箱だってスルーしてんのに。
しかしまあ、世の中にはそんな余裕ぶったやつの後ろからコソコソするのが嫌いってタイプの跳ねっ返りも居るには居る。
どっちかっていうと俺もそっち系に近いしな。仲間ならともかく、他人のオコボレなんざ小便引っ掛けるぜ。
「ま、こっちはマイペースに進むとするか。朝飯にしよーぜ」
"わかった。ではテーブルについてくれ"
「あっさごっはんー!」
竈近くのテーブルに座って待つと、センセイが一枚の皿を持ってやってきた。
"今日の食材はこれだ"
皿の上にはピンクっぽい色で指で作った輪っかぐらいの太さをした棒状の食品が何本か載せられていた。
ミンチにした魚肉を練って、着色料を加えて色を整え味付けしてセロハンで密封したそれは──魚肉ソーセージというやつだ。
勿論食ったことはあるし、好きか嫌いかで言えば断然好きな食い物。そのまま齧れるし保存も効く便利なやつ。
だが、
「なんでこれを?」
クラフトでなんでも食材を作成出来る中で、どうしてこのお手軽食品が出てきたのかを聞いてみた。
センセイはスーツののっぺりとした顔のまま、感情を見せない声で言う。
"昨日、夢の中でパンツ一枚のアルトがやたらこれを押し付けてきて……"
「なんだその夢!?」
勝手に人を怪人パンツ魚肉ソーセージマンにしないで欲しい。
というか絵面が最低だな! センセイの口とか胸とかに魚肉ソーセージを押し付けている図が浮かんでくるだろ!
「アルトくん! バシィー!」
「いって叩くんじゃねえよ暴力ヒロイン撲滅運動委員会の役員だぞ俺は! 撲滅するぞ!」
「なんですか怖いですね撲滅って。こう、撲って滅するって感じで」
"まあそれはともかく。夢の刷り込み効果で久しぶりに食べたくなった。これを使って軽く料理をしよう──ところで"
センセイは俺とエリザを順に見回して、神妙な声で聞いた。
"……この食品、略称でなんと呼ぶ?"
「そりゃあ勿論──」
「ええとですね──」
魚肉ソーセージって長いもんな。普段はもっと縮めて呼んでる。普通に考えて、
「ギョニクソだろ」
「ギョニソですね」
"ギョソじゃないのか……"
バラバラだった。
「いやセンセイ、ギョソはねーだろ。聞いたことねーよそれ。漁村みたいじゃん」
「アルトくんこそ、食べ物なのにクソは無いでしょう。広辞苑にも載ってますよ。ギョニソって。多分」
"載っていない。捏造してはいけないぞエリザ。というか[魚肉][ソーセージ]でそれぞれ一つの単語なのだから、綺麗に分けるとしたら頭文字のギョとソで十分だろう。私はこうしてギョソという名称を広めるのを旅の目的としているぐらいだ。君たちも今後使うといい"
「広めないといけないってことは使われてないんだろ!? 俺の実家近くの定食屋でも、切ったギョニクソにマヨがつけ放題で、飯と味噌汁がついただけの定食は[ギョニクソ定食(350エン)]だったし!」
「絶対変ですよその定食の名前! っていうか貧相な定食ですね!」
わいわいと。
朝飯前の論議をしながら、俺らはのんびりと過ごすのであった。
ちなみに朝飯は、焼いたギョニクソを熱々のパンに挟んでケチャップで味付けしたホットドッグ風だった。
昨晩は脂っこいものを食べたからギョニクソの控えめで優しい味わいが胃に染みる。
「[瓶入りの炭酸水]+[糖素材]+[色素材:黒]でコーラです! おっとアルトくん。アスリートは炭酸抜きコーラを呑むらしいですよ! ヌキヌキしますか?」
「ヌキヌキしねーよ。気の抜けたコーラなんざただの黒い砂糖水だろ」
しゅわしゅわのコーラで流し込むと、眠気も覚めるようで爽やかだった。今日も一日ガン=バルゾイ。(方言で勤勉に働くという意味)
*******
関係ないが、部屋のヌキヌキしてゴミ箱に捨てたはずのストレスが染み込んだティッシュが消えたことに戦慄しつつ出発することになった。
一体どうしたというんだあのティッシュは。
妖怪か。或いは、ストレス液で急速に気化する性質を持つ便利グッズだったのか。
心の奥底にしこりを残したまま俺らは出発した。しこった後なだけに。
暫く進んでいると争いをしているゴブリンの集団を見かけた。
いや、乱戦というよりも六匹程のこんぼうゴブリンが一方的にコボルトを囲んで殴っている。
コボルトは普通よりもちょいと大きめで、或いはレベルアップしているのかとも思うが数の暴力が襲いかかっているようだ。
一発一発はそこらのスイカ割りレベルだが、五匹のゴブリンが手足などを狙って執拗に殴りまくれば行動不能に陥らせることも可能なようである。
うち一匹はやや離れた場所で偉そうに指令を出していた。
"あれはゴブリンリーダーだな。他のゴブリンに命令を出して支配することが可能な種類だ"
「支配してりゃ仲間割れしねえのかな」
確か資料館の資料だと、
ゴブリンリーダー
↓
ゴブリンコマンダー
↓
ゴブリン元コマンドー
に進化して、何故か最終進化形態だと群れを作らず一匹だけになるがめちゃツヨらしい。
「あっ、どんどんコボさんの抵抗が弱まっていきますよ」
「おいエリザ。コボルトをコボさんって略すんなよ。なんかなごむだろ」
「なら──コボちゃん?」
「もっと駄目だ!」
「刈り上げくん?」
"どこから刈り上げが!?"
などと離れた場所で言い合っていると、とうとうゴブリンの集団がコボルトにトドメを刺したようだ。
断末魔の鳴き声が聞こえて、ゴブリン共が勝ち鬨を上げる。
すると部族の雄叫びみたいな、或いは太鼓の音のような奇妙な音が鳴り響いたかと思うとゴブリンが集団まるごと、一回り大きくなった。魔力が増した音だろうか。初めて聞くが。
10歳未満の子供ぐらいの背丈だったゴブリンらは10cmは身長が伸びて、それ相応に体も太くなる。何より、持っている武器がそこらの野山で落ちてそうな太めの枝から、グリップの付いた削りだしの硬そうなバットに変わった。
「あれが進化か……」
「武器が痛そうになりました……」
どうやら、リーダーの支配下にあるゴブリンは進化も同時にするようだ。厄介だな。
前まで持っていたこんぼうは蹴りでも叩き込めばへし折れそうだったが、今度のは殴られれば骨に響きそうだ。
通路には合計六匹。さて、どうやって進んだものか。
"アルト。狙撃でゴブリンリーダーだけ排除してくれ。そうすれば残りのゴブリンは仲間割れを始めるはずだ"
「なるほど。そりゃ単純だ」
「アルトくん! 殺さないように無力化したらノーキルボーナス付きますよ!」
「付かねえよ。っていうかもうジゴボルトぶっ殺したし」
とはいえ、いきなりの狙撃で頭が爆散とかしたら他のゴブリンもこっちに気づくかもしれない。
俺は先行してダンボールを被りながら射程まで近づく。六匹がウロウロとしているので視線を掻い潜るのが少しばかり厄介だが、ダンボールに穴を開けて常に全体を見るようにしながらこそこそと進んだ。
壁沿いに隠れながら、リーダーの背後に回る。
ダーツを取り出して手首のスナップで投擲し、首筋に刺した。
「アウ……」
と、小さな悲鳴を上げてリーダーは膝から崩れ落ち、大いびきをかき始めた。
他のゴブリン共はそれに気づいて、何やら鳴き声を上げていたが──
「ウウッ……ブッ殺シテヤルゼェエエ!!」
「ファイトクラブダッ!! カカッテコイ!!」
「ウシャアアアア!!」
などと叫び声をあげて近くにいるゴブリン同士殴り合いを始めた。
これで勝手に数は減るだろ。俺らはその争いに巻き込まれないように、通路の隅をダンボールで進んでスルーした。
ゴブリンの気配も遠くなり、普通に歩いて会話を再開する。
「あそこにゴブリンが居たってことは、あの四人はちゃんと隠れて進んでるみたいですね」
「尻尾巻いて入口側に逃げてなけりゃな」
まともな戦闘力がねえんだから逃げるしか無いのは当然だな。
"高難易度ダンジョンでも、忍者などの隠系職業な冒険者が単独で潜って魔物からは逃げ隠れし、貴重な宝を一人で持ち帰るというハイリスクハイリターンな試みもされているようだ"
「へえ。度胸っつーか、無茶っつーか」
ダンジョンに潜る冒険者パーティの編成は様々だが、一番メジャーでバランスが取れているのが前衛後衛混ぜて六人の通称[ウィズ編成]ってやつだ。盾役とか回復役とか魔法攻撃役とか鍵開けとか充分に分担できる。ただし、単純に考えて儲けも六分の一だな。六分の一ぐらいの儲けで赤字が出ないのがダンジョンの平均的な稼ぎとも言われているからこの人数でもある。
そこを独り占めできるのだから、忍者ソロは確かに美味しいだろう。ただし、死んだらジエンドだ。パーティを組んでいる場合、余程のことがない限り死体をどうにか持ち帰って蘇生してくれるが、ソロだと助けが来ないまま消失になる可能性が高い。
……まあ、世の中は自分の命よりもどう派手に儲けるかが大事って輩も少なくねえしな。謙虚堅実に生きるなら街で働いた方がいい。
「でもでも、今のうちにゴブリン倒していかなくていいんですか? 進化しますよ?」
「往復して帰ってくるまで数日掛かるからここで倒そうが、また湧いて来て勝手に戦い合うだろうしちびちび潰しても意味ねえだろうよ」
"それに帰りは[ディメンジョンゲート]で帰れるかもしれないしな。[かくねんりょう]以外に素材が幾つか揃えば作れる"
ダンジョンの中から地上に転移できる使い捨ての道具だが、作成にはレア素材が必要だという難点があるそうだ。
理屈でどの素材というよりも、素材に篭った品質を抽出して作るのである程度レアな素材を捧げれば作れるというが、その素材も地上に持ち帰れれば高価で売れるんだよなあ……技工士は基本的に、金に執着が無いから躊躇わないようだけど。
「そういや、ダンジョンの中には地上まで転移させる魔法陣みたいなのがあるって聞いたが」
"転移の陣だな。時々あるぞ。元々は地上に転移する魔法が古代にはあったらしいのだが、座標指定が難しくて廃れたようだ"
「ざひょーしてー?」
"何処の方向に何キロ飛べば地上に出れるか……など正確に把握することは非常に難しい。出現地点に蝿が居て、蝿と肉体が混ざった伝説もあるぐらいでな。予め設置されている陣は座標を固定していて、使う者の周囲ごと入れ替えるので問題は無い。また、転移技術を応用してのテレポートの罠などもある。これも安全転移とランダム転移の二種類が存在している"
「どう違うんだ?」
"安全転移は、転移先に問題がない通路や小部屋などに飛ばされる。ランダム転移はランダム座標で周囲数キロに飛ばされるので、空間よりも壁の中などに出現することが多いとされている"
「おおこわ。俺が壁の中に埋まったら掘り出してくれよ」
「そんな罠にかからないようにしてくださいよ」
言いながら歩いていく。
途中途中で技工士の二人は、生えている苔をマテリアルにしたり自然に住み着いた小動物をマテリアルにしたりしていた。
魔物が自然発生する環境とはいえ、基本的に空調は整い一年中過ごせて明るい洞窟であるここには、外から生き物が入って住み着いたりすることもある。センセイの嫌いなコウモリ系なんかもそうだな。
やがて先の道が二つに分かれていた。
"ここはどちらを進んでも先の方で合流する道だ。片方は幾つか崖を下るルートで、もう片方は遠回りになるが坂道を降りていくルートになる"
「どっち進む?」
"両方共マップはしっかり資料館に残っていたから問題はない。崖もロープが完備してあるそうだが……"
センセイは若干悩んで考えを述べた。
"崖の方へ行こう。魔物の数は少ないらしいし、階段でも作れば降りるのに危険はないだろう"
「おっ、高いところは危ないって言うかと思ったぜ」
"確かに危ない。自分の身長程も飛び降りる羽目になったら死を覚悟するべきだ"
「注意深い意見ですね……」
"だが自分の手で降りる方法を作れば危険は殆ど回避できるというものだ"
ベテランの自信を感じさせる言葉に、俺らは頷いてそっちの方へ進んだ。
の、だが……
その道を進むに連れて、なんかスゲえド派手な音が聞こえ始めてきた。
岩を巨大なハンマーで殴り砕きまくっている音とか、苦悶の叫びとか、土砂崩れみたいな。
センセイも警戒するようにと指示を出して、ゆっくりと前進する。
"逃げるにしろ避けるにしろ、敵を把握した方がいい……高レベルの魔物ならば閉じ込めておきたいところだ"
そして、俺らは崖の上にたどり着いた。何段かに分かれた崖で、底の前方に先へ進む道が繋がっている。
だが崖はあちこちが崩れ、カクカクとした巨大な階段みたいだったはずの構造は瓦礫の山のようになっている。
下の方で激しい戦いが起こっているようだ。二つの影はときに飛び回り周囲の壁を砕いて、岩を投げつけ、あちこちで爆発と色の付いた煙が充満している。
崖の上で伏せてダンボールを被りながらセンセイが双眼鏡で確認をする。
"あれは……トウエイスパイダーとダークナイト・バット男が戦闘を行っている"
「そうか。俺は遠くてよく見えないぜ!」
だから詳しく描写はできないんだ。仕方ないね。
"力や速さではスパイディが圧倒し、出した糸で岩を掴んで縦横無尽に飛び回りつつ攻撃をしているが、硬いアーマーで身を包んだバッツはそれに耐えつつも爆破して相手を吹き飛ばしたり、毒霧で弱らせたりして殴りつけているな"
「ちょっとセンセイ? あだ名で呼んでやらないでくれる?」
ついでに詳しい解説や見た目の描写は止そうよ。なんか危ない気がする。
「でもでも、長いですよトウエイスパイダーにダークナイトバット男とかって名前」
「蜘蛛男に蝙蝠男でいいんだよ。大体なんだダークナイトって」
「なんかカッコイイじゃないですか。今夜は暗いダークナイトだ……!みたいな」
"頭痛で頭が痛いみたいな表現だな……"
戦場を見ないようにしながら言い合う。
センセイの説明によれば、蜘蛛男の特徴は高いスペックだ。筋力、俊敏、反射速度などが非常に優れている。更に自前の糸を吐き出し、粘着性のあるそれで相手を拘束したり壁に貼り付けて移動手段にしたりできるトリッキーさも持つ。
何より危険なのが巨大なゴーレムを投影して使役することだ。出現時間は短いが、絶対的な破壊力を撒き散らすという。
一方で蝙蝠男のスペックは劣るが、爆薬を生成し設置してきたりそれ以外にもワイヤーフックや毒などの武器を使う。また、スペックは劣るといっても格闘技術は一流のモンク並にある。
こっちの危険さは戦闘をしながら罠に嵌める狡猾さと、パーティ戦だと一番弱い敵を捕まえて人質に取ったりする残忍さだ。狡猾で残忍な魔物。それが蝙蝠男である。
相変わらずお互いに岩を砕き、互いの肉体を殴りまくる戦闘は続いている。ときにはスゲえ有利な体勢になったりするのにナイフでブスリとかしないで、ぶん投げて壁に叩きつけたりするのは形式美みたいなもんだろうか。
「で、どうすんだセンセイこれ。巻き込まれるとひとたまりもねえぞ」
「アルトくん参戦してヒーローにならないんですか?」
「馬鹿か。お前馬鹿か。あんなん飛び込んだら死ぬわ」
「かーらーのー?」
「死ぬわ!」
何を期待してやがる。
あの二匹の戦闘だけで一本映画が取れそうだぜ。詳しくは語れないが。
"……とりあえず部屋の入り口を閉じて、やや遠回りに通路を掘り迂回して先へ進むか"
「できるのか?」
"予め記録してきたマップが正確だからな。問題はない"
「ああ。早く行こうぜ。ほら蝙蝠男が蜘蛛男のおばさんを人質に取った」
「苦悩してますね蜘蛛男……」
人質を使って蝙蝠がなぶるか、蜘蛛がキレてゴーレムを投影するか。決着のときは近そうだ。
戦闘が終わってからではこちらが発見されかねない。俺らはいそいそと部屋を出て、エリザが入り口を壁で塞いだ。
センセイは横穴を掘る形で、ハンマーをガンガンと振るって斜め下に通路を作っていく。
「いっそこういう穴でずっと進めば安全なんじゃないですか?」
"一つの部屋を迂回するぐらいは問題ないが、ずっとこの穴で進むと方向を見失うだろうな……"
まあ……道標もなんも無いからな。
資料館にあるマップだって基本的には平面図で、高低差なんかはさっきセンセイが目視で測って通路を繋げるわけで。
それに下手して、地底湖やマグマ溜まりをぶち抜いたらおしまいだ。
慣れたセンセイの掘削でそれほど時間が掛からずに、蜘蛛男と蝙蝠男が戦っていた部屋の先にある通路に出た。
念のために二匹が居る方向をまた壁で埋めておく。これで崖のあった部屋は埋められたわけだ。もっと安全なルートができたからいいだろ。
暫く進み、センセイは何か左下をちらりと見る目線の動きをしたかと思ったらこう切り出した。
"そろそろ昼時か。休憩にしようか"
「センセイ、時間わかるんですか?」
"ジャケット内部のモニタ左下に表示されるのだ"
「よくわからん技術だ……」
大体なんだモニタって。まったくわからん技術でセンセイのジャケットはできている。
「ひょっとして宇宙人が作ったんじゃないか? そのジャケット」
「ウチュージン! 居るんですか?」
「居なかったら宇宙人特集とかやってないだろ。知ってるか? ミステリーサークルとか」
「はい! あれですよね。あの作品はミステリとかこっちはミステリじゃないとか、新本格はクソとか世界系とは何だったのかとか言い争いつつ互いの創作物を微妙な目で見てなるたけコメントはしない集団!」
"それミステリのサークルだから"
「しかもちょっとアレな集まりの」
ツッコミを入れつつ、センセイは近くの壁をハンマーで叩いた。
"この辺りに休憩室を作ろう。何処で敵が出るかわからない場所の場合、壁をくり抜いて小部屋を作れば魔物にも気づかれない"
そう言ってブンブンとハンマーで殴り、あっという間に壁の中に縦横3メートル程の空間を作り上げた。
廊下との間は大きめのダンボール製扉をはめ込む。
「ここでもダンボールか……」
"ダンボールは防音効果も期待できる。何より、石や鉄の壁とは違うものがあるのだ。何かわかるか?"
「え? なに?」
"あたたたみだよ……!"
「アタタタみ!? なんか暗殺拳で殴りまくってるときの声みたいじゃないか!?」
"ごめん。温かみって言おうとしたら噛んだ"
「無駄に可愛いな!」
照れたように顔を逸らすセンセイ。
そんなことをしている間にエリザが休憩所の内装をセットする。
「机とテーブル用意しましたよ!」
「同じだろその二つ!?」
「椅子とギターも用意しました!」
「そこは椅子とチェアーにしろよ! 弾き語りでもすんのか!?」
「べべろん……♪」
「音汚っ! チューニングカスじゃん!」
とりあえず邪魔な学習机と楽器を部屋の隅に追いやる。なんか一気に秘密基地チックになったな。
「お昼ごはんは~……じゃじゃじゃん! アイスクリームです!」
コーン付きアイス再び。俺はげちゅーっとした顔になった。どんな顔かっつーと、げちゅーって発音したときの顔だ。
「俺はライスに変えてくれ」
「ええっ何でですか? アイスクリーム美味しいですよ」
「昨日生クリーム食いすぎてマジ無理……」
"いやまあ……昼食にアイスオンリーもどうかと思うが"
言いながらもエリザは茶碗に盛った白米を出してくれる。アイスの[ア]をクラフトして[ラ]に入れ替えれば完成だ。実はアイスとライスはとてもよく似た食品だというのがわかりますね。
エリザは「ぶー」と何故か不満げに、再びアイスをクラフトした。
「じゃあいいですもん。あたしと先生だけ食べますもん。先生もほら、ジャケット脱いで食べたらどうです? 舐めないとアイスじゃないですよ!」
"そうか? なら……"
ぶしゅっと空気が抜ける音がして、センセイのスペランクラフトジャケットが横に割れ中からセンセイが出てきた。
黒い薄手のタイツスーツに、上から白いTシャツを纏ったいつもの姿だ。
あのジャケットの中は一応閉塞感はあるのか、彼女が外に出ると頭を振って髪の毛を揺らす癖がある。俺はそれを見ながらご飯を頬張った。
椅子に座ったセンセイにエリザがアイスを手渡す。
「はいセンセイ!」
"ありがとう……だが、何か妙に柔らかくないかこのアイス"
「アイスは溶けかけが美味しくないですか?」
"垂れそうで気になる……"
言いながらセンセイは髪の毛をつかないように押さえて、アイスの先端を口に含んだ。俺は白米を食う。
ほとんど抵抗なく、唇の圧でふわりとアイスは舐め取られる。
"……美味しい。隠し味に塩が入っているのか?"
「いえ。コンソメを」
"そこからはもう離れなさい──いやでも、ちょっとした塩分と旨味が引き立てる感じも──"
センセイが何か悩んでいると、コーンの先端からアイスが垂れた。溶けかけを持ったまま悩んでいたのがいけないかもしれない。
重力に従ったアイスの液が、ぽたりとセンセイの胸部へと付着する。俺は箸を強く握った。
"おっと"
「先生勿体無いです!!」
"え"
アイス大好きエリザちゃんがセンセイに飛びついた。
突然の出来事にセンセイも硬直する。
エリザは問答無用で、センセイの胸元に吸い付いた。
「ちゅぅぅー」
"エ、エリザっ!? んぁっ、ちょっ何処を"
「んふー……染み付かないようにしっかり舐め取ります!」
"そんなっことしなくても──か、噛むなあ!"
顔を真っ赤にして胸にアマガミしてるエリザを押し離そうとするセンセイ。
しかし片手ではアイスを保持したままなので、腕一本では不利だ。駄々っ子エリザは力が強い。
俺はご飯を食べていた。
「──あ! センセイ、持ってる方も垂れてますよ!」
"それはエリザが来るから──ってわた、私の腕まで舐めるなぁ!!"
「アイスを笑うものはアイスに泣くのです」
"そ、そこは駄目ってんんっちょっとエリザ本当に……っ、止めて……っ、くすぐったい……"
こう、腕を伝ったアイスの雫がセンセイの脇まで行ったのでエリザが音を立てて腋のところに吸い付いてる。
俺は腋フェチじゃないけどインモラルな光景にご飯を食べることで無心をアピールしつつ、脳内に光景を保存していく。
慌ててセンセイがこれ以上アイスがこぼれないようにと一口で頬張るが、口元やほっぺたに付いたのでエリザのペロペロがそこに及ぶわけだ。
こいつらレズデース。そんなレッテルを心の中で貼ってわいわいと騒ぐ二人を見て和む。こう、他人が笑える範疇で困ってる姿というのは見ていて気分がいいな! ドゴオッ!!
その後、顔を真っ赤にしたセンセイから正座で説教を食らうエリザを見ながら、飯の残り粒にお茶を掛けて綺麗に食べきった。
それから昼休みを挟んで、周囲を警戒しながら簡易休憩室から外に出ると、ちょっと異変があった。
蝙蝠男と蜘蛛男の一大決戦が行われている部屋を埋め立てていたのだが。
その壁が内から外に粉砕されていて、恐らくは勝利したどちらかが壁を破壊して出ていったことを示している。
それに全然俺らは気づきもしなかったようだ。
「……」
「……」
"……な? 防音効果凄いだろう?"
センセイのやけっぱちな言葉に、微妙な空気が漂った。あっよく思い出したら「ドゴオッ!!」って鳴ってたわ! 書いてるもん!
どこに居るか不明だが、ダンジョンの奥には更に強力になった魔物が進んでいっている。その事実だけは認識しておこう。
※どっちが勝ったでしょうか




