第3話『新たな犠牲者候補』
半端なところにある村ネイゴヤード。
かつては初心者の洞窟というダンジョンがあることで、冒険者で賑わっていたが今はその初心者殺しも知れ渡って訪れることはめっきり減っていた。
とはいえ街道沿いにあり交通の便が悪いわけではなく、ダンジョン以外に産業が無かったわけでもない。
街といえるほど定住人口は増えず、かと言って寂れても行かずに百年前から百年後まで村として存在していそうな、そんな集落だ。
名産品はエビフライ草。勿論、甲殻類に衣を付けて油で揚げたあれではない。あれにそっくりな見た目の作物というだけだ。一面に広がるエビフライ畑は、収穫期になるときつね色の茎をした赤い華が咲き乱れるようで、中々に見ものだ。
治安は良くて、この村で起こる事件というと旅人がエビフライ畑からエビフライを盗み食いするぐらい。
超凶悪な魔物が存在する初心者の洞窟があるが、魔物はダンジョンの外には出てこれない。
なので特に脅威も無く、のどかな田舎といった雰囲気をしているネイゴヤードにて。
近頃、恐るべき怪談が噂された。
昼夜問わずに、村人が一人で歩いていると突然すぐ背後から声を掛けられる。
「おい、ちょっと」
とか、
「あの、いいですか?」
などと、男の声だったり少女の声だったりと証言は別れる。
声と一緒に肩を叩かれたり、服を軽く引っ張られたりもする。
その声に釣られて振り向くと──
背後には、何もない。
いや、正確には何故かダンボール箱が一つ落ちているのだが、声を掛けてきた相手は見当たらない。
「なんだ……? 気のせいか」
そう思ってまた前を向いて歩き始めると、どうも後ろから足音が聞こえる。
恐る恐る振り向くと──やはりダンボール箱が!
やはり気のせいだと思うが、勘のいい者は恐れおののく。
先程よりも、ダンボール箱の位置が近づいていることに気づいて。
慌てて早足で離れる。だが足音は付いてくる。振り向くとやはりダンボール箱がある。
誰も居ないのに、ダンボールだけが付いてくる。
多くの者はそこで発狂したように叫び散らして、全力で逃げていく。家まで逃げきればダンボールは追ってこない。
そんな怪談であった──。
*******
「へぇーそうなんだ。マジ怖ぁー」
「だから気をつけなよ冒険者さんも。ああ、ええと初心者の洞窟に挑むならそっちにもな?」
「わぁーってるよ」
村にある酒場。元は冒険者を志す若者らで賑わっていたのだろうが、今ではめっきり減っているのでそこそこ広い空間に村人が数名入り浸ってる程度の寂しい店だ。
そこで酒を呑みながら、俺はそんな村の噂を聞いた。
ダンボールの怪とでも言おうか。
正体不明のダンボールモンスターに村人は恐怖と警戒心を抱いているようだ。
まあ、勿論そのダンボールは俺やエリザなわけだが。
センセイに指示されて暫く村でダンボールスキルを訓練することになった。
人気のない──勝手に小屋を建てても暫くはバレそうにない──場所に簡易の宿泊小屋を建てて、朝から晩までダンボール訓練。
奇声を発して立ち木の前でダンボールを被ったり脱いだりとか、ちょっと正気を失いそうだった。
幸いその反復訓練は一日もすればスムーズにダンボールを被れるようになったので、今度は実践訓練に出たのだ。
つまり、実際に人が振り向く程度の間で隠れられるかどうか。
なのでわざわざ声を掛けて、振り向くまでに隠れるという訓練を村人相手に行っていたことが怪談になったようだ。
俺やエリザも驚きだったのだが、実際にこの方法をすれば相手に全く自分の存在を気づかせない。
肩を叩かれたというのに、目の前に怪しいダンボールが落ちているというのに、相手は気のせいだと思ってスルーするのだ。
意外に凄いぞ、ダンボールの隠れる能力。
これなら知能の下がった魔物を騙すには十分だろうと自信も付いた。
「明日はまさしくダンジョンに挑むんだからな。精々祈っててくれ」
飲み屋で一緒になった村に昔から住んでる金持ちのジジイに酒を奢らせながら俺はそう言う。
ジジイは神妙に頷きながら、
「あの伝説のスペランクラフター先生のパーティならば、或いは本当にダンジョンを攻略してくれるかもしれないな」
「ったりめーだ。俺だってサキュバス殺しだぞチクショー」
「……ボスのカオスエレメントを倒しさえすれば、次は別のボスに入れ替わってダンジョンも元通りになるかもしれん。頼むぞ」
そうすれば村にも活気が戻ったりするのだろう、切実な願いってやつだな。
活気が無くても潰れない村だが、こうしてダンジョンに挑む冒険者用の施設が寂れるのは少しばかり勿体無い気持ちもあるんだろう。
何せ冒険者用のサバイバルグッズを売ってた店なんか、そのグッズが売れないから潰れてたし。
剣とか槍とか取り扱う免許を持ってた鍛冶屋はカミソリやクワを整備するばかりになってしまっている。
「そういやダンジョンがああして、同士討ちばっかになっても初期の頃は攻略出来てたんだろ? その時にカオスエレメントは倒せなかったのか?」
「カオスエレメントは分裂して他のものに乗り移る能力があってなあ、それで死んだふりをしてやり過ごすらしい。どくけしそうは最奥に生えているので、倒さずとも取れるから挑んだ冒険者も気づかずに」
「ふーん。ま、余裕があったら念入りにぶっ殺しとくぜ」
そりゃ確かに攻略はするつもりだが、目的はどくけしそうだ。別にこの村が寂れてようが俺は全然構わねえ。
トリエの話だと、どくけしそうは一つあれば成分を転写して複製が可能なので必要になる度に取りに来る必要も無いからな。
むしろ万能薬の価値を上げるためにはどくけしそうは入手しにくいままの方がいいってこともあるかもしれない。
とはいえ、まだダンジョンのボスまで辿り着いていないわけで取らぬ狸の皮算用ってやつだ。
「そういえばお前さんら以外にも、四人組の冒険者が明日ダンジョンに挑むのだと言っておったぞ」
「へえー……先を越されねえようにしないとな。爺さん。そいつらの宿ってどこ? あと薬局に超強力で体重がマイナス300kgぐらいになりそうな下剤とか売ってる?」
「やめろ」
ま、いざとなればそいつらを先に行かせて危険の露払いも可能だから別にいいんだが。
短距離走で駆け抜けるダンジョンではなく、三日四日は掛かるからどうしても長距離移動になるわけで、そうなれば俺らが後から追い越すのも難しくない。
ともあれ、俺は酒を飲み干して爺さんにツケて店を後にし、村はずれにある小屋へと向かった。
「たでーまー」
ドアを開けて中に入るとそこはかとない石鹸の匂い。
ジャケットを脱いだセンセイとエリザがテーブルに座って何やら講義をしていたようだ。
風呂あがりのようで、髪や肌に艶がある。どうも二人共意識するといい匂いなわけで、俺はあの酒臭い酒場の空気が好きだから外に飲みに行っていたわけだ。
男女混合で三人のパーティをドリカム編成というらしいが、どうしてもどちらかの性別が人数的不利になり空気を制圧される気がする。女子会に男が混ざるみたいな気まずさ? ダンジョンに潜ってるときはそこまで気にならないんだがな。
「おかえりなさーいアルトくん! お風呂空いてますよー」
「むしろ二人共そこに居るのに風呂使用中ですよとか言われたら軽くホラーだよな」
"明日は出発だから加護を得るためにダンボールとダクトテープで作った特性の湯船だ。入ってくるといい"
「大丈夫なのかよそれ……」
ダクトテープは耐水性もあるけどよ。センセイの妙な信仰がかいま見える。
一説によると宇宙でも問題なく使えるらしい。道具というのは開発した当初の低い効果や汎用性から改良を重ねて便利にしていくものだがダクトテープは作られて早い段階で必要な機能を完成させたという。
世界は神が作ったかもしれないが、ダンボールとダクトテープは技術者が作った。
そういう言葉があるのだと、ここ数日延々センセイに聞かされた。
割りとどうでもいい。
「じゃ、風呂入ってくるぜ。少ない酒で気持ちよくなるコツ。酒を呑んだあとに風呂に入る」
「駄目っぽ過ぎます……」
"……良い子は真似をしないようにな、エリザ"
ベッド近くに置いてある洗濯物からステテコとシャツを取り出して風呂場に向かう。
風呂場はダンジョン内で作ってた小屋と変わらず、L字の通路っぽい感じで曲がり角の先に湯船が置いてある。で、曲がる手前が脱衣所。
ダンボールの籠に着替えを置いて、さっさと服を脱ぎ去りマッパになった。
風呂を見ると、ダンボールを三重にした構造にダクトテープで表面を覆っている。シームレスにテープが貼られたその表面は陶器のようにつやつやとしていて水を弾くようだ。
一枚では心もとないハニカム構造も三重にすればそこらの木板より頑丈で、つついても壊れる様子はない。ダンボール風呂、侮れないな。
適当な歌を口ずさみながら、風呂桶で湯を掬って頭から浴びる。
程よく熱い湯が体を洗い流す。ガシガシと適当に髪の毛を掻く。
最後に風呂に入るものだからあまり残り湯に気を使わなくても良いだろう。
チンとケツを湯で流してさっと洗い、ざぶんと湯船に浸かった。
「ふー……いい湯だ」
酒でぼやっとした頭が更にキマる感じで悪くない。
このまま寝ちまいたくなる。
少ない酒量で酔いたいときは飲んで全力ダッシュして風呂入ればいい。まあ、時たま死ぬ奴が出るが。
そうしていると、ここからは見えないが入り口のドアが開いた音がした。
"アルト、バスタオルを切らしていたからここに置いておくぞ"
「作りたてですー」
センセイとエリザの声だ。俺は「おーう」と返事をした。
そしてドアが閉められる音。出て行ったようだ。
「……ひょっとしてエロハプニングイベントだったかもしれねえ。着替え途中だったらベストだったんだが」
などと中空を睨みながら呟いた。
いやしかしこのドリカム編成でエロハプニングはパーティの仲を悪くする危険性を秘めた禁断の果実だ。
センセイが無防備すぎるのとエリザ相手にやったら人間としてアウトな気がするので俺も日頃気をつけているぐらいで。
というかセンセイ相手だとアウトギリギリコースまで行った気がしないでもないが……
サキュバスのせいだからノーカンだな、うん。
「うん?」
ふと、視線を通路側へやると。
脱衣所に近いそこに、ダンボール箱が二つ並んで置いてあった。
「あんなの、あそこにあったっけか?」
訝しげに首を傾げるが、何せ呑んでいるのでよく覚えていない。
まあいいか。
さて、長湯をしていても折角回った酒が今度は抜けていくので程々で出るとしよう。
なお風呂場でのストレス発散は止めたほうがいい。何故って? 水回りの片付けするのセンセイかエリザだしな……
ああー早くどくけしそうをゲットして性病防ぐ薬が欲しいぜ。
そう考えながら、湯船からざぶりと立ち上がる。
がたん、と音がした。
周りを見回す。なんの音だ?
ダンボール箱が少しズレてる以外、妙なところは無いが……
チンをブラブラさせながら周囲を確認したが、何も無かった。鳥でも小屋にぶつかったのかな。
それにしてもここで手に入れたどくけしそうで薬を作りさえすれば……高級ゾクフーは後からどうにかするのを考えるとして、ひとまず非合法ゾクフーには入れるようになるはずだ。
非合法ゾクフーには非合法ゾクフーの楽しみ方がある、とゾクフー仲間から聞いたことがある。そいつからオススメの場所を聞き出さねば。
それにトリエともどうにかいい感じにならないだろうか。何せ俺は恩人だ。ちょっと疲れた雰囲気をしているが何気に顔はいいしおっぱいは大きい。というか疲れた感じが割烹着が似合いそうだ。
割烹着姿で溜息ついてるトリエに──奥さん米屋ですって感じでな! うん悪くない悪くない。
いやだが割烹着は大安泰として、トリエみたいな若干根暗ってる女では逆に派手系のバニースーツも良くないか?
野暮ったい女研究者が戸惑いながらエロコスチュームを着て、若干恨みがましそうにこちらを睨みつつ、
『……こういう格好はもっと似合う相手にさせるべきだろう』
って感じでさ!
明るい未来を想像していると俺の男気が上向きにムクムクしてきたぜ! 畜生俺のバスター! もうちょっと待ってくれよ!
……あれ? なんでダンボールがプルプル震えてるんだ? 二つとも。
疑問に思いながらそれに近寄っていく──ん? なんだダンボールの隙間からボールみたいなのが。
突然そのボールから目も眩む閃光が迸った。
「ぬあ!?」
慌てて手を翳すが光が網膜に焼き付いて視界がチカチカとなり全く戻らない。
「んだってんだ畜生!?」
両手で目を覆ってこする。やがて暫く経過し、徐々にぼんやりと風呂場が見え始めた。
恐る恐るダンボールを足先で蹴ると、軽い音を立ててひっくり返り空っぽの中身を見せた。もう一つもそのようだ。
「なんなんだ一体……」
目を細めるようにしながら溜め息をついて、近くに置かれたバスタオルで体を拭う。
怪奇! 光るダンボールか。村の妖怪じゃねえだろうな。
手早く三十秒ほどで拭き終え、ステテコとシャツを着て目元に片手を当てながら部屋に戻った。
「おい、なんか風呂場の入り口に異変が無かったか……ってあれ?」
机に突っ伏している二人は顔を向き合ってぶつぶつと何事か言い合ってる。
異様な雰囲気で。軽く小刻みに震えながら。
……なにこれ。
「二人して顔を真っ赤にしてどーしたんだ?」
"なんでも"
「無いです……」
「そ、そうか……」
よくわからんが大変らしい。俺はそっとしておくことにした。
さっきの風呂場閃光について聞きそびれたが、ひょっとして光の精霊ウィルオウィスプが収束したのかもしれない。世界に遍在する魔力がある一点で濃縮し、精霊が姿を現すという現象は時々発生する。火の気の無いところで起きた火事とか、晴れてるのに雨が落ちてきたりとか、床に自分のじゃないチン毛が落ちてたりするのがそれだと言われている。
とにかく、目がチカチカしてイテーからさっさと寝ることにした。
「先に寝るぜ。お休み」
"ああ……"
「鎮まりたまえです……」
「なにが?」
チラチラと俺の下半身を見てくる視線が気になったが、眠気に身を任すことにした。
眠し眠し。お眠とあらば即就寝。
******
翌朝。
何故か若干寝不足気味なセンセイとエリザだったが、それはともあれ出発準備だ。
二段ジャンプのブーツに雷のガントレット。ええと、名前なんだっけこいつら。前回使わなかったもんで忘れた。
ダンジョン内では強化された敵が出てくるので、やり過ごすかアウトレンジから射殺するのがベターだ。俺らのパーティに壁役はいないからな。壁自体を瞬時に作り出すことは、クラフトワーカーの二人なら簡単だが。
「準備は出来たか?」
「大丈夫です! ジャキィン!」
「あれ? センセイのサイコブラスターはエリザが持つのか?」
"私は高重量の武装を用意しているから取り回しの良いブラスターは預けておくことにした"
そう言うセンセイのスペランクラフトジャケットの背中には小さめの樽みたいなのが付いていて、手元にノズルが伸びていた。
"圧縮水タンクと放水装置だ。分間500リットルの水を放水可能に作ってある。幾ら魔物のレベルが上がり攻撃力が増えようが、目の前にそれだけの水を吹き付ければ動けなくなるだろう"
「なるへそ。その間に俺かエリザが仕留めりゃいいんだな」
っていうかあのタンクにどれだけの水が入ってるんだ?
見た目と質量以上に水をどういうわけか溜め込める道具は既に見たことがある。水筒タバコとかだ。ああいう技術の応用だろうか。
"アルトにはこれを渡しておこう"
「何だ? このダーツは」
まさに手投げの針であるダーツが入ったケースが渡された。
酒場なんかによくあるやつだけど、俺は得意すぎて仲間内じゃ誰も賭けダーツをしてくれなくなった。まあ、投石や投槍に比べて射程距離は10分の1以下なんだが。重さの関係で。
"薬局で買った睡眠薬を抽出して濃縮した、昏睡薬が塗られている。動物系の魔物ならば、首筋や心臓付近に当てればすぐに眠るだろう。ダンジョン内部で戦闘を避ける場合に使おう"
「オーケイ。確かに下手に戦闘してデカイ音立ててたら、他の魔物が乱入してくるかもしれねえしな」
ひたすら魔物が凶暴になっているダンジョンでは注意が必要だ。
食料の類もセンセイが荷物に入れて準備完了だ。
なお、こうやって荷物重量の心配がいらないクラフトワーカー含むパーティではない、通常のダンジョン探検家は食料の運搬が大変で歩荷を雇ったりする。
しっかし、アイテムをマテリアル化して保管できるセンセイとエリザと違い、俺の場合。
背中に畳んだダンボールを背負っていかないといけないのが面倒ではある。
「いっそのことよ、でっけぇダンボールをエリザに持たせておいて、二人で入るか?」
「ア、ア、アルトくん! そんな暗くて狭いところで密着して何をしようっていうんですか! いいですよ!」
「やめとこう」
「決断早い!」
"ならばこれを使うといい"
センセイがテキパキとクラフトして作り上げたのは、角ばった大きな傘であった。
"これを開きながらしゃがめば、ダンボールがすぐに展開できるテントのような仕組みになっている"
「おっ、こりゃ便利だな」
"ただし隠れる以外には使えないという用途限定で、ダンボールが本来持つ拡張性や多機能性を損ねているのが難点なのだが……"
「ダンジョンの中で引っ越しの荷物を詰めるわけでもねえから別にいいだろ」
畳んだダンボールみたいな板状だと持ち運びが大変だ。背負っていても、腕の可動範囲が制限されて投擲の邪魔になる。
だが傘みてえな形状ならば腰にでも差しておけばいいので楽で助かる。
ばっと傘を開く要領ですぐに隠れられるのも便利だが……
「……ダンボールそのもので隠れる特訓をしていたこれまではいったい」
「ま、まあいいじゃないですか。何かに役に立ちますよ」
「間男をして隠れる時とかか」
「マオトコ? なんかカッコいい種族ですか? 『俺は魔男に覚醒した……!』みたいな」
"訴訟モノすぎる……"
間男みたくこっそり隠れるといえば、傭兵仲間でパンツが盗まれたとかで騒動になったときに俺が罪をなすりつけられた時の嫌な記憶を思い出すな。
金属製ロッカーに隠れてたらオークレイパーのクソがロッカーの上からベコベコになるまで殴りつけてきた挙句に川に放り投げやがった。パンツとか知らねえし要らねえよ。冤罪を証明したあとでオークレイパーには土下座させて頭踏んでやったが。
出発の準備を整えた俺らはダンジョンの入り口へ向かう。
すると入り口付近に四人組の男女が居て、今にもダンジョンに入ろうとしているところだった。
奇抜な格好だ。どう見ても村人には見えない。噂の、もう一組の冒険者だろう。
こちらの接近に気づいて振り向いてきた。どれも若く見える──長寿種族かもしれないので一概には言えないのだろうが──いかにも駆け出し冒険者といった顔つきだ。
「うん? 同業者か──ってうわ何だこの変なの!」
「本当だ! 変なのだ!」
「ちょっとふたりとも失礼だよ……」
フード被った失礼なオスガキと、同じく失礼な冒険舐めてんのかってぐらい荷物持ってない薄着のメスガキ、それと気弱そうで自分よりデカイ荷物を担いでるオスガキ。
最後の一人はこっちを気にせずにウクレレをポロポロ鳴らしている女だった。
「ん? だっコラ? お? メーヨ毀損で訴えられてえのか? 金幾ら持ってる?」
「アルトくんいきなりインネン付けないでください……ええと、こんにちは! ダンジョンに挑む冒険者の方ですか?」
エリザがそんなこと聞いて何か得することあるの?みたいな質問をした。
フードのオスガキはこいつがリーダーなのか、前に出てフフンと胸を張った。
「そうよ! 今をときめく評判の冒険者パーティ[黄昏の七ツ星]とはオレたちのことだぜ!」
"なに!? [黄昏の七ツ星]だと……!?"
「知ってるのかセンセイ」
俺が胡散臭そうに聞くと、センセイはコクリとドラム缶みたいな体を傾けて云う。
"話に聞いたことがある……[黄昏の七ツ星]……それは今をときめくとか評判だと……"
「今まさにそう名乗っただけだよね!?」
"胸に七つの傷を持つ暗殺拳の使い手とか……"
「漫画じゃん!」
"ごめん。実は聞いたことがない"
「なんで嘘ついたんですか!?」
無駄なお茶目さを出すセンセイである。
小馬鹿にされたと感じたのか、フードガキは自己紹介までおっ始めた。
「なら今度から覚えておいて、オレたちの偉業を広めるんだな! オレはリーダーで[細工師]のハッチ!」
「細工師?」
エリザが首を傾げるので俺が解説を入れた。
「罠を解除したり鍵を開けたり間取り図を作ったりする……まあ小器用な盗賊だな」
「盗賊さんですかー」
「違う! 盗賊じゃないぞ!」
否定するも、今度は隣の薄着バカ女が名乗る。
「[軽業師]のハッカだよー、ハッチとは双子の兄妹なの」
「軽業師って大道芸とかのですか? 戦うんだ……」
「まあ……身軽だからちょろちょろと動き回る役目なんだろ。傭兵の中でも、サーカス上がりは城壁を駆け上がるミッションとか任されることがある」
とはいえ軽業師は名前の通り、装備は出来てナイフ類だな。中にはスローイングナイフが得意なやつも居たが。地味な攻撃でヘイトを稼いで逃げ回るのが仕事ってところか。
そして荷物持ちっぽいやつが頭を下げた。
「ええと、僕は[道具士]のチャモン。買い物とか準備とか荷物持ちとか……してます」
「おっと! チャモンをバカにすんなよな。こいつはお釣りとか間違わないんだぞ! 料理とかできるし、薬も間違わない!」
「幼馴染でついてきてくれたいいやつなんだからなー!」
「……僕が高等学校に進学しようとしたら二人が拉致って連れ回して来たんだよね」
「冒険は学校じゃ学べないことが沢山なんだぞ!」
「なんだぞー!」
「はあ……いいんだけどね。君ら二人だけだと買い物も出来ずに野垂れ死にそうだから……」
がっくりと肩を落とすチャモンとかいうガキ。
駆け出し冒険者に無理やり参加させられた幼馴染という立場で雑用とかやってるんだろうが戦闘向きには一切見えねえな。
道具屋で店番とかしてそう。道具士ってのは道具の運搬や売買、鑑定なんかを担当する。うちでは技工士が作ってくれるので要らねえが、こいつがしっかりしてないと持ち込む食料やロープ、薬なんかの量を誤って大変な目に合うだろう。
つまりこいつが生活を担当するわけか。
ざっとパーティの役割には道を先導したり罠を見つけたりする[探索]と、魔物と戦う[戦闘]に、食料などの物資確保や道具管理の[生活]担当が居る。戦闘もメイン戦闘係と援護する[補助]係に別れる感じか。
「そしてこっちがヨーコだ。近所で売れないストリートミュージシャンしてた人魚のお姉さん」
「職業は[吟遊詩人]だからうちらの活躍を歌にしてくれるように頼んでるんだよねー」
「人魚ぉ?」
訝しそうに最後の女──ガキの集まりの中で唯一大人っぽい容姿の女を見る。
格好は『ガリレオフィガロ』と書かれたダサTシャツにひらひらスカートという変な上下で、ウクレレを持って常に鳴らしてる変人だ。まあそこそこマブだが、人魚らしさは全く無い。
吟遊詩人ってのは歌い手だな。即興で歌を作って酒場で金を稼いだりする。戦闘に出る職業の場合は、魔力を込めた歌声でバフを掛けたりする。
チャモンが補足するように告げてくる。
「ヨーコさんは人魚なので、陸上で活動する為に足を出すと代償で喋れなくなるんです。歌を歌うときは足が魚になりますけど」
「不便すぎるだろ。っていうかお前ら……」
俺はこのいかにもな新人共をもう一度眺め回した。
ハッチ:細工師──役割:探索
ハッカ:軽業師──役割:補助
チャモン:道具士──役割:生活
ヨーコ:吟遊詩人──役割:補助
「お前らパーティのバランス悪ぅ……よくそれで魔物と戦うつもりになれたな。旅芸人でもやってた方がいいんじゃねえの」
せめて強力な攻撃が出来る魔法使いとか壁役の戦士とか用意しとけよ。かなりそう思う。
「よ、余計なお世話だ! そういうお前らはなんなんだよ!」
「ふん。これが俺たちのステータスだ。バッ!」
とか言ってステータスを示す図とか出てきたら楽なんだけどな。
出てこないのでざっと紹介する。こんな感じか。
アルト:投擲士──役割:戦闘
センセイ:探検技工士──役割:探索、生活、戦闘、補助
エリザ:技工士──役割:生活、補助
「……」
「……」
「ちょっと待て。そんな『こいつ役割少なっ』みたいな目で見るんじゃ無え。そもそも技工士の二人が何でも出来過ぎるだけで、俺はちゃんとボス戦とかで活躍してるっつーの」
戦闘職すら居ないパーティに見下されるのは我慢ならないわけだが?
「つーかお前らも素人ならこんな危険ダンジョンじゃなくてもっと優しいところに行け。見ろよこのオドロオドロしい死亡者数。ガキが入る場所じゃねーぞ」
「ガキじゃない! 冒険者だ!」
「へーへー。センセイ、何か優しいダンジョンあるか?」
"そうだな……知識にある魔物が一番弱い場所は[人間性ダウンダンジョン]だが"
「何ですかその名前からして危険そうなの……」
眉をひそめたエリザにセンセイが真顔で──というかこけしスーツだから表情は変わらないのだが──説明する。
"出てくる魔物が、無害な老人や幼児、妊婦や社会的弱者などの姿をしていて一定数倒さねば先に進めない仕組みでな。姿を真似ているハリボテだとはいっても、そんなものを倒していくのだから出てくる頃には精神が危険だ"
「最悪だな!」
「何の意味があるんですかそのダンジョン……」
"まあ……最奥にあるユニーク装備の[弱者をいたぶる者の証]という棍棒が手に入ったりするぐらいか。私も書物で読んだことがある程度で入りたくはないのだが"
「ろくでもねえ!」
そんな棍棒持ってるだけで街に入るの止められそうだぜ。
ただでさえ世間体を気にしてる立場だから絶対にノウだな俺にとっては。
「とにかく。お前らちゃんとここのダンジョンの勉強したのか? 初心者なんて言葉を信じて入ったら痛い目に合うぜ」
「へっ! ここがどぎついダンジョンってのは百も承知だよ!」
「ほう?」
何も知らずに突っ込もうとしているのかと思ったが、ちゃんと理解はしているようだ。
ハッチは腰に手を当て胸を逸らし、自慢するような態度で云う。
「だけどそう云うヤバイダンジョンを、初心者の俺らパーティが見事に攻略したってなれば箔がつくってもんだろ!」
「冒険者ギルドとかで噂されるかも~『な、なに? あの洞窟を攻略しただと? なるほど……ただの素人ではないみたいだな。本来なら冒険者ランクは[銅]から始まるのだが、特別にお前らは[銀]に認定する!』とか~」
訂正。何も理解はしていないようだ。ハッカも緊張感の無い顔でそう続けて言っている。
単にしょっぱなからデカイ成功を収めたくて無計画なだけだわ。
時々傭兵業界にもいるんだこういう輩。こんな奴に限って実戦じゃブルったり、錯乱して突撃したり、ジャイアントキリング目指して敵陣に単騎突撃して死ぬわけだが。
呆れているとエリザがセンセイの手を引っ張って聞いている。
「先生先生、冒険者ランクってなんですか?」
"ダンジョン探索や作成の実績によってランクが変わるやつで……高いランクだと保険料が安くなったり、ギルド金融機関への借金や融資の申し込みが通りやすくなる"
「微妙に世知辛い特典ですね!」
"下から[銅][鉄][銀][金][鋼]のランクになっている"
「一番上がハガネなんですか?」
"決めた人が『天然の鉱石じゃなくて人が鍛え上げた物が最上位とか渋いだろう!』とかちょっと少年ハートだったらしい。鋼の探究心がどうとか"
「先生は?」
「おいおい、こんな超級ダンジョン探検士が最上級じゃなきゃ誰が最上級なんだってレベルだぜ」
"まあ……借金は申込んだことは無いから特に意味はないのだが"
などと話をしていると、ハッチが背中を向けて出発の合図を出した。
「よし、こんなところで道草を食ってる場合じゃない! 先を越されないうちに行くぞー!」
「おー!」
「はあ……」
「~♪」
制止も聞かずに新人四人チームはすたこらとダンジョンの入口へ入っていった。
「大丈夫かねえ?」
"最大進化した魔物は数が非常に少ないとは書いてあったからいきなり出くわすわけではないと思うが……"
センセイが悩ましげにそう呟くと、
「うわああああ!! 死ぬううわああああ!!」
と、早速ハッチの悲鳴が外まで響いてきた。
俺らは顔を見合わせ、仕方なくダンジョンに突入するのであった。
助けないといけない義理があるわけじゃないが、入り口すぐに何の魔物が居るかあいつらが襲われてるところを確認しねえとな。
特に意味はないけど色々職業クラスが出たのでゲーム風にしてみた
この世界にゲームシステムみたいなのがあるってわけじゃないです
つまり・・・書いてみただけだな!
クラス[細工師]
筋力E
敏捷B
体力C
魔力C
幸運B
クラススキル
鍵開け
罠解除
クラスアップ先
怪盗士
手品師
手先が器用なクラス。宝箱に仕掛けられた罠を解除したり、罠や仕掛けを解いたりする
戦闘は苦手で重たい装備が出来ない。素早さは高いので牽制程度と考えよう
クラスアップ先にも鍵開けスキルは継承されるので、物理を高めたいなら怪盗士、魔法を高めたいなら手品師へ
クラス[軽業師]
筋力C
敏捷A
体力D
魔力E
幸運C
クラススキル
身軽さ
とんずら
クラスアップ先
忍者
極芸士
素早さが高いクラス。手数を増やして敵を翻弄。駆け回り味方のフォローなどを行う。また単独での逃亡がとんずらで成功しやすい
武器は片手剣まで装備可能。一部投擲もできる。だが防具は素早さを阻害するのであまり装備できない
クラスアップ先では重装備も可能で前衛向きな忍者か、より素早さと手数を重視した上位互換の極芸士を選ぼう
クラス[道具士]
筋力C
敏捷D
体力C
魔力C
幸運D
クラススキル
売買交渉
運搬の心得
クラスアップ先
アイテム士
錬金術師
生活サポートのクラス。全体的なステータスは低いが、スキルで買い物の得をしたり持ち込める道具数が増えたりする
装備は超重量級でなければ比較的幅広く装備できる。だがステータスが低く前衛を任せられるほどではない
クラスアップ先はアイテム使用効果がアップするアイテム士か、自分でアイテム作成が可能になる錬金術師
クラス[吟遊詩人]
筋力E
敏捷D
体力D
魔力A+
幸運A
クラススキル
回復強化
恐怖軽減
クラスアップ先
無し
戦闘補助のクラス。術者らしいひ弱さだが、魔力は非常に高い。パーティに居ると疲れが回復しやすくなり勇敢になる
武器の類は装備不能。本人が使う楽器のみ。吟遊詩人の歌は込める魔力の量次第で詠唱魔法よりも効果は大きくなる
クラスアップ先は無し。ただし時々アイドルになったりする者が居るがそうなるともう冒険どころじゃなくなる
クラス[投擲士]
筋力B
敏捷B
体力B
魔力E
幸運D
クラススキル
遠距離攻撃
視覚増幅
クラスアップ前
戦士から派生
遠距離攻撃能力を活かして後衛でも戦える戦闘職。戦士としての筋力、体力もあるので前衛でも可
装備は戦士が使える武器なら何でも。ただし投擲に邪魔なフルプレートなどは装備不可。武器を投げられる
基礎クラスの戦士から防御力を下げて遠距離攻撃が可能になった。遠距離狙撃には熟練が必要




