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投擲士と探検技工士は洞窟を潜る  作者: 左高例
第三章『続く物語』
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第1話『新たなダンジョン初心者編』

 バニシュドの街に滞在しているときのことだ。


 基本的にセンセイとエリザ、それにクリムと行動を共にしていたわけだが、ある夜中に俺は酒場を求めて徘徊していた。

 街の隅っこにある、センセイが時々利用するという自作の小屋にて寝泊まりをしていて、そこで酒盛りなどを行っていたのだが。

 まあ三人共酔いつぶれてしまったので、飲み足りない俺は夜の街に繰り出したのだ。

 

 本来ならここでゾクフーにでも行く所だろうが、出禁を食らっている身ではそうも行かない。

 破壊されて、たまたま街に来ていたクリムに頼んで区画整理も行ったのか少しばかり様相を変えたバニシュドの街で、飲み屋を探す。

 うるせーところは駄目だ。下手すりゃ傭兵仲間が居て、ゾクフー出禁の噂を聞きつけていたらヒャクパー冷やかしてくる。そして絶対喧嘩になる。

 そんなわけで、小さい店を探していた。


 暫く繁華街を見回してると、客の少なそうな店を発見。

 [カフェ&バー]と看板に書かれている店は外から見てもシャレオツな感じで、あらくれが目を付けそうにない。

 バーというとアレだろう。バーテンダーがチャカチャカかき回して作る、ジョッキの十分の一以下の量の酒でランチセット以上の料金を取る謎の飲み屋。

 正直、付き合い以外で入ったことは無い。その時はウォッカストレートをひたすら注文した。それでも高かった。

 オマケにカフェ。百エン(エンスフィールド硬貨の略)の飲み物を温めてカップに入れて五百エンぐらいにするお店だ。付き合いで入った時はウォッカストレートと砂糖壺で乗り切った。

 どちらも傭兵が入りたがるタイプではない。すると、狙い目だな。

 割高感はあるだろうが、今の俺はそれなりに銭持ちだ。多少のボッタは許せる。


 シャレオツな黒っちいフレームとガラスで出来ている入り口の扉を開けるとシャレオツなベルがカランカランと鳴った。

 店の中は割りと狭く、テーブルが三席とカウンターがある程度だ。客入りも、テーブルで仕事上がりの役人みたいなキッチリした服装の中年が二人茹でた腸詰め肉をつまみにハイボールを飲んでいるのと、カウンターに一人居るぐらいだ。

 カウンター席の端っこに座ると、奇妙な姿のバーテンがおしぼりを出してきた。バーテン服の上から白衣を着ている、目元に疲れが見えるもじゃっとした灰色髪の女だ。


「いらっしゃいませ……眠……ご注文は」

「ウォッカ系の何かと……ってあれ? お前、研究者のトリエじゃなかったか? ほら前に俺が隣の国から連れて来た」

「……ああ、キミか。覚えているよ。投擲傭兵のアルトリウスだったっけ……眠い」

 

 彼女はどうも疲れて見える目元をぐにぐにと揉んで、俺の姿を確認し頷いた。

 トリエ。

 という名前の彼女は魔法技術の研究者であり、バニシュドから都市二つ分ぐらい離れた街に居た。

 バニシュド含めた大陸のこの辺りの地域は大国の支配力が弱く、都市がほぼ自治しているので町ごとに違う国のようである。それでも一応国境はあり、そこから連れてくる仕事を傭兵ギルドで請け負って実行したのが去年のことだった。

 依頼者は彼女自身。その国の研究機関に軟禁されていたので逃げるのに他国の傭兵に依頼したのである。

 確かトリエが魔法蓄音機と魔法通信機を発明したんだったかな。それで技術の流出を防ぐために囚われていたのだが、軍事利用への研究をさせられそうだったのを嫌がっての逃亡だったようだ。

 オークレイパーが暴れて警備の気を引いているうちに研究室に潜入した俺がトリエを拉致って、施設に油を撒いて火を付け逃げたのである。

 それで今はこの街で個人研究室でひっそりと日陰生活をしていたようだが。

 個人的にはくたびれた感じの容姿が、センセイとは別ベクトルで割烹着が似合いそうだなーとは記憶に残っていた。

 種族がこの辺りでは珍しく、蠍女ギルタブルルでサソリの尻尾が生えているのがカウンターからは見えないが特徴だ。


「なんでバーテンなんかしてんだ?」

「実はこの前のドラゴン騒動で研究室が破壊されてしまってね。借り受けていた研究器具や借金をして手に入れた試薬なども失ってしまい、生活に困っていてこうして知人の店に雇われてどうにか借金を返しながら……眠る間も惜しんで」

「そりゃご不幸なこって」


 身の上話をしながら、研究室から持ちだしたらしい魔法冷凍庫から酒瓶を取り出して酒を作る。

 極限まで冷やされたウォッカは内部の水分が白く凍っているがアルコールは液状なので、白くてとろりとした形状になる。

 それを凍らせたショットグラスに入れて蓋のように薄切りレモンと粉砂糖を載せた。


「どうぞ」

「トラッドな酒だな。なんて言うんだ?」

「ウォッカヒヤシテレモンサトウノセターノ」

「雑な名前だな!」


 まあとりあえずぐいっとやると、キンキンに冷えたウォッカが口の粘膜を凍らせかけながらも、高濃度のアルコールでぶわっと熱を感じさせるという感覚が楽しい。レモンの酸味と粉砂糖の甘みが、ドギツイ味を柔らかくして飲み口を良くしている。

 冷えていることもあり女子供でも飲めそうだが、一気に何杯も呑むと倒れそうな感じだ。 


「中々いいじゃねえか。気付けになるぜ」

「冷えた次は蒸留したての熱ウォッカ」

「蒸留したてとか。カウンターに蒸留器置いてる店初めて見たわ」

 

 ぐいっと飲むと混じりけの無い味がガツンと来る。

 

「ミキサーでシェイクしたウォッカもあるよ」

「シェイカーは?」

「そんなものより綺麗に混ざる。酒に空気を多く含ませるのが味の変化のコツで……zzz」

「説明しながら寝るな!」


 頭をふらふらとさせながら言うトリエにツッコミを入れる。

 魔導式のスクリューがついた入れ物にウォッカを入れてウィーンと音を立てて高速で混ぜた、微妙に泡だったウォッカをグラスに入れた。 

 これがまた中々味わいが変わっていて面白い。


「ああ、お前学者だから変な方法でやってるのか……」

「その方が合っていてね。雷の魔法で通電させた肉のソテーもつまみにどう?」

「いや、ウォッカばっかりだからチェイサーを出せよ」


 駆けつけ三杯。それはウォッカでやるべき習慣ではない。

 思いながら冷たい水で体内のアルコール濃度を下げる。

 そもそもそれなりの量をあのクラフトワーカー三人娘と飲んだ後なので、軽くクラクラとしてきた。

 飲み口の軽いウォッカってのも考えものだ。

 口に刺さるようなアルコールの痛みを洗い流しながらトリエに尋ねる。


「で、儲けてんの? お前」

「難しいところ。バーテンを五年やっていても借金は返せないだろうね……高い機材もあったから……ふああ……」

「絶望的~」


 魔法科学の研究には当然ながら金が掛かる。それを国のケツ持ちから、個人研究に変わったのだから予算は厳しいだろう。

 しかも自然災害みたいなドラゴンにぶっ壊されちゃまあ。

 酔っ払った頭で、じっとトリエを見る。

 まあまあに俺好みなんだよなこいつ。目元がくたびれてるけど、こう団地妻的な魅力が。

 ゾクフーには入れないけどこう……個人的にマッサージとかして貰って援助する方向ではどうだろうか。

 何せ金はあるけど女は買えない状況だ。後腐れ無く金銭的なやり取りで解消できるのならばそれにこしたことはない。

 

「そういうわけでもっと稼げるアルバイトとか興味ない? おにーさんが援助してやろうか?」

「……気持ちは嬉しいのだが、わたしは種族的に毒持ちでね。体液に遅効性の毒があって粘膜感染してしまうぞ」

「世界はどうしても俺に優しくないらしい」

「あと眠すぎて多分お布団に入るとすぐ眠るからそういう仕事は向いていない……眠い……」


 近頃の運勢は急速に俺から女を遠ざけていく。

 トリエは腕を組みながら考えるようにして、


「……わたしの研究が順調ならば別に良かったのだけれども」


 そう言った。気になったので問い返す。


「研究?」

「多くの毒や病気に効く、万能薬とまではいかないが多能性治療薬を開発していたんだ……睡眠障害にも効きそうなのを」

「へえー……なんか便利そうだな。どんぐらい効くんだ?」

「精製に費用はそれなりに掛かるが……余程体が持たない末期症状以外の初期治療では殆どの病気や毒物は快癒するはずだ。性感染症程度ならば、費用を無視すれば根絶できるだろう……ぐうぐう」

「俄然興味が沸いてきたぞ」


 俺はアルコールでやや蕩けている脳髄を戻すように、コメカミをコツコツと叩きながらトリエの話を吟味する。

 そもそも正規のゾクフー店しか行きたくないという俺の事情は、テクの問題もあるが大きくはビョーキ関係だ。

 安いゾクフーで移されるビョーキは下手すりゃ一生モノの治らない病も多くあり、幾ら飢えていても残りの人生を一生股間が痒かったり鼻がもげたりして過ごすのはゴメンだった。


 しかしトリエの作ろうとしている治療薬があれば、安全に裏ゾクフーに行ける。

 表ゾクフーと違ってゾクフー連盟に入ってないし、そもそも非合法な客も入れるのが裏ゾクフーの特徴なので俺でも入れるだろう。

 非合法な、というと俺と一緒にして欲しくねえのだが、極端に人間型から逸脱した姿の種族なんかだな。トカゲ男とかカエル男とか虫男とか。

 普通のゾクフーがそいつら用の専用ゾクフーを作らないの?ってのにはそもそも数は少ねえしそいつらも半ば諦めて同族の女を見つける方に熱心なので絶対に儲けそうにないからやらないらしい。


「ついでに言うとその薬、量産できて売ったら金になる?」

「精製にコストは掛かるから、安くはならないけれど……需要は大きいから、高値で販売できるだろうなあ……」

「……こいつはでかいシノギの匂いがしてきたぜ」


 俺は眠そうなトリエの顔を見ながら頭の中で儲け話の妥当性を計算する。

 見た目は眠そうダルそう無気力そうなぼやっとした女だが、こいつの頭ン中身はマジもんの才能がある。

 隣国で囚われてたときに作った発明は蓄音機と通信機という薬学に関係ないものだったが、オークレイパーのやつが依頼して色んな薬も一時期作っていた。効果の程はあの女が折り紙を付けていたレベル。

 そんな金のガチョウみたいな女が困っているのだから、恩を売るチャンスである。


「トリエちゃんよ、もしおにーさんが今困ってる研究費の支援してやったら、後で利子つけて返せる?」

「ああ……それはとても助かるが。ええと、借りた金額の二倍でいいか?」

「二倍!?」

「駄目か……じゃあ三倍で」


 適当極まりない返済プランを口にするトリエ。

 思うに。

 こいつは頭が優れているのに金に関してはまったくの頓着が無くて素人臭い。

 頭が良けりゃ他人に売り込むなりして、こんなバーテンではなくもっと簡単に研究費を融資される方法を取るだろう。世界の優秀な研究者が皆して優秀な売り込み屋じゃないってことは当然だが、ここまで疎いのも珍しい。

 だが考えてもみるに。

 マジで完成しそうな万能薬もどきへの投資として金をつぎ込む大チャンスだ。

 俺は咳払いして冷静に、彼女の肩に手を置いて言った。


「馬鹿だなあ。四倍で勘弁しといてやるよ。返済は一括じゃなくて計画的でいいからな」

「わかった……ねむねむ」


 目を擦りながら頷く。よっしゃ。


 それからトリエと機材や触媒などの金勘定をした。

 俺の貯金はほぼ空っぽになるが、まあ最近よく溜まっていたってだけで元々傭兵なんてあぶく銭の貯金だ。本来つぎ込む先であった高級ゾクフーに使えなくなった今、ストレス発散のためにも浪費してしまうのもいいだろう。

 クラフトワーカーがお仲間だからメシに困るわけでもないしな。

 世の中腹いっぱいメシが食えりゃなんとかなる。

 ついでに言えば、貯金が全て無くなれば金があれどもゾクフーに行けずみたいな惨めな気分から一時的にでも遠ざかれる。

 

「問題なのが、ヨクナオールを作るために成分を解析していた素材……」

「ごめん初めて聞いた単語が」

「多機能性治療薬、通称ヨクナオール……」

「こいつネーミングセンスゼロだな……で? 何が足りないんだ?」


 彼女はあくびを噛み殺した表情で言う。


「[どくけしそう]が足りない」

「なんだその道具屋で8エンぐらいで売ってそうな草は」

「いや、そこらにある薬草じゃなくて……魔法の道具の一種なんだ。どくけしそうは、とあるダンジョンの最奥にて手に入るアイテムでその希少性から殆ど市場に出まわらず……ようやく手に入れた一つを、この前の事件で台無しにしてしまって」

「ふーん。なんてダンジョンだ?」

「『初心者の洞窟』という名前だったか」


 いかにもダンジョン初心者が挑みそうな名前だな。

 名称からして、ペーペーの冒険者はその洞窟に挑みどくけしそうを手に入れてくるのが試練みたいな。

 いかにもどうでも良さそうな感じだからどくけしそうは店売りにもされずに冒険者がそのまま使うことが多いとかそんなところだろう。


「仕方ねえな。投資した分は返ってこねえと意味がねえ。俺がそのダンジョンに行ってどくけしそうとやらを取ってきてやるよ」


 ダンジョンのプロであるセンセイと一緒に行けばそんな初心者の洞窟余裕シャクシャクでクリアできるだろ。多分。

 それに俺もエリザも、本格的なダンジョンは初めてだから練習がてらにいいかもしれない。


「ありがと……眠い……」

「……夜勤向いてねえんじゃねえの?」


 徐々に目をしょぼしょぼさせ始めているトリエに俺はそう言った。

 俺らが話していると営業時間も終わりかけていたようで、他の客も帰って行っていた。

 どうにかよたよたと店を閉めるトリエを見てたが、途中でダウンして寝てた。

 

「こいつ……寝るにも場所を選べよ。ボーコーされるぜボーコー」


 いや、確か蠍人間ってのは寝てても尻尾は反射的に動くらしいから、ボーコーしようとしたら刺されるかも知れねえな。

 言いながら引っ張って、店の裏手にあるらしい彼女の住んでいる借部屋に引っ張っていった。

 ベッドと本棚しか無い完全に寝る専用な小さい部屋に寝かせてついでにおっぱい揉んで部屋に鍵かけて出て行った。

 さてと、明日はセンセイとかと相談して融資の手続きして出発だな。

 ダンジョン攻略の旅は初心者から。なんともわかりやすいこった。


「ところで夜にやってる診療所ってあったかな」


 試しにおっぱいを揉んだら実際尻尾で刺されたので、気をつけて欲しい。腫れた手を抱えながら俺は病院を探した。クソッアルコールのおかげで毒の周りが早い。




 ******





 それから翌日。

 銀行で融資の手続きをしたりクリムと別れたりした俺らは街道を例のトロッコで進んでいた。


「それにしてもアルトくんが世のため人のためになるお薬の開発にお金を出すなんて意外ですねー」

「人類愛に目覚めたんだ」

 "……まあ、どう使うにしろ役に立つものではあるだろうな"


 センセイの声がどこか疑わしげだが、アルト気にしない。

 

「そういえば先生! その目的のどくけしそうって、あたし達が素材の変換で作れないんですか?」


 お、確かに。

 クラフトワーカーはある程度、同じ種類の物質ならば構成を変えてしまえる特殊能力がある。

 具体的にはそこらの雑草を小麦に変換して、それから小麦粉を精製したりとか。

 無論、無限にではない。例えば10の質量がある雑草を変換した場合、小麦になると5ぐらいに減っていたりする。なので、最初から小麦素材を持ち歩いていた方が多くのパンを作ることが可能だ。

 だがセンセイはコケシのような体を揺するようにして否定する。


 "どくけしそうの場合は普通の植物ではなく、魔法の材料だから無理だろう。例えば瓶詰めの水を、瓶詰めの火や風に変換できないようなものだ"

「そうなんですかー。じゃあヨクナオールって作り方がわかってもクラフトするのは難しいですかね」

 "そうだろうな。そもそも病気に効く薬というのが中々作るのが難しい。出回っている薬も、どの成分がどういった理由で効果するのか解明されていないものばかりだからな。経験則的に何故かどの病気に効果があるからこの薬を服用させる、と言った程度でな。その薬から成分を抽出して使っても、効果がなかったり逆に副作用が酷かったりするから、薬は専門の知識が無ければ難しいのだ"


 技工士でも作れないとなると、より貴重度が高まるだろう。


「ところで初心者の洞窟ってセンセイ潜ったことある?」

 "いや。師匠は潜ったことがあるらしいが、私が活動を始めてからはベテランのスペランクラフターとして見られていたからな。改めて初心者の洞窟という名の場所に挑むのも気が引けて、行ったことはない"

「ふーん。じゃあ三人して初挑戦か。ま、ヨユーだろ」

 "油断は禁物だがな……"


 センセイみたいに段差で死にかけるように喚くのはともあれ。

 普段通りに戦えばドラゴンすら倒せる俺らが初心者用のダンジョンで躓くはずがない。無双だ無双。

 そうしてトロッコに乗って進んでいく。


 馬車よりも早いトロッコで2日ぐらいの距離に、初心者の洞窟がある村は存在するらしい。

 その日は日が沈むまで進んでから野宿することにした。 

 夜通し進むにはトロッコは危険だ。道だってガタガタしてるのに見えないぬかるみにでも嵌まれば目も当てられない。

 それに板バネやらクッションやらで衝撃を吸収する仕組みを作っていたとはいえ、何時間も乗り続けるとさすがに揺れて疲れが出る。

 宿泊地近くに松明の明かりを掲げて、センセイとエリザはせっせと小屋を組み立てだした。 

 俺は松明の近くで石ころを積み上げる崇高な使命があったので非参加だ。

 

「おっ……十段目行けそうだ」


 不定形な自然石、しかも掌サイズを積むのは中々難しい。確かな達成感を感じながらそうしていると。

 足音が背後からした。

 松明の火に反射して、鈍い刃が輝く。

 野盗が数人、既に臨戦態勢で躊躇わず接近してくるようだ。クソッ! 石積みの最中なのに!


「いでっ!?」

「ぐあ!」

「なんだ!」


 顔面にめり込んだやつが一人、胸を強く打ったやつが一人。

 悲鳴と共にもんどり打って倒れたので、野盗の足が止まった。

 俺がゆっくりと振り向きながら、手元の石を弄ぶ。

 身構えて警戒するが、こちらから声を掛けた。


「おい、そこの。右に生えてる木を見ろ」


 俺が指を向けて、野盗共の隣に生えている一抱えほどの幹をした木を注目させた。

 ドアを叩きつけたような激しい音と共に、幹に俺の放った石ころがめり込んで樹皮を弾けさせた。

 慌てた様子で今度は俺を見る者も居たが、構わず二発目を放って再び木に打ち込む。人体に当たれば骨まで砕く威力なのは、誰が見ても分かるだろう。


「な、投げてる動作も見えなかった……」


 そういう技だ。小さい石ころを相手が意識できないぐらいの小さいモーションで投擲する[霞の飛礫ひれき]。何せ振りかぶる動作がいらねえから、剣士の間合いからでも打ち込める。

 つまり、この盗賊どもは一方的に俺から射殺される位置にいるということを自覚したようだ。恐れをなしてブルってやがる。


 "アルト! 何の音だ!"

「敵ですかー?」


 ついでにセンセイとエリザが異常を感じて駆けつけてきた。

 じゃきっとセンセイは盗賊らに銃口を向けて、エリザは赤いバールのようなものを腰が引けながら構えている。

 小石を軽く手の上で投げたり掴んだりしながら言う。


「狙った相手が悪かったな。本来なら俺が石ぶん投げて戦闘不能にした後で身ぐるみ剥いでアジトまで案内させて根こそぎ財産を奪って土地の権利書とか印鑑とか通帳とかも押収した挙句にてめえの名義で借金しまくって着服した後で肉屋に売りつけるところだが、お仲間の評価が悪くなるから見逃してやろう」

「そんな発想が出る時点でドン引きですよ!?」

 "徹底的すぎる……"


 顔を真っ青にしてる盗賊どもの足元に霞の飛礫をぶち込みながら脅しを掛ける。

 ……いや、さすがにそこまでは本当にしねえよ?

 身ぐるみ剥いで奴隷商に売りつけるぐらいは二、三回したことはあるけど、肉屋はさすがにな。盗賊に人権が無いとはいえ僕はそこまで鬼じゃない。


「つーわけで見逃してやるから失せろ。逆恨みして付き纏ったらマジで死なすんでシクヨロ」


 俺がシッシと手を振ると、背中を見せて大急ぎで盗賊らは消えていった。

 

「いいんですか? ええと、街の牢とかに連れて行かなくて」

「いいんだよ。傭兵崩れで盗賊になるやつも居るからそのヨシミでな。そもそもあんな連中連れて行く管理も面倒だし、盗賊が増えようが減ろうがこっちが襲われなきゃどーでもいい」

「先生は普段どうしてます?」

 "私の場合は一人で野宿する場合は、野営地を簡易にしてな。外から見るとこんもりとした土の塊にしか見えない寝床を作ったりする。昼間に出会ったら巨大な壁を三枚ほど作って中に閉じ込めたりとか……まあ肉屋は無いな"


 センセイの解決法に、ヒソヒソとエリザと話し合う。


「あれだよな。逃げそうなゴキブリに小さい箱を被せて餓死するまで放置する解決法を彷彿とするよな」

「先生の強固な壁の中で乾いて死んだ盗賊さんのオブジェが世界中にあちこち……」

 "ちゃんと後で通報してるよ!?"


 言いながら、とりあえず小屋に入る俺らであった。

 念の為にドアや窓を二人は強化して、万が一外からの襲撃に備えた作りになった。


 "小屋を襲撃する凶暴な魔物が多いダンジョンでは、こうやって小屋の外側を爆発反応装甲にすることで相手を吹き飛ばせる"

「なるほど!」

「街道に変なもん建てんなよ。それよりメシ」

 

 時折噂になる、明らかに人が好き好んで家を構えるはずもない土地にぽつんとある、誰が建てたか不明な小屋。

 それはきっとクラフトワーカーが野宿のテント感覚で作って放置した建物なのかもしれない。



 そんなこんなで休んで進んで。

 目的の初心者の洞窟がある村へとやってきた。村というが、人口は数百人は居るだろう。道も整備されていて、近くの街とも行き来がし易いようになっている。ここで収穫された農作物などを卸しているので運ぶためだ。

 建物もそこそこにあり、村の中心地には店の集まったモール的な場所もあった。そしてそこからそう離れていない、裏山といった場所に初心者の洞窟はあるらしい。センセイのオートマッピング機能で把握した。

 車で集落に乗り付けると怪しまれるので村の外で降りて、ひとまずその洞窟の入り口へ向かってみる。


 "準備の前に一度見ておこうか"

「案外、初心者の洞窟ってぐらいだから近くで駆け出し冒険者がたむろしてるかもな」

「ドキドキします!」


 初心者向けならまあそれこそ、俺らみたいな長期継続型のパーティならそのまま突っ込んでも攻略できそうなものだがな。

 食料は多少あるし、内部で補給もできる。殆ど食料が手に入らないようなダンジョンでも、センセイが言うには土と種を使って栽培が可能だそうだ。

 ここに来るまでの説明で、センセイ曰く短いダンジョンならば最奥まで行ったとして往復で3日前後らしい。この前の洞窟は下手こくと往復で半年とかになるから、それに比べればラクショーだ。

 軽い気持ちでダンジョンの入り口へ向かっていった。

 そこには、大きく看板が掛かっていてひと目でダンジョンだとわかった。

 俺らはそれを見上げて、固まった。


『初心者の洞窟』


デカデカと古い大きな看板にそう書かれていて、その周囲に多数の新しい張り紙があった。


『これまでの累計死亡者数243人、行方不明者数1209人』

『危険! 初心者お断り!』

『まずは資料館でダンジョンの情報を得て、準備をしっかりしてください死にます』

『行方不明者、死亡者の遺骨遺品等の回収依頼あり』

『必ず届けを出してから入るべし。家族などへの連絡先も』

『一度思い直しましょう。貴方の尊い命はひとつ』


「しょ、初心者……?」 

「ちょっとした戦場並に犠牲者が出てるんだが……」

 "と、とにかく準備はしっかりしよう"


 センセイの言葉に頷いて、俺らは初心者の洞窟に関する資料館とやらへ向かうことにした。

 ……また一筋縄じゃいかなそうなダンジョンだな、おい。

 


 






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