第3話『探検出発/死の予感』
粘土状の土質をした山の中腹にあるでっけえ穴がダンジョン候補の洞穴だ。
巨大なサメが口を開いているように、水気で侵食された岩が上から垂れ下がっている。天井までの高さは入り口で5m、広さは横に10mはある。
俺が眺めているとセンセイが洞窟の前に座って、何やらY字のスリングに似た妙な道具を取り出して入り口あたりでゆっくりと振っている。
「どうしたんですか?」
エリザの言葉に、センセイが道具の様子を確認しながら答えた。
"内部から吹く風に含まれる成分を確認していた。火山性ガスなどが含まれると相応の準備が必要だから"
と、センセイは言う。
だけれどもすぐに、
"どうやら火山はないみたいで、風もある。地下世界に繋がっている可能性は高いだろう"
そう解説した。
地下世界。
つまりは文字通り、地下にある世界のことだ。定説では、世界中で行われたダンジョン生成で歪んだ空間が、地下の一部を異界化したのだという。独立してあちこちの地下にあるはずだが、発見・到達されているのは僅かだ。
[地下世界探検記]という数少ない記録によれば、その探検家が見つけた地下世界は広さ数平方キロメートルほどで、草木が生えて明かりが天井から光り、新鮮な風が生まれている魔力に溢れた世界だそうだ。また、その魔力からダンジョンのように魔物が自然発生する。
そして地下世界で生まれた大気は、そこに繋がる洞窟などに気圧の差などの理由から吹き込んで行く。それで、入り口まで僅かながら空気の流れが生まれるのだ。空気の流れってのは結構頑張るもんで、地上から地下世界までの高低差が5000mはあるのに風が届いたという記録もある。
「それにしても、本当に地下世界と繋がってるんだな……どれぐらい下るんだ」
"この標高から地下世界だと最低、2000mは垂直距離で下ることになるだろう。洞穴の内部がどう入り組んでいるかわからないから今の段階では移動時間がどれだけになるかは不明だ"
と、センセイはやはり計器を見ながら告げる。
「それは?」
"深度計やら、時計やら、方位磁針やらをクラフトした道具[スペラン棒]だ。標準装備として持っている"
センセイはエリザの質問に答えてY字棒を見せる。
へえ、便利なものもあるもんだ。
俺が感心していると、リュックの脇にセンセイは手を入れて素材を幾つか取り出して、やはり全部叩いてくっつけるような仕草で道具作成を行った。
できた二つはヘルメットのようだ。樹脂製の半円型で、薄く軽いが頑丈そうである。エリザのには花の模様も付いていた。
"上部から岩が垂れ下がっているのを見て判るように、洞穴の中は危ない。ヘルメットを付けておくように"
「まあ、確かにな。頭を防護するのは当たり前か」
「うわあ見てくださいアルトくん、青くて綺麗な花模様が付いてますよあたしの。これなんてお花ですかね」
「大猫陰嚢の花だな。花言葉は[清らか]」
「清らか!?」
別に植物や花言葉に詳しいわけじゃないが、こんなのはピンポイントに覚えるのが男ってもんだ。
顔を露骨に歪めているエリザは無視して、
「そういや、センセイがつけてるみたいなヘッドライトは無いのか? いや、それ光るんだよな確か」
センセイのつけている──と言っていいのか、コケシ頭部の上方にあるヘルメットっぽい部位の前方には鏡のような物体が付いている。
確か俺の読んだことのある[図解! 探検技工士]って特集にそれが明かりを灯して前方を照らす、と解説されていた。
"作るには専用の部品素材が足りない。他の人が使うには電力も無いから難しく……とにかく、アルトにはこれを持っていて貰う"
と、センセイが木材と布素材、油素材を使ってクラフトして渡したのは松明である。
「あれ? あたしには?」
「エリザは片手塞がってたら危なっかしくて怖えから、俺とセンセイの間を歩くようにしろ」
「はーい」
とりあえず隊形は自然とそうなる。先頭を進むのは専門家であるセンセイ、最後尾を進むのは俺。
うっかりエリザを最後尾にしていたら、気づかないうちに居なくなってるかもしれない。そんな頼り無さが、この少女エルフにはあった。いや、見た目と精神がガキなだけで実年齢は多分俺より上なんだろうが。
センセイはヘッドライト以外にも片手にランタンを持ち、俺達は洞窟に入った。
「松明とランタンで照明器具別々なのを持つんだな」
"ふたりとも松明だと熱が篭もるかもしれないし、ランタンの人工的な白色の明かりは直線を照らす能力に優れている。そして咄嗟に火を扱えたほうがなにかと便利であり、松明を持つなら最後尾が周りに当たらないで良い"
そう納得できる理屈を語った。
まあ確かに、いざとなればぶん投げられる松明のほうが持ってて安心感もあるけどよ、俺も。
「あ、火を付けます」
エリザが呼び止めて俺の松明に手を近づけた。
いざというときに魔法が実は使えませんでした……ってのは流石に無いだろうが、使えるところを見ておいたほうが安心はする。
「ちっちのち!」
合図をするような妙な詠唱をして指を鳴らすような動作をしたら、親指ぐらいの小さな火の玉が生まれて松明の先端にくっつき、数秒燃えると松明の炎に紛れて消えた。
ま、点火には十分か。あとタバコの火をつける程度には。
ランタンとヘッドライトのセンセイが進み、俺達が付いていく。入り口から入った洞穴の中は、意外なほどに広かった。俺達の持つ明かりでは天井付近まで照らせられないぐらいだ。
殆ど傾斜の無い砂利と土が混じった洞穴を進んでいく。ふと振り返ると、入り口の明かりはもう小さく見えた。
「これぐらいの広さなら頭ぶつけなくていいかもな」
「ううう、魔物とか見えないところから出てくるかもしれないじゃないですか」
「こんな入口付近に居るかよ。居たら村が襲われてるだろ。ここらへんに居るのは……」
と、気配を感じて俺は松明を向ける。
熱を感じたのか、岩の隙間から何匹もの黒い影がきぃきぃと鳴き声を上げて飛び立っていった。
「きゃっ!?」
「コウモリぐらいだ。まあ、放っておいても───」
俺が言いかけた瞬間。
バババババ、と突然の破裂音が連続して鳴り響いた。緑色の小粒の光が残像を出しながら無数に飛び立ったコウモリへと向かい、数匹を撃ち落とす。
腰を抜かしたようになったエリザを咄嗟に掴んで引っ張りながら、その音の発生源──センセイへと視線を向けた。
センセイは持っていたサイコブラスターを片手で構えて、油断なく射程外に逃げたコウモリの方へ向けている。
撃ったのだ。コウモリをその銃で。
「セ、センセイ……?」
やはりいつも通り、まったく表情の見えないのっぺりとしたコケシ顔のままであったが。
"コウモリを甘く見ない方がいい。奴らの唾液や爪、糞には凶悪な病原菌が居ることもある。そしてときに自分より大きな生き物に襲いかかることもある。
探検中にもっとも危険な事態の一つは、病気に冒されることだ。洞窟探検家が別名[蝙蝠退治]と呼ばれるのは、自衛の為にコウモリを狩るからでもある。実際に私は、コウモリの糞を頭に被って即死した探検家を知っている"
脅すようにその危険性を語った。
コウモリの事になると早口になるな。
やはり熟練しているだけあってコウモリの害について詳しいのか。素人判断の俺達の気を引き締めるために敢えて厳しく云っているのかもしれないが。いや、コウモリの糞が当たって即死する奴は居ないだろう。絶対。
"さあ! アルト! 逃げたコウモリを撃ち落とすんだ! いざ!"
拳を振り上げて主張し出す。
コウモリが嫌いなだけじゃねえのこれ。凄い恨みがありそうな調子だ。
ともあれ、天井付近に逃げたコウモリを目を凝らして見る。
「あれぐらいだったら……センセイ、石を出してくれるか?」
頼むと彼は、俺が見せたことのある丸く加工された石を一瞬でクラフトして渡してきた。
コウモリは基本的に華奢な骨格をしていて、大きさもそれほどではない種類のようだ。投石紐を使わずとも当てれば落ちるだろう。
そう判断して手首のスナップを効かせて、一直線の軌道で天井に止まったコウモリを狙い撃った。
俺の投げた石を感知したか──コウモリは超音波とかいう暗闇でも判別する能力があった気がする──飛び立ち、石を避けようとするが遅い。つーかバレてる。コウモリの羽根と身体の構造上、飛び立つ方向は必ず一定にならざるを得ないので最初っからそっちにカーブするように投げていた。
がん、と静かな洞窟に音が鳴り、ぼとりとコウモリが落下した。
「ットラーイク」
「すごい!」
エリザが喝采の声を上げた。
当然だ。これぐらいの距離、投げて当てられない投擲兵はすぐに戦場でくたばる。
センセイが満足気に頷いて──俺達を制止するように一旦手のひらを向けて、散らばったコウモリの死骸へ近づいた。
[コウモリの素材]を手に入れた! そんな感じだろうか。センセイがツルハシで触れた死骸がマテリアル化してリュックに吸い込まれた。
っていうか普通に回収してるけど、
「病原菌は!?」
"マテリアル化すれば大丈夫だ、問題ない"
センセイは返事をしてコウモリの死体を全部素材にして収納してしまった。
コウモリなんてなんに使うんだ……
俺はエリザと顔を見合わせるのであった。
******
体感時間で三時間ほど歩いただろうか。
戦場で走り回っていれば多少狂いもするが、戦闘といえばコウモリを散らしたり、50cmぐらいあるオオムカデを仕留めたりした程度だから恐らく感じたままに三時間ぐらい経過したのだろう。なお、やはり軽い投石で潰したムカデはセンセイがツルハシでトドメを刺したあとで素材にして回収していた。
"少し休憩にしようか"
と、センセイは言う。
まあ確かに、三時間平地ではない岩場を歩き詰めていると多少なり疲労はある。一日歩けと言われても可能な程度の疲れだが。
それなりに広い平地の場所に出て、センセイは平らなところに石材で机と椅子を作った。
相変わらずマテリアルがセンセイの手の中でぱっと重なると、空間から吐き出されるようにテーブルと三つの長椅子が囲むような形で出現し配置された。
お手軽すぎる。
その椅子の上に更に布材でクッションを作成して置く。
「おおおー」
やたら感心して、俺よりは疲労を滲ませたエリザは寝転がるようにゆっくりと体を預けた。
俺も背負っていた軽いリュックを下ろして椅子に座る。クッションは干したてのように柔らかで、冷たい石の上に尻を置くより何倍も休憩になりそうだ。
そしてセンセイはやはり手際よくリュックから素材を取り出す。
魔力でキューブ状にコーティングされたマテリアル物質。俺には雰囲気の違いしかわからないが、センセイにはしっかりと管理できているのだろう。
まじまじとエリザなどは興味深そうにそれを見ていた。
そしてセンセイは素材を幾つか組み合わせると、陶器の皿とスプーンと何やら盛りつけられた物が出来上がった。いや、これは……。
"おやつの抹茶クリームだ。食べると元気が出る。休憩しながらあと三時間ぐらい歩き、今日はキャンプにしよう"
センセイは差し出して言った。
抹茶クリームて。
どうやってそんなのを作ったんだ。
俺とエリザの訝しげな視線に応えた。
"クリームの主成分は水分と油脂だ。水と油素材があればクラフトできる。抹茶は途中に生えていた苔から植物素材を採取していた。糖分は穀物素材を使えば糖に変換できる"
事も無げにそう言う。
技工士すげえ。
いやこれまでもポンポンと色々作ってたけど、料理までこんなに、素材っていうか成分レベルから作れるものなのか。
「食いっぱぐれない仕事として有名だったが、それはどこの土地でも仕事をやれるからというか……草や水さえあれば食えるものにクラフトできるから、物理的に食いっぱぐれないって意味だったのかもしれないな、これじゃ」
感心していうと、センセイは再びテーブルに出した素材をクラフトして作り出したのは──茶の入ったケトルであった。
そしてついでのように手品にしか見えないぐらい自然に作ったカップにそれぞれ注いで渡した。
"とはいっても、技工士は技工士なりの理屈や法則がある。さすがになんでも作れるわけじゃない。焼き菓子やお湯なんかは、竈の近くじゃなければ熱を加えられないからな"
そう言うセンセイが注いだ茶は、熱が無かったから冷たい。
「じゃあ竈が無ければ料理ではちょっと不便なわけだ。竈自体は作れるのか?」
"一秒で作れる。夕食のときは用意しよう"
「ハハハ」
乾いた笑いが漏れた。道具の準備が余裕すぎる……
「美味しいですよアルトくん! これ美味しいです!」
「そうかそうか」
夢中で食べるエリザを見て、俺も抹茶クリームをスプーンで掬って舐めた。苔から取った緑色らしいが、苔臭さはせずに茶の風味がしっかりしている。油と糖分はダイレクトに疲労に効果がある食べ物だ。
こう、オルタナティブ食品というか、これのどこに命がありますかとか美食家が文句をつけてくるかもしれないアレさを感じるが、味はとても良い。
「あたしなんて甘いもの作ろうとしたらお砂糖をパンに振りかけるぐらいしかできないです!」
「お前何年生きててその女子力なの?」
「ううう」
エルフは女子力が低い。らしい。寿命が長いからガツガツして男漁りをしなくてもいい生態から来る性質だという説がある。
天然ボケかキャリアウーマンみたいな奴が多いと聞くが、こいつはどう考えても前者だな。
ま、勿論女子力なんてのはヒューマンの女が自分アゲの為に言い出した独自設定の隠しステータスみたいなもんで、エルフの女はんなこと喧伝しなくてもナチュラルに容姿に優れてるわけだが。
*****
休憩を終えて、机イスはそのままだがクッションは回収した。
センセイがクッションにツルハシを振るうよ即座に布素材にマテリアル化されてリュックに収納される。
土や石で作られたものはともかく、布は補充できないのでなるべく回収するのだという。
それから再び三人で洞窟の先を進んだ。
徐々に足場が悪くなり、地面が露出した岩が団子のように固まった感じで少しばかり危ない。
「エリザ、気をつけろよ」
「はい! アルトくんも!」
……アルトくんねえ。
いや多分俺よりエリザのほうが年上なんだろーが、こう見た目は完全に俺が上なわけで幼馴染の同級生みたいな声音でアルトくんアルトくんと呼ばれるのは違和感が大きい。
せめて呼び捨てなら全然構わなかったんだが。
敬語がどうとかは、傭兵暮らしのクソみたいな人間関係だから気にしない方なんだけど、なんだかな。まあ、慣れか。
先を歩くセンセイが立ち止まった。
「どうしたんですか?」
"段差がある"
そう暗闇をヘッドライトで照らしながら告げる。
俺達も覗きこむと、高さ1m程の段差が前方にあった。左右を見回しても、一段落ち込んだように小さな崖となっている。
「これぐらいなら飛び降りても……」
俺がしゃがんで足場を確認したら、ぐいと肩を引っ張られた。
ず、とセンセイが俺の顔の前に、平面に見えるコケシ顔を近づかせて有無を言わせぬ感じで言う。
"僅かな段差だからと言って不用意に飛び降りてはいけない。下の足場は、よく見えないが崩れやすいかもしれないし濡れていて滑るかもしれない。足をくじいて、挙句に肉食虫の巣だったとなると目も当てられないからだ。大体目安として、自分の背丈の半分以上ある段差は危険なので私に任せるように"
と、センセイは一息で俺とエリザに言い聞かせるように喋った。
凄い本気だ。無表情でぐっと近づいて告げてくるので結構怖い。
エリザもぶんぶんと目を丸くして首を縦に振っている。
"これぐらいの段差ならいいかと飛び降りて、空中で蒸発死した探検家を私は知っている"
センセイは脅すようにそう告げる。
いや流石に蒸発死は無いだろ。この段差で。
だがそこはかとなく怖いのでツッコミは入れなかった。
「じゃあどうするんですか? センセイ」
エリザの疑問に、センセイは行動を見せて応えた。
背中のリュックから二本のアームが展開される。一体どうやって動いているのか不明だが、文字に表すと[──C]みたいな単純な形の道具だ。
同時に取り出した土素材を組み合わせてセンセイは土ブロックを次々に手で作り始めた。
自動なのかセンセイの意思で動いているのか、その土ブロックをマジックハンドが掴んで崖に貼り付ける。確かにここらは粘土質の土だった気もするが、溶接でもしたかのようにピッタリとそれは崖に張り付いた。
マジックハンドは動き続けて、センセイが作った土ブロックを高速の早さで設置し続けて──数秒で小さな崖には、土で出来た階段が作られていた。
センセイがなんということも無さそうな様子で階段に足を載せて崖を安全に降りる。エリザと、俺も続いたが土で出来ているからといって足が沈むわけでも崩れそうな不安定もない、しっかりとした作りであった。
"こうして進むので、絶対に無理はしないように。よほどの事がない限り飛び降りるのは最終手段で、必ず安全を確保してから飛ぶこと"
振り返って言うセンセイに俺とエリザは頷く。
なんというか、技工士が居れば大工も建設会社も仕事が無くなるってのは本当だな、これは。
あっという間に、恐らく材料費や手間も殆ど掛けずに道も作ってしまう。
改めて、何の因果で探検家になったかわからない技工士の能力に感心しながら、俺達は奥へと進んでいった。




