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投擲士と探検技工士は洞窟を潜る  作者: 左高例
第二章『次の物語』
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第8話『同性愛者は炎に弱い』


 死ぬ直前には目の前がスローモーションで見えると聞いていたが、その通りなのか何なのか。

 それにしても死なねえなーと思いつつ、俺の胴体を一刀両断した素浪人にセンセイがゼロ距離から大型のアーバレストを叩き込みまくっているのが見えた。

 怪しい体術でそれを左右に躱しながら下がっていく素浪人。どんだけ素早いんだよ。

 で、距離を離したらセンセイが俺を抱き上げて、驚愕の目で見ていた。

 そしてぺたぺたと俺の体に触りながら、ボンドを塗りつけようとしたが目を見開いて叫んだ。


 "アルト!? 大丈夫なのか!?"

「大丈夫ってそんなわけ……ぐっ」


 体を起こすと、問題なく動いて立ち上がれた。

 いや、ただ咳き込むような疲労を感じる。百メートルを五本ぐらい全力疾走して倒れたような、そんな疲れだ。

 

「生きてる……か?」


 傷跡は残って居ない。切られたのが夢か幻覚のようだった。

 

「なんで……」


 疑問の呟きに、素浪人が剣を肩に担ぎながら告げてくる。


「おじさんのサキュバスタードソードは、物理的な威力の代わりに精力を奪うんだな、これが」

「ぐっ……それで妙な疲れが……」

「つまりおじさんの剣に貫かれたら、おじさんとセックスしたようなもんなわけだ♥」

「いやああああ!!」

 "ああっ! アルトが転げまわった!"


 強烈な吐き気! 不快感! 

 粘着質な相手の声を否定するように俺は叫んだ!

 即死しなかったが、代わりに即レイプされた!?

 い、いや違う! アレはライフスティールする魔剣とかそんなアレだ! 断じて俺はやられていない!

 とりあえず自己納得の為に時間が欲しい! そして実際かなり疲労を感じて来た!


 "お、男の淫魔だったらインキュバスじゃないのか?"


 センセイが俺の苦悩を汲みとってくれたように、時間稼ぎになる会話を発する。

 素浪人クソはニヤつきながらそれに応えてきた。


「いんやぁ? 女がサキュバス、男がインキュバスってのは間違いだ。正確には、男を襲うのがサキュバスで女を襲うのがインキュバス──」


 そして、俺に視線を向けて目を光らせた。


「──おじさんは男専門なものでなぁ」

「ぎゃあああ!!」


 やっぱりホモだ!

 ホモで人斬りなサキュバスとかドラゴンより会いたくねえ!


 "アルト落ち着け!? で、でもさっきは幼女サキュバスに襲われたぞ私も!"

「そりゃ、助平目的で襲ったんじゃなくてオタクを仲間にしようとしたんだろ。ま、おじさんは女に興味無いからオタクは捕まえて他のやつに任すとして……」


 剣を構えて、言う。


「しっぽり楽しませて貰おうか……♥」

「うおおお! 全力で殺すぞセンセイ!」

 "わ、わかった!"


 センセイはこっそりと話をしている間にも後ろ手にクラフトの準備をしていたようだ。


 "石柱で直線を作る! 集中砲火だ!"


 石素材で巨大な石柱を二つ作って前方に倒した。大音響を立てて、半ば壊れつつも石の柱が床に叩きつけられた。

 すると俺らと素浪人を挟んで左右に高さ2mほどの壁が出来上がる。これで左右に逃げるスペースを奪った。

 大型弩砲であるバリスタをその一直線にセンセイは構えて、俺にも火炎放射器を渡してきた。

 当たれば人間の上半身が消し飛ぶような威力のバリスタが打ち込まれ、俺もノズルを向けて噴出させた。


汚物ホモは焼却処分だ! 焼け死ね!」

 "アルトが必死すぎる……"


 バリスタの大型ボルトを、素浪人は剣の突きで弾いた。続けざまに、炎を伴った燃料が空中で拡散し、高熱の雲となって襲いかかる。

 

「おっとぉ」


 とぼけた声を出して剣を正面に振り下ろすと、雲が綺麗に切り分けられて奴の左右が爆発するのみで本人は涼しい顔を見せやがった。

 

「面攻撃を切り払うな! クソが!」

 

 足元を狙って火炎放射をぶち撒ける。近づかせないようにするのが第一だ。

 そもそも投擲士である俺も技工士であるセンセイも前衛ではない。安全な距離から攻撃して戦うのが主な戦闘法だ。ガチ剣士な相手に近づかれれば不利は否めない。

 ついでにオイル瓶をぶん投げて互いの間を火の海に変えた。

 だが素浪人は躊躇いなく駈け出して、壁走りで接近してきやがった。

 咄嗟の判断でセンセイがそちらに射撃を行う。それはボルトではなく、空中で大きく広がる投網だ。

 予想通りに素浪人は剣を抜き放って網を切ろうとしたが──


「──!」

 "粘着式だ"

 

 剣が網に絡み取られて──或いは、素浪人が剣に絡ませることで網を避けた。

 舌打ちが聞こえて素浪人は剣を火の海に捨てた。

 よっしゃ! 武器が無くな────


「油断するなよ?」


 そいつは剣を捨てても加速、接近してその腕毛の生えたごつい手で俺の頭を掴み。

 地面に押さえつけるようにして投げた。


「ぐああああ!?」

 "アルト!"


 床で頭を打って脳が揺れて力が一時的に入らない。

 ぐわんぐわんと二日酔いのように頭が揺れる。

 おまけに、継続して背筋が粟立つ、異常な気持ちの悪い感覚が襲ってきた。


「腕からでも吸精はできるんだなぁ……♥」

 "くっ!!"

「おっと」


 センセイがクロスボウを向けるが、素浪人はだらりと脱力した俺の体を持ち上げて盾にした。

 射撃できずに歯噛みするセンセイ。かといって彼女が近接戦闘でどうにかなる相手ではない。

 クソっ! 力がああああ!? モリモリと精力が減っていくのがわかる! 激萎えしてるってのに!


「んん~……♥ 引き締まったいい尻だ♥」

「センセイ俺ごとコイツを殺せぇーッ!!」

 "は、早まるなアルト!"


 盾に構えたまま俺の尻を撫でて来やがる! 

 最悪! シンジランナイ!

 神様! ホモを滅ぼしてください!


「暴れんなよ♥ 下着一枚で誘ってたんだろ♥」

「この糞ボケがあああ!!」


 下着一枚なのはダンジョンの制約だ!

 もがき、肘打ちなどを背後に放つが軽く受け止められてしまう。素手での戦闘でもこの素浪人には勝てそうにない。おまけにこちとら絶賛ドレインされてるわけで、力が抜けていく。

 下着……そうだ、コイツの中に!


「おじさん舌でサクランボ結べるぞぉ?」


 サキュバスの口付け。吸精度で言えば接触<口付け<性交の順番にヤバくなるわけだが、そのおっさんの髭がジョリジョリした口が迫ってくる前に、どうにか武器を取り出した。

 指でつまんで、素浪人の迫る口にビー玉ぐらいの手榴弾をぶち込む。


「死ね」


 間髪入れずにアッパーカットを顎に入れた。

 手榴弾を噛んでそれが爆発したようで、ぼんと大きな音を立てて鼻から火を吹きながら大きく仰け反った。

 拘束も外れたので慌てて逃げ出す。

 開けた口からも爆煙を上げている素浪人に息を呑んで言う。


 "やったか!?"

「センセイそれ禁句!」


 やったのならば倒れているもんだが、そいつはしっかりと両の足で立ってやがる。

 やがてゆっくりと上を向いていた顔を戻し、口元に大きな火傷の後を見せながらも眼光はより強く歪な色を灯して、異常な笑みを浮かべながら言う。


「舌を焼かれたぁ……♥ あんちゃんの精を吸って治さねえとなぁ……♥」

 "アルト!! 一旦通路に逃げるぞ!"

「合点承知の助!」


 もう嫌だ。

 通路どころかダンジョンの外に逃げたい気分だった。

 即座に部屋のドアから外に飛び出して、センセイは石の門をクラフトして外からドアを閉ざした。

 しかし、


「開けぇ……ごまぁ……」

 "門が……!"


 あっという間に門は扉ごと切り裂かれて床に落ちた。

 のしのしと部屋の中からやってくる素浪人の手には、一度手放したはずのサキュバスタードソードを持っていた。

 

 "距離を置きながら戦う! 乗れアルト!"

「おお!?」


 するとセンセイはトロッコのような道具をクラフトして俺を乗らせた。

 しかしここは斜面でも無ければレールも無いが、幅広な車輪をつけたトロッコは二人を載せて走るより遥かに早く通路を進み始める。

 

 "バスからエンジンを抜き取っていて良かった……!"


 バスを動かしていた動力機を使って自動で車輪が動く仕組みらしい。すげえ便利!

 四つの車輪のうち、前方二つは左右に動くようになっており、センセイはその舵を取って壁に突っ込まないよう操作している。


「だが追ってくるぞセンセイ!」


 背後からは剣を手にした素浪人が引き離せない速度で追いかけてくる。

 

「強気なノンケは逃げるのを追いかけて追いかけて、追い詰めて無理やりヤるのが最高だなあ……」

「気持ち悪い笑みまで浮かべてやがる!!」

 

 前世でいったいどんな悪業を積めば、剣を持った超強いホモに追い掛け回されにゃならんのか!

 

 "くっ……素材も残り少ないというのに!"


 持ち込み禁止な上にダンジョン自体が短いこの状況では、次々にクラフトしていけばセンセイがこれまで取得していたマテリアルの数も乏しくなってきたらしい。


「とにかく戻るぞ! 足止めの武器を頼む!」

 "粘着式マキビシランチャーで凌いでくれ! バスのある部屋まで行けば材料が残されていると思う!"


 センセイが渡すのは散弾砲で、小さなトゲ罠を広範囲にぶち撒ける武器だ。

 特にこれは壁や天井にも張り付くように作られているので壁走りの先に置くことも可能である。

 バネ式の砲を使って、徐々に距離を詰めつつある素浪人の前に撒き散らす。

 走っていた勢いのまま跳躍して地面にへばりついたマキビシを避けるが、


「空中なら避けれねえだろ!」


 そこに二射目を置く。

 だが、物理法則を凌駕したように素浪人は空中で横方向にスライドしてその一撃を回避した。


「んなっ!?」

「一応サキュバスだってこと、忘れてない?」


 奴の着流しの背中から悪魔の羽根が見えた。ちっ! 生えてんのかよ!

 しかし走るよりは飛ぶ速度は遅いのか、若干距離を離してやった。再び素浪人は地面に着地して、床を剣で引っ掻きながら走り追いかけてくる。


「知らなかったか? サキュバスからは逃げられない……!」


 そう、一時的に撤退戦をしているが、この素浪人クソをどうにか最低でも戦闘不能状態にしないと逃げきれないのだ。

 すげえ厄介。せめて直接戦闘能力ぐらい減らせよ。

 

 "アルト! 次のカーブ!"

「ああ!」


 九十度の直角カーブ。体重を寄せて車輪を浮かせながらもどうにかセンセイのハンドル捌きで曲がりきった。

 目的はカーブの壁にある罠だ。偶然来る途中で気づいてあぶねーとは思ってたやつだが。

 タイミングを見計らって素浪人が来ると同時に、ランチャーでその罠を撃って発動させる。

 するとトゲ付きの鉄球が振り子のように上から遠心力もつけて奴に襲いかかった。サキュバスパイクボールだ。

 どが、と激しい音がしてカーブで不意をついたそれは当たったらしい。

 動きを止めてスパイクボールを受ける姿が見えた。

 

「ざまあみろ──」


 言いかけて、俺は寒気を覚えて瞬時にセンセイを掴み伏せさせた。

 

 "アルト!?"

「うぶっ……げほっ!」


 スパイクボールを受けた地点から、一直線に剣が投げつけられたのだ。

 直撃コースであり、トロッコに乗っている俺らには避ける術も無かった。

 だからセンセイに刺さらないように俺が受け止めた。どうせ直接的な殺傷力は無い武器だ。一発二発は耐え切れる。

 そう思ったのだが。

 腹に深々と突き刺さった剣には、血が付いていた。

 俺の血ではない。

 スパイクボールを受けて流した、素浪人の血である。

 サキュバスの血は希釈していない媚薬に似た猛烈な効果がある。

 何より、ホモ野郎の血が混じった気がして不快感と、唐辛子を注射されたような熱い感触に悲鳴を上げた。


「がああああ!!」

 "アルト、しっかりしろ!"

 

 血を流させたのは逆効果だ。剣を抜き放って放り捨てるが、体が爆発しそうになっている。

 スパイクボールを抜けた素浪人が再びこちらにダッシュで向かってくる。


「来い」


 奴が唱えると、俺が投げ捨てた剣が掻き消えて奴の手に戻った。自動的に回収できる魔力があるようだ。


「っ! センセイ! 俺はかなりヤバイから任せるぞ!」

 "わかった! もうすぐそこだ"

 

 幼女サキュバス共と戦った部屋の扉が迫ってきていた。

 センセイはトロッコの前面に衝角ラムをクラフトすると、扉を突き破り突入する。

 部屋の中で大量に倒れていたサキュバスは消えていた。

 しかし一匹だけ、ペドサが何やら煙突をつけられたバスの整備をしていたようだ。


「でちー!? お、お前らなんで戻って」


 キキー、ドン。

 ブレーキは掛けたようだが容赦なくペドサを跳ね飛ばしてバスの隣にトロッコは停止。

 無謀な暴走運転。園児を轢いて……ハーブをやっていた形跡も……などという、体面の悪い見出しが浮かんだが無視する。

 トロッコを材料に分解してセンセイに肩を貸されてバス内に入った。

 そこの椅子にひとまず俺を座らせて、慌ただしくセンセイがバスを改造していく。


 "このバスであの素浪人を攻撃する。これだけの質量ならばイケるはずだ"


 エンジンにターボジェットをつけて、バスの外殻を強固にし、フロント部分にドリルのような巨大な衝角を設置。

 直線に突っ込むだけだが強力な破城槌のように作り変えたようだ。


 "名づけて超激突バス!"


 俺の隣に作った後部操縦席でセンセイはそう宣言する。俺らの乗る位置はバスの後部である。なぜなら、前方から突撃かますのに前方に乗るわけには行かない。

 同時に、素浪人が剣を引っさげて部屋に入ってきた。

 俺らの乗るバスの形を見て、企みをひと目で看破したのだろう。僅かに笑う。

 センセイは躊躇わずにバスを射出した。


「うおお!?」


 加速度に内臓が圧迫されるようだった。

 俺が僅かに首を動かして後部エンジンを見るに、火山が噴火でもしたかのような火を吹き出して凄まじい速度で前方にかっ飛ぶ。

 ぐおんぐおんと唸りを上げて錐揉み回転するドリル衝角が素浪人に直撃し──


 遅い、と聞こえた気がした。


 飛び上がった素浪人は衝角の上部、本来バスの運転席にあたるそこの装甲を切り裂いて内部に突入してきた。

 

 だが。


 それを見るが早いか、俺とセンセイは椅子ごとバスの上へと強力なバネの力で脱出している。その為に、俺らの座っているところだけ上面を開けていたのだ。

 

 更に、バス内部には可燃性の睡眠ガスを満載したボンベが残されていた。

 

 素浪人がバスの中に俺らが居ないことに戸惑い。

 

 次の瞬間、壁に激突した衝撃で何もかもが砕け散り──


 "バスガス爆殺だ……!"


 ガスボンベと燃料に引火して大爆発を起こした。センセイが咄嗟に作った天井から伸びた石製のシェルターで脱出シートをくるまなければ、爆風と破片と音で危険だっただろう。 

 巨大質量の壁への衝突と爆発。城の壁でもぶっ壊せる一撃の渦中に素浪人を叩き込んだのだが、


「……ぐっ! まだだ!」

 "アルト!?"

「うおおお!」


 俺の勘がまだあのホモは死んでいないと告げている。

 ムチ打ちになりそうな加速と脱出だったが、無理やり椅子から降りてシェルターを踏み台に現場を見る。

 バクバクと脈打つ心臓が割れそうだが、むしろ血圧は上がっていて調子は出ると信じよう。

 炎を背景によろりと出てくる影に、俺は部屋の天井付近から飛び降りて、落ちるがままに蹴り足を伸ばした。


 "アルト!!"

「自由落下キイイイック!!」


 足の裏から肉を踏み潰す嫌な感覚。べきべきと骨をへし折り、筋繊維をぐちゃぐちゃに踏みにじった。床に落下していたらタダでは済まない衝撃を、満身創痍の素浪人に与える。

 うつ伏せになって床に縫い付けられるように潰れた素浪人。俺も体勢を崩している。だが肘を打ち下ろして頚椎を打った。

 一撃。二撃。肩と同化しているように太い首は頑丈だ。三撃目で、素浪人の腕に肘を掴まれた。


「クソ!」


 なんどこれまででクソと叫んだものか、やはりまだ戦う力を残している。

 肘を振り払い男の体から離れると、素早い動きで敵も立ち上がった。

 香油でぺったりとしていた髪はぼさぼさになり、着流しは半分も焼け、鼻血を垂らして金の瞳孔も開いている。

 片腕は炭化していて、動きそうにないその手指の先に剣がひっついている。無事なもう片方の手の拳を固めて悠然と構え、俺を見た。


「ふっ!」


 俺が先制で殴りかかる。

 相手はもう避ける体力も残っていない。一撃一撃に、敵意、殺意、害意──そして拒絶の意志を込めて殴る。

 それがサキュバスを殺すための正式な攻撃法だ。俺は剣術なんかはからっきしだが、素手の殴り合いができない傭兵はいねえ。

 固めた拳が素浪人の脇腹に食い込み、肋をへし折り殴りぬく。

 体を逸らした素浪人は、無事な右手で俺の腹を打ってきた。

 ゲロを吐きそうな威力を腹筋を固めて耐え、反撃に眼球を殴り砕いてやった。

 怯む。追撃。重さを込めて、踏み込んで思いっきりぶん殴る。

 

「はっはぁ!」


 素浪人に頭を掴まれて、膝蹴りを顔面に打ち込まれた。息が詰まる。俺も鼻血が出たようで、口の中が血の味でいっぱいになる。

 再度膝を叩きこもうとする相手に足払いをしてよろめかせ、顎を拳で撃ちぬいた。

 だがそれはカウンターで合わせられた。しかし、完全ではなくお互いの頭を同時に殴って離れる結果になる。

 

「ぶはぁ……ふは、いいねえ、肉と肉がぶつかり合い、汗と血が混ざり合い、殺意と愛を与え合う! これこそ真のセェェェェェックスだ!」

「自殺してマス掻いてろ」

 

 しかし、殴られる度にこちらも体力がみるみる減少していく。

 だというのに体の奥底の熱は増していき、息は荒く汗は滝のように出る。

 次で仕留めないとぶっ倒れそうだ。だというのに力が抜ける。


「さあもっとおじさんとセックスしようぜぇ~!」

「死ね」


 襲い掛かってくるホモ。

 頭がふらつきながら俺は近づく拳を、どうにか避けた。

 朦朧とする頭では本能的な動きだった。

 俺の体が生きろとばかりに勝手に動き、素浪人の動かなくなった左手にくっついている剣を手にとって、すれ違いざまに脇腹を深く切り裂く。

 

 それは致命的な攻撃だったようで、力を失った素浪人はどしゃりと床に倒れる。


 サキュバスタードソード。

 切った相手の精力を奪う魔剣。

 それは、存在が精気そのもので出来ているようなサキュバスにとって天敵でもあったようだ。


「ぐふ……」


 手応えはあった。これで倒せたと思う。

 だがしぶとく消滅していない素浪人は、死にかけの顔で俺を見上げて、


「おじさんと……挿したり挿されたりしたってわけだな……」

「いや早く死ねよマジで」


 凄い嫌な情報を告げるな。


「その剣を……お前に託そう。おじさんとの絆……忘れずに持っていてくれ……」

「バッチイ。捨てよう」


 剣を放り捨てる。ホモの触っていた道具を素手で触るとか、病気が感染りそうだ。(※アルト個人の感想です)

 とりあえず近くに落ちていた石の塊をおっさんの顔面に落として喋れないようにして、暫くすれば体が霧のように消えていった。

 

「倒せた……」

 "そのようだな"


 センセイがロープを作ってするすると慎重に降りてきた。ジャケットを着ているときの慣習から、高さには慎重のようだ。

 

 "あの剣は?"

「センセイぶっ壊して素材にでもしてくれ……疲れた……しかも動いて毒が回ってしんどい」

 

 風邪を引いているのに無理やり運動したみたいな、乾きと熱と朦朧感に襲われている。 

 まだ先はあるというのに、このバステはしんどい。

 どうにかサキュバスの毒を抜きたいところなのだが……


 "……アルト"

「どうした、センセイ」

 "ん……"


 センセイは膝に手をついて中腰になっていた俺の顔を押さえて、口付けをしてきた。

 目を見開く。

 何かが吸われる、サキュバスの吸精と似た感覚。しかし、決して不快ではない。

 

 "ちゅ、ごく、んっ……"


 俺の唾液を吸うようにして、センセイはゆっくりと離れる。

 すると、俺の体に巡っていた──血管に熱毒を溶かして流したような痛みと熱さは消えている。

 

 "こうすれば……サキュバスの毒が抜けそうな気がして……"

「あ、ああ……でもセンセイ──転化が進んじまってるぜ」


 そう、サキュバスめいた相手の体から淫気を奪う術を使ったセンセイの肌は、薄く青みがかった白色に変化していた。

 完全に転化するまで、あと一段階となっている。

 彼女は潤んだ目を見せて言う。


 "だが、見ていられなかった。君が苦しんでいると、私も苦しい"

「……まったく、お優しいこった。ありがとな、センセイ。センセイの善意と慈愛は心に染みるぜ……!」

 "絶対おしゃべりの罠は踏まないようにしないと……"

「?」


 何か呟いてもじもじとしているが、この人は本当に優しい女性だ。

 だから、センセイを助けるためにもエリザを救って、このダンジョンを破壊せねばならない。

 彼女を元に戻さなくては。聖女を淫魔にするなどエロ小説以外では許されざることだ。


「ところでセンセイ。早くあの剣ぶっ壊しといてくれ。なんか禍根を残しそう」

 "わかった"


 頷いて、そこら辺に落ちている剣をセンセイは大木槌で砕こうと殴った。

 しかし、青白い火花を立てて大木槌は弾かれる。剣はマテリアルに変化しなかった。


 "これは……"

「どうした?」

 "『継ぎ目の無い逸品(シームレス・ワン)』だ。魔法的に一個の完全物質として確立されている道具で、分解したりすることが不可能になっている。貴重な秘宝などに時々掛けられている効果で、例えばスペランクラフトジャケットもシームレス・ワンの道具だ"

「というと……壊せないのか?」

 "そうなる。一応、相手の精神にのみ攻撃可能な武器という貴重品ではあるな"

「埋めよう」


 俺の決定にセンセイは何も言わずに、床に穴を掘ってくれた。

 そこに剣を入れて蓋を閉める。そして看板も作ってもらい『ゴミ』と書いて立てて置いた。


「行くか……」

 "い、いいのか?"

「気色悪い。あんなん振るう度に素浪人を思い出したらEDになるわ。行こうぜ」

 "レアアイテムなのだが……"


 少しばかりもったい無さそうにしているセンセイだった。

 だってキモいんだから仕方ないね。


 それにしても、体力をかなり消耗した……

 センセイに抜いてもらった(毒を)とはいえ、ウォッカをまむしドリンクで割って飲んだような、体の奥底から熱くてぐちゃぐちゃな感じがして気分悪い。

 もう少しでダンジョンをクリアだろうが……持つだろうか……




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