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投擲士と探検技工士は洞窟を潜る  作者: 左高例
第二章『次の物語』
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第7話『おお勇者よ 死んでしまうとはおおごとだ』

 ペドサキュバスの群れを抜けだした俺らは、後を追われないようにセンセイが通路を塞いでから先へ進んだ。

 十分に離れたあたりで一息付く。


 "休憩にしよう。体力が低下しているだろう"

「倦怠感とか若干の眠気とか……面倒だな。耐えられないほどじゃないが」

 "無理は禁物だ"


 センセイはさっと床にカーペットを敷き、炬燵机を出した。

 便利だなー……洞窟では床が天然の岩だったからこんなのはちょっと作れないが、人工的な床であるダンジョンならば机椅子よりも休まる。

 何より半裸では椅子に座っていても何か気分的に休まらない。

 足を炬燵布団に深く突っ込んで入ると程よい温かさで落ち着いた。いくら寒くもねえとはいえ、半裸でうろついてりゃ少しは体が冷える。

 センセイも反対側に座り、テーブルの上に茶をクラフトして俺に差し出した。途中で採取した緑ハーブの茶である。


「あー……うめえ」

 "バス内にあったお菓子を再構成して作った菓子もある"


 そのまま食うとサキュバス的な罠かもしれないので一度砕いてマテリアルにした後で菓子にクラフトし直したものだ。

 卵ボーロ、ミルククッキー、ウェハースなどなんというか微妙に健康に良さそうな素朴菓子であった。

 疲れには糖分。

 ぱりぱりとそれを口にして茶を飲みながら休憩をする。


「ふう。今頃エリザの奴は大丈夫かな」

 "たとえこのダンジョン内でサキュバス化されていても、このダンジョンを作ったサキュバスを倒せば元に戻るはずだ"

「センセイの変化もか?」

 "ああ、このまま状態を維持しつつ早く倒さねば。恐らくダンジョンの規模的には半分を過ぎている。頑張ろう"


 想像していたよりエロというか精神力を削られるダンジョンだが、とっとと終わらせねえとな。

 しかし後半ともなると強力な魔物も出るかもしれない。

 サキュバハムートドラゴンが序盤に居たのは謎だが……

 そうして暫く俺らは無言で、茶と菓子を味わいながら休憩した。エリザが居ないと少しばかり静かだな。

 ……!?

 俺は慌てて炬燵布団を跳ね上げた。


 "どうした、アルト。いきなり炬燵をめくったりして"

「いや、俺の足がなんか掴まれるような感触がして中にサキュバスが潜んだんじゃないかって驚いてた」

 "……? 居ないと思うが"

「じゃあさっきからなんか足に触ってたのはセンセイの足か……」


 少しばかり気を張りすぎか……。

 俺は溜め息をついて再び炬燵に入った。

 そして茶を口にする間も無く、すぐに。

 俺の足を挟んでやたら撫でる刺激がする。

 センセイに顔を向けるが、彼女はぼーっとしたまま茶を飲んでいた。

 そっと炬燵布団をあけて中を見ると、確かにセンセイの細くて白い足が俺の足に絡むようにして触れている。


「……あの、センセイ?」

 "なんだ?"

「手持ち無沙汰なのはわかるが、なんで俺に足絡ませて来てるんだ?」

 "……? え!? わたっ私、そんなことしてた!?"

「今まさに」

 

 無意識にしていたようだ。

 顔を赤くして両手で隠しブンブンと横に振りながら慌てて言う。


 "気付かなかったんだ。すまない、なにかこう、下着だったから足の座りが悪かったのだろう……"

「い、いやまあいいんだけど」


 足を触られた所で減るわけでもなし、セクハラを訴えるつもりもない。

 俺が逆にやってたらクソ以下のセクハラ男という不名誉なあだ名が付くだろうが。

 

 "あ、足が向かい合っているから当たるんだな! こうすればいい"


 そう言ってセンセイは炬燵を出て、対面に座っていた俺の肩が触れ合うほどすぐ隣に入った。

 当然ながら、俺は上半身裸でありセンセイはサラシを巻いているだけで肩とか鎖骨とか見えている。

 並んで座ればお互いの存在感はより近く感じられるのだが……

 そして、隣でも足の位置は近くて自然とセンセイの足が触れてきた。

 おまけに尻から生えている悪魔の尻尾が、隣に座る俺の手に絡みついてくる。

 彼女はがくりと俯いた。


 "……う、ううう、策に溺れたか……"

「センセイが涙目になったと思ったら角生えてきた!?」


 転化ノクターンが進行しやがった!

 左右コメカミの上あたりから、曲がって上を向いた角がにょきりと生え出したのだ。


「なんで!? 急にエロいこと考えたの!?」

 "お、お互い下着で炬燵入るとか、冷静に今の状況を見直したら厭らしい妄想がどんどん浮かんで……"


 顔を赤らめてもごもごと言うセンセイである。


「ムッツリスケベか!」

 "ち、違っ私そんなんじゃ……サ、サキュバス化の影響とこのダンジョンの特性でだな! 多分!"


 やはり悪影響が出ているようだな……このダンジョンのせいか。そうじゃないかと思いましたよ。ええ。

 でもなければこの清楚誠実を人型にしたようなセンセイが、エロ妄想に耽って意味もなく休憩時間にピンチレベルを一段階引き上げるとかするはずがない。

 とにかく、俺は炬燵から出ながら茶を飲み干した。

 

「ご休憩って状態がまずよくねえみたいだな……これで一晩泊まらにゃならんダンジョンならどれだけ危険か」

 "確かに……同じ部屋でベッドで寝るとか想像すると……芋虫爆裂芋虫爆裂……"


 呪文のように悍ましい光景を思い出しながらセンセイは頭を抱えていた。

 

「……出発するか。動いてりゃ忘れるだろ」

 "うん……"


 まあ……絡まれたらセンセイの理性と転化の進行だけじゃなくて俺のストレスもヤバイ。

 あーあ、仕事上の仲間じゃなけりゃなあ……

 


 若干落ち込んだセンセイと共に先に進む。

 相変わらずランダムに罠が仕掛けられていて、俺らは踏み抜いて先を目指した。


 メイド服の罠を踏んで俺がメイドになり、バニーの罠を踏んでセンセイがサキュバニーになったり。


 泥団子の罠で俺が泥まみれになったり、黒ギャルの罠でセンセイの肌が褐色になって目元の化粧がつけられたり。


 とりあえず大体の罠は一定時間しか効果は発揮しないのが助かる。

 一生ものの罠だったら非常に問題がある。

 こういうのとかな。


「……こいつはまたうぜえ罠だ」


 喋る自分の声が高く聞こえた。

 近くを歩いていたセンセイを振り返り、見上げる。投擲しまくった分厚い皮の無い掌や、腹筋がなくてぷにっとした腹に、すね毛の無いちっちぇ足が俺から生えてる。

 どうも体が小さくなっているようだ。


 "若返りの罠だな。一定時間、少年少女の姿にする……声高いなアルト"

「声変わり前なんだろ。身長もセンセイより下になっていて……」


 俺はやや怯んで言う。


「なんでこっちじーっと見てるんだよ」

 "いや、子供の頃のアルトは案外可愛いなーと"

「恥ずいだろ」

 "じゅる……"

「マズいだろ!」


 なんかセンセイの目つきが変だ。

 こう、少年の体なら無理やり押さえつけても抵抗できないみたいなそんな計算をしている気がする!

 俺は咄嗟に、彼女の手を取って引っ張る。


 "何を!?"


 そして、センセイにも若返りの罠を踏ませた。

 ぼふんと煙に包まれて、少年な俺と同じぐらいの背丈に小さくなったセンセイの姿が現れた。

 サキュバスの角羽根尻尾は付いているが、胸も僅かな膨らみになり全体的にロリィので俺のストライクゾーン外になって精神的にとても安心する。

 無理やり襲うことが可能、という状態を作らないのが相手にも好ましい。

 このサキュバス空間だ。いつ血迷うかわからんからな。

 

「よし、これなら平等だな。行くぞ」

 "あ、ああ……"


 そして数歩進んで。

 お互い、ステテコがずれて下半身すっぽんぽんになって転んだ。

 

「いっつぁ……」

 "服の大きさは同じみたいだ……サラシも解けた"

「腰のところで締めれる、細くて長いアレついてるからそれで縛って行こうぜ」

 "そうだな──ふわ!?" 


 センセイは起き上がって思いっきり目を逸らした。

 どうやら俺が立ち上がってステテコを上げようとした際に目撃したもので動揺したようだ。

 俺は半眼でステテコを直しながら言う。


「いや……子供チンコでそこまで反応するなよ」

 "す、済まない……煩悩去れ! くわーっ!"

「センセイ……ひょっとしてショタコンの気が……」


 いえ……考えすぎでしょう。今はまだ情報がありません。忘れてください。

 勿体振って問題を後回しにするインテリみたいな思考で忘れることにした。誰もがこのサキュバスネストでは理性的でいられないのかもしれない。

 ステテコを結び直して再び先へ進む。

 ガキ二人の状態だとステテコ姿がまるで怪しい雰囲気が無くて気楽だ。ペタペタと、皮が固くなってねえ足裏で音を立てて歩いていた。

 ついてきたセンセイが隣に並びながら、どこか弾んだ声で言う。


 "こうして小さい姿で並んでると幼馴染みたいだな"

「妙な発想をするなあ」

 "故郷では男の友人が居なくてな、少し憧れていたりした"

「センセイの故郷ってどこだ?」

 "南にある常雪の里だ"

「へー、有名なとこじゃん。温泉とか巫女さんとか」


 常雪の里というのは名前の通り、山に囲まれて一年中雪が降り積もっている場所である。

 地理的には南にあり、周囲は亜熱帯から熱帯に属して普通に糞暑いというのに、その里だけ隔絶されているように年中雪景色という滅茶苦茶変わった土地になっている。

 ただし火山があってガラスやビニール屋根などで降雪を遮れば地熱は熱く、それで作物を栽培している。また、雪氷を周辺の糞暑い国に売りつけて外貨にしてるとか。


「俺も一回ぐらい行きたい観光地なんだが、宿の予約なんかは年単位で埋まってるだろあそこ」

 "まあな。あまり多くは観光用に開発していないから、宿は常に満員だ"

「周辺の国どころか世界中から来るらしいからな」


 年中いつでも雪が降ってて温泉沸いてるので非常に人気がある。

 そして里を治めるのは土地の巫女衆であり、これがまた美人揃いと評判だ。


 "過度の開発は神罰が当たるとしてあまり積極的ではないのだ。怒れる溶岩の神が地下に眠り、それを雪の神が冷やして宥めているとしてな。実際、大きな開発の話は出る度に責任者が熱病で次々に死ぬ"

「周辺の国が攻め込んでも片っ端から火に包まれるか凍死するかして話にならず、結局国というか神託を受ける巫女が土地の代表者としてどこにも属さずに居るんだったな」


 攻めこんだら死ぬ。代官を送ってきて税金を取ろうとすると死ぬ。外資系の企業が開発しようとすると死ぬ。内部に入り込んで動乱を起こさせようとしても死ぬ。外部の人間が許されるのは、温泉に浸かって療養するのみの場所だと言われている。


 "ああ、さすが物知りアルトだ。私も巫女の家系だったのだが、その里にある地下洞窟を探検しに来たスペランクラフター先生に才能を見出されて、故郷を出ることにしたのだ"

「へー……巫女服センセイねえ」


 想像するに中々似合っている。センセイは清楚タイプだからな。……清楚タイプだからな! うん。今以外は。


 "観光に来るのだったら、連れて行くぞ。宿は泊まれないが、私の実家でよければ寝泊まりはできるだろう"

「ほー、そりゃありがたい。ま、今すぐってわけでもねえけどな。そのうちエリザも連れて遊びに行こう」

 "そうだな。一緒に行こう"

 

 温泉か……温泉も良いけどコンパニオンのチャンネーに個室でサービスとかしてもらえないものだろうか。

 ……はて、常雪の里にもそんな噂があったような?

 美人の巫女さん達は基本的に他所の男と子作りするとかなんとか……いや、多分エロ本か何かの知識と混じって噂になってるだけだろう。そんな都合のいい里があってたまるか。

 

 "そういえばアルトの故郷はどうなのだ? 幼馴染とか居たのか?"

「同年代のガキは結構な数居たけどなあ、そこまで仲いいやつとかは居なかったぞ。飛び出してから帰ってねえし」


 アルトリウスなんて、その国でロクデナシの代名詞を名乗ってる以上は帰るつもりも無いわけだが。

 結局、オヤジの汚名返上なんてのも自己満足でやってるわけで、その成果を確認しに帰ることも無いだろう。

 

 暫く歩いていると、若返りの罠は効果を切らして俺らは元の姿に戻った。

 危うくステテコがはち切れそうだったので緩めて、改めて体を伸ばし勘を取り戻す。

 丁度目の前には大きな扉が待ち構えていた。


「ひょっとしたら、四天王の一人がいるかもな」

 "気を引き締めよう"


 センセイはクロスボウを構えて、俺は焼夷手榴弾を手に持つ。

 大きな物は投石紐で投げるぐらいのものだが、ビー玉ほどの小型手榴弾もこれまでで用意して貰っていた。数をぶん投げるには小さいほうが良い。

 中を開けて、エリザ以外の何かが居たらひとまず攻撃。

 そう決めて一気に扉を開けた。

 

 居る。

 人型。

 エリザではない、大柄の影。

 

 センセイのスタンボルトが打ち込まれるのと、残像が見えるのは同時であった。

 部屋の中央に居た人物の姿が霞んだかと思うと射線から真横に避けている。

 俺の投擲がその位置へと手榴弾を放る。敵の直前の床に当たり爆発する軌道だ。

 だが俺の手榴弾は、相手の抜き放った柄の長い長剣によって切り裂かれて、爆発する間もなく中身を撒き散らして転がった。

 スタンボルトの二射目。再び常軌を逸した速度で正確かつ最小限に避ける。

 ひゅん、と風を切る音をして剣を腰に納刀した。


 相手の姿を改めて観察する。

 服装は着流しとか言う、ペラいバスローブみたいな構造に地味で渋い模様の入った特異な着物だ。それをだらしなく、胸元を開けて着ていた。

 腰に剣の鞘を帯びている。柄も長いが刀身もロングソードより長い。

 髪の毛を後ろに流して一本に結っている。

 背丈は大柄。

 垂れ目で、顎が割れていて、無精髭が生えている──


 ──男であった。


「な、なんだこいつ……!?」


 女誑しのハードボイルド系刑事みたいな濃い顔をした男は、低くてねっとりとした気持ち悪いぐらい良い声で言う。


「おじさんはサキュバス四天王の一人──サキュバ素浪人スローニンだ。いっちょ、おじさんと手合わせ願おうか」

 "サキュバス!?"


 サキュバスというのはつまり女の淫魔であり、エロエロで男性の性欲をソソる外見をしているものである。

 さっき会ったペドサキュバスも、俺にはまったくロリの趣味は無いからアレだがまあ可愛らしい容姿はしていた。

 しかし、この眼の前のおじさんはどう見ても女数人を取っ替え引っ替えしながら貢いで貰いつつ非合法な仕事してそうな、野性味のある俳優めいた姿の伊達男である。


「おいおい、見ろよこの色気を。サキュバスだろどう見ても」


 素浪人は胸元をばさりと開いて見せる。 

 

「胸毛の生えたサキュバスが居てたまるかっ!! しかもどう見ても男の胸板だろ!」 


 もじゃっと胸毛が生えてくすんで見える、大胸筋がピクピク動きそうな胸であった。

 間違いなく貧乳とかそんな要素もなく男の胸である。

 もわっと変なフェロモンが出そうな感じ。

 素浪人は髪の毛をバリバリと掻いて、剣を抜いた。


「いいさ。このサキュバスタードソードがお前さんを切りたいって嘆いてるもんでな」


 バスタードソード。

 両手剣と片手剣の中間にある、微妙にデカイ剣のことだ。それのサキュバス武器?

 疑問に思っていると、構えた素浪人の姿が歪んだ。

 次にその姿を認識したのはかなり近づいている距離だった。


「しまっ!?」


 動いていない状態から走りだし、百メートルを三秒レベルの速度で接近してきた。

 やばい! コイツはガチの近接戦闘者だ! サキュバスの仲間と油断していたが、途轍もないレベルの剣士!

 剣を脇構えに構えて──駄目だ、もう間合いに入る!


 つめたい。


 感触が俺の体を、貫いた。

 

 ずれる、世界。

 

 見下ろすと、胸の当たりを寸断した刃が体を通り抜けるところであった。


 真横に一閃。

 

 俺の体は、分かたれて行く、


 背骨が抵抗もなく切り裂かれたのがわかった。


 意識も間もなく消えるだろう。


 センセイが絶望的な顔で手を伸ばしているのが見える。


 しかし、どうしたって体を真っ二つにされれば生きてはいられない。


 何やら[ボンド]と書かれた道具を咄嗟にクラフトしているが、それ無理だろ。

 

 すまん……後は任せた。

 

 俺には無理でもセンセイなら勝てるかもしれない。


 どうかエリザを助けてやってくれ……



 DEAD END...

  

 



 

→アイテム

 →つかう

  →ボンド

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