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投擲士と探検技工士は洞窟を潜る  作者: 左高例
第二章『次の物語』
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第4話『地獄の毒々サキュバスモンスター』


 サキュバスの巣を意味するサキュバスネスト。

 一部の男は人生を投げ出して未帰還になると知りながらも突っ込むそのダンジョンに俺らは踏み入った。

 入った瞬間にお風呂屋さんみたいな光景が広がっているかと警戒もしたが、内部は普通の石造りな城塞内のようであった。

 床は磨かれていて、裸足で歩いても問題は無さそうだ。

 俺とセンセイは手を繋いだままペタペタと数歩進む。


「ここか……うっぷ、なんか甘い匂いがするな。それに霧みたいなモヤがうっすらと立ち込めてやがる」

 "あまり吸わない方が良いかもしれないな……あ、えーと、手、いいか?"

「おお、悪い悪い」


 センセイの手首を握っていたので動きにくかっただろう。俺が手を離すと、センセイは床や壁をぺたぺたと触り始める。


 "さすがにこの材質では素手で砕いてマテリアルにするのは無理があるな……まずは木製品を探そう。それならば解体してツールを作れる"

「わかった。修道院跡なら机や椅子があるはずだろ」

 "それと、当面の武器ができるまでは魔物に注意しよう。できれば触れない方がいい"


 頷き、センセイと並んで通路のようになっている道を進んだ。裸足なのが幸いか、足音は鳴っていない。

 

 "……思っていたよりまずいな"

「なにが? 早速理性が?」

 "違う。この霧だ。見通しが悪いのもそうだが、足元にある罠の察知が難しい。這いつくばって進むわけにもいかない"

「罠か……サキュバスネスト特有のとかあるのか?」


 センセイは入る前にサキュバスネストについて書物をあたっていたはずだ。彼女の知識に頼りながら進まねば危険だろう。


 "ああ。致命的なのは少ないが、行動に制限が付くものが多い"

「致命的なのって?」

 "サキュバスパイクボールとか。トゲ付き鉄球が飛んでくる"

「物理すぎるだろ!」


 何か飛んでくる音を感じたら緊急回避しねえと……

 とにかく、通路を進んでいくと道が枝分かれし始めた。


「修道院こんな構造してねえよな」

 "魔力で歪められたり、造り直された空間だろう。外の見た目以上に広いから注意しなければ"

 

 言いながら躊躇いなく片方の道を選んで進む。

 まあ、情報も碌に無いんだから迷っていても仕方ないところだな。

 五分ほど歩くと部屋に出た。十人分ほどの机イスが並んでいる小さな教室のようだった。

 

「おっ……早速木製品じゃん。ラッキー」

 

 そう言いながら部屋の中に進み入ると、カタカタとした音が鳴る。


 "アルト! 下がってこい!"

「うおっ! 敵かよ!」


 床から湧き出るように立ち上がってきたのは──人間の骨格標本みたいな骸骨の魔物だ。


 "サキュバスケルトン! 特技は誘惑だ!"

「誘惑だと……!?」


 身構えてサキュバスケルトンと距離を取ると、その骨は妙なポーズを決めながらどこから声を出してるのやら言う。


『スケスケの色気でーす! これこれ~♥』


 なんかムカついたので椅子をぶん投げた。

 頭部にヒットして頭蓋骨が取れた骨に、追加で椅子を叩きつける。肋骨がばらばらになって地面に散らばった。

 案外脆かったようで、頭も砕けて起き上がってくる様子はない。


「……誘惑?」

 "いや、本にそう書いてあったから……"

「むしろアレで誘惑できるなって魔物が思って仕掛けてきてたことがムカつくわ」


 骨属性のある男なんてそう居ねえよ。っていうか全人類で数人だと思うレベルの特殊性癖。

 

「とにかく、他に敵は居ねえな……」

 "椅子から木マテリアルを回収しよう"


 センセイは椅子を手にとって、床に思いっきり振り下ろした。

 椅子はぶっ壊れる代わりにキューブ状のマテリアルに分解され散らばる。

 そしてそのマテリアルを手に取り、ぽんと軽く叩くとセンセイの手には物を壊すためのツールが生み出されていた。


 "木材を素材にした……[おおきづち]だ。これで当面はしのごう"

「普段はツルハシだからまるで別のゲームになったみたいだな」

 "なんの話だ?"

「いや」


 なんとなくステテコ姿でデカイハンマー持ってるセンセイがコミカルだったから浮かんだだけで、他意は無い。

 センセイは軽々とハンマーを振り下ろすと、周囲の机と椅子を解体していった。マテリアルはステテコのポケットに収納される。

 壁に掛かっている燭台も回収。壁石もある程度砕いて素材にした。


 "アルトにはこれを渡しておこう"

「なんだこりゃ? 丸い玉?」

 "蝋燭の蝋を油素材に変えて、木屑と組み合わせた簡易式焼夷手榴弾だ。投げつけて陶器が割れれば着火する"

「ワーオ。攻撃力高そー」


 下手に血が飛び散るよりは焼きつくす武器のほうが確かに有効だ。幾つか作りながら部屋を後にした。

 道すがら蝋燭を見つければ素材補給をして進む。すると巨大なテーブルがある食堂に出た。

 そこにも魔物の影がある。青っぽい半透明のジュレが、向こうの扉を塞ぐようにして蠢いている。


 "サキュバスライムだな"

「特技は?」


 真顔で俺は聞いた。


 "ちく……その、胸部などに飛びついてきて張り付き継続精神ダメージを与えてくる……的な"

「いやまあ知ってるんだけど。乳首ねぶりスライムだろ」

 "~!"

 

 わざと説明させた俺をセンセイが顔を赤くして無言でバシバシ叩いてきた。

 俗称の通り乳首をねぶって正気を失わせてくるエロスライムだ。エロ漫画なんかによく登場するので知名度も高いサキュバスモンスターの一種である。 

 漫画や外の安全地帯ならともかく、サキュバスの巣で関わっても碌な事にはならないだろう。


 "おびき寄せて埋めよう"

「わかった。センセイは穴を頼む。俺がおびき出す」


 大木槌を振るって床をバゴバゴと破壊して掘削したので、俺が近くの椅子を投げてスライムを呼ぶ。

 扉近くに張り付いていたスライムは気づいたようで、ゆっくりと近づいてくる。

 

「生け捕りにすれば高く売れるんだけどなー……ゾクフーとかに」

 "……変なことは考えないように"

「わかってるって──うお!?」


 穴の直前まで進んできたスライムが、突如これまでの緩慢な動きからは想像できないような素早さで俺に飛びかかってきた!

 ヤバイ! 穴を飛び越して来る! 

 このままじゃ海賊が風を感じて方角を測るための、男乳首をねぶられちまう!


 "油断厳禁だ"


 センセイが手を翳すと目の前に幅広なベニヤ板がクラフトされてスライムの突撃を受け止めた。

 びしゃ、と跳ね返るようにして穴の中に落ちるスライム。

 間髪入れずにセンセイは穴をぴっちりと隙間なく塞ぐ石材をクラフト。スライムを閉じ込めた。


「ふぃー……スライムの癖にあんな動きするとはな」

 "初見の敵は警戒してし過ぎということはない。気をつけよう"

「了解」


 言い合いながら食堂を探索。置かれた食器を砕いて土素材、砂素材を所得。暖炉にある炭と灰ゲット。食料などは置いてないようだ。サキュバスの巣に置かれた食い物なんて怪しすぎて手は付けないが。

 暖炉の近くにプランターが置かれている。


「なんだこれ?」


 センセイが軽く摘んで、匂いを確かめる。


 "緑ハーブだな。精神を安定させて落ち着かせる、即効性のある魔法植物だ"

「そりゃこのサキュバスの巣じゃありがたい。貰っていこうぜ」


 緑ハーブをそのまま手に入れた。なんでまたこんな所で栽培してるんだ? 救済アイテムか?

 ひとまずこれはマテリアルにせずに、俺とセンセイとで分けて持つことにした。これを使えばエロい攻撃を受けても回復できるだろう。


 "盾を渡しておこう。こういう閉所では相手の行動妨害に使える。投げつけてもいい"

「おっサンキュー」


 センセイは軽くて頑丈なラウンドシールドを創りだして俺に渡した。円盤型なのでフリスビーのように投げられるだろう。

 さっきみたく咄嗟に襲いかかられても、盾で防いで離れることが可能だ。

 

「そういや木の素材も結構溜まったから服も作れるんじゃないか?」

 "ふむ……確かに"


 センセイは頷いて、木材から繊維を創りだして簡単な貫頭衣を二つクラフトして渡してきた。

 二人してそれをすっぽりと頭から被る。敵地なのに半裸であった不安感は若干和らいで────

 

「……なんか上の方からビービー音が鳴りだしてすげえ不安なんだけど」

 "何の音だろう"


 首を傾げている俺ら二人に、天井から突然転移して来たかのように大量の液体が降り注いだ。


「んなっ!?」

 "ひゃんっ!?"


 冷たくてぬるぬるしたそれを俺とセンセイは思いっきり被ってしまった。咄嗟にセンセイを抱き寄せて、盾で頭を庇ったが首から下は二人ともびっしょり濡れた。

 毒か!? 酸か!?

 なんか肌がヒリヒリしてくる! やべえ、服までじゅくじゅくに染みこんできやがった。

 慌てて貫頭衣を脱ぎ捨てる。


「センセイ! 大丈夫か!?」

 "だ、大丈夫だが……この液体は何か肌に作用するようで……"

「ああ、足が痺れたところにスースーする軟膏を塗りつけたような……ヤバイな」

 "恐らく着衣したことで発動する罠だ。資料にあった[敏感水の罠]だろう……ひうっ……ま、ままま、まずいぞアルト! した、下着にまで染みこんでる……!"

「俺はギリセーフだったが……」

 "まずいまずいまずい……あ、アルト! ひとまず休憩だ! ちょっと向こうを向いていてくれ!"

「わかった!」

 

 紳士的に俺はそっぽ向いた。いや、安全な状況ならノゾキも辞さないんだが、このダンジョンで迂闊にスケベ心を出したらいけない。

 しかし後ろでゴソゴソと動かれると微妙に不安になる。俺もやけに上半身が敏感というか、ひやひやとしている。

 

「何やってるんだ?」

 "敏感水をマテリアル化して普通の水に変えている。これで敏感水の触れた肌を洗おう"

「おう、助かる」

 "そして暖炉に火を入れて、私のステテコとサラシを洗って乾かしている。作りなおすとペナルティがあるかもしれないからな……"

「お、おう」


 ナチュラルに脱いでいらっしゃるようだ。絶対見ないようにしよう。

 

 "しかし良かった……普段履いている、肌にぴっちりと張り付いている下着ではもっと敏感水による被害が……ぶかぶかとしたステテコで助かった"

「ちょっと想像させるような話題は止してくれ」


 今、芋虫のことを考えてるんだからさ!

 

 "はい、アルトの濡れタオル"

「おおふ!?」

 "ひああっ!?"


 急に背中に濡れタオルを押し当てられてビクンビクンとしちまった。

 いや、本当にあれ。足が痺れたときに触られてる感じ。つらい。思わず暴れた俺にセンセイも驚いたようだ。


 "し、暫くは敏感効果が消えるまで休憩をしよう……" 

「ああ、これじゃあ碌に歩けねえ……恐ろしい罠だぜ……ぬおー!」


 無理やりタオルを擦りつけて体を拭く。とにかく敏感水を拭い取らなくてはならない。

 敏感肌に触れる度に電撃が走るようだから、叫んだ。

 

「うおー! どりゃー!」


 俺がエリザ並みのIQに下がって変な叫びをしているのではない。

 後ろのほうでセンセイも体を拭きながら、


 "んっ……ひうっ……"


 とか声を出してるから誤魔化すようにしないと辛抱たまらんから聞かないようにしている。

 男女共同攻略が難しい理由俺わかった!

 うっかり美人連れて行ってそいつがエロエロになったらヤバイもんね!

 クソが……修道院長のババアでも一緒に連れ込めば萎える要素バリバリでバランス取れたかも知れねえのに。

 俺らは早速手に入れた緑ハーブを食いながら、敏感効果が消えるのを待つことにした。苦い……



 暫くして、センセイが乾いたステテコとサラシを身につけて(見てない)俺らは出発する。

 

 "着衣はこの際無理と考えよう。どちらにせよ、サキュバス相手では意味が無い"

「だな。ステテコ一つでも魔界を滅ぼしてやるぐらいの覚悟で行こうぜ」

 "それはどうなんだろうな……可能なのか?"


 投擲士の伝説だと単独ステテコで魔王まで倒したりした投擲士が居たそうだが。おまけに何度も。時々魔界の入り口に戻されながら。

 ともあれ通路をまっすぐに進む。暫くすると、卑猥な像が左右非対称に並んでいる部屋へと辿り着いた。

 まずは索敵だ。俺とセンセイはそれぞれ左右を見回して魔物が居ないか探った。

 すると、センセイが上の方に指を差して言う。


 "居た! 憎きコウモリだ! アルト早く落としてくれ!"

「解説は!?」


 コウモリ嫌いなセンセイである。

 見上げると天井付近に、大きさが中型犬ほどもある大蝙蝠が止まっている。

 

 "サキュバット……上から敏感水に似た成分の液体を射出してくる厄介な敵だそうだ。真上に回られると危険だ"

「なるほどね……ああ、なんか嫌な感じ」


 俺が目を凝らすとのその液体を射出するための、三叉に別れた大きな泌尿器っぽいのが下腹部に見えた。

 確かサキュバスネスト以外じゃあ南方に居ると言われているサキュバスモンスターだ。通称はその特徴的な泌尿器の形からチンポと呼ばれている。

 あんなもんぶっ掛けられて溜まるか。

 盾を外すと横に構えて、サイドスローでぶん投げる。

 正確な軌道を描いてコウモリにぶち当たる。空を飛ぶ生き物は大抵軽量化のために骨が細いか脆い。質量物の一撃で、思いっきり天井から床に落下した。

 センセイが油断なく近づき、苦し紛れとばかりにコウモリが発射したションベン液を危なげなく回避。コウモリの上に石材のブロックを出現させて潰し、止めを刺した。

 

「質量はパワーだな」

 "素材は……やめておくか。骨だけならまだしも、血に触れると悪い効果があるかもしれない"

「そうだな。つーか前のダンジョンでセンセイとエリザがサキュバスをガンガン撃ち殺したりツルハシで解体したりしてて、呪われたぐらいだからな……」

 

 さて、敵が居なくなったので改めて部屋を見回す。

 つっても趣味の良い部屋ではない。奥には扉があり、部屋中には男根と女陰をモチーフにした、胸像ぐらいの大きさの像が置かれている。

 床には幾つか色の違うブロックがあって、何個かは石像がその上に乗っているが載っていない部分もある。

 

 "しかしなんだろうな、この像は。何故キノコとアワビの像が……? 秋の味覚か?"

「センセイはずっとピュアで居てくれ……」

 "?"


 これがカマトトじゃないんだからむしろ感心しながら軽く像を置いている台を蹴っ飛ばすと、動きそうな気配を感じたがまあどうでもいいか。

 扉に手を掛けると、鍵が掛かっているように開かない。

 

「あれ? ちっ……オラっ!」


 蹴っ飛ばすが蝶番が軋みもしなかった。

 センセイが出てきて、大木槌を叩きつけても弾かれてしまう。


 "魔法的な加護で保護されているらしい"

「扉に文字が刻まれてるな……『雌雄を向かい合わせよ』?」

 "仕掛けのキーワードだろうか……雌雄? 私とアルトか?"


 ちらっと部屋を振り返ると、床に規則的に並んでいる色違いの場所は対称になっているようだった。

 そして雌雄っつーと、そのシンボルの像がおあつらえ向きに置かれているわけで。

 なるほど、アレを動かして向かいい合わせりゃいいわけね。まったく趣味の悪いダンジョンだ。

 そう思っていると、ボゴォと音がした。

 魔法で閉ざされている扉の隣の壁を、センセイが大木槌で崩して通路を作っている。


 "急いでいるからな、仕掛けはともかく先に進もうか"

「わざわざ文字刻んだり像を部屋に運びこんだりした奴が見たら泣きそうだ」


 ともあれ道は開けたので、俺らは卑猥な像の部屋をスルーして進んでいく。



 


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