第3話『一番いい装備を頼む』
対魔修道院とは、対魔する修道院である。
呪われたりした女が駆け込んできたり、リアルモンクを目指す女が修行をしたりする女修道士が集う場だ。
何せエロ系の呪いを受けたけど普通の神父に見られるのはエロ目線が嫌らしいから嫌って女は結構居るし、武僧の修行をするのにも男と合同でやってたらセクハラしてくるのが嫌って声も多い。そんなわけで女しか居ない。
知り合いのオークレイパーも対魔修道院の出だ。まあ、女しか居ないからってなよっちい修行じゃなかったらしいけど。一日五千回丸太をメイスで殴ったり。滝に打たれて上から丸太が降ってきたり。崖から突き落とされて途中ににゅっと生えた丸太にしがみついたり。大体丸太が出てきたとか。
とにかく、そういう由緒正しい修道院にて、センセイとエリザはサキュバスの呪いを解呪しに行っていたのだ。
空を飛んで暫らくするとその施設は見えてきた。
おおよそ、三百人ほどの女修道士が常駐する建物は宿舎も含めてちょっとした広さがある。建物のみではなく、修道院の周りには畑や牧場も広がっている。牧場ではバターを作ったり犬を育てたりしているそうだ。
案外若い娘が人口比率的に多いのは、つまりここは修行中の者が入る場所であって修行を終えた者はそれぞれ故郷に戻って普通の教会に入ったりするからだそうだ。無論、ここに残って修行の指導教員をやったりする者も居るし、責任者は魔女のババアみたいな老婆だった。
しかし──空から見るその修道院は、形を大きく変えていた。
なんというか、施設の一角が他と隔絶している。
どうも言葉で説明しにくいが、元々修道院は四つの大きな建物がくっついたような形をしていた。
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こんな感じで。
しかし今は、
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みたいな、左上の一角が異様な雰囲気を醸し出しつつ若干離れているように見えた。
より近づくと様子はよくわかった。
離れているというか、その一角に面する他の建物の壁や廊下がごっそりと削られて消えているのだ。
更に周囲に深い溝が掘られていて、完全に独立している。
溝の周りではシスターが集まりうろうろしていた。彼女らも戸惑っているように見える。
「なんだありゃ」
呟きながらも地面が近づく。
大丈夫かよと思ったが、落下速度が減衰してふわりと俺は地面に着地した。便利だな南斗人間砲弾。
空から降り立ってきた俺に何人かは気づいてぎょっとしたようだが、無害をアピールする感じで手を振りながら言う。
「センセイのツレなんだがよ、何やらピンチってことで戻ってきたんだが……センセイどこよ」
"アルトか、早かったな"
声が聞こえる先に行くと、センセイは建物を囲む溝の下に居た。
降りれないほどの傾斜じゃなかったが、俺は軽く飛び降りて着地寸前に二段ジャンプを挟み安全に降りた。
スペランクラフトジャケットを着ているセンセイは呆れるように、
"相変わらず危ないことを……"
「着地さえしっかりすれば余裕だってこんなん」
"私だったら空中で消滅する"
「どういう理屈で!?」
言いながら穴の下を見回すと、広々とした空間があった。
というか、
「……あれ? この穴、建物の下全部を抜いてないか?」
そう、上にある建物を支える柱などは一切見受けられなかったのだ。
センセイはコケシめいた頭を頷かせて、
"ああ。この上の建物はダンジョン化していて、魔法的な加護により空間を固定──つまり浮いているのだ"
「へぇー……」
落ちてこない、建物の地下を見上げながら感心して唸った。
そういえば有名なダンジョン、海上遺跡ノアは島ではなく海に遺跡が不自然に浮いてる状況だと聞いたが、そこもそういう魔法の加護で浮いてるんだろうか。
他のところはどうか知らないが、そもそもダンジョンを刳り抜いてこうして浮かせるなんて普通やらん。規模からして、センセイでもこの建物ひとつ分だけだったからできたのだろう。
"下手に放置すると、ダンジョンが地下に広がる恐れがあったので地面を掘り抜いて隔離したところだ"
「この下から崩して中に入れたりしないわけ?」
"無理だ。一度ダンジョン化した空間は、入り口以外は外部からの侵入を受け付けない。ほら"
と、センセイがマジックアームにつるはしを持たせて伸ばし、建物の底に突き立てようと振るうが青白い火花が出て弾かれた。
ここから先はダンジョンなので掘れない、ということだろう。
「となると入り口か……男しか入れないんだっけ?」
"正確には男に連れられたら女も入れるのだが……まずは上がろう。情報を整理する"
センセイが手招きをして、溝の端まで行くと手慣れた様子で階段を作り上げる。
俺らはそのダンジョンの入り口近くにある講堂に行った。そこでは出てこないとは思うものの、入口付近を武僧シスターが警備しており近くの机に修道院長のババアがいた。
「男を連れてきたか」
しわがれた声で俺をジロジロみながらそういう。いやね、こんなババアにオトコなんて言われると背筋に鳥肌が立つ。
俺もそこらの席に座って、センセイの説明が始まった。
"事の起こりは、この修道院でサキュバス落としの儀式を行ったことだ。これは一人になってそこの建物にある祈りの部屋に篭もり、聖水で体を清めて一晩待つというものだった。
まず私が行い、サキュバス落としは成功して次にエリザが向かった。すると程なくして建物全体が魔力に包まれ、ダンジョン化したのだ"
「恐らくは、あの娘に取り憑いていたサキュバスが危機を悟って、これまで祈りの部屋で落としたサキュバスの残滓を集めて作り上げたのだろう……あの建物は小型ながらもはや、[サキュバスネスト]と化している」
「げっ……封印指定ダンジョンじゃねえかそれ」
サキュバスネスト。
淫魔の巣を意味するそれは、ダンジョン神の奇跡によって発生するのではなく淫魔の魔力によって作られた亜空間だ。
ダンジョンとほぼ同じ特性を持つのだが、非常にえげつないので多くの国家が国内に発現すると周囲を埋めて誰も入れぬように処理をするという。
何がって、その未帰還率の高さだ。
男が入っていってその九割以上は二度と外に出てこない。
するとどうなるか?
サキュバスネストの内部は、エロエロ空間で天国みたいな状況だから入った男は外に出てこないのではないかとか。
一生童貞だったり冴えない暮らしをするよりは、エロ美女なサキュバスハーレムにずっと居たほうが幸せなんじゃないかとか。
そんな噂が広がって男が次々に入っていく社会現象が起こるのだ。
若い男がガンガン減っていくので超危険だという。
"封印されては困る。エリザを助けに行かなくてはならないからな。私とアルトがダンジョンを破壊しよう"
「だな。さすがに目覚めが悪い」
「ふぉっふぉっふぉ……しかし若い男が、サキュバスの巣に入って正気を保っていられるかな?」
「色ボケすんなよババア。毒入りだってわかってる据え膳なんざ踏みにじるっつーの」
引っかかったらアウトだって最初から覚悟決めとけばハニートラップなんざ引っかかる要素はねえな(確信)。
"アルトを待つ間、この修道院にあるサキュバスネストに出現する魔物やトラップの文献について調べた。準備は万端だ"
「へー……っていうとセンセイも初めてなのか? サキュバスネストに入るの」
すると彼女はずいとコケシヘッドを寄せて囁いてくる。
"何せ女は一人じゃ入れないダンジョンだからな……それに、私の『先生』はサキュバスネストを攻略、破壊したことはあるのだがその時も危険だからと連れて行ってはくれなかった"
「伝説に挑戦ってわけか」
彼女の師匠が一度壊せたものだ。俺らにできないと決まったわけでも無さそうである。
ババアがホワイトボードに講師みたく何やら文字を起こして告げてくる。
「内部の魔物は入ってみんとわからんが、必ずボスとしてサキュバスの本体が居る。先に特性を教えておこう」
サキュバスの特性か。
とりあえずヤッたらヤバイってこととパンツ一丁で誘い出せるってことぐらいだな、俺の知ってるのは。
ババアが箇条書きで記すには、
・斬撃、刺突攻撃厳禁。血に触れると淫蕩化の呪いが掛かる。
・防御無効。固い防具に身を包んでいるほどエロダメージ追加。
・説得無効。理屈で論破しようとすると逆に惑わされる。
・僧侶、童貞、身持ちの固い男などは集中攻撃を受けるので注意。
・性豪やテクニシャンによるチン負け狙いは不可能。
・逃走不能。逃げると追いすがってエロに引き込まれる。
・魔法無効。悪魔であるサキュバスは人間の魔法は殆ど効かない。
・サキュバスに触られると精神ダメージ。
「……なあもしかしてサキュバスってメッチャヤバイ魔物?」
"そう……だな"
「有効な攻撃手段は怒鳴るのと素手による攻撃じゃ。狙う場所は腹がいい。体液が付かないし、顔を殴るとDVを受けてる快感に目覚める個体が出てくる」
「面倒くせえなあ……つーか健全なボクらの冒険に登場するダンジョンと敵じゃねえぞ、サキュバスなんて。十八禁世界でやれよこんな攻略……」
健全な冒険を挑むのになんてダンジョンだ。腎虚で死ぬなんてゴメンだぞ、俺。
「男はサキュバスの誘いに気をつけねばならんが、女の場合は[転化]に注意をせよ」
「のくた?」
「心の中の淫蕩度が上昇していくと、サキュバスネストに取り込まれて味方の女までサキュバス化してしまう……それが、女を連れて行ってもサキュバスネストの攻略を阻む要因なのじゃ」
"安心しろ。私は大丈夫だ。これでも意志力には自信が──なんだアルト。その目は"
「センセイ。これまで見た中で一番グロかったものは?」
"藪から棒に……そうだな、全長一メートルぐらいの巨大芋虫がダンジョンで出てきたんだが、よく見るとその薄い肌の下にびっしりと他の虫が寄生して蠢いていてつついた拍子に突き破ってきて──"
「うげ。エロいこと考えそうになったらそれ思い出せよな」
"私の意志力があんまり信用されてない!?"
いやだって。
センセイ、前のダンジョンで危うく俺を逆レしようとしてきたし。
メッチャ負けてたしエロに。
不安が残る。サキュバスとかいうクソビッチは近寄ってきたら蹴り殺せばいいけど、センセイの場合はそうも行かない。
ベッドならまだしもダンジョン攻略中にウォッカで寝かせるわけにもな。
「次にサキュバスネストの厄介な特性じゃが、殆どの道具類の持ち込みが不可能になる」
「殆ど?」
「下着のみ可」
「道具って服まで含めるのかよ!?」
いくらサキュバスを油断させる格好とはいえ。
エロの専門悪魔みたいな連中の巣に、男がパンイチで向かうわけだ。
いや。
いやいや。
「そりゃ碌に攻略できたやつ居ねえよ! 装備無しにも程があるだろ!」
剣士は剣を持ち込めず、魔法使いは杖を持ち込めず。
平気そうなのは拳法を修行してる武僧ぐらいだろうが、僧侶は特攻でサキュバスに弱い。
もっと言うとメガネの奴はメガネを持っていけない。
"ついでに、サキュバス以外の魔物も出現している……だがアルト、ここにはクラフトワーカーの私が居る"
センセイは己の胸を叩きながら言う。
"ツールアイテムさえどうにか作ってしまえば、そこらの壁や地面から武器もクラフトできるようになるだろう"
「お、おお。そうか。頼りになるぜ」
なるほど、素潜りダンジョンでもクラフトワーカーなら殆ど問題は無いわけだな。
とことんチートだぜ、スペランクラフター。
「じゃあ善は急げだ。さっさと出発するか」
"大丈夫か? アルトは駆けつけてきたばかりだろう"
「むしろ急いで済ませたいところでな。街でデカイ仕事こなして来たもんで、さっさと帰らねえと分前が無くなっちまう」
あとゾクフーに早く行きたい。
これは俺の切実な願いだ。
「それじゃあ服を脱ぎなされ」
「ババアこっち見んな────あれ? なんでこの部屋にシスターさんが集まってきてるの?」
「見送りじゃろう。ぐふふ」
キャーキャー言いながら指差してきてるんですけど。集まった皆さんが。
俺今から脱ぐのに。
そういうお店みたい。
「ウッセー! 見んなクソアマ共! 金取るぞ!」
コインが飛んできた。うぜえ。
ちっ……とにかくさっさとダンジョンの入り口に入るしかねえな。視線がとにかく鬱陶しい。溜まってんのかこいつら。
荷物を下ろして軽鎧を脱ぎ捨て、シャツを外した。手袋とガントレット、ブーツと脱ぎ捨ててズボンを下ろす。ウォッカのボトルも置いた。
俺の偉大なるイチゴ柄ステテコ。実際、形は短パンの水着みたいなもんでありそこまで恥ずかしくない。これで町中歩いていても、酒瓶片手ならスルーされる程度だ。
それでもシスター共はきゃあきゃあ言いながら見てやがる。
「中々いい筋肉ね」
「知ってる? 男の乳首って海で風向きを測るためにあるんですって」
「もう一枚! もう一枚!」
うるせえ。不機嫌な表情になるのを自覚しながら、手を組んで待つ。中にはスケッチブックを持ちだしてシャカシャカ描いてるやつまで居る。何してんだ。
俺がさっさと脱いだものでセンセイが出遅れた。まず、ぶしゅっと蒸気を出して外装を脱ぐ。既にここの連中は、解呪のために出てきたセンセイの中身を目撃しているので今更驚きはしない。
"待っていろ、エリザ……"
躊躇うでもなくセンセイはスペランクラフトTシャツを脱いで、一張羅になっている黒いぴっちりスーツにツルハシを当てた。
脱ぎにくいから服を一気にマテリアル化させたのだろう。
一瞬後にはセンセイは下着姿に変化していて────
"さあ行こう、アルト。……どうした?"
講堂はなんとも言えない空気に包まれていた。
そして俺が指を差して、それが合図とばかりに皆が同時に叫ぶ。
「センセイの下着ババ臭ーい!」
"なあ!?"
なんということでしょう。
うら若き女性であるセンセイのパンツとブラジャーは飾りっ気の無い木綿製でベージュ色の、ひとことで言ってババ臭い代物であった。
「ベージュて……ベージュ色て……」
"な、何がいけないというのだ!?"
「いけないわけじゃ……いややっぱりいけないだろこれ……」
他のシスターも気の毒そうに、
「あれはあんまりだわ……」
「お母さんが着てたセール品と似てる」
「黒髪ロングストレートでグラマーな体型なのに、下着がベージュ……これは罪だわ」
などと囁いていた。
それぐらいに酷い。
"し、下着など着やすければそれでいいだろう!? 色も人に見せないから派手な意味は無いし!"
「ないわー」
「下着どうでもいいって普段言ってる人でもベージュババ臭パンツは避けるわー」
「殿方もドン引きですのよ」
"ううっ、それよりダンジョンにだな"
センセイは謎の糾弾を受けているとばかりに、ダンジョンに向かうことを優先させようとしたが。
修道院長のババアが立ち上がって、指を鳴らした。
「お前たち! このセンセイに似合った下着を用意しておやり!」
「はーい!」
"いや待ってちょっと──"
センセイはシスターに両脇を固められて連れられて行った。
俺は暫しステテコ一枚で待つことに。
何やってるんだろうな俺ら。ツッコミ役になりそうなエリザの不在が嘆かれる。早く助けてやろう。
それから。
「はい! 定番の黒のレース下着!」
"れ、レース部分が薄すぎないか……"
「青と白のストライプ下着!」
"ティーンの女の子が着るやつでは……"
「紐を引っ張るだけで脱げるストリングオープン!」
"動きにくくなりそうだし……"
「Cストリング! 星形ニップレス!」
"これはない! これは無理!"
「ふんどしガーダーベルト!」
"なにこれ……"
なんかセンセイの下着試着会が始まって色々見せられた。
っていうか何だこのシスター共。どういう下着持ってやがる。
それはそうとして、
「ババア。ちょっとトイレ貸してくれない?」
「うちは女子便所しか無いから駄目」
「クソが」
明鏡止水……鏡のように止まった水辺に、寄生された芋虫がのたうち回るのを想像してどうにか精神を落ち着けた。
「良いか若造。大事なのは精力じゃ。サキュバスネストの中ではトラップや精神攻撃で精力を削られる。命が惜しくば、溜めておくのじゃな。枯れた男や賢者なぞ一瞬で骨と皮にされるぞ」
「あーもうそんな面倒くさいダンジョンじゃなくて普通にゾクフー行きてー……ここの修道院でそういうサービスやってないの?」
「殺すぞガキ」
「へいへい」
「どうしてもというなら仕事が終わればわしで良ければ特別に」
「殺すぞババア」
ババアと罵り合いながらセンセイの下着が決定されるのを待って、やがて。
"ら、埒が明かない……とにかく! これで行くことにする!"
そう言って着せ替え人形にしてくるシスターから抜けだしたセンセイは俺のと同じデザインのステテコと、胸に白いサラシを巻いている姿だった。
布切れから俺のと同じパンツをクラフトしたのだろう。
俺は半眼で見ながら、
「悩んだ末にマニアックな選択になっているような」
"他よりはマシだ!"
「まあ俺も、センセイが無駄にエロい格好してたら困るから助かるが」
シスター共はやはり品評しながら、
「彼シャツならぬ彼パン……まさか実在していたとは」
「色気はないけど奇妙なシチュエーションポイントを感じるわね」
「出遅れた……! 下着代わりの光る全身タトゥーシールを持ってきたのに……!」
だからなんでマニアックな選択肢があるんだよこの修道院。
そう思いながらも、下着オンリーな俺とセンセイは入り口の扉に並んだ。
男である俺以外は弾かれるが、俺と手を繋いでさえいればセンセイも入れるそうだ。
「よし、囚われのお姫様を助けに行くとするか」
"隔離したから、内部空間を魔力で広げていても一日程度で奥までたどり着けるはずだ。行こう"
まったく、エリザのやつめ。まあしかし、なんだかんだで命の恩人ではあるし、あのチンクシャ娘がサキュバスなんぞに攫われたとなるとさすがに可哀想だ。
センセイの細っこくて冷っちい手首を掴んで、なるたけ体は見ないようにしつつ入り口の扉に手を掛ける。
新ダンジョン[サキュバスネスト]を攻略せよ。
……何度も思うが、エロ展開オーケイな路線でやれよこんなダンジョンは。




