第1話『ゾクフーを取り戻せ』
アルトリウスは走った。一刻も早く街に辿り着かねばならない。
舗装された街道をひたすらに走り続ける。足首辺りに装着した姿勢制御用ジェットスラスターが低出力で噴出しており、地面を蹴る際の負担を和らげつつ一歩ごとに進む距離を広げる。傍から見れば、俺の走っている足元には火の粉が舞っているように見えるだろう。なお、熱くはないしズボンも焦げない。なんかそんな火っぽい何かだ。
アイテムの効果もありかなり早い速度で、俺ことアルトリウスは一人ただひたすらこの先にある交易都市バニシュドを目指していた。
ダンジョンを作る依頼を受けた村の仕事を終えて、俺とセンセイとエリザは特に期限を設けずに行動を共にすることになった。
そして一旦、他のダンジョンなどの情報を集めるために一番近い都会であるバニシュドへと向かうことにした。
だがその途中で問題が発覚。
先だって潜った洞窟の深層で出現したサキュバスが、見えない影となってセンセイとエリザに取り憑いているというのだ。
放っておけば魔力を溜め込んで実体を取り戻し、俺ら三人にエロ攻撃を仕掛けてくるという危険がある。
なのでまずその悪魔を祓い落とすために、バニシュドの途中にある専門の教会へと足を向けた。
教会っていうか、女修道院だな。
そこで何やら一日か二日ばかり儀式をしてサキュバスを追い出すのだそうだが、当然女の園であるそこには流れ者で傭兵で碌な社会的立場もない俺は入れない。
恐縮していた二人に、
『じゃあ俺は先にバニシュドに向かっとくから、そこで合流しようぜ』
と言って別れたのがつい昨日。
別れた瞬間に、俺は猛ダッシュで街を目指していた。
正確には街にあるゾクフー──個室でマッサージ師の女と時間限定自由恋愛そして交渉を行えるお店を目指して、だ。
そこには男のストレス的なものを発散できる効果があるが、女連れでは入れないという難点があった。
正直三人で仲良くお手手繋いで街に向かうような状況では近寄れもしないのでどうやってはぐれるか考えていたぐらいだ。
俺はストレス解消がしたかった。
だから、こうして約一日あの二人が足止めを食らう状況は願ったり叶ったりだ。
少しでも早く街についてゾクフーを堪能しよう。
今の俺なら二、三件ハシゴできるぜ!
行くぜ! 後腐れの無いカワイコチャン達!
やっぱ女は買わないとな! 金もたんまりあるんだ!
今夜はフルコースだ!
で、暫くこの滾る思いを抱えて爆走していると、さすがに疲れてきた。
街の間を全力ダッシュで通過できるやつが居たら挙手しろ。俺は無理だ。センセイ達と別れて走って一泊野宿してそこからまた走っていい加減パワー切れだ。
しかしそこに丁度いい馬車が俺の後ろから追い越そうと掛けてきていた。
のんびりパカポコではなく、急ぎの便のようだ。道を空けてよくよく目を凝らせば、傭兵ギルドのマークである火蜥蜴のプレートを付けている馬車だ。バニシュドにあるサラマンダー傭兵ギルドの馬車。通称[馬車マンダー]である。
それは俺の姿を確認したようですぐ近くで馬を嘶かせて止まった。
「[四枚通し]のアルトリウスか!? さてはバニシュドに向かっているところだろう!?」
「お、おう」
「丁度良かった! お前も乗っていけ!」
有無を言わせぬ様子で御者のおっさんに荷台へ指を向けられた。
なんだ? 最近はギルドの馬車傭兵無料キャンペーンとかやってんのか?
そう思いながら荷台に乗り込むと、そこはそのキャンペーンに同じく便乗してるのか、傭兵達が十人ばかり座っている。
がたごと動き出したのでひとまず、見知った顔の奴が居たから近くに座って話を聞いた。
「ギルドはタクシーでも始めたのか?」
「バカ抜かせ。見ての通り、傭兵の輸送だ。仕事だよアルト」
「はあ!?」
髭面の傭兵が言った言葉に俺は露骨に顔を顰める。
「おいざけんな。受けた覚えはねえぞ。俺ぁバニシュドに用事があるんだ。仕事明けで羽根を伸ばそうと思ってな。冗談じゃねえ」
「良かったな、仕事の現場はバニシュドだ」
「どういうことだ」
問い返すと、微妙に乾いた笑みを浮かべた傭兵の知り合いは言う。
「バニシュドの街でドラゴンが暴れてるから、傭兵ギルドは総力を結集してその討伐にあたっているんだ。羽根を伸ばすどころじゃないぞ」
「んだとおおおお!? じゃ、じゃあゾクフーとか営業してねえのか!?」
「防衛線を突破して城壁を破壊し街の中で戦闘継続中、しかもドラゴンの中でも最高レベルの攻撃射程を誇る[笞竜]だ。とっくの昔に一般人は街の外まで避難してるだろうよ」
「クソがああああああ!!」
「あとギルドの方針で近くの奴ら全員参加、逃亡したら不名誉除名だからな」
「俺に大ダメージな罰則じゃねえかあああ!!」
傭兵アルトリウスは不名誉な噂を忌避している。
ドラゴンを倒してダンジョン作成依頼を達成したばかりなのに。
外に出てまた早速ドラゴンと戦う羽目になってしまったのである。
……しかも今度は超火力作成能力持ちのセンセイとエリザ抜きで。
*******
ラーメン食べたい今日は絶対ラーメンの日だあの店に行くぞ普段はちょっと濃い味だから控えてるけどがっつり今日はあの店の濃厚ラーメンを食って一月分満足するんだ。
みたいな気分だったのにいざ行ったら店が休みだったみたいなお預け気分。
は、ともあれドラゴン退治ウィズ傭兵団とか勘弁して欲しいぜ。
しかも戦う相手が笞竜と来たもんだ。
笞竜。
センセイは洞窟だと蛇竜が最悪って言ってたけど陸戦じゃこいつの厄介さは尋常じゃない。
特徴は、名前の通り体から数十本から百本以上のムチを生やして自在に動かし周囲を攻撃する。
そのムチは長さが最大で3kmほど。太さは一本一本が手首ほどだが、山岳用ロープかってぐらい超頑丈。
そしてムチというか触手は筋肉の塊なので自在に動きまわり、捕まえる、打ち殴る、突き破るなど全てが独立して周辺を攻撃する賢い武装だ。
威力は打ち殴られただけで、遠心力を活かした一撃なら人間を真っ二つにできる。締めつけられたら大理石の柱でも砕ける。おまけに固くて本体を攻撃魔法などから守る盾にもなる。
炎のブレスは吐かないが、吐く奴よりヤバイとはもっぱらの評判だ。
なにせ吐く奴は正面にしか攻撃できないが、こいつは本体の周囲半径3kmに、人間を殺すには充分な攻撃を放てる。
街を制圧するにもうってつけだろうな。
街に迫る前から近づいていたことは確認されていて迎撃に出たらしいが。
竜特有の外皮の硬さにムチの防御能力は生半可な攻撃を一切シャットアウトして防衛線は潰走。
市街戦に突入したんだが遮蔽物が多いのは人間に有利なんだかドラゴンに有利なんだか。
とにかく、数日経過してもドラゴンはまだ健在でむしろ傭兵の数が足りなくなったから補充要員としてよこされた便に、俺が捕まったらしい。なんてこった。こんなことなら、女修道院でノゾキでもして時間潰しとけばよかった……
「今は流れの技工士が参戦してくれて、防衛兵器を作成しつつ戦っているらしい」
「へぇー……よく見つかったなクラフトワーカーなんて」
世界に数えるほどしか居ないはずであり、そのうちに二人は近くの修道院に居るが。
ともあれ、馬車はバニシュドの南門へとようやく辿り着きつつあった。
街全体が城壁に囲まれているのは交易の拠点として税金やら何やらの管理のためで、街道に繋がる東西南北に大きな門がこしらえられている。
その外側ではぽつぽつと難民キャンプが見える。
笞竜とはいえ街全体を覆うムチを出せるわけではないが、半径三キロの殺傷範囲を持つ野生動物が町中を予測不能に動きまわるとなるとそりゃみんな逃げ出すわな。貴重品と食料持ち出しで。
街に入れない交易の食料品輸入業者など、値段を釣り上げようとした連中が簀巻で吊るされてたりする。人の不幸で儲けようとするのは商売の基礎だが、その相手が商人ごときに抑えきれない群衆であり苛立ってる最中となると逆上されるのも当たり前だ。
さて……。
笞竜と戦い始めて既に二日ばかり経過しているらしい。
防衛戦で潰走、市街に突入した笞竜への一斉攻撃で被害多数。今は散発的に攻撃を仕掛けては逃げている程度のようだ。ドラゴンってのは寝ると凄い勢いで傷が回復するから、寝かさないようにしているのだろう。
で、三回目の大戦力をぶつける作戦として他所の街にも居た傭兵をかき集めていたところでうっかり俺も参加することになった。
汚名を晴らすためにこちとら危ない橋渡ってるわけで、逃げるわけにもいかない。
センセイとエリザを呼び戻しに行ったらかなり楽になることはわかるのだが──。
「よし、さっさと終わらせてゾクフーのチャンネーと寝る!」
「いつになくやる気満々だなお前」
恐らくドラゴンも弱っているハズ。早期に退治を済ませて街の宴会ムードとなりゃ稼ぎどきのお姉ちゃんも戻ってくるだろ。
それを狙う。センセイたちを呼び戻している場合じゃない。
大体百人近く傭兵が居たはずだからかなりドラゴンにダメージ入ってるはずだ。
そして馬車は街を囲む城壁の外で停車した。
難民キャンプより城壁に近い位置に傭兵の部隊が集結している。
俺らは馬車から降りてそれに合流した。約三十人ぐらいの思い思いな格好をした傭兵に交じる。微妙に少なくねえ?
「これで最後だな。いいか! これより複数の門から同時に突入し、竜を包囲する! 触手を防げる者を一人ないし二人入れた小隊に分かれて攻撃を分散させろ! 街の各所に技工士が作ったバリスタが設置してあるから隙を見て独自判断で攻撃! いいな!」
おお、と傭兵らが気合の声を上げた。
つまりは分散して勝手に攻撃。単純明快な作戦ともいえねえ攻撃だが、そもそも統率の取れない傭兵らだから細かい作戦を遂行できるわけでもなし。これぐらい適当でなければ混乱するだろう。IQが低いからな。普通の傭兵は。
それにしても技工士の作った武装はバリスタか。ちょいと弱いな。
いや、大砲となるとまったくの素人がぶっ放せる代物じゃねえし見たことも無い奴も多いだろう。数人ならまだしも、不特定多数が使うとなると固定兵器の種類もわかりやすいので統一しないといけない。そんな事情が垣間見えた。
バリスタ以外の有効な攻撃手段は魔法使いの魔法だろうか。
俺のハイパーなガントレットで強化した投擲なら突き刺さるんだろうが……チャージしようにも今回のドラゴン炎を吐きやがらねえ。
「あ、もしもし魔法使いクン? 俺の籠手に一発炎魔法打ち込んでくれない?」
「バカ? 変態? そんな無駄な魔力使ってる余裕がどこにあるんだ?」
特に信頼もない初対面の魔法使いにチャージを頼んだらにべもなく断られた。
一応効果を説明したのだが胡散臭がられた。そんなアイテム聞いたことも無い、だとよ。俺もそう思う。
ちくしょう。
仕方なくヒートダガーの発熱した刀身を直接握りこんで少しばかりチャージ。やはり猛火に比べてチャージ量が少ない。何かチャージャーみたいなの頼んで作ってもらわねえと。
そうして、前衛になるフルプレートか盾持ちの傭兵に数名ついていく形で部隊を分けた後で狼煙を上げた。
これを合図に街の外で待機している傭兵は突入。町中でゲリラ戦していた奴らも攻勢に出る。
門から入って全員で大通りを進む。街のどこかで爆発音が聞こえてくる。爆弾を使っているのは技工士だろうか。
人通りの無い石畳の道。そこらの道沿いの店舗で破壊されてるのも少なくない。略奪ではなく、柱からへし折られているのでムチの仕業だな。
最初の広場で早速一本目の触手がうねってるのを見つけた。
対処班と触手の付け根に回りこむ班に別れて分散。
「で、早速俺らが対処か」
俺らのグループは盾持った前衛が一人、槍使いの男と女、魔法使いの女、そして投擲士の俺。
広場でしゅるしゅると索敵するように動いてるムチを見ながら呟く。
「ぶっちゃけこの中でドラゴンと戦ったことのある奴、挙手」
俺が手を上げながら呼びかけると、全員が首を横に振った。
「まあそうだろうな……熊と戦ったことのある奴って呼びかけてもそう居ねえよな普通」
「アンタは?」
「最近に蛇竜をぶっ倒したばっかりで見たくもなかったわあんなん」
「マジか……凄いな。前衛変わる?」
「なめんな」
剣と盾を持ってる奴に歯を剥きだして睨む。
「とりあえず本体じゃねえんだから触手ぐらい頑張って処理すんぞ。ムチをしならせた一撃に当たらねえように二段ジャンプとかで避けろよ」
「できるか!」
「ぶった切ったら魔法使いは傷口を炎で焼け。熱に反応して触手がドラゴンの体内に収納される」
切り落とされたりした触手はそうやって一旦体内に戻して再生させるのだそうだが、再生するより先に本体をぶっ殺せばいいだろう。
異常に厄介な触手を持っているが、全部を処理したらただ固くてブレスも吐けない動きが鈍いドラゴンしか残らない。
「さすが[物知り]アルトだな」
槍使いの中年男が感心したように言う。見覚えはないが、向こうは俺のことを知っていたらしい。十年ぐらい傭兵やってりゃ、知ってるやつも増える。
「近づくとすぐに触手が気づく。まず俺が先制で槍をぶん投げて縫い止めるからその後前衛三人が突撃。盾はムチの先に注意して、槍二人はぶった斬りに。魔法使いは離れてろ」
「なんだよー」
「いかにも鈍臭そうだろうが」
ローブを被って大杖を持った典型的魔法使いのメスガキが不満そうなので、煩さそうに手を振った。
ざっとした指示を出して──まあやることは当然の配置だから指示ってほどじゃないが、確認は大事だ──戦闘を開始。
投擲機に槍をセットして振りかぶった。
ガントレットの雷放出は使わない。電力の消費が激しいので、こんな末端部分で使うよりはその電力を俺の運動力向上に回したほうがいい。
「シャオラッ!」
息を発して、槍を一直線に飛ばす。
手で投げるのでは出せない速度を出した鉄製の槍は触手に突き刺さって地面へと縫いとめた。
だが触手は数百キロの力を持つ筋肉の塊だ。縫い止められる時間は僅かだろう。
その間に前衛の三人が突っ込んで行く。だが思ったより早い時間で触手は復帰してのたうった。
「もっぱぁつ!」
素早く槍を投擲機にセットしなおした俺が暴れだそうとする触手に再びヒットさせる。
二度の刺し傷で若干運動を伝える力が弱まったのか。しなって三人を水平に打とうとした触手を盾使いが上から殴りつけるようにして地面に抑えこむ。これも力比べをすれば負けるが、数秒は隙ができた。
「おおおお!!」
「ぶっちぎれろ!」
槍というかポールウェポンを持った二人が重量のある刃を叩きつける。外皮が固く弾力の強い触手の半ばまでそれぞれ食い込んだ。
高強度の物体に思いっきり長柄物を叩きつけて振り抜けないなど、余り無いものだ。人間でもポールウェポンでぶん殴れば肉が吹っ飛ぶのだから。よって、その触手に叩きつけた衝撃で女槍使いは手が痺れて柄を離してしまった。
もう一人の男はすかさず触手を足蹴にして武器を引き抜き、もう一発同じところに振り下ろす。今度は地面を刃が殴る音がして、両断することに成功したようだった。盾使いが押さえている触手が僅かに暴れるが弱まっている。
「おし! おい、傷口を火で焼け──」
俺は振り向いてそう合図したら。
少女の魔法使いはそこに居た。
眼球から血を流して、口の中から舌のような触手の先端を前に突き出し、空中に浮いている。
いや。
背後から彼女を襲った別の触手が、後頭部から突き破って持ち上げていたのだ。
脳幹を破壊されて即死だっただろう。そう思いたくなるぐらい、目は見開かれていて、涙のように血が溢れていた。
「ちぃっ!!」
舌打ちをして触手から距離を取る。後ろから別の奴がこっそり近づいていたとはな!
触手は先端を一振りすると大きく空気をかき乱す音がして、触手がすっぽ抜けた少女の死体がこちらに向けて飛ばされてきた。
武器を落としていた女槍使いの体に、ぶん投げられた少女が勢い良くぶつかり、
「ひっ、い、いやっ!」
取り乱した彼女はパニックを起こして死体から逃れるように、近くの男槍使いへすがりついた。
「馬鹿!」
そう叫んだのはそちらへ追撃に伸びる触手の軌道を見た俺だ。
女にしがみつかれて身動きが取れなくなった男もろとも──しなった触手の一撃が打ち付けた。
軽鎧が砕けて、背骨が曲がったらアウトな方向に曲がり二人して広場の噴水に叩きつけられ、顔中から血を出して内臓を吐き出し死んだ。
盾使いは慌てて盾を構えながら俺に近づいてくる。
「ど、どうしよう!?」
「十秒あの触手の気を引いてろ! 切ったやつを俺が焼いたら相手を交換してやる! そしたらお前は逃げて別の隊と合流、いいな!」
「わかった!」
遠心力を付けた触手の一撃は盾でも受け止められない。
だから男は触手に接近して剣で切りつけながら、絡んでこようとする攻撃を盾の丸みでいなしている。
ともあれ、一気に三人も死んだこの隊は壊滅だ。他と合流しないと対処できねえ。
まずは殺した触手をきっちり始末。足で押さえて切り口をヒートダガーで焼くと、脈動するようにうねってシュルシュルと本体の方へ引っ込んでいった。これでよし。
「おい! 交代だ!」
叫びながら落ちてた遺品のポールウェポンをぶん投げる。
質量のある長大な武器は回転しながら、盾マンが逃げまわっていた触手に軽くぶっ刺さり怯ませた。
その隙に後ろに引いて離れる。俺と反対方向へ後退していく。
「助かった! じゃあ後でな!」
俺に触手のヘイトが向いたことを確認して逃げ出す。
どちらにせよ二人じゃ対処しきれない可能性が高いからさっさと仲間と合流しなくちゃならねえ。
俺も適当に触手を撒いて逃げるとしよう。
逃げるだけなら、一人の方がやりやすい。
「かかってきなクソ触手。女にエロいことしねえ触手なんざこの世に必要ねえんだよ」
叩きつけ襲ってくる触手を見切って回避する。地面をしたたかに打ったそれは石畳を軽く砕いた。
続けて足元を薙ぎ払いに来る。難なく跳躍して回避。
当たると死ぬが当たらないと死なない。
それをしっかり理解してない奴はビビって死ぬ。
ビビリさえしなければこんなもの大縄跳びみたいなもんだ。蛇竜のぶっとい尻尾より避けるのは容易い。
触手に模様のように並んでいるのは視覚の代わりをする原始的な器官らしい。それがあるから触手の先まで、うっすらながら視界を持っていて伸ばした神経索で擬似的に情報を処理、攻撃してくる。
あと表面にある産毛で音も感知するらしい。
とりあえずぶった切るには強力な切断手段が必要だ。斧とか。持ってないけど。
ここにセンセイかエリザが居れば作ってもらえるんだが。
ええい、そんなことよりこいつをぶっ倒して、二人が来る前に一発キメとかないといけないんだ。
逃げた盾マンが居なくなったのを確認して俺も逃走に入る。
道を走ってたらなんかそこら辺の路地から触手が飛び出してきてグサァーってなりそうだな。
屋根の上を行こう。
「よっと」
触手アタックを避けながら二段ジャンプでそこらの手すりに飛び乗り、そこから屋根の上にぽんぽんと跳んで移る。
足のスラスターは姿勢制御で着地を安定してくれるだけではなく、跳躍距離も増やしてくれるので前よりも高く安全に跳べる。
屋根の上に出た。触手も追いかけてくる。
走り、屋根から屋根へと飛び移りながら市街地を移動。触手は追いかけてくるが、この状態だと伸びた部分があちこち町中に引っかかってすぐに限界が訪れて追いつけなくなった。
このまま合流する本隊を探そう。
街を上から見るなんざ新鮮だが、触手による破壊は広範囲に及んでいるようだ。あちこち移動しながら戦っていたらしい。
特に一階の通りに面した店なんかは酷いな。まあ幸い、ゾクフーは裏通りでだいたい二階建て三階建てだが。
通りにはあちこちバリスタの残骸が落ちていたり、大穴が空いていたりしている。あの穴は落とし穴だろうか。器用に掘ったものだな、と思ったが恐らく技工士の仕事だろう。かの能力者ならば、砂遊び感覚であの程度の大穴を開けられる。
ただ恐らく笞竜は落とし穴に落ちても触手を器用に使って脱出できるだろう。数百キロ支えられる触手が数十本生えているのだから、本体を持ち上げることも簡単だ。
時々ぶっ千切られた触手の部分も落ちていた。死体も。一応戦ってるようだが人間側の被害もデカイな。
触手を倒せば倒すほど楽にはなるはずだが、初期は一番数が多いから大変だったと思われる。
センセイがムカデ砲みたいなのぶっ放したら一撃で終わらせられるかもしれないが。
「それにしても他の部隊はどこだ? 大通りやべえってんで別れて路地進んでるのか?」
味方と合流しようにも見つけられない。
とりあえず高いところに登って探すか、と俺は目につく一番高い鐘楼を目指した。
近くまで二段ジャンプを駆使して進み、鐘楼の頂上付近にワイヤーフックを発射して自動巻き上げで飛びつく。
テッペンの鐘が吊られた窓に座って、水筒タバコを取り出して口に咥えた。
ヒートダガーの先端で着火して、水を吸い込む。程よい冷たさと美味さな水が落ち着かせる。
厄介な任務に巻き込まれたもんだ。俺も他の傭兵も。まあ、解決しねえと大きな拠点であるこの街が使用不能になるわけだが。
運が悪けりゃ死ぬ戦場は日常茶飯事だが、それにしても触手に殺されるのはなんだかな。
魔法使いのガキも槍使いの二人も、まあ微妙に未熟っぽかったが残念なこって。
とはいえ再生不能なまでにグチャられずに、魂が昇天してなかったら傭兵の治療師から蘇生させて貰えるだろう。
死亡から日数が立たずに、健康だと蘇生奇跡の成功率は高い。病死とか過労死になると蘇生率低い。老人や幼児は生命力が無いのでほぼ無理。そんな蘇生事情もある。
さて、死んだ奴のご冥福のお祈りはこれぐらいで仲間を探すか。
タバコを咥えたまま立ち上がろうとすると、にわかに強風が吹いて危うく体勢を崩しかけた。
「おっと」
足のスラスターが僅かに吹かして姿勢を戻そうとし、俺は慌てて手を付いた。
鐘楼の鐘に。
吊らされたそれは俺の体重で傾き──ごーん、ごーんとクッソ喧しい音で鳴り響いてくれました。
笞竜の触手の特性……視覚だけでなく聴覚もある。
うわあ……沢山触手が集まってきたぞーい。
「クソが」
集まった触手は十本以上。しかも触手は触手を呼ぶのか、じわじわと他所からも集まってきてるのが見える。
いやしかし、俺が目立ってるのは他の傭兵も気づいたはず。
援軍を寄越してくれる可能性だって───
すると、軽い音を立てて近くの壁に矢が突き刺さった。
矢には手紙が結び付けられている。ギルドのクロスボウで矢文連絡専門職な[矢文屋]リアムだろう。正確無比な射撃を、矢文にしか使わない変人だ。
俺は嫌な予感がしながらそれを開くと、
『殆どの触手がそっちに向かっているので、今のうちに本体を叩きます。それまで引きつけといてください。決してこっちに引張って来ないように。by傭兵団総意』
「クソがあああああ!! トレインしてやろうかぼけええ!!」
続けてもう一通飛んできた。
『生き残れたら多めの報酬と[触手キラー]のアルトリウスって呼んでやるから』
ボケが! 俺をいい感じに乗らせる方法を把握しやがって! 調子乗んな!
俺は手元の紙に『地獄に落ちろ』と書いて投石用の石塊に包んで、矢の飛んできた方向へ投石紐を使ってぶん投げた。
むしゃくしゃするがとにかく、生き残らねえといけない。
二十本以上に増量した触手は、早速めきめきと俺の立っている鐘楼を根本から破壊した。
どんどん斜めになる塔を、バランスを取って落下しないように足場を見つけて飛ぶ。
隣の建物の屋上に降り立つと、背後には無数の触手がぐるぐると編み込まれたようになり、一本のごん太い巨大触手になっていた。
まるでこの前の蛇竜だ。
そんなことを考えていると、定番の叩きつけが飛んできたが太さが何倍にもなった影響で避けるにも一苦労だ。
威力も十倍以上。屋上に叩きつけられた衝撃で建物は完全に一階まで破壊された。
建物の土台を薙ぎ払い、全体が崩れる。
俺は通りに降り立って、改めてその巨大触手を見上げる。
「バラバラに襲い掛かってくるのと、こうして纏まって襲いかかられるのどっちが嫌だろうな……」
一塊になって攻撃頻度は減ったが、その分バラバラだったら路地を逃げまくり触手を絡ませることも可能だったのだが、これだと迂闊に路地に逃げ込んでも建物ごとぶち壊してくるだろう。
しかも多分強度は竜本体より固いはず。
単純に太いより、固い外皮を持つ細い触手が何本も束ねられているのだから。
雷チャージ投擲すら効くかどうか……
とにかく、ピンチはピンチだ。どうすっかな、これ……。
そう思っていると、俺の背後から掠れた声を無理やり張り上げた叫びが聞こえた。
「──お前に相応しいマテリアルは決まった」
振り向くと、そこに居たのはガンマンであった。
テンガロンハットを被り、ジャケットを身につけてガンベルトを腰に巻き、ブーツには馬にも乗ってねえのに拍車がついていた。
ただ帽子から犬耳が、ズボンからは尻尾が生えているのが見える。
そいつは拳銃をまっすぐに巨大触手に向けて、言葉を続ける。
「赫々たるクレイパウダー、焼きつくせフレアチャフ、破砕のロックバレット──クラフト!!」
銃の前に、一メートルほどの巨大な炎が渦巻いて収束する。
「[粘着爆乱弾]、発射!」
引き金と同時にそれは一直線に巨大触手へ発射されて、着弾と同時にすさまじい爆発音を上げて大量の煙が巻き上がった。
「うおおお!?」
とりあえずセンセイがぶっ放していた経験から、耳を塞いでいた俺も間近の爆発に悲鳴を上げる。
そのクラフト手順には聞き覚えが合った。
洞窟の中でセンセイが、知り合いの技工士としてあげていたウェアウルフの技工士。
銃を使い、長ったらしい前置きをして作り上げる破砕技工士。
そいつがこの街のドラゴン退治に参戦していたとは……と、俺は煙からそいつの姿を見つけて、駆け寄る。
爆風でやられたのかそのガンマンは地面にぶっ倒れていたのだ。
「おい! どうした!」
この状況じゃ貴重な戦力だ。あの爆発は中々のもので、触手を数本纏めて焼きつくしたはずだがあの編み込まれた巨大触手を全て破壊したわけではなさそうであった。
とにかくこいつと協力しないといけない。
そう思って、俺はそいつを引っ張り起こした。
「おいって!」
「う、ううう……一日中クラフトで叫びすぎて、喉が乾いたの……」
「馬鹿かお前は!」
掠れた声で言うガンマンに叫んだ。こいつ何か物を作る度にさっきのような言葉叫んでるのか。
そして、
「つーか小せえんだよ! 頼りねえなあもう!」
そのウェアウルフの技工士──ガンマンの格好をしている奴は、人間でいうと十歳ぐらいの女の子だった。
ダブダブの格好はどう見てもお遊戯会にしか見えないわけだが。
こいつがこの状況の切り札なの? マジで。




