表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
投擲士と探検技工士は洞窟を潜る  作者: 左高例
第一章『始まりの冒険』
18/41

第18話『ボス戦(後編)』

 "アルト! 今行く!"


 竜が再びアルトくんに迫って、援護射撃が困難になりました! 先生は迷わずにクラフトしたヒートハンマーを持って、接近して援護しようと駆けていきます!

 そして見てわかるぐらい、アルトくんは疲れきっています。どうにかワイヤーフックの射出と巻き上げを利用して逃げていますが、非常に危なっかしく表情にも余裕はありません。

 どうしましょう……!

 アルトくんをどうやって助けたらいいんでしょうか。先生が走って向かっていますが、ムカデ砲の発射準備の為に距離を取ってたので少しだけ時間がかかります。もう数秒後にはアルトくんの体力が尽きそうだという事態です。

 どうしましょう。どうしましょう。

 何をすればいいんでしょうか。何を作ればいいんでしょうか。

 わかりません。考えても出てきませんでした……!

 アルトくんが、伸ばしたワイヤーが尻尾の一撃で破壊されて天井から落ちました。

 どうにか手足を使って着地しましたが、動き出せません。

 このままではやられてしまいます!


 どうすればいいかわからないあたしは───。

 無意識に、周囲に散らばっていた大きな鱗の付いた皮膚にツルハシを触れさせていました。

 技工士としての能力でその物質はマテリアル化され[竜の素材]に変わります。

 それを手にとって頭のなかで漠然とした望みを膨らませました。

 理屈でどうにかできるとはわからなかったので、あらん限りの希望を込めて。


 持っているマテリアルを集積カンします!

 使える魔法を込めて材積カンしていきます!

 何の魔法を? 水、風、火──もう全部合わせて乗積カン


 あたしの手の中で、花が咲き開くように何かが完成されていきます!

 わからない物を作るって楽しいですね!

 先生は未知を知る為に探検を続けているって言いましたけど、そういうことかもしれません。

 わからないという怖さを楽しさに変えて。 

 それはあたしの、痛いって刺激を気持ちいいに変えるのと似ています! 先生もきっと同じです! 確信的に!


「よし、アルトくーん!!」


 生まれた黄金色の光を、弩に乗せて前方に向けました。


「受け取ってくださあーい!!」


 何が出来たのか、あたしにもよくわかりませんけど!


 


 *******




 現在進行形で俺死にそう。

 立っているのが精一杯な俺の前方で、これからブレス吐きますよーみたいに大口を開けた竜。

 足は萎えきってるし、頼みの綱のワイヤーフックも腰のハードポイントごとぶっ壊れた。ついでにいえばぶっ壊れる寸前の衝撃で俺の腰もお釈迦になりそうな衝撃だった。インポになってたらどうしよう。

 やれやれ。僕は死んだ。スイーツ。

 動けないでドラゴンブレスを食らって死亡だわこれ。

 持っている武器は腰に帯びている剣一本。あと千切れそうだったから手に握っていた、エリザから貰った悪酔い避けのアメジスト装飾品。

 ちらちらと竜の口から炎が見え始めるのを、他人事のように見つめるしか無かった。竜の体をセンセイのサイコブラスターから打たれた緑色の礫が叩いているが、気にせずにこっちの攻撃を優先することにしたらしい。まだ彼女も微妙に竜の気を引くには遠い位置だ。


 ああ……死ぬ前にゾクフーで豪遊してから死にたかった…… 


 その時、不意にエリザの声が響いて俺が反応できたのは、声の咆哮へ右手を向けるだけだった。

 俺の伸ばした手へと、エリザから飛んできた金色の物体が重なる。

 クラフトが完成しかけていた半端な状態で飛ばしたのか、それは俺の手に張り付いて初めて質量を持った。

 それは籠手ガントレットのようだった。金色に色々混じったド派手な作りで、物をぶん投げるときに可動範囲で邪魔しない意匠をしている。竜が彫金されており、目にはアメジストが曇ったような色で嵌っている。

 ふと握っていたネックレスが無くなっているのに気がついた。あれも素材として組み込んで完成したのか……?


 で、このドラゴンブレス一歩手前で、おニューのガントレットを貰ってどうしろと!?


 どちらにせよ、どうしようもない。動けない俺は目の前から炎の奔流が迫るのを感じた。汗ばんだ肌がちりちりと沸騰するような熱に晒され、喉が乾く。俺はガントレットに包まれた右腕を盾にするように、前に突き出した。

 岩を溶かす炎が直撃する。


「あっちぃぃいい!! んんん!? 思ったよりは熱くねえ!? けどすげえ熱ッッ!」


 骨まで一気にヴェルダンにする熱量を感じるはずだったのだが、体全体に感じるのは人食い族にとっ捕まって焚き火でじっくりローストされてる、そんな熱さだった。

 体も炎に包まれていない。俯いていた顔を上げると、黄金色の籠手が俺の体の前で、透明な盾でもあるみたいに炎を周囲に拡散させて直撃を防いでいた。

 よくわからんがエリザの作った防具に込められた魔法の効果だろう。

 

「よっしゃクソ蛇ざまあ熱うううう!! 地味にやっぱあちい!!」


 耐え切れるか切れないかでいえば無理な領域の熱だ。余裕で耐えられるなら、人食い族にローストされて生き延びた経験者が居るはずだ。

 一瞬耐えられるということは一生耐えられるとかヌカす馬鹿は沸騰した熱湯注がれてみろ。

 で、受け止めたのだから横っ飛びで逃げようにも俺の足は棒みたいになってて動かねえし、そもそもブレスって風速何十メートルかの炎付き風圧なんだからそれ受けてる状況で跳べるはずもない。

 このままでは死んでしまう。

 俺ははっと思い出して、左手で懐を漁るとタバコの箱を取り出した。空気タバコはもう使い切ってたが、この状況ならむしろ助かった。エアがあると燃え尽きかねない。別のタバコだ。

 一本だけ口に加えると、タバコの箱を上に放り投げた。

 熱気で即座に灼き切れた十一本のタバコから、込められていた大量の水が吹き出して俺の体に降り注ぐ。乾燥しきっていた俺の体をにわかに冷水が濡らして冷やす。

 同時に口に加えていたタバコも先端が自然発火して、フィルター部分から水が放出され俺の喉から体内を潤した。

 エリザの作っていた水筒タバコだ。美味い。めちゃくちゃ美味くて体に染み渡る水だった。


「これで熱かねえぜ!」


 いやまあ、これまでの相対的にな? すぐに体を濡らした水が熱湯に変化しつつあるのを感じたが、それでも大分マシだ。

 ドラゴンのブレスは長くて十数秒。それを耐え切るには充分──そう安心しかけたとき。

 べっと粘ついた大きな音がして、俺は意識が遠くなりそうだった。

 ドラゴンブレスってのはつまり、ドラゴン特有な熱した油みたいな空気と化合すれば燃え上がる唾液を霧状にして吹きかけている。

 で、基本的にさらさらして気化しやすいから竜の口の中では唾は溜まらないわけだが。

 稀に唾が結晶のようになったものを吐き出すことがあるらしい。勿論、燃え上がったまま。

 城壁すら破壊するその一撃は[竜砲ドラゴンカノン]と呼ばれる一撃で、今まさに俺に飛んできているやつです。

 

「死んだああああ!!」

 "──それだけ元気なら、大丈夫だ!"


 センセイが割り込んできた。走りながらでは碌な防護壁が作れなかったのだろう──技工士は基本的に陣地を作ってから待ち受ける方が得意そうだ──それでも、何枚も岩の壁をドラゴンとの間に放り投げた。

 しかしカノンはそれらを叩き割る威力がある。


 "まずい、ゲージが尽きる──アルト!"


 するとセンセイは思いっきり俺を押して、ブレスの効果範囲外へと突き飛ばした!

 炎を受け止めていた俺の籠手の効果も外れ、奔流と直撃弾がセンセイに迫る──


 "アルト──無事で良かっ"


 爆発。


「センセイ!!」


 微妙に竜砲の軌道は逸れたのか、近くの地面に着弾したがその衝撃でセンセイのドラム缶みたいな体はふっ飛ばされて地面に落ちた。 あの爆発を近くで浴びたのだ。熱気と衝撃だけで即死だろう。

 伸ばした手が震える。センセイが、死んだ。俺を庇って。恐怖するべきか、憤怒するべきか。ただ自分のことではないのに、痛みを覚えた。

 するとセンセイの体が何やら白い光で点滅し──がばりと首元の蓋が開いて中からTシャツを着ている美女が顰めっ面で飛び出してきた。


 "くっ……ザンキが減った"

「大丈夫なのかよ!?」

 "大丈夫なものか。ただ、外装は少しの間動かないから生身で対処する"


 問題はあるのか無いのか。微妙だがセンセイは道具をクラフトして戦うようだ。サイコブラスターは外装に付けっぱなしだったが、どっちにせよあまり効かない。

 俺もどうにか動かないと──って思ったらすっと立ち上がれた。

 歩いてみると、足はいつも以上にしっかり動く。あの疲れからすれば一日は寝たきりに成りかねなかったってのに。

 疑問に思う間も無く、竜が無事な俺たちを見て吠えた。


「チッ! うぜえ!」


 牽制代わりに、腰に下げていた剣をガントレットの右手で抜いて助走を付け、ぶん投げた。

 一直線に竜へ向かう剣は──なんか紫色の雷を放電してとんでもない加速してるんですけど!?

 きゅご、と大気の壁を先端が突破した音を出した剣は深々と竜の体に突き刺さり、激しくスパークした。


 "アルト、今のは!?"

「……エリザが作った魔法の籠手だ! こいつはすげえ……」


 その場を走る。疲れは感じなかった。地面に落ちていた鉄のガイボルガを拾って、思いっきり投げつける。

 雷を帯びた槍が三十本に分裂して竜の体に降り注ぐと、小規模の落雷が発生して竜に浴びせられ、傷口から感電させる。苦しげな唸り声が響いた。

 武器の威力を上げて雷の効果を追加させている。おまけに、身体の調子までやたらめったらいい。恐らくドラゴンブレスの魔力を吸収して変換してるっぽいが、


「こいつは勃起エレクトモンだぜええええ!!」

 "畳み掛けるぞ!"


 超動ける状態+強力な攻撃ができる=最強モード。

 俺はテンションバリ上げてそこらの落ちている武器を拾って竜に投げつけまくる。

 斧は勝手に電磁誘導されてぶち当たるし、鎌は幾つもぶん投げると雷と竜巻を巻き起こして竜を包んだ。短剣は肉に食い込み電気刺激を与えて竜の動きを阻害する。どれも効果的だ。

 二段ジャンプして竜の周りを跳びはね、あらゆる方向から有効打になった俺の攻撃を、これまでのお返しとばかりにぶち込む!

 疲れが取れているばかりか、体はいつも以上に力強く動いた。二段ジャンプだって、竜の横たわる体を軽く飛び越せる高さまでいける。

 センセイはセンセイで、爆薬付きワイヤーロープを絡ませて爆破したり巨大な鉄の門を、首枷のように竜の上に配置したりしている。

 確かに接近戦でも竜を攻撃するとなると、センセイの方法では広さが必要だな……。


 "アルト! これを使って頭を押さえろ!"


 そう言ってセンセイが渡してきたのは真っ黒で手持ちサイズの錨──グラビトンメタルアンカーだった。

 それに俺の魔力を込めて、


「このゲロっ吐き野郎が! 口閉じてろ!」


 竜の口の中に放り込んだ。

 魔力を加えると重さの変わる金属で出来た錨は──膨大な魔力が付与されて急速に重化していく。

 その重さは傷ついた竜では首を上げられなくなるほどだった。更に悪質なことに、これも放電を続けて抵抗力を奪っているのだ。

 

 "逆鱗を抉る! アルト、これに出力を!"


 センセイが手早く、散らばっていた竜の素材を組み込んだ道具をクラフトして俺を呼んだ。

 その道具は……なんというか特殊だった。箱から杭が突き出たような形で、その円錐型の杭はねじれた細かい溝が螺旋を描くようについていた。


 "対竜ドリル──[ドラゴンスクリュー]だ。電気式で相性もいいはず"

「おう! 逆鱗はどこだ!?」

 "こっちだ!"


 センセイに手招きされて竜の首──蛇みたいな体だからわかりにくいのだが、指示された場所へ行った。竜の身体の殆どは電撃と鉄の門で封じられている。

 影が覆った。

 無理やり動かして持ち上げた尻尾で俺たちを潰そうとしてやがる!

 雷の魔力で威力は増した俺の攻撃だが、質量は変わってねえから投げて防げねえ!


「アルトくんと先生をおお! やらせませえええん!!」


 エリザの叫び声と同時に、緑光色をした長さ十メートル以上ある巨大な刃が伸びてきて、尻尾を受け止めた!

 センセイと同時に顔を向けると、エリザがサイコブラスター──何やら改造されたのか形状が変わっていたが、それの銃口から巨大なエネルギーブレードを出しているようだ。

 気合の声が続く。


「エリザベライザーソォオオオド!!」

「新兵器っぽい!」

 "ぽいな"


 思わず場違いにセンセイと頷き合って、切断こそできなかったが尻尾をエリザベライザーソォオオオドが押しのけたので作業に戻った。新兵器やるじゃないか。後で褒めてやろう。

 ドリルを起動させる。俺の籠手からばちばちと電流火花が飛び散り、やがてけたたましい音を立ててドリルの先端が回転し始めた。

 センセイは俺と一緒にドリルを持ったままだが──ああ、そうか。ぶっ刺すと同時に余計な肉片が飛び散った場合、マテリアル化することで肉詰まりを防ごうってんだな。普段掘削するのに余計な土砂を出さないように。

 俺は目を合わせて、合図を送る。真剣な顔でセンセイは応えた。


「オラアアアア!!」


 ドラゴンスクリューを竜の体に突き立てる! 激しい悲鳴が洞窟に大きく響いた。

 ぞりぞりと強力なパワーで回転し、削った部分がマテリアルになって消えていく。飛び散る火のような血と雷。


「まるで花火だぜ!! こいつはご機嫌だ!」

 "アルト、もうすぐ逆鱗に到達する。あとひと踏ん張りだ"

「オーケイ」


 竜の心臓を守る心筋細胞、逆鱗。それさえ突き破れば竜は死ぬ。強大な体を動かすために血を送り込むポンプが無ければ決して動くことはできない。

 凄まじい勢いで削り、耳がおかしくなるぐらいの爆音。ロックミュージックのライブ会場に居るみてえだ。ならばこのドリルは楽器だ。爆発物担当センセイ、ドリル担当俺、エリザベライザーソォオオオド担当エリザ。バンド組む?

 

「ヒャッハアーッ!」


 ぼりぼりと刃が削れる音を出しつつも、逆鱗を削り終えて心臓ぶち抜いたので俺はおもむろに叫んだ。

 竜が最期のひと鳴きをして、全身から力を失い倒れる。ホシアマナの白い光に包まれた竜の死骸は、さっきまで大暴れしていたとはとても思えないぐらい静かに横たわった。

 ドラゴンは死んだ。あれだけ苦労したにしては反撃が始まってからはあっさりだが、それでも死ぬほどしぶとく。命からがら、俺たちは生き延びた。


「よっしゃああ! 俺たちの勝ちだ! ひゅう!」

「やりましたねアルトくん! 格好良かったです!!」

 "大したやつだよ、君は"

「はっはっは。俺ァ美女から声援受けて喧嘩で負けた試しはねえ。それに二人のおかげもあるしな。よしよし二人共お兄さんがご褒美をなんでもくれてやろう」

「なんでも」

 "なんでも"


 二人の声が重なった。 

 ──なんか今、つい調子に乗って迂闊なこと口走らなかったか? 俺。

 気のせいだなうん。

 

「よし、こんな血生臭えところじゃあれだろ。竜の死体片付けてもうちょい先で今日は休憩しようぜ! この籠手嵌めて元気バリバリだったがさすがに疲れた」





 *******




  

「──つまりその籠手には火と水と風の魔法素材を込めているわけです。火と水で水蒸気になり、風で集まって雲になる。雲は雷を呼ぶ。そんな感じなので、強力な火・水・風の影響を受けたときに魔力を吸収して、アルトくんに雷の力を与えるんですね。急に身体の動きが戻ったのも雷の力です」

「というわけで、外したら全身の疲れがマックスぶり返したわけだな」

「わけです」


 全身筋肉痛って簡単そうに見えてなかなか人生で体験できねえ痛みだと思う。

 ドラゴンをマテリアル化して武器やら何やらを解体し、俺らは少しばかり先の砂地から土になった地面のあたりで休憩することにした。

 いつも通りの小屋を手早く作って、さあ窮屈な装備でも外すかってなって例のガントレット外したらぶっ倒れそうな筋肉痛が襲ってきて笑えるぐらいだった。

 

「やっぱりアルトくん、筋肉痛って気持ちいいですか? 痛気持ちいい?」

「冗談じゃねえ。俺は願い事が叶う伝説の宝とか手に入ったら筋肉痛を消すわ」

「地味な願いですよ!?」


 そんなわけで、ソファーを作って貰い俺はそこに帝王めいた両手両足広げたポーズで座っている。

 暫く会話もできないぐらい苦痛だったので、とりあえず服は脱いでステテコ一枚になり体中蒸しタオルで温めて拭いた後で、腕やら足やら背中やら肌着の代わりかってぐらい湿布を張ってる。風呂場まで歩いていける自信は全く無かったので入浴はパスだ。

 俺が呻いている間に女子二人は風呂を済ませてきたようだ。


「そういやセンセイ。その外装大丈夫なのか? ドラゴンの炎浴びてたけど」

 "多少、アタッチメントは焦げたが中身は問題ない"


 アレを食らって平気とか、本人がやたら小さな怪我の可能性なんかにビビっている割にすげえ頑丈だな。

 少しだけ物憂げに目を逸らしてセンセイは続けた。


 "まあ……ザンキは減ったが。ところでエリザ、サイコブラスターを改造したのか?"

「あうあう、緊急事態だったからどうにかやっちゃったんですけど……ほら! 変形機能も付けましたから、ライザーソード形態とマシンガン形態ですぐに変えられるんですよ!」


 竜のところ以来エリザが持っていたサイコブラスターを、がちゃがちゃと弄ってセンセイに見せた。

 手元のグリップを捻りながらパーツをスライドすることで、多少銃の形が変わる。いつもと違う形態があのデカイエネルギーブレードを出すモードだろう。


「あの剣は?」

「こう、いつもバババって打ってる弾が全部くっついて出たら強いかなって想像して作りました。サイコブラスターと、イメージ的に似てたスライムの素材と、光るからホシアマナの花を組み合わせて」


 あの半透明の剣っぽいのスライムだったのかよ!?

 イメージ的にはグミの棒でちゃんばらしてるみたいな、そんな感じらしい。ただしそのグミはとんでもないエネルギーを持っている。

 センセイが喜ばしげにエリザの頭を撫でて褒めている。


 "この子はもう一人前の──いや、それ以上に魔法道具を作成するセンスがある、立派な技工士だな"

「えへへ」


 確かに、エリザ自身で魔法の素材を作り出せることも理由にあるからか、センセイより魔法っぽいのが得意な気もする。

 まあなんにせよめでたしめでたしだ。

 アレぐらい強力な魔物はもう出ないだろ。地下世界も近い感じだし、順調と言ってもいい。


「それよりメシにしようぜ」

 "ああ、そうだな"

「はい!」


 返事をして、二人は慣れたようにクラフトで出した割烹着を身につけた。

 普段凛々しい感じなセンセイの雰囲気が柔らかくなりまあいつもの外装を脱いだ姿でも俺的に百点満点中九十五点ぐらいなんだが割烹着の魔力で満点に達してあれ?ここどこのお店だっけ?って気分になり疲れも花金的に忘れられそうだ。

 エリザちゃんは可愛らしいですね。今の俺ならそういう寛容な気分にもなれる。

 

「二人共……俺はお前らが大好きだぞ……」

「泣きながら!?」

 "素直に照れたらいけない感じの涙だな……" 


 そうして料理が並べられた。


 "疲れたアルトに配慮して、元気になるメニューを取り揃えた"

「おお、すげー豪華でうまそう……って腕ダルいな……エリザ、あの籠手取ってくれ。メシの間身体を電流で動かそう」

「駄目ですよそんな健康に悪そうな! 大丈夫です、ちゃんとアルトくんが食べやすいように作ってますから、あーんってしてください」

「かなり気が引けるんだが……」


 センセイがくすりと笑って、フォークとスプーンを俺に差し出す。


 "駄目だぞエリザ。アルトが自主的に食べないと、私達が強要してるみたいじゃないか"

「……そうですね!」

 "一口サイズには切ってあるものばかりだから安心してくれ──まずはドラゴンステーキ"


 かなりダルい手でも、ギリギリ動かせるようだ。それぐらい腹が減ってたし、ウマそうだった。

 分厚い、あの蛇の肉とは思えないいい焼き加減のステーキだった。食感は鳥のもも肉に似ているが、肉汁の味は牛みたいだ。キノコを細かく刻んだソースが掛かっていて、これも元気が出そうなキノコ味だった。


「擦った山芋のとろろご飯です! お肉に結構合うんですよね!」


 どろりとした温かなとろろは出汁でしっかり伸ばされていて、麦飯のぶぎぶぎした食感によく合う。確かに一部のとろろ飯で有名な地域は、牛タンなんかの焼肉系と一緒に出すところが多いな。なんでだ?


 "ガーリックサラダだ。ニンニクは疲労回復に効く"


 薄切りにされて玉ねぎと重ねあわせ盛りつけられているニンニクは油漬けにされていたようで、キツイ辛味は無く柔らかで食べやすい。アスパラガスなんかもあって青い感じの元気が沸いてくる。


「スープも美味しいですよ! すっぽんのスープです!」


 亀の仲間であるすっぽんの入ったスープは少し辛かった。唐辛子も入っているのかもしれない。生臭さはなく、すっぽんの薬膳めいた滋味が胃の腑に染み渡るようだった。溶いた鶏卵も入っていて優しい味だ。

 

 "酒もいいぞ。黒酢を使った特別なカクテルだ"


 甘くて酸っぱい、熟成された黒酢の味が溶け込んだ見事なカクテルは俺の体を天国気分にしてくれる。


 そんなこんなで元気の出る食材ばかりな夕食を俺はガツガツ食べたね。

 そりゃあもう食べたね。


 ……元気が出て問題になっているんだけど。


 まずい。

 精力増強ストレス電気刺激エレクトの影響か最強に俺のアレがストレス発散の必要性を訴えかけてエレクチオンしてきた。

 今の俺に必要なのはアイケアだ。

 違う。個室だ。俺だけのマイワールドだ。或いは今すぐ地上に戻してゾクフー的なお店が必要だ。

 あのメニューは罠じゃないのか。ストレスを持て余すぞ。

 現在の俺は動くことができないので、ソファーの上で体にタオルケットを被って状況を誤魔化している。

 もうトイレでもいいかなって気分だっつーのに、手足は言うことを聞いてくれない。

 おまけに体が熱くなってきて、汗まで浮かんできた。なんだそのテーブルに置かれた加湿器は。蒸すのか。


 エリザとセンセイはテーブルで談笑しながら、時折こっちに視線を向けてくるのだが。

 魔女が生け贄をどう処理しようか相談している、みたいな雰囲気を感じるのは俺の妄想でしょうか。

 なんで俺はドラゴンを倒してるのにこんなところでピンチになってるんだ!

 いや、そもそもピンチなのか? ストレスのあまり頭がパーになって、つい善意の塊であり頼れる仲間のセンセイとエリザを厭らしい目で俺が見ているだけじゃないのか?

 そうだとしたらむしろ失礼なのは俺だ。いや、俺の精神を操る機密箇所メルヘンボックスが悪いのだ。

 

「え、エリザー……ちゃん?」

「はい?」

「ちょーっと俺、寝たいんだけど君達はまだ夜通しガールズトークってていいから、簡単な個室を作ってくれないかな。その中で寝とくから」

「ああ、もうお休みになるんですか」

 "それなら──"


 なんで。

 こっちに歩み寄ってくる二人に俺は恐怖してるんだろうな。

 逃げたい。凄く逃げたい。心がアラームを鳴らしているのに、足は筋肉痛で一歩も動けそうになかった。元気になるはずの料理はすぐに効力を発揮してくれない。一部以外には。なんでったってこんちくしょう。

 

「あの……お二人さん?」

 "寝る前に──ご褒美でも貰おうかと思ってな……♥"

「うふふ♥ アルトくん、あたし頑張りましたよ♥」

「やっちゃてええんよー♪」


 二人が俺の左右に座った。知らなかったか? アルトリウスは逃げられない。

 だが俺は起死回生を諦めない。ちっぽけな奇跡の可能性を切り捨てない。

 戦場では当たり前のように奇跡も運命も関係なく人は死んでいく。それと同時に、当たり前に人は奇跡や運命で死を免れることもある。

 奇跡が訪れるのは凄まじく低い可能性だが、無駄だ無理だと嘆いて死を選ぶ者は愚かでしかない。奇跡が低い可能性ならば、起こるまで待ち続ければいいだけの話だ。俺はそうして死なずに生きてきた。

 左右から抱きつかれつつある俺は白目を剥かずに、周囲の状況を探って──それを発見した。

 当然のように俺に迫る声が多かったのに、違和感すら感じさせず混ざっていたもう一人。

 テーブルの上に、サキュバスが胡座を掻いて俺らを観察していた。


「そこぉ! サキュバスいるから二人いいいい!!」

 "──!"

「ええ!?」


 またサキュバスのエロ雰囲気攻撃だ! いつから混じってやがった!?


「もー……うちのことは気にせんと、やっちゃえばええのん」


 眼鏡を掛けたサキュバスは流し目で魅了の魔法をかけようとしたが、センセイが無言でサイコブラスターをバババと射撃。

 全身穴だらけになりぶっ倒れたサキュバスをザクザクとエリザが素材に変えた。

 相変わらず容赦の無い処理だ。

 俺はごくりと唾を飲み込みながら、ひとまずの危機は去った安堵に胸を撫で下ろす。

 そうだ。やはりあの淫魔のせいで、純心な二人がヤケに精がつく料理を作ったり迫ってきたりしていたんだ。そうでなけりゃあ、良識ある人間として動けない男を逆レ的行為を、こんなカワイコチャン達がするはずないじゃないか。

 それにしても本気で怖ろしいぜ……サキュバス。あのまま何か間違いが起きてたら、間接ライフドレインで体力を根こそぎ奪われていたかもしれねえ。

 

「ふう……危ないところだったな。妙な雰囲気になったらあいつを疑わないと。そういえば眼鏡掛けてたし変な言葉の訛りからして、前の奴と同じか? どうでもいいな。うん」


 そう話を纏めようとしたのだが──。

 センセイとエリザがなにやら目配せをし合って、苦しみだした。


 "くっ……サキュバスの毒がまだ体に回っていて……♥"

「くらくらします……アルトくんこれは毒のせいですから仕方ないんです……♥」

「ええええー!?」


 危機再び。なんてこった。死してなお毒を残すとは。往生際のクソ悪いアマだ! 

 酔ったように顔を赤くして、俺の体に抱きつてくる二人。大変です限界です。いいやまだだ。まだ終わっていない。

 俺はもぞもぞとどうにか手を動かして、ステテコの中に突っ込んだ。

 二人がなにやら見ているが、気にせずのその中にある硬いブツを取り出す。

 そう──ステテコの中に隠していたポケットモンスター。

 ウォッカのボトル、ゲットだぜ!


 やれやれ。ぼくはウォッカを呑ませた。

 

 よし。二人共酔い潰して寝かせた。ウォッカ最強伝説。



 そんなこんなで俺たちのギリギリな日々はこれからも続いていく。


 色んな危機や、困難が訪れるだろうが自分の力と仲間の絆、あとウォッカさえあれば乗り越えられない試練なんてそう無いものだ。


 おっいい感じにシメた。寝る。






 *******





 ずっと真っ暗では身体のリズムがおかしくなるので、洞窟の中では睡眠時も薄明かりを小屋に灯している。

 私は身を起こし、口に残るイガイガとしたアルコールが粘膜を焼いた感覚に辛い思いをしながら周囲を見回した。酒は、探検技工外装を付けているときならば飲んでも殆ど酔っ払わないのだけれど──この二人と居るときだけ、脱いで呑むからこうなる。

 時計の針は六時前を指し示していた。もうじき朝だが、同じソファーで寝ていた二人は起きる気配が無い。

 半裸なアルトは酷使された体を投げ出すようにしてぐったりしているし、昨日走り回って頑張っていたエリザも寝ているアルトの片腕を抱いたままぐっすりだ。

 まあかく言うアルトを挟んでエリザの反対側に寝ていた私の方では、アルトの首筋あたりにやたら何かこう、吸い付いたような痕が残っているがそもそも酒を呑ませたのはアルトなわけで記憶も朧げだから仕方のないことではあるのだが。

 一番私の疲労が軽いのも──と、ソファーから降りて探検技工外装へと向かった。竜のブレスを食らっても平気な特殊装備。中は狭く、息苦しくないのかとアルトに聞かれたこともあるが快適で歩行などもほぼ疲れない。

 ただ昨日は高速モードを使ったので、エネルギー切れを起こして避けきれない事態になったのだが。これは使用時間の配分を間違えた自分のミスだ。 

 

 先生が残した外装か、先生を模した外装か。

 とにかく、気をつけてさえ居れば非常に便利な装備だが重大な欠点は、勿論ある。

 外装の中に入りメインモニターのパワーを入れる。

 個人認証を行っていない画面の上部に表示があった。

 書かれている数字はザンキを現す。

 その部分をフリックするとヘルプの解説のように文字が画面に表示される。意味はこうだ。


[ザンキ数が無くなったとき搭乗者は死亡する]


 ザンキ。

 それは探検技工外装に仕込まれた命の数。

 あまりにも容易く消耗していく──搭乗者の寿命だ。

 迂闊に穴に落ちたり、コウモリの糞が直撃したり、蛇に噛まれたり、水中に一定時間潜っていたり、ドラゴンのブレスが直撃したり。

 種類は様々だが、嫌になるぐらい簡単なことでもザンキは減る。逆に、強力な一撃を食らってもザンキは一つしか減らない。

 どんな減り方をしても、きっと無くなれば私は死ぬ。

 まだ死んだことはないので、どういう死に方をするかわからないが、そのときが来たらそれは確実だと奇妙な納得感があった。


 危険なシステムであると同時に、昨日のように仲間からドラゴンブレスの直撃を防いでもザンキと引き換えに生き延びれるというのは利点でもあった。穴に飛び降りないように、敵に触れないように、慎重に行動することを心がければ仲間を助けることもできる。

 それにパワーアシスト、マッピング、クラフトワーク補助、体調管理、対核・生物・化学兵器など非常に魅力的な恩恵もある。

 ザンキを増やすには──ダンジョンや洞窟から外に出て、その中で手に入れて出る時まで私が持っていた道具やマテリアルを全て外装のダストボックスに入れてしまえば一定量まで回復する。

 そうしてこれまで探検を続けてきた。

 そしてこれからも。


 私はまだこの外装を手に入れた意味を見つけていない。

 それを知るまで──たとえ危険でも、残りザンキがたったひとつになろうとも乗り続けるだろう。

 未知を知ることこそが、私の目標だからだ。

 だからこそ、不意の事故で死ぬのではないかと不安になるし──その後をアルトに託したくなった。


 "私はスペランクラフターとして生きていく"

 

 声に反応して、メインモニターが起動画面に入る。パスワードの再度入力を要求される。

 この呪いのような、覚悟の言葉が外装の起動キーだ。

 そう言葉にする度に、先生に近づくと信じて。


 "──私はスペランクラフターとして、生きていく"

 

 再び告げると、外装は本格的にシステムを立ち上げた。

 今日も冒険が始まる。明日も。いつまで一緒にいられるのだろうか。

 願わくば、いつまでもと祈らずにはいられなかった。エリザと、彼と一緒に。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ