第17話『ボス戦(前編)』
※視点が途中でセンセイやエリザに入れ替わります
爆砕した音が洞窟に響く。
スペランホバークラフト号死す。
まあ一言でいえばそんな事態が唐突に発生した。
その瞬間俺は両手に二人を抱えて飛び降りた。急な動きだったので着地が不安だったが、地面寸前で二段ジャンプを入れることで制動がかかり柔らかに降り立って、そのままダッシュで近くの岩陰へ向かった。
砂船を粉砕したのは前から突撃してきた巨大生物。そいつは船をパーツと残骸に変化させてその熱いスチーム動力を噛み砕くと、洞窟全体が震えるような雄叫びを上げた。
咄嗟にエリザの耳を塞いでやる。しまったな、グッバイ俺の鼓膜と思ったらセンセイが瞬時に防音のイヤーバンドをクラフトして俺の頭に付けてくれた。セーフだ。鼓膜と同時に、精神抵抗力が低いと恐慌しちまうボイスを直に聞かないで済んだ。
その雄叫びに呼応したように、そこら中にあるホシアマナの花が、洞窟を鮮明に照らす強い光を放ち巨大な魔物の影を浮かべさせた。
「どっ……ドラゴンですよ!?」
"私のホバークラフトがぁ……"
「泣き言は今夜ベッドで聞いてやる。それよりどうにかするぞ!」
ドラゴン。説明するのもバカバカしいぐらい有名なアレだ。ちっとは種類が分かれている中で、洞窟の前方を無視してすれ違えない程度に塞いでいるのは、蛇竜という種類だったか。
名前の通り、蛇のように長い体をしていて手足は小さい。頭は鰐に似ていて口からは炎のブレスを吐く。鱗や皮膚の強度は並の剣槍じゃ突き通らねえ。俺も試したことはないが、投擲しても貫けるかどうか。
大きさはぱっと見て全身20メートル以内(曲がりくねっているから正確じゃないが、18メートルぐらいで身体の太さは樹齢千年の大木ぐらいある)の中竜サイズだ。
竜は大きさで大中小に分類されるが、ある程度の巨体と機敏な運動性を兼ね備えた中サイズが一番危険だと言われている。大竜になると死角が増えてそこを大勢で狙えるからだ。
まあ少なくとも、中サイズでも二、三十人で戦うのが普通なんだけどな!
「あ、やべ」
雄叫びを終えた竜がこっちを向いた。
口元には煙が僅かに見える。炎の吐息だ。
"捕まれ!"
センセイの体に俺とエリザはしがみつき、ワイヤーフックが天井に発射されて急速に巻き上げられ、地面から離れた。
それの一瞬後で、俺たちの居たところが火炎放射で包まれて隠れていた岩ごと舐め溶かされたように液化した。人間が当たればひとたまりも無いだろう。
天井へ逃げた俺たちへ、竜が炎を吐き散らかしながら顔を向ける。直線上に広がる炎の剣が振り上げられるかの如く迫る。
"くっ……!"
センセイは二本目のワイヤーフックを伸ばして竜の後方にある天井近くの壁へと付けた。急な上昇、前方への加速にエリザが目を回さないか心配になるが、俺だって余裕は無い。片手でエリザの体を押さえてやるぐらいしか。
壁に叩きつけられるのと変わらない速度で到達し、センセイは間髪入れずに壁を掘って穴を開ける。
急いで俺達もセンセイに続き避難する。
「エリザ! 入り口に蓋!」
「はい!」
言われて彼女は鉄の扉をクラフト。塞いで離れると、すぐにその鉄扉が赤熱化して灼けた。炎のブレスを浴びたのだろう。汗がぶわりと浮き出る。
「二重三重に作れ!」
「は、はいぃ!」
センセイの作った穴に後退しながら鉄扉を次々に設置していく。
"二人共! 急げ!"
短い言葉に俺はエリザを引っ張って、センセイの掘る穴へと向かう。
穴はそのままどこか竜の居ない遠くに続いているのではなく、一旦壁方向に入ってコの字を描き元の道の床近くへと出るものだった。
理由はすぐにわかった。
鉄の扉をぶっ壊すように竜が穴に体を無理やり突っ込んで潜ってきやがったからだ。
「きゃああああ!?」
「悲鳴を出してもいいけど足を止めんな!」
無理やり穴を広げて、鱗を逆立てて削岩機のように回転し、壁を突き進む。そういう用途で進化した頭部の形はできている。
この蛇竜は土の中を移動できるタイプのドラゴンだ。つまり、壁を掘って逃げるのはマジで更に狭い穴でどこから襲われるかわからんつーわけだ。
つまり、逃げられない。
穴が崩落しそうな衝撃。幸い、竜も掘り進んでいる間は急な方向転換は出来ないのか器用にぐねっと曲がって来ることは無さそうだった。その間に、俺らは元の道へと出る。
ごぞりごぞりと、竜の下半分がさっきまで俺らの入っていた穴に潜っていくのが見えてぞっとした。逃げ場の無い場所へと逃げるのは止めたほうがいい。
さっきまで気をつけていた潜飛蛇の危険性を百倍ぐらい増したのが、この蛇竜だ。
こういうときに頼りになるセンセイが指示を飛ばす。
"私は周辺の壁を広げて戦いやすい空間を作る。アルトは竜の気を引いていてくれ"
「センセイ! あたしは!?」
"エリザはこれだ"
センセイはクラフトしたポーションを飲ませると、エリザの体が僅かに陽炎に包まれたようになった。
そして更に彼女の体にスプレーを振りかける。
"ゴーストの素材から作った、気配の薄くなる薬だ。それに消臭剤で臭いも消した。これで竜からはあまり狙われないはずだから、隠れながらアルトの武器を作ってそこら中に撒いておくように"
「わかりました!」
ちなみにその薬は、あくまで相対的に気配が薄くなるので三人全員が飲んだら結局見つかるという代物だそうだ。
"かなり強力な魔物だ。私も牽制は手伝うが、ひとまず周囲の広さを確保しなければ不意打ちの危険が高い。準備はいいか?"
見て対処できる空間内戦闘より、地中からの奇襲のほうが危険なのは明白である。
センセイの言葉に、俺は胸にかかったネックレスを手で掴んで引きつった笑い顔で言う。
「ああ……こいつは故郷に残してきた娘からのプレゼントでな。次の誕生日までに帰ってやらにゃならんから、死ぬわけにはいかねえ……!」
「それ! あたしがプレゼントしたやつじゃないですか! しかも言ったら死ぬ系の台詞ですよ!」
冗談かましてたら、地響きが近くなった。潜っていた竜がこっちに戻ってくるようだ。
センセイは反対側の壁を早くも崩し始めだした。いつもの倍速以上の速度で、倍以上の範囲をえぐりとる。何かパワーアップ的な道具を使ったのかもしれない。
俺とエリザもそれぞれ離れていく。
「アルトくんこれもこれも! 気をつけてくださいね!!」
「おう。サンキュ」
エリザは武器屋の荷馬車が積み荷を撒き散らしたように、ぼろぼろとそこら中に鉄製の武器を投げ落としていく。
俺は槍を二本、斧を一本、短剣を二本、長剣を一本拾っていつも着ている服のホールドポイントに装備した。更に便利そうだと作って貰った射出式フックロープに、爆弾も数発。身につけた道具の重さが頼りになる。戦場でいつだって頼みの綱は重さだ。軽くなった兵士から死んでいく。
やがて再び壁に大穴が空いて、そこから竜の頭が出てきてうんざりするぐらい偉そうな顔で獲物を見回した。
即座に俺は投擲機を振るって、爆弾付き槍を蛇竜の目ん玉に打ち放った。
鉄の重さと速度と鋭角で威力を生む槍は──竜の目を守る瞬膜によってあっさり突き刺さりもせずに弾かれる。だが、即座に爆発。埃が目に入ったぐらいの効果はあるだろ。
痛痒ではなく、苛立ちのような唸り声を上げて鎌首をもたげ、俺の方を向いた。
「[ドラゴンスレイヤー]のアルトリウス……魅力的じゃねえか。こっち来やがれ青大将!」
……まあ、今のが効いていない時点で俺には有効打が一切無いんだけどな。
とにかく、センセイの洞窟拡張作業待ちだ。安全圏を広げるのはマジで大事だと思う。俺は左右に逃げれないのに突撃してくる蛇竜を見ながらそう思った。ワイヤーフックと二段ジャンプを有効に使わねえとな。
「女の前なんだからよぉ、笑いながらヨユーで相手してやんぜ!」
冷や汗や動悸などは抑えこんで、相手を挑発してやった。
*******
──私は先生として、エリザを死なせない。
──私は私として、アルトを死なせたくない。
背後の風景をサブモニターで表示しながら私は洞窟を広げていく。あちこちに物陰となる柱を残しつつ、開けたドーム状にするのが目的だ。
掘って掘って掘って掘って、数秒で家一軒分ぐらいの空間を空けていった。
後ろでは蛇竜の突撃をアルトが二段ジャンプで回避し、尻尾の追撃をワイヤーフックで壁に飛びついて避けていた。すぐさま飛び降りて地表近くで二段ジャンプを噛ませて安全に着地し、竜の顔を向けて武器の投擲をした。
いざとなればこっちが気を引いてアルトを助けるつもりなので常に、探検技工外装の内部に投影された周囲のカメラには注意を払っている。
洞窟の戦いで何より大事なことは、安全に戦うことだ。
怪我をしながら、削り合いながら、苦闘の果てに。
そのような戦いをしてはいけない。
怪我の一つもせず、作業のように敵を処理しなければならない。探検家にとって大事なのは魔物を倒すことではなく、探検することだからだ。
臆病なぐらいだと人に言われることもあったが、仕方ない。
私は念入りに準備をしてなお不安なぐらい、脆いのだから。
数多く居る魔物の中で、一番強いわけではないが厄介さでは上位に入るのがこの蛇竜だ。
生命力が高く、身体が頑丈。そして何より地面を潜るのが最悪な性質だ。
普通のドラゴンならば落とし穴に埋めてやれば処理できるのだが、この蛇竜は潜って脱出してしまう。
障害物や壁などを物ともしないから、ここで逃げてもどこかで追いかけてきて奇襲をしてくる可能性も低くはないし、家なども一瞬で破壊してしまう。
故にここで倒さなくてはならない。
そして、戦うならばなるべく壁に潜られないほうがいい。故に空間を作っている。
外装の機能──大体日に一度使えるようになる高速活動モードを使用。一時的に掘削速度が早くなり、多少落差にも頑丈になる。
ただメインモニターの右端に映る徐々に減っていくゲージ以内に中止をしなければならない。サイコブラスターを打っても減るこのゲージは無くなるとザンキが減る。
ツルハシを改造して巨大なツルハシに変更。普段使いには大きすぎて不便だが、広範囲を削るには有効だ。
掘りながら爆弾をそこらの壁に投げつけて同時に多数の場所を削っていく。周辺の物体を爆発で破壊してマテリアル化するクラフトボムだ。銃技工士がよく使っている。
ついでに移動しながらあちこちにバリスタや火薬式大砲をクラフト、設置していく。
アルトが隙を見つけて使うかもしれないし、竜の気を引くのにこっちが使うこともできる。それに、完成品を見せておけばエリザも複製できる。
手持ちの武器で竜にダメージを与えるのは難しい。高品質な武器をクラフトして、アルトの投擲技術を活かせば傷は与えられるかもしれないが──竜で驚異的なのはその生命力だ。槍を百本刺そうが闘志は萎えないだろう。
殺すには竜の身体の中でも一番堅い逆鱗に守られた心臓を破壊するか、二番目に堅い頭蓋骨の中の脳を破壊するか。
攻撃手段を考えつつ拡張していく。
どちらにせよそれらを一撃で破壊する威力の武器は、閉所で使っていいものではない。
エリザはセンサーで捉える限り、竜の正面や尻尾の方に立たないように動きまわり、槍が三十に分裂する[鉄のガイボルガ]や二つに分裂する戦斧[ダブルトマホークブーメラン]、五連装グレネード投擲機[ブリューナク]など、徐々に強力な武器を見出してばら撒いていっている。
アルトがそれを拾い、牽制として竜に何度も投げつける。傷はつかずとも顔付近に物が飛んできたり、爆発したりするのは怯むようで助けになっていた。
臆病なぐらいの立ち回りは褒めてやりたい。
あの子は決して強くない、まだ子供だ。年齢こそ私やアルトより上なのだろうが、精神的に未熟で少女のままだ。
だが怯えて立ち止まらずに、走り回ってアルトのために武器を作り出しているのだから頑張っている。
皆が皆できることをやらなくては、たった三人で竜は倒せない。私一人だったら、襲われて死ぬ可能性を抱えながら地の果てまで逃げるしか勝ち目が無いだろう。私の師匠である先生なら別なのだろうが。
それにしても、アルトは凄いな……。
さっきからずっと竜の攻撃を避けまくり、翻弄している。その表情には獰猛な笑みすら見えた。
天井まで飛びついたり地面に落ちたかと思ったら二段ジャンプをしたり、その最中で別の壁にワイヤーで移動し、壁走りで竜の脇をすり抜ける。
振り回された尻尾の下をくぐって避けて、ブレスの兆候を見た途端に口元に爆弾を投げつけてそれを妨害する。
特に三次元で立体的に機動して逃げ回っている動きはまるでサーカスだ。私が同じことをやろうとしたら多分死ぬ。いや、絶対死ぬ。
投擲兵というものは、目がいいらしい。
遠くを狙撃するにも、逆に飛んできた矢弾を避けるにも、迫ってきた騎兵を倒すにもとにかく目で見て、怯えず慌てず正確な動きをすることが大事なのだと、彼から聞いた。
だからと言ってそれを完全に行える者などどれだけ居るだろうか。
ましてや、暴れる竜の牙や尻尾、炎を見切って避け続けることなど並大抵ではない。
普通竜の気を引くなど単独では難しいので、私も掘りながら援護をしようと思っていたのだがアルトの独壇場だ。
勿論、竜に傷を与えられているわけではないのだが囮の役目は充分だ。
五分粘ってくれればなんとか周辺の拡張を完了させられる。アルトの体力が持つか、だな。凄まじい運動量の筈だ。生きるか死ぬかの狭間で攻撃を避け続けるのは。
彼は目がいい。
視力も高いし暗闇でもよく見える。そしてこうして、凄まじい速度で襲い来る脅威を視認して反応できる。
この探検技工外装も、暗視装置が付いている上、迫り来る脅威に対しては自動でロックオンしてくれるのだが、その反応はカメラで認識、内部で処理、モニターに投影という段階を踏むので少しだけ遅れる。
アルトは戦場で一角の戦士として名を上げているらしいが。
私が見るに、彼は探検家としても一流になれる素養があると思う。索敵や戦いに優れ、知識も深く、身軽で、協調性があって──。
いや、単にきっと。
私がアルトと探検を続けたいな、と思っているのだろう。きっとそれは、エリザも同じはずだ。
彼は人を安心させる目をしている。
一番近くで、自分だけが彼の目に写っている状況などは恥ずかしながら、気持ちが良かった。
彼と口付けをしている際にこっそり薄目で見ていたときの話だが。
この戦いが終わったら──また報酬を貰おう。あれ? 報酬にあげるんだったか? どっちが得をする話だっただろうか。
まあ、いいか。
サキュバスの毒にやられたのか、やられていなかったのかはまったく区別が付かないから、困ったものだ。
*******
──昔からあたしは本当に失敗ばかりで。
──人に馬鹿にされて、自信なんて無くて。
「ハッハー!」
手を叩きながらアルトくんが挑発に叫ぶ声が聞こえます。
当たればきっと死んじゃいそうな、竜の尻尾で薙ぎ払う攻撃を避けてはそうやって怖ろしい相手を小馬鹿にしたように笑うのです。
二段ジャンプ。ワイヤーフック。スウェー。ダッキング。パリング。ステップ。いろんな方法でアルトくんは相手を翻弄して、竜の周りを駆けています。
竜が長い体を絡ませて締め付けようとすれば上に逃げて、噛み付こうと迫ればガイボルガを口に放り込んで増殖させてそれを防ぎます。
まるで竜殺しの英雄みたいに飛び回って攻撃をしているのです!
普通の人はあんなに避けられないし、怖くなってやられちゃいます。でも、アルトくんは戦っています。
あたしにできることは、竜に見つからないように、間違っても巻き込まれないようにビクビクしながらアルトくん用の武器を作ったり、スポーツドリンクをそこら辺に置いたりするぐらいです。
最初は、アルトくんは凄い人なんだなって思いました。
身一つで傭兵とかをやって、腕利きで有名らしいんです。それに物知りだし、いつも助けて貰ってばかりで。
でも違うんです。
アルトくんは、自分の貶められたあだ名を晴らす為に頑張ってるんです。努力して、踏ん張って、凄い人になろうとしているんです。
だから、あたしの憧れです。
「給水タァァァイム!」
叫びながら落ちていた薄い陶器製のジョッキに入ったスポーツドリンクをアルトくんは一瞬で飲み干して、竜に空の器を投げつけました。
置いてある飲み物は踏んでも邪魔にならず、踏み潰せて壊せる程度の脆いコップに入れて配置しています。水筒に入れたら開けるのが大変なので。
投げつけた器が牙を鳴らす予備動作から始まる竜の炎に飲み込まれました。
アルトくんはワイヤーフックを発射して一気にその場を離れます。上手いこと、センセイの作った太い柱の影に隠れ込みやり過ごしました。
変わらずセンセイは凄い速度であちこちの壁を広げて、アルトくんが戦いやすいように場所を作っています。
アルトくんは竜と対峙して傷一つ負っていないのに、竜を退治できないのは。
それはあたしの作った武器のせいでした。
あたしの作った武器は何度も竜の体に弾かれて、火花を散らして、砕かれて、でもまだ竜は一滴も血を流していません。
もしあたしの武器が全て有効ならば……。
でも分からないんです。
鉄の武器より強い武器ってなんでしょうか。金銀は鉄より固くないですし、アメジストなんかの宝石で槍を作っても意味がありませんでした。
分裂するガイボルガやダブルトマホークブーメラン。特殊な軌道で竜の延髄を狙う冥式大鎌。爆弾付きの粘着ダガーナイフ。棘付鉄球。
色々作ってみたのに、全然効いていないんです! どうしましょう!
幾らアルトくんがあれだけ動き回れるからと言って、いつまでも続けられるわけはありません。
どうにかしないと……と、思っていると、センセイがあちこちに大きな設置式の弩砲を作っていることに気付きました。
これなら竜の鱗も貫けるかもしれません……。
弩砲に仕掛けられている大きい矢。ガイボルガに変えようかと思いましたが、ランダムで散弾になるあの槍を飛ばしたらアルトくんに当たりかねません。鉄製に変えるだけにしておきました。
でも……。
こんなこと考えたら、だめだめの役立たずなんですけど……怖いです!
あ、あたしがこのバリスタで攻撃したら竜はこっちを向くかもしれません。それで、炎を吐かれたり突進されたらとても避けられずに死んでしまいます!
避け続けているアルトくんからすれば小さなリスクに思われるかもしれないのですが、人は普通火炎放射や二十メートル近い巨大な塊の突進を避けられません。
どうすれば……と、あたしは以前に作ったピアノによって起動する装置を思い出しました。
あの装置に関しては思いつきで作ったもので、センセイからも構造自体は褒められたものです。
センセイから褒められた……それだけで、頼るには充分に思えました。
仕掛けたバリスタにワイヤーを設置して時限装置を仕掛けます。
時限装置、なんて大層な言い方ですけど、傾けた水差しの水が時間経過で一定量減ったら勝手にスイッチが入る簡単な仕組みです。
バリスタの向きをセット。微調整は離れてから出来ませんから、当たるのを祈るしかありません。
すぐさま離れて安全な物陰から仕掛けを見守ります。
3,2,1──問題なく発射。
どひゅ、と風を突き破る音を出して発射された大矢はまっすぐに竜の体へ向かいました。
ばご、と大矢が粉々に砕け散り──竜も衝撃で動きを少しだけ止めて、アルトくんはその間に離れてタバコを取り出して火を付けました。クールです! 余裕です!
しかし残念ながら竜の横っ腹に突き刺さるはずだった大矢は圧し曲がって弾かれて、相手の体に傷はついていなかったのです。
威力と大矢の強度が足りませんでした。
くあ、と口を開けてバリスタのほうを向いた竜がブレスを吐き出し、かなり離れていたというのに消し炭にされました。怖いです!
ぎょっとアルトくんがこっちを見ましたが、控えめに竜から見えないように手を振って安否を伝えます。
アルトくんが再びヘイトを稼いでいるうちに別の準備をします。
バリスタ単体ですら有効打にはなりません。続けて周りにある大砲にも同じように仕掛けて打ちかけましたが、こっちは弾道が特殊で素人のあたしが、しかも時限装置で打ち出してもよく当たらない上にやはり大したダメージにはならないようでした。
どうやって世間のドラゴンスレイヤーは竜を倒してるんですか!? 頑丈にも程がありますよ!
アルトくんが、攻城兵器があたってもさっぱり効いていない竜に対して露骨に攻撃のテンションが下がっています。ワイヤーロープや、粘着ペンキ玉などの動きを阻害させる道具をメインにばら撒くことにあたしも変更。
どうすればいいんでしょうか。
やはりバリスタさえ効かないとなると、あたしが出せる道具では何が有効なのかわかりません。
未知の領域です。
知らないことだから……考えないといけません。想像して、創造しなければお先は真っ暗なのです。
考えて考えて考えて。
それで思いつきました。バリスタと大砲を組み合わせてみようと。
強い+強い=とても強いの法則です!
簡単なイメージでいうと、バリスタで大砲を発射して、空をびゅーって飛んでるときに大砲を発射。
すると、最終的な砲弾の速度はバリスタ+大砲になるんじゃないでしょうか。
よし! 想像できました!
大きなバリスタを作って、強力な弦を張ります。更にバネも付けて威力をアップ。強度はある程度度外視! 一回発射して壊れるぐらいでも構いません。どうせ、竜に見つかれば壊されます。
それに載せる大砲はそのままの形じゃ飛びにくいので、流線型の筒型で先端部分が発射されるように、内部に火薬を仕込めばいい。
作ります! バリスタ+大砲+バネをそれぞれ素材とみなして───積する!
「できた! 名づけて[対竜投擲砲]です!」
竜を相手にするのはとても怖いです。
自信なんてまだ無いし、泣きそうで心臓もどきどきしています。
だけど役に立ちたいと思いました。
ちゃんと頑張れたら……アルトくんとセンセイに褒めて貰いたいです!
*******
超ダルいわ。
ごめん竜ナメてた。マジこいつ攻撃効かねえ。しかも疲れねえ。普通、巨体の生き物って大暴れしたらすぐにへばるものじゃなかったか?
尻尾が叩きつけられてきたので俺は転げるように跳んですぐに起き上がり、地面を薙ぎ払う動きを二段ジャンプで飛び越えた。
空中に飛んでいる俺をじっと蛇野郎が見て口を開けたから地面にワイヤーフックを打ち込んで巻き上げ即座に着地。膝と腰の骨髄まで響く衝撃をギリで和らげる。頭上を通り過ぎた頭突きだか噛みつきだかに当たるよりはマシだ。
回りこむ方向に走って逃げつつ、エリザの撒き散らしたトラップを回収する。
「ふへへ」
笑いが漏れるぐらいしんどいです。
当たれば死ぬ状況で避けまくり逃げまくりしてりゃあこっちの体力が保たないのは当たり前の話で。
無酸素運動でエクササイズとショートダッシュを連発しているようなものだ。軽くなった兵士から死ぬ?とかドヤ名言ほざいてたさっきまでの自分を殴りたくなる。重装備でこんなに動けるか。
太腿からふくらはぎはパンパンになっているし、内臓が収縮したように悲鳴を訴えている。関節という関節はガタが来て激痛が走り、肺は容量オーバーを訴えて喘鳴が喉から漏れていた。酔っ払ったときと同じく体をまっすぐに出来ずふらつくので、タバコを取り出して大きく吸い呼吸を整える。
このタバコはセンセイの作った空気タバコで、酸素濃度が高くて全身の血流が酸欠気味な今の俺にとってはキメキメになる。意識がシャッキリとして、絶望的な状況も再認識できた。クソッタレ。
ドラゴンスレイヤーって称号がある。これはドラゴンを一人で倒したドすげー奴に送られる称号だ。
竜なんて偉ぶった名前をしていても、要は糞強い野生動物という扱いが殆どだからドラゴンを討伐するという仕事自体は年に数回ベテラン募集限定で見かけるレベル。大勢だったら波状攻撃でなんとかなる。大人数だとドラゴンスレイヤーとは言われないのは、格闘家が熊を殺したら熊殺しだけど猟友会が熊を殺してもそう呼ばれないみたいなもんだ。
で、世界の著名な竜殺しみたいな本を読んだことがある。それには十代から二十代前半ぐらいの若者が居たりして、ラノベかよと心の奥底で嗤っていたが、その若い奴が竜殺しなんて成功してた理由がわかった。
おじさんじゃ体力が保たないからだ。
そりゃあ俺のような、28歳をまだ若いっていう更に年上のおっさんは居るだろうが普通二十半ばから体力は落ち込む。全力疾走して爽やかな笑顔が出せるのは十代までだ。年を食うと伸びるのは、耐えて我慢する力だけだ。
俺がギリ持ちこたえているのはここ数日の適度な運動と美味いメシのおかげだろう。不健康な生活してたらとっくの昔にお陀仏してる。
とにかく今は耐えに耐えて、奇跡っつーかセンセイが有効打をケツに突っ込んでくれるのを待たないといけない。
戦ってわかったが普通の兵士が使うような武器じゃあ全然効かねえ。ドラゴンスレイヤー達も、魔法使いか魔法剣士ばっかりだった。
近くの柱に結びつけたワイヤーの先端をぶん投げて竜の体に引っ掛けた。僅かに動きが止まる。
そして柱が露骨に軋んで罅が入った。持って数秒。俺はタバコを深く吸い込んだ。体中疲労で今すぐ倒れて寝ろって要求しているのに、血中に酸素を送って無理やり働くことを強要している。寝たら死ぬっつーの。
あーくそ寝たい!
この仕事終わったら寝る! ゾクフーに行って綺麗なチャンネーを買って寝る!
今後もセンセイやエリザの護衛頼まれてるけど一週間ぐらい休暇とってもいいだろ! その間にバニシュドの街でゾクフー巡りだ!
金ならたんまりと報酬で貰えるんだ! 高級な嬢も買えるぞ! 潮吹き女王ナスターシャやチン負けレズのレミア、屈服女騎士ミーシャに双子催眠プレイのクラリス姉妹!
俺の未来の為にもこんなクソドラゴンに殺されてたまるか!
センセイ早く倒してくださいお願いします!
そう俺が祈っていると、ドンと空気を叩く大きな音がした。
またエリザの下手な大砲(狙いがクソで危ない)かと思って身を強張らせる。勿論、見てもいない方向から発射された大砲を避けるなんて器用な真似は出来ないが。
だが一瞬視界の端にとらえた黒い飛翔体は、竜の体に突き刺さったかと思うと爆発してごっそりと肉や鱗皮を吹き飛ばしやがった!
ご、とかいう音で天井を仰ぎ見て竜が吠える。口からは苦痛の涎が撒き散らされ、高熱の油のように炎上した。そしてその火を消すように、竜の傷口から血が吹き出して血肉の焼ける臭いが広がる。
竜からしてみればハエを叩き落とそうとしていたのに、いつの間にか脇腹を抉られていたのだから異様な驚きだろう。
ざまァー!
とりあえず釣り上げたウナギのようにのたうち回って暴れているので巻き込まれないように下がる。ヤバイ。足がしんどい。
そうしながら発射地点を見ると、意外なことにそれをブチかましたのはセンセイではなくエリザの方だった。
「よくやったエリザ! センセイは──」
周囲は見回すとかなりの広さになっていて。
飯屋のテーブルぐらいの大きさをしたエリザの発射台のずっと後ろに。
もっと凶悪な代物が完成していることに気づいた。
巨大な柱が横たわってるのかと思ったんだが、その黒光りする筒の後ろで、ずんぐりとしたセンセイのシルエットが狙いを付けているのが見える。
拡声器を持ってセンセイは俺達に呼びかけてきた。
"[多薬室砲]を発射するから二人共なるべく離れるように"
初日にゲットしたムカデの素材ってここで使うのかーと感心しながら、超急いで退避。
どんなものかは知らないが見ただけでヤバイ砲だってわかる。
"薬室を砲身の中に複数用意し、連続して燃焼させることで高い砲弾加速力を発揮。その初速は大口径だというのに秒速1500メートル以上になる。衝撃波に備えて身を隠せ。耳を塞いで口を半開きに!"
ありがとう! どれだけヤバイか教えてくれて!
俺は言われたとおり岩陰に隠れて、咆哮用に渡されていたイヤーバンドを付けて口を開いた。
"発射!"
そして、ハラワタがひっくり返るような、ぶん殴られたに等しく体を揺らす振動。
広げたはずの洞窟内で嵐が巻き起こったのかという風。
暴れていた蛇竜は──直撃は身を捩って免れたのだろうが、砲弾が近くを通過したというだけでもみくちゃに吹っ飛んで洞窟の上へ下へ叩きつけられ、鱗が剥げ飛び全身から血を吹き出した。爆発した空気が石礫や砂、竜の肉片などを周囲に撒き散らしている。
悲鳴の雄叫びがソニックブームと混じって聞こえた。
そして遥か後方で着弾した音が響いて、洞窟全体が揺れる。
"──っ外したか"
あんなもん食らえば、どこの国の城塞だって紙切れのようにちぎれ飛ぶんじゃねえの?
当たってねえのに余波だけで竜がゴミクズみたいになるって、それもう人間が持っていい火力じゃないと思うんだが……
エリザの打ったのはまだ高威力の魔法ならありえるかなーって強さだが、センセイのムカデ砲はクソヤバ過ぎる。全然射程に入っていない俺でも音の打撃で全身痛むレベルだ。
しかしながら超長大な砲身では、大まかな方向しか狙いは付けられず──そしてまだ、体力が馬鹿しぶてえことに定評のある竜は生きている。
ぎ、ご、などという大咆哮を再びして、あろうことか目についた俺に向かって竜は再び突進してきた!
避けねえとやべえ──あ。
とても悪いニュースが俺の体に発生した。足が碌に動かねえ。
イメージ的には百メートルダッシュを何本も全力で続けた後で座り込んじまった状態。緊張していた筋肉が一時的な休みに溺れて、動けという信号を受理しない。
「うおおお!?」
ワイヤーフックを発射して天井に登る。手の筋肉すらかなり震えて、握力もガタ落ちしていた。間一髪のところで、足元を巨大な蛇が通りすぎた。
人間てのは電気信号で体を動かしているとか、どっかで聞いた覚えがある。さながら動かしすぎて俺の手足は電気が通りにくくなっているのかもしれん。
いや、そんなことはどうでもいい。
足がタコになったみたいに力が入らねえ。
そして竜ちゃん、逃げた俺をまだ狙っている。尻尾が持ち上げられて、天井をぶっ叩こうと振り回された。
「死ぬ死ぬ死ぬ!!」
慌ててワイヤーフックを緩めてもう一本打ち出し空中ブランコのように天井を移動した。飛び降りても、着地する自信は一切なかった。
何より竜と俺の位置がちけえ。こんな状況で、エリザなりセンセイなりが爆発物を使ったら俺まで死ぬ!
頼むから二射目のムカデ砲は勘弁な! まだ続くのかよ!




