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投擲士と探検技工士は洞窟を潜る  作者: 左高例
第一章『始まりの冒険』
14/41

第14話『マジでヤバイですセンセイ』


 エリザがクラフトを成功させた翌朝。

 やはり昨晩、なにやら特殊なプレイが発生した空気は一掃されていて、いつも通りの明るいエリザに戻っていた。

 きっと昨晩のは割烹着姿のセンセイという俺の人生ランキング最上位な光景に脳をやられたので見た幻覚か何かだったのだろう。

 よかった! 何もかも嘘だったんだ! 世界はこんなにも美しいんや!

 

「夢オチサイコー」

 "……そうだな"


 センセイも肯定したので、間違いはない。

 朝飯はウォッカで荒れた胃に優しいスープたっぷりな雑炊だった。柔らかくなった米粒をスープごと飲み込んで、体が温まるのを感じる。

 

「はいアルトくん! あたしがクラフトした半熟煮玉子です!」

「おっ、サンキュー」


 小皿で渡された、白身に煮汁がいい感じに染みこんだ卵を雑炊に載せて、箸で半分にする。

 とろりとした琥珀みたいな黄身が雑炊の上に僅かに広がり、熱で固まる。そして食欲をそそる香りを湯気と共に出していた。


「なるほど、クラフトで作れば黄身の方にも別の味付けができるのか」

「えへへ、黄身には魚介出汁系の味を染み込ませてます。どうですか?」

「おう。うまいうまい。偉いぞエリザ褒めてつかわす」

「んふふー」

 "……"


 何故か今日の俺はエリザに優しくしようという感情がドバドバ湧き出るので、小動物のように褒められたくてうずうずしているエリザを撫で回してやる。

 センセイがやたら難しい顔をして首を振っていたが、まあそんな日もあるだろう。

 八時出発だからメシを食い終わっても暫く時間がある。

 エリザは新しい玩具を手にした子供のように。或いは銃の使い方を覚えて人類に反逆しだした猿のように、クラフトの手応えを確かめている。

 

「アルトくん! これあげます!」


 エリザがそう言って手渡してきたのは、小粒の紫水晶が付いているシルバーのネックレスだった。

 中々精緻な作りをしていて、宝石店に置いてある奴のようである。いやまあ、宝石店とか入ったこと無いんだが。敷居高くねえ? 強盗目的以外じゃ多分今後も入ることは無いんだろうな。


「よく出来てるな。質屋が喜びそうだ」

「売る算段をしないでくださいっ! いいですかアメジストはですね、悪酔い避けのお守りになるんですよ。アルトくんお酒臭いから」

「おいおい。エリザもあの禁酒法キャンペーン標語みたいなこといいやがる」

「標語?」

「『シラフが普通』」

「普通ですよ!」


 幸いネックレスは女物というか宝石付きシルバーアクセ風だから俺が付けても……俺が付けても……


「あんま似合わねえというか三十手前の男には厳しいものがあるというか……」

「大丈夫ですよ! ね、センセイ!」

 "そうだな。結構合ってると思うぞ、アルト"


 首元に当たる冷たい鎖の感覚にどうも慣れない気分を味わいながら、溜め息をついた。

 その息からはちょっぴり酒臭さは消えていた気がする。




 ******




 今日も今日とて洞窟を進む。

 切り立った崖があればロープかハシゴを垂らして降りて、使うまでもない段差はセンセイとエリザが埋めていく。

 まあただ、素材の配置に関してはセンセイはマジックハンドで離れたところでも可能だけれどエリザはそうでないから効率の違いがあるが。センセイも、そのあたりは無茶させずに、道を削る方をエリザに多くやらせて経験を積ませるようだった。

 昼休憩の机と椅子もエリザに作らせていた。

 こき使う──という風には見えない。なにせ、インスタントコーヒーを淹れるより気軽にクラフトはできるのだからエリザは昨日まで座っていた通りの、石製なテーブルと椅子を作り上げる。


「なんか一気に成長したな。お兄ちゃん寂しい」

 "コツさえ掴めばもう一人前の技工士と呼べる。後は経験を積んでいくだけだから、エリザの技能自体はもう私とそう変わらないよ"

「経験ねえ。あのドジがあるからそれは大事だと思うが……エリザがドジじゃなくなったらお兄ちゃん寂しい」

 "保護者すぎる……"


 昼飯を作ろうと張り切っているエリザはクラフトして大慌ての声を出していた。


「あ、あれえ? センセイ! ひよこ豆のスープを作ろうとしたら、お風呂に入ったひよこさんになっちゃいましたぁ!」

 "卵素材じゃなくて鳥素材を使って作らないと"


 スープ皿になみなみと入った湯の上を、チャパチャパとひよこが泳いでいる。

 ちなみに鳥素材はこの辺りに生息していた洞窟フクロウから採取した。洞窟ネズミを食料にしているのだろう。


「こ、このひよこさんどうしましょう!?」

「絵の具で色つけて縁日で売れば?」

「あの縁日で売ってるやつって絵の具だったんですか!? なんか、大きくならないひよこだよーとかも言ってたからそういう特殊な種類なのかと」

「大きくならないのはあれだ。売ってる時点で弱ってるから買っても長生きしないから」

「酷いです!」

「買ったことねえの?」

「あのあの、あたしお祭りに行くとどうしても食べ物ばっかり買っちゃって……ひよこさんと焼きそばを天秤に掛けてごめんねひよこさんって謝って焼きそば買ってました」

「食い意地張ってるなあ。センセイは祭りとか行くと何買う?」

 "私は……あまり祭りには出たことがないな。地下に潜っていることが多いから"


 ふーん。

 その外装で出たら目立ちすぎるとは思うが。


「じゃあ洞窟出たら祭りに出てみるか。バニシュドだったら二ヶ月に一回はなんかの祭りしてるだろ」

「わあ、賛成です! 行きましょうよセンセイ!」

 "あ、ああ……別に構わないが……いいのか?"

「いいんじゃねーの? 俺の輪投げテクを見せてやるよ」

「輪投げってアルトくん、意外な……」

「投擲傭兵の俺にとっちゃ輪投げなんざ余裕のよっちゃんよ。片っ端から景品奪って早々に店じまいにさせてやるのが楽しくてな」

「えげつない!」

 

 時々出禁を喰らう。それも祭りの醍醐味か。

 一番デカイ景品ではロバ一頭とかゲットしたこともある。三十メートルぐらい離れた先で動きまわってるロバの首にすっぽり輪を投げ入れないといけないという条件で。


 "ふふっ、そうだな。三人で行ければ、楽しいだろうな"


 センセイのその声に何か引っかかるものを感じた。気のせいか?

 放置されていたひよこが甲高い声で鳴いた。そいつはまた鳥素材にサクッと解体されていたが。命、命ってなんだろうな。





 ******




 その日もその日とて一日の終わりに小屋を作る。

 クラフトを覚えたエリザとの共同制作だ。勿論、俺は見ているだけ。

 なんか俺の仕事が少なくなってるような気がしないでもないが、これでも一応護衛はしっかりしてるんだ。今日だってまた出てきた土ゾンビとか倒したし。邂逅即殺だったから描写するほどじゃなかったけど。

 さすがに未熟とはいえ、二人で家を作るといくらか早い。エリザが下の方を組み立ててセンセイが上を作っていく。

 外側ができたので中に入ると、入り口に扉が嵌められた。


 "この辺りは土ゾンビが出るから、扉の内側にブロックを置いて開かないようにする。これでゾンビは入ってこれない"

「ほほー」

 "厄介なのはゴーストの方だな。壁を抜けてくるから。ゴーストが出るあたりでは、小屋の外を松明で囲んで明かりで近寄れないようにする"

「なるほどな」

 

 俺達が会話をしている間にも、エリザが「あれが足りない、これが足りない」と思い出しながら内装を組み立てていく。

 そのうちの一つで、何やら昨日までと違った形のものがあった。

 見間違いかと思って近づくが、見たとおりの状態である。


「……おいエリザちゃんよ」

「はい?」

「昨日まで三つあったベッドが、横長のベッド一つに変わってらっしゃるんだが……」


 壁側に広がっているのは三つのシングルベッドをくっつけたような巨大ベッドであった。

 エリザは腰に手を当ててふふんと威張ったように言う。


「三つ作るよりひとつ大きなのを作ったほうが簡単じゃないですか。どうせ隣り合ってたんですし、同じですよ同じ」

「いや……俺ァ別にいいんだが……いいのぉ?」


 傭兵としちゃあ、テントの中に男女雑魚寝とかざらにあったので気にしないっちゃあ気にしないんだが。

 エリザとセンセイは傭兵じゃねえし。

 

 "……まあ、別に構わないだろう"


 苦笑したような声音を交えてセンセイはそう応えた。じゃあ別にいいか。俺は紳士だし。

 

 

 晩飯食って風呂入って、暫く酒を呑んでから寝ることにした。

 ちびちび呑むウイスキー以外にも、スキットルのウォッカも補充しておく。


「アルトくん飲み過ぎちゃ駄目ですよ?」

「エリザから寝相悪くて蹴られても熟睡できるようにだよ」

「そんなに悪く無いですよー! 本当に仰向けになって寝返りも打たないタイプなんですからね!」

 "寝返り……そうだな、寝るときは外装脱いだほうがいいな"

 

 センセイは外装から出てきて寝る準備をした。隣に丸太みたいなボディが寝ているとなると中々恐怖を感じるから、脱いでくれるのはありがたい。

 つーかなんかこーあれなんだけど。センセイまで外に出てると、小屋内の女子率が上がるせいか女子系の匂いが気になるんだが。俺が。

 酒呑んで誤魔化すか。


「あたしの寝付きの良さはですねー」


 まだなんか主張していた。


「じゃあ証明するために、アルトくんとセンセイと左右で手を繋いで寝てみましょう!」

「えー」


 ベッドで川の字になって手を繋いで眠るって。


「いつだったか、新興宗教団体が山奥で集団自殺してた事件の図みたいじゃね? 皆さん仲良くお手手を繋いで、天国へ向けてシャッキリポン。教祖だけ生き残ったんだよな確か」

「なんでそんなエグい連想になるんですか! ほら、早く寝ますよ!」


 そうして、ランタンの明かりを絞って部屋を薄暗くして俺らはのそのそとベッドに入った。

 エリザを真ん中に、左右の俺とセンセイの手を彼女が掴んでいる。

 小便に行きたくなったらどうすんだこれ。

 ロマンチックと尿意は別なんだぞ。


「ぐー」


 エリザの奴もう寝やがった。

 握っている手も握力が抜けてゆるくなっている。頬を突いてみるが、反応は無い。

 別々のベッドだと気づかなかったというか、気にしても居なかったのだが超はええ。

 

「子供かこいつは……」


 囁く俺の言葉に、エリザを挟んで反対側に寝転がっているセンセイが苦笑を返した。


 "張り切ってクラフトをしていたからな。肉体的にはともかく、疲れたのだろう"

「まったく……全力で楽しみすぎだろ、人生」


 緩んで安らいだ顔のまま眠りについているエリザの顔を、頬杖で見下ろしながらそう思う。

 

「手ぇ繋いで寝たいとか、大きいベッドの方がいいとか、本当にガキだぜ。家族も居ないらしいが将来が心配だ」

 "……そうだな"

 

 多少の身の上はこれまでの間に話している。

 エリザはエルフの集落から独り立ちするのだと出てきて、行き倒れたままダンジョン入り口の村に住み着いたらしい。

 それから数十年。

 多分ろくすっぽに進歩が無かったんだろうな、性格なんかの。


「それが今、センセイに教えられて知恵熱出てるんじゃねえの?」

 "……こういうのも何だが、エリザの新しい人生が始まったのだろうな。技工士としての"

「まだまだ危なっかしいけどな」


 エリザを挟んでセンセイと顔を見合わせ、そんなことを話した。

 それにしてもあれだな。

 ベッドから少しだけ身を起こしてセンセイにこっちを見られると色々あれだな。雰囲気やばいな。エリザはまだいいんだ。メスガキだから。センセイはあれじゃん。完全に女性じゃん。困る。

 さっさと欠伸かまして寝たいところだが、なんかじっと俺を見ているから視線を外せなかった。


「……なんだ? センセイ」

 "アルトに頼みがある。どうか受けてくれないだろうか"

「内容にもよるぜ。不老不死にして欲しいとか、侵略に来た野菜星人を倒して欲しいとかは管轄外だ」


 冗談めかした俺の返答に笑いもせずに、センセイは真面目な顔で告げる。


 "エリザは私の弟子だ。彼女が望む限り私は彼女と共にあり、守るつもりだ。エリザが共にダンジョンに行くことを望めば技能を教えながら進み、技工士として地上で活動するのならば送り出したい"

「そりゃこいつも大喜びだ」

 "……もしも"

 

 僅かに身を乗り出して、彼女は言う。


 "もしも私がこの洞窟で死ぬようなことがあったら、エリザが独り立ちできるようになるまで──どうかアルトがエリザを助けてやってくれないだろうか"

「──は」

 "君は本当にいい奴だ。私が知る限り、エリザを頼めるのは君しか居ない。彼女も君が居るならば前に進める。これまでのように。君の都合を無視しているのはわかる。だが──アルトはエリザにとって必要な人間なのだ。報酬は私が用意できる範疇ならば、金塊でも宝石でも作っておこう"


 センセイは。

 自分が死んだ後のことを、俺に約束させたがっていた。

 あたかも、これから死ぬことを予知しているように。

 

 "どうか──この子を助けてあげてくれないだろうか、アルト。お願いだ"


 うつむくセンセイに──俺は繋いでいない方の手で軽く彼女の頭を掴んで上げさせた。

 不機嫌そうになっているだろう俺の顔を見て何やら驚いているようだ。


「なんっかズレてるんだよな、あんた」

 "……すまない。不愉快にさせてしまったか"

「ちげーよ」


 俺はすぐ彼女の顔面近くまで顔を寄せて、歪んだ表情で言う。


「エリザはあんたが守るんだろうが。死んだ後俺に頼む? 死ぬ気かあんた」

 "死ぬつもりは──無い。だが、探検に危険はつきもので絶対の安全は無い。そして私は探検技工士スペランクラフターとして生きると決めているのだ。死ぬまで──"

「だからぁ、頼むポイントが違うだろうが」


 彼女は目を丸くした。本当にわかってないのか?


「あんたがエリザを守る。あんたが死んだら俺がエリザを守る。じゃなくて、こう頼めよ。『エリザを守る私を守ってくれ』ってな。俺がセンセイを死なせないように守れば、あんたもエリザも助けれるだけの話だろうが」

 "……守って、くれるのか? 私を……"


 呆然としながら、センセイの口から小さな言葉が聞こえた。


「……頼まれりゃ報酬次第で守るのが俺の役目だ。今のところ他の仕事も無いしな。俺だってエリザは危なっかしいし、センセイも色々心配になるレベルだから引き受けてやってもいいぜ。この洞窟を出ても無期限でな」

 "あ、ありがとう……アルト。その……実は、先生を失ってから一人でずっと居るのは……不安なこともあったのだ。だから……"

「おう」


 センセイは笑っているような、泣いているような表情をしていた。

 そして願いを改めて──告げる。


 "一緒に居て……"


 仕方ねえ。割烹着の似合う美女の頼みを断れはしない。


「オーケイ。報酬はしっかり貰うぜ。ビジネスライクにな」

 "あ、ああ。勿論、私にできればなんでも……"

「なんでも?」


 確認して、センセイは頷いた。

 脳が突然その仕草で琴線が触れたようにくらっと来た。ちょっと弱気になってる顔がヤバかったのかもしれない。

 不意打ちのように、俺はセンセイに近づいて口付けをした。

 なにやってるんだ俺! アホか俺! セクハラだぞ俺!

 俺!俺!俺!猛然たる俺コールが頭に響く。酔ってるのか俺。

 びっくりしたように見開かれたセンセイの目が、細まるまで。軽い口付けには少しだけ長い時間そうしていて、離れた。

 センセイの唇が濡れている。ぼーっとした珍しい表情で、固まっていた。

 俺の表情が冷静を装いつつ引きつったようになっているのがわかる。


「当面の報酬は、美女のキッスということで貰っておいたぜ」

 

 声は震えていないか。自分の耳に入ってもよくわからなかった。多分ぼーっとしてるセンセイにも聞こえてない。誰に向けて言ったんだこれ。

 訴訟の二文字が浮かばなかったかというと嘘になる。幸いこの洞窟に裁判所は無いが。


「お休みセンセイ。また明日」


 適当に就寝の挨拶をしてマッハで横になる。

 報酬にキッスて。

 アホか俺は。

 傭兵仲間に聞かれたらあだ名が[性犯罪系の要求男アルトリウス]になる。

 というか問答無用でやるか? 普通。

 普通はあれだろ。書類のやり取りで互いに同意を取ってサインして神に誓ってからやるだろ。いやキッスじゃなくて報酬のやり取り。

 俺恥ずかしくて死にそう。


 調子に乗ってました。

 はいはい調子に乗ってましたよ。

 だってセンセイ美人だし。ガード緩いし。押しに弱そうだし。

 そんな女から、何でも言うことを聞くという条件を出させてのこれだよ!

 ちらりと、顔を背けていたがセンセイの方を向き直る。

 まだ体を起こしたままぼーっとしていた。

 謝れば許してくれるかな……キッスなんて嘘さ。僕が欲しいのは土地の権利書とか財産分与とかさ。

 駄目だ……やっちまったことは取り返しがつかねえ。

 こうなればやることは一つだ!


 俺は懐からウォッカを取り出してぐびっと呑んで寝た。

 夢オチになってますように。




 ******




 もしかしたら夢オチになったかもしれない。

 俺はその事実に一縷の望みを掛けて素直に信じることにした。

 まあつまり、翌朝俺達はなんの変哲もなく、起床して顔を洗って歯を磨いて髭を剃り、朝飯を食って暫くだらだらして出発した。

 気まずい空気はどこにもない。センセイは至っていつも通り。

 つまりうっかりキスったあの夜の出来事は、悪いお酒でやられた俺の脳細胞が見せた幻覚だったんや!


「ウォッカ最強伝説だな……」

「翌朝残らないの、あたしのお守りのおかげです?」

「おーおーそうかもな。エリザ偉い偉い」

「うぇへへ。アルトくん最近優しいですね!」

「こんな優しさに満ち溢れた俺が何かおかしなことをするはずがないよな。うん」

「でもでも、優しいだけじゃなくて時々は軽く叩いたり蹴ったりしてくれていいですよ! 気持ちいいですから!」

「……」

 "……"

「……あの、引かないで欲しいんですけど」


 朝から呑むウォッカは美味いなあ。ぐびっ。


 ともあれ進みに進んでまた一日。

 焦らず安全かつ着実に俺達は奥地へ向かう。

 途中でエリザの背丈ぐらいの丸い岩が転がってくるという罠に遭遇したが、


「任せとけ!」


 と、二人を抱えて二段ジャンプで華麗に回避。今度は着地も成功。

 センセイがかなりガクガクして「ザンキが減るかと思った……」とか呟き震えていたが、大丈夫だったようだ。


 そんなこんなでまた今日も小屋で夜を明かす。

 昨日よりもスピーディに作り上げた小屋の中は、やはり共同ベッドだ。エリザはもうこれで行くと決めているらしい。

 夕食も終えて三人でトランプなどをして暇つぶしをする。


「こうしませんか? 負けたら……お尻を叩かれる!」

「即座に自分の得になりそうなルールつけんな」

 "さすがにそれは困る……"

「じゃあ最終的に勝った人が自由に命令できるでどうです?」


 それならエリザをボコって無難な命令でもさせればいいか。センセイに割烹着をつけさせるとか。他には……センセイに割烹着をつけさせるとか。

 俺もやる気を出して挑んだのだが。ポーカー、七並べ、ババ抜き、大富豪と行い──エリザの奴が優勝しやがった。


「じゃ、じゃあアルトくん!」

「蹴るのは無しな」

「噛んでください!」

「いやそれもちょっと」

「ならほっぺたをつねってください」

「なんで全部、勝者のお前にやることばっかりなんだろうな……」


 溜め息をつきつつ、頬をつねるのが一番マシかと思ってエリザの両頬をつまんで引っ張った。


「いひゃいでふー♥」

「柔らけえ」


 喜ばれても困るのだが。

 

 そんなこんなで今日もお休みタイム。明日もがんばるぞいとばかりに、ベッドで横になって目を閉じた。

 既にエリザの寝息が聞こえる。俺も疲労やら心労やらでかなり疲れているようだ。すぐにうつらうつらと頭が霞がかるように──

 なんか袖を引っ張られた。

 目を開けて薄暗い室内でじっと引っ張られた方を確認する。そっちはエリザと反対方向の、つまりベッドの端っこなのだが。

 何故か、エリザの向こう側に居るはずのセンセイが床に降りて俺を起こしたようだ。

 タダ事じゃないサインに、俺も眠気を強制的に晴らして上体を起こした。


「どうした、センセイ」


 何か異常があったのだろうか。部屋の中を見回すが、ぱっとは見当たらない。

 センセイは床に膝をついたまま俺をまっすぐと見て、告げた。


 "その……今日の分の報酬を……だな"

「?」


 理解できなかったので、俺は相当間抜けな顔をしていたかもしれない。

 何の話?


 "だから、助けてくれる報酬にキスを……という話だっただろう。それで、今日の分を払おうかと" 

「え」

 "昨晩、また明日ってアルトは言ってたから……"

 

 そういう意味じゃなくない!? 

 っていうか何。なんで報酬もう一回払おうと──日当? センセイ一日ごとに報酬が発生すると思ってるの?

 いやキスが報酬なんて頭の悪い話に相場がどれだけあるか知らんけど。

 普通は昨日一回やったら、次にやるのは爆発とともに崩れ落ちる洞窟を背景にもう一回とかそんな先の話じゃないか。

 俺もね? 普通に男の子だからセンセイみたいな美人さんとチューするのはいいよ? 

 でもほら、取り引きしたのにサービスで余計に利益を得るとちょっと気後れするだろ。容赦なく貰うぜってやつも居るだろう、そりゃ一回限りの相手ならそれでいいけどこれから先もセンセイと取り引きあるのにオマケ貰いすぎるのは悪いと思うじゃん?


 "私はあまり……経験が無いから……アルトからしてくれると嬉しい。あの、嬉しいってその……そういう意味じゃないけれど"


 なんで俺キス頼まれてるの。こんなの初めて。

 どこかで選択肢を激しくミスったような凄まじい、具体性のない後悔に襲われている。

 無性にセンセイの、世間ずれというか自分安売り的な行動について説教をかましたくなった。

 だがしかし、センセイのこんな──ともすれば破廉恥にもなってしまうセンセイを守護らねばならない使命が勝手に浮かんだ。

 俺だから良いものの、他のクソ傭兵の男共だったならば彼女は酷く痛い目に合ってしまっているだろう。

 それが今後なんらかの事情で発生しないとも限らない。

 つまり、センセイに警戒心や男に対しての危険を教えるために。

 嫌われようとも敢えて、俺がやらねばならない。


「センセイ」

 "……!"


 俺はベッドから降りてセンセイと目線を合わせた。

 手を伸ばしてまずセンセイの片手を封じる。具体的には正面から握って指を絡めた。抵抗しようにも、両手ならばともかく片手が封じられれば難しい。

 もう片方の手をセンセイの背中に回して逃げられないようにする。

 くくく、これだけでかなりの恐怖だろう。覚悟を決めたように目を瞑りやがった。

 そしてセンセイと口を合わせる。

 

 "んん……!"


 今度は勢いではない。口を合わせて、センセイの口腔に繋げて吸い付いた。

 生暖かい呼気と冷たい唾が彼女の口から感じる。

 苦しくなったのか、より合わせている口を広げるがその隙間に俺は舌を入れて彼女の中で絡ませた。


 "ふぅ……っあ"


 喘ぐような呼吸を行うが口を塞がれていて、まともに呼吸ができない。

 そう、彼女に恐ろしさを植え付けるために酸欠になるぐらいに口付けをしているのだ。

 握っている手に力が入ったり抜けたりして、汗を感じる。

 無意識に後ろに逃げようとする体を手で押さえて殆ど抱き合うぐらい接触して口付けを続けている。

 ふはは苦しめ! 怯えろ! 貴様の恐怖が人生の糧となるので今後は迂闊に男に変な要求をしないように気をつけるのだな!

 こっそりテンションを上げる。あまりセンセイの、柔らかい体や抱きついている胸や細い手指や甘い匂いのする口に集中していたら俺も変になりそうだったからだ。

 

 "ん、ん……ちゅ、あふ……♥"


 どうやら酸欠はかなり来ているらしい。センセイの顔は耳まで赤くなっているし、目は酸欠特有の潤んで蕩けるような雰囲気だ。多分。

 空気を欲しがり喘ぐあまりに、なんか積極的に俺の舌を吸っているような感じさえある。

 後ろに逃げるというまともな判断もできなくなったのか、フリーな方の手で俺の体に抱きついて体重を預けている始末だ。

 これはセンセイもかなり後悔しているだろう。論理的に考えて。

 ……よし! 作戦終了! とにかく終了! よくわからんが止めたほうが良いって全力で守護霊がアドバイスしてる気がする!

 俺は口を離した。


 "あっ……"


 不意に無くなった感触にセンセイが僅かに涙が浮かんだ目でこっちを見てくる。

 

「苦しかっただろ?」

 "うん……"  

「これに懲りたらもうしないことだな」

 "でも……"


 なにやら口ごもっているセンセイの耳元に顔を寄せて、囁く。

 とにかく話は終わりなのだ。何か適当な餌でも用意してセンセイを寝かさなくては。俺が耐え切れん。


「ちゃんと我慢できたら、ご褒美をくれてやるから。今日は終わりな」

 "……!"


 こくこくとセンセイは頷いて、ややふらつきながら自分の寝床に戻っていった。

 俺はそれを見送って。


 なんかまた選んで告げた発言をミスった気がして、メチャクチャ疲れを感じた。

 こう……解決したのだろうか? 本当に。


 ウォッカだ。ウォッカを呑むしか無い。

 有名な作家、ビレッヂオーバー・スプリングウッド先生の作品に出てくる一節にもこうある。


『やれやれ。ぼくはウォッカを飲んだ』


 ぐびっ。寝る。




 *******





 翌日。

 日中センセイがいつも通りのクールでタフなプロフェッショナルなのは、あの外装を付けているからかもしれない、とふと思った。

 謎の機能が付いている探検技工外装ならば、精神の安定を促す匂いが出るハーブ的な何かとか内蔵されていても不思議ではない。

 寝る時もあれ着ててくれって頼もう。お互いのために。


 そんなこんなで色々進んでまた夜がやってきた。

 最近夜が怖いです。

 でも体の疲れはかなり蓄積してきているので、休まにゃ動けん。

 しっかしおかしいな。エリザでもこの毎日の探検をこなしても割りと元気なんだが、数日心労があるだけでかなり疲れてる。

 

「はいアルトくん! デザートですよ!」

「おう。サンキュ。レモンケーキか……酸っぱくて甘くて美味いな。元気が出そうだ」

「アルトくん疲れてます?」

「いいや、全然平気のへっちゃらだ。だけどまあ、心配してくれてありがとよ」

 "疲労回復のドリンクを作ろうか?"

「大丈夫大丈夫」


 まあいざとなったら貰うけど。栄養ドリンク。

 エリザも被虐趣味を出さない限りは、癒やしになる少女だ。

 顔を覗きこんでくるエリザに俺は払うような仕草で手を振って笑った。

 

「……アルトくん、こっち向いてくださーい」

「うん?」

「ちゅー!」

「うわ」


 飛びつくと同時に俺の口にちゅーしてきやがった。

 すぐに離れたが、エリザは頬を紅潮させてはにかんだ笑みを見せて、


「ほら、アルトくん夜にセンセイとちゅーしてたからあたしもすれば元気出してくれるかなって」


 見てたのかよ。

 酷く微妙な気分になる。他人に見られていたとか。なにそれ恥ずかしい。

 気分的にどっと疲れが押し寄せてきた。だがそれでも笑って、


「へいへいありがとさん。おかげで元気が出たぜ」

「えへへ。初ちゅーはレモンの味でした!」

「レモンケーキのな」


 エリザみたいな、姪っ子レベルでちっこい娘にちゅーされてもそこまで気にしないわな。

 一人盛り上がって照れているエリザの頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でてやった。

 ん? センセイがさっきから静かだな。



 そして就寝の時間。

 今日こそは俺の癒やしタイム。もうかなり眠い。というか疲れた。

 寝転がっているのに疲れているという謎の状態。手足の先が甘いしびれで鈍っていき、徐々に眠りが───。

 金縛り。

 が、起こった。

 腹から胸を圧迫する力と、急に覚醒した意識。ぐるぐると回る視界のピントを合わせる。こんなところで心霊現象か?

 ──と、思っていると。

 俺を見下ろしているセンセイの顔が──見えた。

 彼女は俺の腹に馬乗りになって、体を倒してじっと俺と目線を合わせている。センセイの体重が体にかかり、柔らかい胸の感触がした。だくだくと音が鳴っているのは、俺の心臓かセンセイの心臓か。

 

「おい何を──」


 言いかけた口が塞がれた。 

 覆いかぶさるようにセンセイが俺に口付けをしてきたのだ。 

 ちょっまっ。

 疲労が。

 

「──ぷはっ、センっ……我慢するようにって昨日」

 "……エリザがやっていいなら、私だっていいだろう?"

「いやその理屈はおかしっ」


 唇を噛んでくるようなキス。

 すぐに離れて、何度も俺の口とセンセイの口が重なる。濡れた水音が幾つも起きた。

 夢中でセンセイが俺にやってくる。正直かなりピンチだ。手足は動かないのに、身体の感覚はあって抱きついてくるセンセイの温かさとかそういうのもかなりヤバイ。

 頭がくらくらする。センセイの体が汗かなんかでじっとりしていて、甘い匂いがしている。

 そして何より口付けされる度にメッチャ疲れてきた。

 ──ここに来てようやくだが、俺はあることに気づいた。

 それを実証するためにはこの、逆レイプ寸前な状況をどうにかしないといけない。勿体無いけど! 勿体無いけれど!


 "アルト美味しい……♥ ずっとこうしていような♥♥"

「く……動け……」


 右手に意識をやってどうにか麻痺ってる状態から復活させる。力は殆ど入らない。このままでは乗っかっているセンセイを押しのけることもできないだろう。

 なので、枕元に置いてあったウォッカのスキットルを取った。

 グビッ。

 キス嵐の隙を見て、口に強烈なアルコールを含んだ。

 そして次に口を重ねに来たセンセイに、吐息と共に流しこむ!


 "えほっ……げほっ……あれ……? あつい……"

「はいセンセイもう一回」

 "……"

 

 気化しかけの飛沫が肺まで入って即効で回ってきたセンセイは、ふらふらと言われた通りに口をつける。

 再びウォッカを彼女に口移しにした。

 そういえばセンセイいつもあんまり酒は呑んでなかったなーと思うまでもなく、一気に酩酊状態に入ったセンセイは重心を無くしたようにふらふらとしだした。

 逆に俺はウォッカの刺激で手足の感覚を取り戻し、センセイを押しのける。

 眠たげに目を閉じるセンセイをベッドに置いて、俺は離れて歩き始めた。

 かなり朦朧としかけていたが知識を総動員して最適解──着衣を脱ぎ去り、ステテコ一丁になる。

 そして小屋の外に出た。外はゴーストよけの松明の明かりで、室内より明るい。

 ステテコ一枚で上半身裸。疲労と酔いでぶっ倒れそうだったが意志の力で仁王立ちして待ち構える。

 すると──。


 ふらふらと暗がりから、真っ黒な水着みてーな服着て背中に羽根の生えた女が出てきた。


 淫魔サキュバスだ。赤い髪色と黒い目をして、肌はやや青み掛かっている。

 ゾンビみたいに辿々しい足取りで、目をピンクに染めながら俺に向かって近寄ってくる。

 拳を固めた。


「糞ボケがあああああ!!」

「きゃああ!?」


 伝統的なサキュバスを誘う方法(武器を持たずにパンツ一枚で待ち構える)に釣られて、半分酔っ払ったような状態で現れた淫魔の頭にキツイ拳骨を落とした。

 そうサキュバス! こいつが人心を操るエロ魔法で俺らを地味な発情状態にさせて、センセイやエリザのキスごとに俺の体力を奪ってやがったのだ! 間接吸精という妖術の一種で! 本に書いてた!

 恐らくはここ数日ずっと付け回してやがった。チューされればされた分だけ疲れるはずだ!


「なにすんのー……んもー」


 変な訛りのある声を出し涙目で頭を押さえながら淫魔は呻く。

 やはり悪魔はただの拳ぐらいじゃ死なないか。クソ。

 淫魔に惑わされず対抗する手段は──怒ることだという。ケリをブッコミながら怒鳴り散らす。


「ウッセェバカ! 質の悪い攻撃しやがって! 死ねっ!」

「あ痛ぁー!!」

「俺がどんだけストレスフルだったと思うんだ死ねオラッ!」

「酷ぉい!」


 蹴り転がした淫魔を踵で追撃しまくる。冷静な会話をしようとすると籠絡されるので注意と以前読んだ書物に書かれていた。

 淫魔は人間の女に近い顔体つきをしているが、俺は女でも殴れるし蹴れるタイプの男だ。

 この前も懇願されて蹴ったしな!


「純真な女をドマゾにしたりキス魔にしたりしやがって! 血反吐ぶちまけろ!」


 エリザが急に蹴られたがりになったのも、センセイが急にエロになったのもこいつが原因に違いない! いや、ヒャクパーそうだ!


「痛い痛い痛いわぁー!! 大体、なんであんた手ぇ出さへんのよ、あそこまで据え膳されてて! ホモなん? インポなん?」

「ウルセーボケー! 見ての通り絶好調だ死ね! それに俺ァ金で買い捨てできるか食い逃げできる状況以外じゃ据え膳にも手を出さねえ主義だ!! 後腐れで腹壊したらどうする!!」

「全然褒められないタイプやん!」


 こんな逃げられねえ洞窟で、行きずりの女でもない仲間に手を出して気まずくなったら超やべえのは明白だ。

 だというのに……クソ! あのクッサイ『僕がセンセイを守るよ。報酬はキスでいいかな?』みたいな最低最悪な契約をその場の勢いでやっちまったのも、


「こいつの! こ・い・つ・の! せいで!!」

「ほんぎょ! ほんぎょおお!」

「これが俺の──堅い意志の力だ! 内臓ぶっ潰れろ!」

「硬い石を握って執拗に腹パンしてくるううう!!」


 淫魔は魔力のコアを下腹部に持っているのでそこを重点的に、そこらに落ちていた石で殴りまくる。勿論顔も殴る。俺は女でも殴れる男だ。角がへし折れた。ざまあ。

 涎と涙を流しまくって、ほうほうの体で淫魔は逃げていく。

 やはり何の効果もない石ぐらいじゃ殺せないようだが、


「二度と来んなボケ!!」

「どすえー!」


 トドメに石をぶん投げて背中に直撃させた。よろよろと暗闇に消えていった。

 殺せずともこうして脅しまくった淫魔はもう近づかなくなる……らしい。

 エロ系にはかなり対処してきて、こっちに魅了とか仕掛けてくる悪魔だがとにかく怒り一色で怒られたおすと意気消沈するという。

 とにかく。

 これで、俺達を静かに蝕んでいた、エロ展開になる術は解かれたはずだ。


「明日、センセイ達にも説明しとこう……ああ、すげー疲れた……」


 疲労とアルコール。ぶっ倒れないのは胸につけたままの、悪酔いを防いでくれるエリザのネックレスのおかげか。

 感謝しながら俺は小屋に戻って、今度こそベッドに入って目を閉じた。




 ******



「──というわけで、ここ数日の二人がやってた珍妙な行為は恐らく淫魔の術によるものだったわけだ。だが俺が退治したからもう安心してくれ」


 翌朝のかなり遅く。疲れを回復させるため、昼近くまで休憩を提案した。

 そして淫魔について説明をしたら、やはり被害者である二人は愕然とした様子であったようだ。


 "そ、そんなことが……"

「ゆ、許せないですね……」


 目を逸らしながら己がやっていた破廉恥な行為を恥じる乙女の姿は、痛ましくもあった。


 "私が……夜にアルトを襲って……口付けしまくるなんて……おのれ淫魔め!"

「あ、あたしがお尻を蹴られて喜ぶ変態とか……淫魔の仕業ですよね!」

「まったくだ。だが二人とも操られてやったことだ。恥ずかしいとは思うが、あまり気を病むなよ」


 俺の慰めもあまり効果は無いようで、赤面して涙ぐみそうな二人であった。

 センセイも初めての失態のようであった。とはいえサキュバスと戦ったこと自体はあるそうだが、今までは外装に身を包んでいたからチャーム的な魔力からシャットアウトしていたのだろうが、この冒険では室内で外してるからうっかりエロ魔力に引っかかったのだろう。

 やれやれだ。なんとかこれでいつも通りには戻ったわけだ。悪魔によって見せられた二人の痴態については、心の奥底に沈めておくとしよう。

 そんなこんなで休んでその日はのんびり、昼過ぎの出発となった。

 やはり少しばかり意気消沈した様子のセンセイとエリザは言葉少なめである。

 しかしそれも、時間とかウォッカとかが解決してくれるだろうきっと。今夜辺り、酒に誘ってみるのもいいかもしれない。皆で呑んで忘れましょう。

 

 出発して数分も経たないぐらいに。


「あ、あのー……」


 声がかかり俺は投擲用ダガーを手にとって振り向いた。

 そこには角が片方折れてあちこちに包帯を巻いた昨晩の淫魔クソビッチが、変な小箱を持って及び腰で声を掛けてきたのだ。


「てめっオラー! んだっコラー!」

「い、いきなり怒鳴らんといてー! 戦いに来たんじゃないんよ!」


 俺の恫喝声にセンセイとエリザも振り向いて、ぎょっとした顔で淫魔を見た。


「これ、お詫びにお弁当作ってみたんやけど……食べてぇな♥」

「よし遺言はそれだけか死ね」

「酷いお人やわ!? あとうちも全部悪いわけじゃないんよう!」


 淫魔は女二人に、マニキュアを塗った指を向けて叫んだ。


「あの女の子達を操ったわけじゃなくて! うちは単に本人達が持ってたえっちな願望を後押ししてあげただけで───」


 何かサキュバスが抗弁したような気がしたが聞き取れないうちにばばば、と音がした。

 無慈悲に放ったセンセイのサイコブラスターが光の粒子を吹いて、淫魔の体を蜂の巣みたく撃ちぬく。っていうか近くにいた俺も危ない攻撃だった。

 外装だから無表情なセンセイと、珍しく感情の失せた顔をしているエリザはツルハシを持って銃殺された淫魔の体に近づく。

 ざく。ざく。

 人間とほぼ変わらなかったその肉体は[悪魔の素材][悪魔の霊魂素材]などにマテリアル化されていった。

 そして油素材で作った燃料を、地面に落ちた弁当箱に注いで火をつける。燃え上がり消し炭になっていく淫魔の弁当。


 "……それじゃあ、出発しようか"

「そうですね」


 そのときのふたりのひょうじょうをぼくはみることができませんでした。


 落ち着くために俺はウォッカを取り出して、グビっと飲んだ。やれやれ。




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