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投擲士と探検技工士は洞窟を潜る  作者: 左高例
第一章『始まりの冒険』
13/41

第13話『ドン引きですエリザちゃん』

 空を自由に飛びたいと思ったことは無いだろうか。

 俺はある。具体的には練習した。ただ、三階の窓から飛び降りて限界を悟った。

 それはこの魔法の脛当て──名づけて[ニダンジャンパー]で二段ジャンプできるようになって新たな先が見えた気がした。

 つまり、貰ったからって「慣れるための動作チェックだ。センセイだって外装はなるたけつけるだろ」と言い訳して跳んで遊んでいたら、着地でミスって軽く足首を捻った。

 そんで仕方ないから昼休みに入った。

 ぼくわるくない。


「こんぐらい足引きずりながら歩ける程度の怪我だけどよー」

「……」

 "……"

「ごめんね調子に乗って」


 無言の圧力に屈して謝る。でも丁度昼休憩の時間だったからほらいいじゃん。

 一時間もすれば治るってこんなん。

 昼飯は握りめしにうどんのセットだった。午後の活力を得るためには、凝った料理よりも炭水化物+炭水化物の組み合わせがありがたい。

 椅子に座ってブーツから出した足にはセンセイがクラフトした湿布(布素材+瓶入りの水素材+薬草素材)が貼られている。

 ひんやりとしていて足首を冷やされて心地よいのだが、いやホントこんなに大げさに治療するほどのものじゃねえんだが。

 戦場じゃそれこそ足をぶった切られるか、膝に矢を受けるかしない限りは無理矢理にでも陣地に戻れる根性が必要だ。膝に矢を受けたら無理だから素直に捕虜になろうな。貯金次第で生かしてくれる。

 

「むむむー」

 

 テーブルの上で木材マテリアルを三つ並べて、まだエリザがクラフトの練習にもなってない練習を続けている。

 積み木のように積んだり、マテリアル同士をこすり合わせたりしているが何も起きない。


 "一回成功すれば、あとは自転車に慣れるように以降はすぐできるようになる。焦らずにやることだ"

「でもでも、センセイはこんな悩まなくてもすぐできたんですよね?」

 "そうなるな"

「うぬー……やっぱり才能の差を感じる……」


 エリザは眉をハの字にして、困ったように俺の方を向いた。


「アルトくんも何かいい考えないですか?」

「んなこと言われても」


 俺は技工士でもなんでもないのだから。

 だがまあ敢えて助言するならば、


「本気度とか危機感が足りないんじゃねえの? 例えば崖から突き落として地面に到達するまでにパラシュートをクラフトできないと死ぬとかそんな条件なら案外うまくいくかも」

「アルトくんも一緒に飛んでくれるならやりますけどー」

「よし! その案は無しだ」


 ジト目で告げてくるエリザに、俺はあっさりと意見を翻した。センセイとなら安心感あるが、エリザじゃちょっと。

 

「後はまあ、餌だな」

「餌?」

「クラフトに成功したらご褒美が貰えるってなったら少しは本気度が上がるんじゃねえか?」


 しっかりとした給料をぶら下げないで雇う傭兵はマジでやる気が無い。

 そんな雇い方する奴居るのかというと、結構居る。「勝てば」給料分の金が手に入る予定なので後払いにしてくれとか。そして大抵、そういう奴は勝ったのに満額払いやがらねえ。結果、傭兵に略奪されたりする。

 だから具体的な褒美が必要だが。エリザだから角砂糖とかでいいんじゃないか?

 そう思っているとエリザは急に身を乗り出して、俺とセンセイを交互に見た。


「成功したらアルトくんとセンセイがご褒美くれるんですか!?」

「いや……俺は別にそんなつもりじゃ」

 "私は構わないが"

「わあ楽しみです! アルトくんもありがとうございます!」

「……」


 なんか俺も褒美をやる流れになった。

 センセイは褒美とか簡単だろう。作れるから。だけど俺は褒美になりそうなものは角砂糖さえ持ってねえんだが。買いにいけるわけでもないし。

 だから念の為に釘を差しておく。


「俺の身ひとつでできることにしろよ。アイドルになりたいとか頼まれても困るぞ」

「アルトくんの中ではどれだけあたしアイドルになりたがってるんですか……」


 まあ精々頼まれても、好物のメニューが出たら譲るとかそんなところだろ。

 ともあれエリザは鼻息荒くクラフト挑戦を再開したのであった。




 *******




 地底湖を越えて、地下に残留した魔力は多くなったようだとセンセイは言う。 

 洞窟の道なりに歩いていても、ところどころ露出した鉱石なんかがちらほら見えるのだ。

 普通に岩でもダンジョン特有の魔力に晒されていれば変質して貴金属や宝石に変わることがある。とはいえ、地下の浅いところでも銀鉱石が見つかったぐらいだから掘って探せば結構あったのだろう。

 

 "エリザ、あの天井あたりを見てみなさい"

「はい! ええと、なんか光ってますね!」

 

 俺も仰ぎ見ると、ランタンや松明の光を反射して僅かに紫がかった色が見えた。


 "アメジスト鉱石だろう。ではエリザ。工夫してあの天井の鉱石を掘ってきなさい"

「は、はい……」

 

 エリザはツルハシを手に、鉱石を見上げながら下のあたりをウロウロしている。

 まあ普通に届かない位置ではあるな。目測で高さ4メートルってところか。

 

「あ、アルトくん、肩車してもらっても……」

「届くかっ! 頭を使え頭を! いや、待てこの言い方では誤解するな……いいか、よく考えてやれ」

「なんかかなりあたしのバカ度の想定を下げてません!?」


 センセイの方をちらりと見たら、助言の許可的に頷いたので俺は真横の壁を指差した。


「そっちの壁から階段状に崩して、この穴の上に出るように掘ればいいだろ」

「え? えーと……」

「斜め上に掘ってあのアメジストがある真上を目指すんだよ。とりあえずやりながら考えていけ」

「わかりました!」


 エリザは手を上げて元気よく返事をして、壁に向かってツルハシを振るう。

 非力な腕からの掘削だが、一振りで前方の壁50センチメートル四方ぐらいは削れ取られ、削った部分が幾つものマテリアルに変換されて腰のポーチに勝手に入っていく。

 思いっきり振らなくても、慎重に当てようがその規模の掘削はできるようでエリザは斜め上に進もうと試行錯誤して穴を広げ、掘り進む。

 ちっと角度が急かなーとは思うがまあ自由にやらせてみよう。


 "……アルトは面倒見がいい"

「あん? んなことねぇって。俺ぁこれでも面倒事はソッコーで逃げるタイプだぞ」

 "ふふっ……そういうことにしておこう"


 センセイは何やら誤解している。俺は決してそんないい人じゃないんだが。

 

 "エリザに会えたのは運命のようだが、アルトも居てくれて本当に良かったと私は思っている"

「そうかい。じゃあ今晩でもメシのときに割烹g」

「アルトくーん! ちょっと暗くて見えないからランタン貸してくださーい!」

「へいへい」


 またしても要求は横から遮られた。

 ……エリザのやつわざとじゃねえよな。いや、まさかな。こんなアーパー娘が邪魔する性根を持っているとは思えない。

 エリザが自分で通れる程度の狭さにしているので、俺が体を突っ込むとえらく窮屈だ。おまけに段差も急。


「一直線じゃなくてこうある程度でジグザグにしてやらねえと天井から離れていくぞ」

「うっ! なるほど……頑張ります!」


 それにしても、センセイよりはかなり遅いとはいえ成り立て技工士でもサクサク穴ができていくのは圧巻だ。

 なにせ残土が出ないからそれだけでも随分と楽になるだろうな。

 俺は道に戻って、水筒から美味い水を飲みつつセンセイの隣で聞いてみる。


「ちなみにセンセイだったらどうやって天井のアレ掘る?」

 "……クラフトしないのならばエリザと同じく横から斜め上に掘り進むが──普通は脚立をクラフトするか、地面にレンガを積み重ねて足場を作る。粘着爆弾を作って天井に投げる。フックロープで天井に張り付いて採取する……など、クラフトさえできればずっと楽に素材回収もできるようになる"

「そうだよなー」


 ぽこり、と壁のやや高いところに穴が空いて、そこからエリザの頭が出てきた。

 きょろきょろと周囲を確認して高さがまだ足りなかったことに気づいて、顔を引っ込める。

 

 "……一方で、こうした掘削という技術は机上で教えてもモノにならない。実際に、私も技工士の基礎能力を習得するのは一日だったが、こうした穴を掘るのは最初は失敗もしていた"

「へー。センセイも失敗するんだな」

 "地底の水溜まりを掘り抜いて溺れかけたり、掘り進んだ先から赤く灼けた溶岩が染み出てきたり、上から砂が落ちてきて生き埋めになりかけたり……"

「お、思ってたより危なくねーか。エリザ大丈夫かよ」

 "この辺りは平気な筈だ。滴る水の量と土質からおおよその推察だが"

 

 ……プロのセンセイが言うんなら信用しとくが。

 しかしこう、エリザが突発的にそんな状況になったら目も当てられない結果になりそうで怖い。 

 だからこそ経験を積ませるのが大事なんだろうけどな。


 "この場で起こりえる危険は……これだな"


 センセイが天井に手を向けた。俺もなんとなく察する。

 俺とセンセイと、どっちが助けるかジェスチャーで確認したらセンセイが背中からマジックハンドを示して見せた。

 壁の穴から声が反響して聞こえてきた。


「上までたどり着きましたよー! 見えてない部分に沢山アメジストがあります! ザクザク掘れてますー!」


 どうやらこの天井に露出しているのは一部のようで、天井の上でエリザは採取しているようだ。

 そして。

 天井のアメジストが、上方向から削り取られた。スッポ抜けるように、三度ほどエリザの掘った坑道との穴が空いて。

 うっかり自分の足場をもマテリアル化したエリザが転げ落ちてきた。


「あ、れええええ!?」

「センセイ! 空から女の子が!」

 "……まあ、空じゃないけれども"


 センセイのマジックハンドが伸びて、落下してきたエリザを柔らかくキャッチ。

 そのまま近くに引き寄せる。

 腰が抜けたようにへたり込むエリザに、センセイがずい、と顔を寄せた。

 探検技工外装のノッペリとした無表情で平坦な顔は近づかれると無駄に迫力がある。


 "掘削で一番気をつけないと行けないのが落下死だ。足場を自分で作りながら掘る、ぐらいの注意をして決して真下を掘らないこと"

「ううう……ごめんなさい……」

 "……だが、落ちてもツルハシを手放さなかったのは偉いぞ。ツールは技工士の命だ。裸一貫、荷物全て失ったとしてもツールさえあればなんとかなる"

「……はい!」


 センセイはエリザの頭をぽんぽんと軽く撫でて、格言めいたことを言った。


 "ツルハシだけに……ツールはしっかり持っておこうな"

「……」

「……」

 "ふふっ私としたことが……ツールはしっかりて……ふふっ"

「……」

「……」

 "あれ? 笑いどころがわからなかった? これはツルハシと、ツールは、しっかりって言葉との組み合わせが──"

「「説明しないでいいから!」」


 時々この人ユニークな一面見せるよな……

 外装付けてなかったら可愛い可愛いと弄ってやれたんだが。





 *******


 


 一日の探検終了。

 野営地で、敢えてエリザに小屋を建てる整地をセンセイは行わせた。

 もう何日も住んでいる小屋と同スケールだってのに、自分でその面積分を平地にするとなると軽く混乱したようでセンセイから手直しを解説されていたが。


 "難しく考えないで、小屋の中でテーブルからベッドまで何歩歩くか、風呂場の扉まで何歩だったかを思い出しながらやることだ"

「はい!」


 それで少しばかり手間取ったがいつも通りの小屋は出来上がる。

 夕食前に再びエリザのクラフト修行が始まったが、やはり進歩は無さそうだ。

 マテリアルキューブをごはん粒でくっつけようとして失敗していた。センセイもさすがに呆れている。


 "発想が自由なのはいいのだが……"

「アルトくぅーん……何かいい考えは無いですかー?」


 涙目で門外漢の俺に聞いてくる。

 

「仕方ねえなあ。じゃあ、俺の考えたやり方で試してみるか」


 言いながら、座っているエリザの背後に回った。

 技工士のクラフト技能はさっぱりだが、決まった何かを定数組み合わせるってのは心当たりがある。

 

「ほれ、まずはポーチのマテリアルを適当に机の上に出せ」

「木材以外もですか?」

「おう」


 言われてエリザはざらざらとテーブルの真ん中にマテリアルを山積みにした。

 どれも大きさは、三つ並べて持ってセンセイの両手に収まるぐらいなのでそんなに大きくはない。

 

「まずはこのキューブをじゃらじゃらと適当に混ぜる」

「ひゃっ!? あ、アルトくん?」

 

 エリザの手を掴んでキューブの山に持っていくので、驚いたように肩越しに振り向いて俺を見た。

 

「俺が触ったら壊れるだろ。ほれ、じゃらじゃら混ぜろ」

「は、はい」


 しかしあれだな。

 エルフ相手に二人羽織みたく後ろに回ると、長い耳が邪魔だな。

 微妙に赤くなっている耳を悪戯で噛んでやろうか少し悩んだが、とりあえず今はやめておいた。


「そして混ぜたのを二列二段に並べておく」

「こうですか?」


 小さな防壁のように横一列に、適当な順番でキューブが並べられる。

 

「そして自分の前にも十三個ぐらい並べる」

「はい」

「土や石のマテリアルが多いな……だがほら、木材の牌が二つ揃ってるだろ? これをわかりやすく右端に揃えておく」


 エリザの手を操って──指先はエリザ任せだが手牌を並べていく。

 

「いいか。木材は二つだが、既に完成品のベンチが並んでいると予め想像しておけ」

「想像……」

「木材二つにベンチで三つは揃っている。後は足りない木材を足すだけで出来上がる。わかったな?」


 こくりと頷いた。そしてエリザの手を前のマテリアルの山に伸ばす。


「一枚引いて──ああ、土素材だな。要らないから捨てる。次だ。石素材。これも河に捨てろ」

「アルトくん、これってあれですよねもう露骨に……」

「余計なことを考えない! はい、ツモれ!」


 そしてエリザがツモった次の牌は、目当ての木材マテリアルだった。

 後は勢いだ!


「ツモったら木材三つと完成図を合わせてカン!」

「か、かーん!!」


 言われたとおりに、エリザは三つの木材牌を手に取ってカンした。

 パイジャンという絵柄を合わせる賭博系の遊びになぞらえてやってみているわけだ。牌でジャジャン(効果音)と役満を作るからパイジャン。

 すると。

 マテリアルキューブの魔力結合が変化を起こして一瞬だけ僅かに輝いた。

 そして机の上には──センセイが手本で見せたのと、まるで変わらない木製のベンチが乗っていた。

 成功だ。


「あっ……」

 

 口を半開きにしてエリザが手柄を見ている。やりゃできるじゃねえか。


「やっ、やりましたぁ……」

 "おめでとう、エリザ"

「センセイ、あたしできました……うっく、うじゅ」


 涙目になって鼻を啜るエリザに軽く声を掛けてやる。


「おいおい、泣くことか。やったーどんなもんよって喜んどけ──」


 言いかけたら、振り向いたエリザが俺の胸に飛び込んできた。


「アルトくんありがとう!!」 

「うおっと……ったく。良かったなあエリザ」

「うん!」

 

 しかしあれだ。悪い気はしないから正面から抱きついてきたエリザの頭を撫で回してやった。

 ちなみにこの場合の悪い気がしないってのは、慈善的な活動で乙女の笑顔を引き出し、俺のカルマ値が上昇した感じじゃなくて、単にエリザのそこそこ大きい胸の感触がいい感じだっただけだ。うん。


  

 とりあえず一個目のクラフトを作り終えてしまえば、後は坂を転げ落ちるように。あれ? このたとえでいいんだっけ?

 まあとにかく、エリザは簡単にクラフトできるようになった。

 マテリアルを揃えてカン!の動きでぽんぽんと、センセイに教わったものを作り出していく。


「はい、アルトくん! あたしの作ったビールですよ! 割烹着も着てますよ!」

「病院で入院中に呑むビールみたいな味がする……」

「出ませんよ病院でビールは!」


 だから似合わねえって。エリザに割烹着は。舐めてんのか。発育の良い小学生の調理実習か。

 そんなこんなで昨日も豪華だったんだが、今日も豪華な夕飯を作ろうとセンセイが提案した。


「センセイ! あたしも作りますから教えて下さい!」

 "エリザのお祝いなのだがな"

「いいんです! いっぱい作りたいんです! あ、ほらご褒美くれるって約束だったじゃないですか。お料理教えてほしいなって思ってたんですよ」

 "そんなことでいいのか。エリザは熱心だな。よし、では芋の煮っころがしから……"


 果たして芋の煮っころがしが豪華なのかどうか。

 疑問に思ったけど別にいいや。俺好きだし芋の煮っころがし。

 できればセンセイが割烹着で出してくれれば何よりのメニューなんだが。

 割烹着割烹着割烹着割烹着割烹着割烹着。


 "……恥ずかしいから今日だけだぞ"

「俺の思考を読んだ……だと……!」


 駄々漏れになっていたのかもしれない。

 センセイが外装を脱いで、いつものスペランクラフターTシャツの上から純白の割烹着と三角巾を身につけてくれた。

 

 "エリザの成功にはアルトも手を貸してくれたからな。それにしても……やはり似合わないと思うのだけれども"


 背中の合わせ目を気にしつつ、白い頬に少しだけ赤みがかかり、戸惑っているような表情のセンセイは大層お美しかったです。

 三角巾の小道具で、長い髪の毛を軽く纏めているのも高評価というか素晴らしい。

 もうね。俺は目頭を押さえた。あまりの感動に。


「センセイ綺麗ですよ! ほらほら、あたしと並んだら美人姉妹って感じしませんかアルトくん」

「俺今センセイ見るので忙しいから後にしてくれる?」

「酷い!? あたしも同じ服なのに!」

 "あまりジロジロ見られると照れるのだが……"


 これだよ! この恥じらい!

 超着慣れた感じの女将さんって風に着こなすのもいいよ? どちらかと言うと大賛成だよ? しかしこの恥じらいは短い期間しか味わえないレアリティなんだ。俺が見つけた光なんだ。そしてそのうち着慣れる様になるまでの過程が楽しめる、寝かせた葡萄酒の如き変化も楽しめる。

 優しさに包まれた視線を送る俺を気にしないようにしたのか、センセイはエリザにクラフト料理をレクチャーし始めた。これで包丁とか鍋とか使ってくれればパーフェクトなんだが。そこまでは望むまい! 

 俺がエリザを手伝ったお礼的なあれだが、つまりエリザの成長によってもたらされた栄光だ。彼女には感謝してもしきれない。


「エリザ……なにか俺にできることがあればなんでも言えよ。アイドルのプロデューサーだってやってやるから……」

「願い事の叶える範囲大きくなってません!?」

 

 

 それから、豪華というか家庭料理だった夕食を終えた。

 この場合は家庭料理なのがむしろグッドだ。芋の煮っころがし。魚すり身の小判焼き。茸ご飯。豆腐の吸い物。素晴らしいじゃないか。


 "こっちから視線を外さずに一心不乱に食べてる……"


 微妙にセンセイが対面している俺の視線に戸惑っていたが、ごちそうさまでした。

 食事を終えて一段落付いていると、エリザがそわそわと俺の方を見てきたので尋ねる。


「どうした?」

「あのあの、アルトくんからのご褒美を欲しいんですけど!」

「おお、なんだ? 領地か? 月面の土地だったら俺の一存でくれてやるが」

「それ詐欺じゃないですか!」


 実際、どっかの天文機関がジョークなのか本気なのか売りに出したことあったりする。勿論、国際的に認められていない。

 俺も一口購入した。月の人アルトリウスとは誰も呼んでくれないけどな。


「それで、ですね。ちょっとやって欲しいことがあるんですよ」

「なんだ?」

「笑わないでくださいね! ちょっと引いたりもしないでくださいね! センセイもですよ!」

 "……? 勿論だ"

「妙に念を押すな?」


 センセイと二人で首を傾げていると、エリザはやや俯いて顔を赤らめながらもごもごと言い難そうに要望を述べる。


「その……アルトくんに……」

「俺に?」


「あたしを……蹴ってくれないかなあ……って」


 あまりにも想像していなかった方向性の願いに、俺とセンセイは固まった。

 蹴る……って?


「ちち、違うんですよ!? ほら! 蟻さんに囲まれたときアルトくんにお尻蹴られたじゃないですか! あれがちょっと、痛気持ちいいというかなんかちょっといい感じだったから!

 だからまた怪我しない程度にかるーく、でも痛くするぐらいの力加減で蹴ってくれたらなあって思ったりしただけで! サメさんが蹴られてるの見ていいなーとか、その……」


 早口でまくし立てる末期的なエリザちゃん。

 俺は錆びついた歯車のようにセンセイの方へ顔を向けた。


「技工士より、もっと大事なものを教えたほうがいいんじゃないでしょうか」

 "わ……私に言われても"

「だ、だ、だから! そんな! あたしがちょっと変な性癖に目覚めたとかじゃなくてええと、ほら、センセイも腕を揉まれたら気持ちよさそうだったじゃないですか! それの発展形みたいなものです!」

「仲間にカテゴライズされてるぞセンセイ」

 "断固違うと主張したい──それでアルト"


 センセイはどこか聖画に描かれた聖女めいた微笑みで、俺の肩を叩いた。


 "やってあげてくれ"

「やるの!? 俺が!? 嘘みたい」

 "詳しくは知らないが、ほら傭兵だからそういう経験豊富だろう"

「SM風俗なんて行かねえよ!」

 "え……い、いや、私はその……新兵への教育とかで軽い体罰的な経験のことを……風俗って……そんなのあるの?"

「純だなあもう……」


 アワアワしだしたセンセイに呆れながら俺はじーっとこっちを見ているエリザの方を向き直った。

 ミッション! ご褒美にエリザのケツを蹴ってあげましょう。

 なんだこれ。

 なんだこれ。

 頭が痛くなる。酒を飲んだ幻聴か夢だと思いたい。

 いやね? 俺もそういう性癖持ってる奴居るの知ってるよ? お店もあるしね?

 でもさっきまで普通だと思っていた仲間からの突然のカミングアウト。

 困る。

 だがしかし。断った場合はこの微妙にモヤモヤした解決しない雰囲気が漂い続けるだろう。エリザはカミングアウト損であり、俺は与えるべき褒美を与えなかったカスとしてパーティに亀裂が入りかねない。

 

「……わかった、やってみよう」

「ありがとうございます! ええとその、よろしくお願いしますね」


 俺に尻を向けて四つん這いになるエリザに頭がクラクラしてきた。


「……センセイ。どぎついウォッカを出してくれ。素面だと発狂しそうだ」

 "あ、ああ"

「まだ酔って暴力のほうがわかりやすいっつーの」


 センセイから渡された、スキットルボトル入りのウォッカを半分ほどがぶ飲みする。

 口の中から喉奥までアルコールの大激痛で、今すぐ吐き出せと脳が信号を送るのを無視して胃壁まで熱くなる液体を飲み干すと、意識が早速ゆるく溶け始めた。

 勢いだ! 後は勢いでなんとかなる! 女を意図的に蹴り飛ばすのだって初めてじゃねえ! 前に本気で蹴り飛ばしたのはバーサーカー見てえなオークレイパーだったけど!


「行くぞエリザアアアア!」

「は、はい!」


 きゅっと尻に力が入ったようだ。


「おらあああ!」


 俺は踏み込むようにしながら、足をしならせて甲の部分でエリザの尻を蹴っ叩いた。

 思っていたより痛そうな、パァンという音が小屋に響いた。

 パワーも強めだったからか、エリザの体が軽く前方に蹴りの作用で投げ出される。


「いっ……っったああ……!!」

 "アルト! やり過ぎじゃないか!?"

「敢えての作戦だ!」

 

 そう。俺には考えがあって敢えてかなり強めに、痛く蹴ってやったのだ。

 つまりこの俺の怪我しないけど超痛く蹴ってやった一撃で、エリザの「蹴られると痛気持ちいい」という幻想は砕かれるだろう。

 蹴られれば痛いだけだと知ればこのはしかのような性的嗜好も霧消するのでは?

 エリザの将来のためを思っての、愛のムチなのである。


「痛いっ痛いよお、ぐすっうじゅっ、うあああん……」


 ほら案の定!

 エリザは床に倒れたまま、尻を押さえて泣いている。

 痛ましい姿だが、これも必要な通過儀礼なのだ。恨まれるかもしれないが、エリザがまともに生きていくというならばそれで構わない。

 

「痛い痛い痛いいいい……すんっ、ひひっ、うふふ、痛い♥ アルトくん酷いっ♥♥ あはっ、はぁ……ふひっお尻びりびりして……んんっ♥ 気持ちいいよう♥」

「……」

 "……あの、エリザ……さん?" 

「えへ、えへへ♥♥」



 俺は何も聞かなかったことにして、ウォッカを呑んでもう寝ることにした……。

 そう、これは悪いお酒が見せた夢なんだ。

 明日になれば、可愛くて優しい子犬系なエリザちゃんが戻ってるはずさ。


 そんなかのじょに ぼうりょくをふるうなんて ぼくはぜったいにしないように あのよぞらのほしにちかいました。


 勿論洞窟なので星は見えなかったが。グビッ。

 

  

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