第10話『プロレタリア・シャーキング・パニック』
ザリガニがたむろってた道の先に見えた水溜まりは、大きな地底湖のようだった。
ついでに言えば道は完全に地底湖に呑まれて途切れている。
真っ暗な先を見通すが、岸も湖底も見えないので距離感が掴めない。
「行き止まりかよ」
"いや、風は奥から続いている。まだこの洞窟には先がある"
「ところで先生、洞窟の一番奥ってどうすればわかるんですか?」
エリザの質問に、センセイはどう説明すればいいやらといった雰囲気で腕を組んで考える仕草を見せた。
そうして告げる。
"トロフィーが浮かぶのだ"
「と、トロフィー?」
"この外装の内部画面に、『最奥到達!』という文字と一緒にトロフィーの画像が出てきてな……恐らく外装のなんらかの機能でそれを認識し表示しているのだろうが、とにかくそのトロフィーが出るまで先に進む"
「ま、とにかく先があるってことか。橋でもかけるか?」
適当にそこらの石を地底湖の先にぶん投げるが、湖面ではなく壁に当たる音がした。
先は大きな湖が広がっているというより、入り組んだ地形に水が溜まっているようであり、ますます広さは想像が付かない。
センセイは硝子素材と苔素材をクラフトすると、光が瓶詰めになった道具を作り出した。
火を使わないランタンといったようなものだろうか。ただし光量は抑えられている。
"少しだけ私が水中から様子を探ってくる。深さや岸までの距離などがわかればな"
「ああ、気をつけろよ? 逃げたザリガニとかいるかも知れねえから」
"任せろ"
そう言って、水中ランタンとサイコブラスターを手に持ち、センセイは躊躇うこと無く水際へ足を進めてそのまま歩き続け水中を沈んでいった。
泳ぐとかじゃなくて歩くのか……。
「アルトくん、アルトくん、先生大丈夫でしょうか。ここのお水、とっても冷たいですよ!」
エリザがぎょっとした様子でセンセイが水の中に沈んでいくのを見送って、慌てて水面に手を触れながらそういう。
水の中では湖面に浮かんだ月のような明かりがゆらゆらと動いて奥へ向かっていく。特に問題なく移動している風に見えるが。
「うーん、確かに超冷たい」
俺も指先で湖水の温度を感じる。真冬の井戸水みたいな温度で、まあ俺が潜ったら死ぬなとは思うけれども。
「センセイが普通に提案したんだから大丈夫なんだろうよ。だいたいほら、あの探検技工外装に身を包んでるんだから防水処理とかもしてるんじゃないのか?」
「でもでも、顔を洗ったり水を飲んだりしてますよね」
「必要なときにその部分を塞ぐことぐらいできるだろ。ハイテクっぽかったし」
そう。
センセイは洞窟探検のエキスパートだ。それに少しの段差や飛び回るコウモリにすら注意を払う安全重視なプロである。
危ないことはしないだろうし、潜っても平気だからこそ潜ることにしたのだろう。
「心配じゃないんですか?」
「信頼してるんだよ」
「むう……あたしも信頼してますよっ! ってうひゃあ!?」
こっちに近づきながら主張していたエリザが躓いて、危うく湖の方へ倒れこみかけた。
俺はひょいと彼女の襟首を掴んで引き戻し、適当な場所にクレーンして俺もその隣に座る。
「で、俺らができるのは変に心配かけないように大人しく待っとくことだ。よろしゅうございますか?」
「う、ううう。あ、あたしの方がアルトくんより年上だもん……」
呟いて、なにやら落ち込んだようで俯いてしまった。
「やっぱりあたしって役に立たないですか……? 先生もアルトくんもすごいのに、あたしばっかりドジして……」
「いつも水出してるじゃねーか。美味しい水。ボトルに詰めて売れるぞあれ」
かなり本気でそう思う。疲れているからとか冒険の途中だからとかじゃなくて、普通に美味い。バナジウム波動超軟水って感じで苔臭さも無い岩清水のような味わいだ。
「はぁ。一人前になりたいです」
「一年前に? 就活でも失敗したの?」
「いーちーにーんーまーえー!」
「変に落ち込みやがって。お前は探検でも戦いでも技工士でもペーペーのド素人なんだからすぐに一人前になるはずねぇだろ」
「でも……」
あーもう何十年生きててこの未熟っぷりなんだこいつは。
そんな悩みは生まれて十数年ぐらいで克服しとけよ。
「お前はお前で役に立つんだから元気出してろ」
「お水ですか? はいじょばばばー」
「出すな! 飛沫が飛んだだろ!」
こっちに向けて水を出してきたので飛びのいて、エリザの頬を両側から掴んだ。
「い、いひゃいでふ……」
「ったく。頬柔らけえな。いいか、この薄暗え辛気臭えお通夜みてぇな静かしい洞窟を進むのに、馬鹿みたいに明るい奴でも居ねえと気が詰まるだろうが。それが落ち込んでてどうするっつーんだ。頬柔らけえな」
「むにゅー!」
ぐりぐりと頬を伸ばしているとバシバシとかなり本気でエリザが俺の腕を叩くので仕方なく離してやった。
彼女は赤くなった頬を押さえながらも、目を細めて笑顔を作っているようだ。マゾか。
「えっへへ」
「なにその反応」
「いやーアルトくんに、可愛いのが長所だって褒められたので悪い気はしないですね!」
「……そんなこと言ったか?」
なにやら独自の解釈をされたようだが、とにかくジメジメされると鬱陶しいから元気で居て貰わねば困る。何が困るってよくわからねえが困る。
仲間のメンタルサポートなんてまったくガラじゃない。傭兵ではそこらの村から引っ張ってきた新入りの精神安定の為に僧侶が一部隊に一人は居る。「大丈夫、戦場で人を殺しても給料をチャリンと募金すれば罪は許されますよ」とかそんな感じのケアをするんだが。
すると、ぱしゃ、と水の音がした。
ぼーっと湖面を見ていたのだが、音で意識を覚醒させて視界に移ったものを認識すると。
一瞬だけ、やや離れた水面からセンセイの頭だけ飛び出て、また潜っていったのだ。
水中の小さな明かりがこっちに近づいてきて、再び水面に向かってきた。
また少しだけセンセイは顔を出して沈んでいく。さっきより近い距離だった。
「ひょっとして……」
「息継ぎ……か?」
三度目は無かったが、足早に水の中を走ってきたようでセンセイがじゃばじゃばと音を立てて水を散らしながら上がってきた。
探検技工外装に纏わりつく水は、超撥水性生地につけられたように丸いビーズのようになってころころとその体から転がり落ち、地面で再び液体であったことを思い出して染みこむ。そうするとすぐにその外装は濡れていたことなど忘れたような状態になった。
センセイからやや大きな呼吸音が聞こえる。
"ふう、ちょっと深かったから戻るタイミングがずれて酸素ゲージが……危うくザンキが減るところだった"
独り言のようにつぶやくセンセイからやや離れて俺とエリザは話し合う。
「なんだろうなザンキって」
「鶏の唐揚げのことじゃないですか?」
「減るのか」
「そりゃあ食べれば……」
"気にしなくていい"
センセイはなんでもないとばかりに手を振って、地底湖の方を再び見ながら調査結果をいう。
"この湖は非常に深い上に、先まで行ってもあちこちに枝分かれしていている。迂回して掘り進むのは難しいな。岸沿いに掘っていっても、まったく違う行き止まりをぐるぐると巡りかねない"
「と、すると」
"小型の船を作って進もう"
なるほど、ボートでか。
しっかしセンセイ抜きのパーティだと当然ここでボートなんざ自作できないから進めなくなりかねないな。
「そういやエリザ。お前って水上歩行とか水中呼吸とかの魔法は……」
「ビート板ってあるじゃないですか。プールとかで使う」
「ああ」
突然話を変えたエリザだったが、とりあえず頷く。
「あれ浮かべて並べたら走れるんじゃないかなーと思って一昨年やったんですよ」
「おう」
「転んだ上に踏んで沈んだビート板が飛び上がってきて顔に当たって鼻血が出ました……」
思わず左右から慰めるように頭を撫でてやる俺とセンセイ。というかあの村、プールもあるのかよ。いやまあこのあたりは水源豊富だけど。地底湖があるぐらい。
まったく関係ない話に流れたが、使えないのだろうということはわかった。
「まあ、安全な舟で……ってセンセイには言うまでもないか。あ、そうだ」
俺はセンセイの耳元に口を寄せて、声を潜めて頼みごとをしようとした。
耳元。
耳どこだこれ。
まあヘルメットっぽい部分の近くでいいか……。
「──という風に頼むぜ」
"了解だ。ふふっ"
そんなに笑うんじゃねえよ。俺は別に深い意味があっての提案じゃねえんだから。
センセイがクラフト用に取り出した素材は、まず木材であった。
三人乗りの舟なのでそこそこ多い量のマテリアルをやはり手間ってものが見えない速度でクラフト。
出来上がったのは少し幅広で安定感のありそうな舟である。
続けて取り出した布素材で俺の提案通り、帆をクラフトした。
「あれ? こんな地下で帆ですか?」
「お前が魔法で風を吹かせるんだよ。できるだろ」
確か扇風機女と呼ばれてたらしいしな。水をあれだけ出せる出力があるなら、無風で波なしな地底湖ぐらい進める風を出せるはずだ。
ちゃんと役に立つんだからな、エリザは。
「……! は、はい! 勿論! 見ててくださいよー!」
「馬鹿、まだ乗ってないのに吹かせるな!」
"アルトはしっかりとエリザのことを見ているのだな"
微笑ましく見るなよセンセイ。
このガキに適当な仕事を与えたほうが雰囲気良くなると判断した俺の効率的判断だ。他意は無いし子供の面倒を見るのが好きなわけでもない。必要に迫られてだ。
ともあれ三人は舟に乗り込んで、エリザが気合の呪文を唱えた。
「風さん吹いてー!」
願い事かよ。
思ったが、しっかりと指向性を持った風が発生して帆が受け止め、舟は前へ進んでいく。
松明は風の影響を受けて帆を燃やしたら危険だから、ひとまず消してランタンの明かりを舟に載せている。
念の為にオールも付いているが、これは壁などにぶつかりそうなときに使おう。
舵もついていて左右の水抵抗を変えることにより舟の進路を曲げることができる。
「おお、中々楽ちんだな。偉いぞエリザ」
「えへへ」
「よし地上に戻ったらこの能力を活かしてスカートめくりとかしよーぜー」
「駄目ですよ! 逮捕されますよ! 悪質だと判断されたらガス室送りですからね!」
「そうだった上の村は微妙にヤバイところだった……」
下手に馬鹿な小学生めいた行動もできない。これが田舎の闇か……!
いや、まあ小学生ならともかく、28になるおっさん一歩手前の男が頭の緩い魔法使いの少女に命令してスカートめくりさせてたら、司法側が俺でも毒殺室か電気椅子に即日叩き込むことを命じるが。
すいすいと舟は順調に水上を進んでいく。
その途中で、センセイはじっと風に膨らむマストを見ていた。
「どうしたんだ?」
"……もしかして"
何か考えついたようで、センセイは空のガラス瓶(砂素材)をクラフトして、帆の近くで振った。
するとセンセイの持っていたガラス瓶の中に、薄緑色の小さな竜巻のようなものが入っている。
「それは?」
"[瓶詰めの風素材]だ。中に風の精霊力が閉じ込められている"
「へぇー」
「そうなんですかー」
"君ら軽いな……いいかい、この瓶詰めの風素材は谷間のダンジョンとか、魔物として風の精霊が暴れた跡地とかじゃないと採取できない……貴重というか、特殊な素材なのだ。だが、エリザの風魔法から採取できる……"
「つーと、普通は出来ないのか」
"精霊魔法能力者に協力を頼んでも風の精霊が嫌がるから無理だし、詠唱魔法で風魔法を使っても精霊は散るからできない。だが、エリザの魔法は──水を瓶に詰めたときから妙なものを感じていたが──属性素材を作ることができるのだ。例えばこのような"
センセイは手早く瓶詰めの風をクラフトすると、紙巻たばこの入った箱を出した。
"空気タバコだ。これを吸っていれば新鮮で良い濃度の酸素が摂取できる"
「ほえー」
エリザが口を半開きにしてアホ面で返事をした。
"恐らくは瓶詰めの水も、普通はただの瓶詰めの水でしかないはずなのに属性素材として使えるだろう。ふむ……興味深い。これはどういうことだろうな"
「ううう、あたしにもわかりません」
「正確にはわからねーけど、こういうことじゃねえかな」
俺が適当な理屈を考えついた通りに語る。どうせ合ってるかどうかは今ここでわからなくてもどうでもいい。
「エリザは精霊魔法もカスで詠唱魔法も下級だったわけだ。普通、精霊魔法使いが詠唱魔法を覚えるとそれまで力を貸していた精霊は離れていき、精霊魔法を行使できなくなる。
しかしエリザは詠唱魔法を覚えたものの、えらく才能が無さすぎて精霊も『こいつ精霊魔法使ってるの? 詠唱魔法使ってるの?』って意味がわからなくなった。
曖昧なまま力を貸している低級精霊によってエリザは詠唱魔法を再現している。油燃やしてても火力が不安だから薪に火を付けてその薪と油の炎をごっちゃにして湯を沸かしているみたいな。
下級魔法使いにしちゃやけに魔法持続力が高いのはその辺りの理由だろ。普通の精霊魔法と詠唱魔法が混ざってるもんだから変な素材も出るとか。
勿論、詠唱魔法という体裁を使っている以上強い精霊魔法は使えねえし、詠唱魔法の能力が高くなれば今のところ手伝ってくれる精霊は居なくなる。
両方は使えないとされていた精霊魔法と詠唱魔法は、術者の実力が両方共最下級レベルなら両立できるって新説でどうだ」
「……」
"……"
「な、なんだよ」
急に黙って俺の方を見てきた二人にたじろぐ。
「なんでアルトくんそんなに詳しいんですかー? 怪しいです! 怪しさアルトマックスです!」
"今まで色々詳しいなと思っていたが、傭兵にしてはやけに知識が広いな"
「あーウッセウッセ! こちとら[学者のアルトリウス]とか呼ばれねーかなって一年ぐらい図書館で勉強してたんだよ! 不名誉な称号消しのための目標として!」
「それでどうなったんですか!?」
「図書館で勉強していても博士号は手に入らないということがわかって通うのを止めた」
"色々勿体無いな、君は……"
「まーそのおかげで傭兵では[物知りアルトリウス]って呼ばれたこともあるから」
傭兵なんざ管理者以外は殆ど馬鹿だ。中には字すら読めねえ奴も珍しくない。免許制で勉強しているはずの魔法使いですら花火を持ってはしゃぐ小学生みたいなノリだし。
まあ俺とて低学歴だが、図書館で色々と役に立って称号を得られる分野はないかと調べまくっていたから少しはマシな知識がある。
そこでダンジョンの命名権とかセンセイの活躍とかも見たんだがな。
「それで、その瓶詰めの風って他に何かに使えるのか?」
"ふむ……色々ある。例えば[エアコンプレッサー]とか、[殺虫スプレー]とか……"
などと話していると──俺の視界になにか湖面を移動する影が見えた気がして、目を見開いた。
見間違いじゃなければ、三角の平べったい物体だったような。
「……」
「アルトくん?」
「ちょっとランタン」
白い明かりを水面に翳して目を凝らすと───。
水の下に、黒くて流線型の生き物がすーっと静かに泳いでいる。
波が少しばかり起きて、そいつは水を割るように水面上に顔を上げた。
尖った頭にくぼんだ小さな目。歯茎むき出しのような口元には無数のナイフに似た歯が並んでいる!
「こんなところに──サメかよ!?」
だが探検家のプロ対応は速かった。
俺の隣にセンセイが来たかと思うと、例の銃サイコブラスターを向けてばばば、と緑閃光に輝く銃弾を連射。
サメを蜂の巣にして湖に浮かべた。
「身も蓋もない強さだな、その銃……」
"いや、まだまだだ。私の師匠が使っていたものは竜を穿つほどに強かった。改造できればと思うのだが……材料が見つからなくてな"
「材料ってどんなのです?」
"[サイコの素材]"
「うわあ」
「なんかエグそう」
"正直どんなのか見たことがない……"
或いは彼女の師匠は知っていたのかもしれない素材だったが、検討もつかないらしい。
ともあれ、折角サメを退治したのだからと舟の速度を緩めて、浮かんでいる死体に寄せた。急がねえとサメの死体ってすぐに沈んでいくんだ。
二メートル以内に寄ればセンセイのマジックハンドで伸ばしたツルハシで死体をマテリアル化できる。今夜はカマボコかな。
ザクザクとツルハシが解体して、周囲にサメの血の匂いが漂った。
「……?」
再び、舟の後方から微弱だが連続した波を感じる。俺が目を細めてそちらを見て、エリザの肩を掴んだ。
「やべえエリザ! 全速前進!」
「えっ!? ど、どうしたんですか!?」
「後ろからサメの大群がやってきやがった!!」
水面ギリギリのあたりまで、水が膨れ上がるようにしてサメの体が飛び出てヒレが幾つも見える!
どんだけこの地底湖にサメが居るんだよ!
エリザは慌てて風を起こして舟を進ませた。センセイもオールを凄い早さで漕ぎ始めて、ぐんぐんと初期加速を得て迫るサメから逃げ出す。
「そうか、あのザリガニ共と食いつ食われつの関係をして生きてんだな。道理であんなでけえ奴が居るはずだ!」
「サメって海に居るんじゃないんですかー!?」
「しかたねえだろ! 地底湖なのに!」
「サメ地獄!?」
「「ケイブウォーター・サメ地獄!」」
即興で声の重なった俺とエリザは「イェア!」「ヒュウ!」などと言い合ってハイタッチした。
"こんなときまで仲が良すぎる!"
一人オールを漕ぎ続けているので参加できなかったセンセイが恨みがましく言ってくる。
「それよりやべえぞセンセイ。あいつら追いついてきてる。なんかぶん投げる道具を出してくれ」
"わかった"
背後数メートルには既にサメの影が近づき、イルカショー見てえに飛び跳ねてる奴までいやがる。
接近したことで大きさはわかったが、大体1.5メートルから2メートルのサイズ。まあ腕ぐらいだったら一発で食いちぎられそうか。
血の匂いに釣られてきたのならお仲間の死体を食って我慢してろよ!
"この洞窟ではあまり爆薬素材が取れないから質は良くないのだが……エリザも見ておくように"
センセイは素材を取り出してそれを再度ツルハシで触れて、再マテリアル化した。
"こうすると大きな分類だった素材を小さな分類に変換できて、より素材の用途を尖らせられる"
「ええと、[植物素材]を[ニンニクの素材]に……[蟻の素材]を[蟻酸素材]に……」
"それに炭素材、布素材、油素材を混ぜて──[爆弾]の完成だ"
「なるほど!」
どの当たりがなるほどなのか技工士でない俺にはさっぱりわからなかったが、とにかく完成したようだ。
ニンニクと蟻酸で? オーガニックな爆弾だなおい。
「それであのサメの群れを──おっと!」
すぐ近くまで来て顔を上げたサメの鼻っ柱を、オールでぶん殴って戻させる。
「倒せるのか!?」
"だからこうする"
するとセンセイは爆弾と瓶入りの風をクラフトして──瓶入りの爆弾を作り出した。
"この水温では普通の爆弾は水中で爆発できない。燃焼する爆薬が冷やされてしまうからだ。だが、こうして瓶入りにしてかつ大量の酸素を魔力的に閉じ込めてある素材を混ぜることで──"
「説明はいいから!」
"次の角を曲がる前に置き去りにするように投げてくれ。火を付けて五秒で爆発する"
そしてセンセイは再びオールを取って、水路の先にあるかなり急なカーブを、速度を出したまま曲がる準備に入った。
後ろのサメ共がはしゃいで水しぶきまで飛んできてやがる。
「エリザ、点火したら耳を塞いで伏せてろ!」
「は、はい! ちっちのち!」
エリザの火魔法で導火線に火を付けて、俺は爆弾を丁度奴らの真ん中になるように移動速度も考えて放り投げた。
舟が急カーブをして足を踏ん張る。エリザを伏せさせていたのは正解だった。センセイは壁をオールとマジックハンドで押すようにして直角に近いカーブを曲がりきった。
「爆破ァ!」
俺が指を鳴らしたタイミングで水中爆発が起こる。ぼ、と俺の投げた位置の水面が盛り上がり、水面を揺らす爆音の振動が大気に伝わってくぐもった爆発音が響いた。
その振動で大多数のサメは脳をやられて湖底に沈んでいく。ザリガニの餌だな、ありゃ。
「やったぁ! やりましたねアルトくん!」
「ああ。学会に『サメは爆弾に弱い』って学説でも提出しようかな」
"それはもう誰かやってそうだが……"
危機が去って笑い合っていたが──。
不意に、水面を飛び出てこっちに一直線に向かってくるサメの一匹が来やがった!
爆音で狂って跳ねだしたのが偶然こっちだったのか!?
「きゃあ!?」
エリザの方を向いているので、俺は全体重を込めたドロップキックでサメの横っ腹を蹴り飛ばして湖に叩き込んだ。
あぶねー!
普通に蹴り飛ばすと体重差とこの不安定な足場による反動で俺が舟から落ちかねないので、両足で着地するようにサメを蹴り飛ばして舟の上に落ちるようにしたのだ。
腕立てをするように柔らかな着地を舟の上でして、焦りを出さない顔をして、軽く手を広げて告げる。
「やれやれ。『サメはドロップキックにも弱い』……これでどうだ?」
"きっとサメにドロップキックをしたのはアルトだけだろうから、行けるかもな"
センセイと笑い合う。それで称号を得たら[サメドロップのアルトリウス]か? 結構素敵じゃないの。肝油ドロップみたいだということを除けば。
「す、凄いです!」
すると俺の手を引っ張って、キラキラした目でエリザが見上げていた。
憧れとかそんな感じの俺を慕ってる目である。そう、あれは確か本屋で買えずに困ってたガキの目の前でエロ漫画を買って倍の値段で売ってやったときのような……。
「アルトくん凄いです! カッコいいです! あっ、助けてくれてありがとうございます!」
「気にするな。そうだな、この程度超カッコいいアルトリウス様にとっちゃあ、ラクショーってやつなんだからな」
子供の夢を壊さないようにキメ顔で告げた。
「あたしも頑張ってアルトくんみたいに、サメを蹴れるようになります!」
「いや、それは目指すな」
間違った道へ進まないように釘を刺すのも、大人の仕事だ。
そして舟は先へ進む道の岸へと近づいていく……。




