第16話 猫と少女
「う~む……」
先程の一件から、すぐに誘いに乗ってくると思われた重兵衛だったが、なかなか答えを返してくれなかった。
「シンタローの話は、めちゃ気になるにゃん。でも、やっぱこわいにゃん。人間なんて信じられないにゃん……」
猫人であるという理由だけで、悪質なプレイヤー達に襲われていた重兵衛は、すっかり人間不信になってしまっていたのだ。
「大丈夫、重兵衛ちゃんっ!? そんなに震えて、怯えているのかい?」
重兵衛が恐怖にプルプルと体を震わせるなり、真太郎が慌てて慰める。
「人間だっていい奴はいるんだよ、それを確かめる為に、俺と結婚する?」
しかし、重兵衛の可愛さによって、少々正気を失ってしまっていた。
「しないにゃ!」
真太郎が抱きしめようと飛びかかって来るなり、重兵衛がシャーっと唸る。
「やっぱり、人間は怖いにゃ! 頭のおかしい奴ばっかりだにゃ! もうどっか行けっ、そして死ねっ! 重兵衛達は人間から隠れて暮らすにゃ、もう猫人に関わらないで欲しいにゃ!」
真太郎の暴走のせいで、重兵衛は完全にギルド会談に出る気を失くしてしまった。
それどころか、人間に関わる事すら止めようとしていた。
「重兵衛、待って!」
怯える重兵衛が逃げ出そうとするなり、刹那が彼女を呼び止める。
「いやにゃ!」
「……行かないでくれ、重兵衛」
重兵衛に強い調子で断られるなり、刹那が真剣な眼差しで彼女を見つめた。
「……バカタロー達がやろうとしている事が、本当に正解なのかは、俺にはわからない。だけど、少なくともギルド同士で話し合いをしてみるべきだと思う……。きっと皆、今の状況を良くないと思っているはずだから……。だから、真剣に話し合いをすれば、きっと皆が力を合わせることが出来ると思う……今の悪い状況を変えられると思う」
不器用ながらも真摯な語り口で刹那がゆっくりと語り掛けると、人間不信の重兵衛も逃げるのを止めて話に耳を傾けてくれた。
「……そう簡単に上手くはいかないにゃ。重兵衛達も色んなギルドと話し合いをしたけど、皆自分勝手な主張をするだけで、決してまとまる事は無かったにゃ」
あまり聞きたくなかった話を重兵衛が口にするなり、刹那は希望を失った様な顔で俯いた。
「……そうか。でも、この世界は、もう楽しかった『勇者ゲーム』の世界じゃないんだ。斬られれば痛いし、死ぬことだってあるんだ」
「……刹那は死んだ経験があるのかにゃ?」
「ああ、死んだよ……」
重兵衛の問いかけに、刹那がコクリと頷く。
「……でも、終わらなかった。死んだぐらいじゃ、この悪夢は終わらないんだ。ログアウトボタンを押してもログアウト出来ないし、運営に連絡を取る事も出来ない、この世界に一緒に連れてこられた皆と協力しようにも、皆ピリピリして怖いから話しかける事すら出来ない……。俺はたまたま、ギルマスみたいに信頼できる人に拾われたから、こうしてなんとかやっていけてるけど、そうじゃない奴だっていっぱいいるはずなんだ。きっとそいつは、今までの俺や今の重兵衛みたいに、怖くて不安で毎日泣いてるはずなんだ……」
真太郎達に出会うまで、ずっと一人で街外れの廃屋で息を潜めて恐怖と戦いながら日々を過ごしていた刹那だからこそ言える言葉の重みがあった。
そして、それは黙って話を聞いている重兵衛の心にも確実に伝わっていた。
「だから、こんな状況は俺達の手で終わりにしよう……!」
刹那はあどけない瞳に決意を宿して力強く言うと、重兵衛にそっと手を差し出した。
「重兵衛。無力な俺には、猫人達のリーダーになる程の力を持つお前が必要だ。だから、俺に力を貸してくれっ!」
不器用な刹那が一生懸命に話して思いを伝え終えるなり、重兵衛が急に気の抜けた顔をした。
「はぁ~。相変わらず、頼みごとが下手な奴だにゃ~」
「なんだとっ!? 俺がこんな真剣に頼んでるのに、なんて口の利き方だっ!」
重兵衛に振られたと思った刹那が、今までの真摯さをかなぐり捨てて小動物の様に荒ぶる。
「お前みたいなコミュ障娘じゃ、話し合いなんて出来る訳ないにゃ! お前、口悪いから、喧嘩して終わるに決まっているにゃ!」
「んだとぉーっ! この駄猫が言わせておけばっ!」
あんまりな言われ様に刹那が本当にキレるなり、重兵衛がふんと鼻を鳴らした。
「やれやれ、仕方ないにゃ~。かわいそーなコミュ障娘の為に、この重兵衛ちゃんが、ひと肌脱いでやるとするかにゃ~。ホント、重兵衛ちゃんは友達思いのいい女だにゃ~」
刹那の真摯な思いが伝わったのだろう、人間不信に陥っていた重兵衛がギルド会談への参加を表明してくれた。
そんな刹那と重兵衛のやり取りを少し離れた所で見ていたイナバと真太郎が、急に涙ぐむ。
「うぅ! 美少女の真摯な思いが、人間不信に陥った猫の心を開いたでござるぅ~!」
「重兵衛ちゃん、また人間に心を開いてくれるんだね……!」
まるで感動巨編を見たかの様なリアクションをとる真太郎達をよそに、役に立たない地雷娘と思われていた刹那の手によって、『獣人同盟』のギルド会談の賛成が決まった。
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「そのギルド会談とやらに、『獣人同盟』も参加してやるにゃ。感謝するにゃ!」
初めはギルド会談への誘いを断った『獣人同盟』のギルドマスター・重兵衛だったが、旧友の間柄である刹那の説得を受けて、参加を決めてくれたようだ。
「わはっ、やったー! ありがとう、猫ちゃん!」
すると、みこが嬉しそうにはしゃいだ。
「うるせーよ。猫風情が手間取らせんな、参加すんなら最初からそう言えよなっ」
はしゃぐみこと対照的に、刹那が重兵衛相手に悪態をつく。
だが、その顔は、ギルド会談に『獣人同盟』を参加させるという仕事を成功させたからなのだろうか、どこか誇らしげだ。
「じゃあ、重兵衛は、皆にギルド会談の事を話してくるから、一旦お別れにゃ」
「重兵衛ちゃん、行かないで! 行くなら俺もつれてって!」
「どけっ! お前はついてくんにゃ!」
重兵衛はそう言って、抱き付いてきた真太郎の顔を爪で引っ掻くと、『獣人同盟』のギルドハウスに帰っていった。
「で、猫どもの次は、どこに行くんだ?」
重兵衛の姿を見送る刹那が、猫パンチに悶絶している真太郎に話を振る。
「うぅ……! 重兵衛ちゃんが、行ってしまった……」
「おい、うぜーな。何泣いてんだよっ!」
愛しの重兵衛との別れに涙する真太郎に、刹那がツッコミを入れる。
「……あぁ、この海より深い悲しみを、『海賊王』に癒して貰わなくっちゃ」




