第15話 深追いは厳禁
「このクソ猫がぁ~……! テメーの顔は覚えたからなッ!」
アキトは怒りと悪意を顔ににじませると、懐から手を抜き、手に持っていた何かを地面に叩きつけた。
「煙玉にゃ!」
アキトが投げた物の正体を目ざとく察した重兵衛が叫んだ次の瞬間、アキトの足元から白煙が盛大に立ち上る。
「それとクソヒーラー共ッ! 次は必ずぶっ殺すから覚悟しとけッ!」
アキトは煙の向こうで捨て台詞を吐くと、そのまま一目散に逃げていってしまった。
「ごほごほっ! 逃がすか、クソヤロー!」
煙に咽る刹那はマフラーで口元を覆うと、逃げたアキトを追って駆け出した。
「ダメでござるよ、せっちゃん! 深追いは禁物でござるっ!」
しかし、即座にイナバに制止される。
「黙ってろ、キモオタっ!」
「キモオタは、すっこんでろにゃ! このまま追い打ちをかけて仕留めるにゃ!」
イナバなど歯牙にもかけない刹那と重兵衛は、共にアキトを追うべく駆けだした。
「シンタロー殿っ、二人を止めてほしいでござるっ!」
自分の言う事をまったく聞かない二人が、このまま追撃する事で怪我をするのを心配したイナバが、真太郎に助けを求める。
「お二人さん。い~感じに熱くなってる所、水を差す様で悪いけど。戦うのは止めておいた方がいいよ」
真太郎が気の抜けた声を出すなり、その態度を不審に思った刹那が足を止める。
「あん? なんでだよ?」
「あれ? 気付いてないの?」
「はぁ? 何ににゃ?」
妙な事を真太郎が言い出すなり、重兵衛も気になって足を止めた。
「『ミニマップ』だよ。この世界はどーやら、ゲームと違って、画面――ここでは視界か。視界にミニマップが表示されないんだ。敵の正確な位置が分からない上に、積極的に攻撃スキルを使えない状況なんだ、下手な事はしない方がいいよ。ま、どーしてもやりたいっていうのなら、止めないけどねぇ」
既にアキトとの戦闘を終えているつもりの真太郎は、これ以上の戦いは自分に関係ないと思っており、いい加減な態度だった。
「何、それは本当か?」
ミニマップが存在しない事を知らなかった刹那が、真太郎の言葉を確かめる為に、ステータス画面を開いて虚空を睨みつける。
だが、ゲーム時代には右上の方に常に表示されていたミニマップはどこにも見当たらなかった。
「本当だっ! ミニマップが無いっ!」
「迂闊な奴だなぁ。だから、お前はチュウなんだよ」
意外と抜けている刹那を呆れ顔で見つめる真太郎が、ステータス画面を見せる。
「つか、あのPK野郎がいい加減ウザいから、今ブラックリスト入れて、『運営に報告ボタン』を押したんだけど、全くの梨の礫なんだよねぇ。これって、結構困った事だと思わない? 悪質な迷惑行為を働く不埒者に対して、運営が何らかの裁きを下す事が無いんだぜ?」
当然と言えば当然だが、ゲームだった頃の『勇者ゲーム』は、ある意味で『神的存在』である運営会社『ハーメルン』によって、一定の秩序が保たれていた。
「ま、そもそも運営が存在しているのか、どうかも分からないんだけどさ。そんな状況で、殺されて神殿送りになるならまだしも、とっ捕まって監禁でもされたら為す術が無い。しかも、ミニマップが存在しないから、敵の位置の補足は自分の目が頼りだし、運営によるハラスメント対策は完全に機能を停止しているみたいだから、二人が返り討ちに遭ってとっ捕まって、俺の口からはとても言えない様な酷い事をされたとしても、奴をこの世界から追い出す事は出来ない。これって、結構ヤバくね?」
何気ない調子で話す真太郎だったが、その話の内容は女である刹那と重兵衛にとって怯えるに足るものだった。
「「ふぇぇ……」」
刹那と重兵衛が、アキトに負けた場合の想像をして体を震わせるなり、真太郎がふっと笑った。
「そんな事を話していたら、PK野郎はどっか行っちゃったね。これでチュウと重兵衛ちゃんは、もう深追いできなくなっちゃった」
真太郎の話に気を取られているうちに、刹那達はアキトを取り逃がしてしまった。
「しまった! バカタローお得意の、妙に耳を傾けたくなる戯言にハメられたっ!」
それを知るなり、刹那が自分達の邪魔をした真太郎に食って掛かる。
「おい、どーしてくれんだよ! PK野郎が逃げちまったじゃねーかっ!」
「そう怒るなよ。俺は、チュウが怪我する所を見たくなかったから、お前の邪魔をしたんだよ」
最初から刹那達を止めるつもりで行動していた真太郎が真意を露わにするなり、刹那が急に動揺した。
「んなッ!? そ、それはどういう意味だっ!」
真太郎の言葉に何を思ったのか分からないが、刹那が急に頬を赤く染める。
「どういう意味って、低レベの面倒なんて見たくねーって意味だよ」
「はぁ!? ふざけんな、なんだそれっ! 勘違いしちまったじゃねーかっ!」
「勘違いって何を?」
「うるせー! 知るかっ!」
いつも通りのいい加減さを真太郎が見せるなり、刹那が突然牙を剥いてキレる。
「あいつら、青春してるにゃ~。なんか、やる気なくなっちゃたにゃん」
真太郎と刹那の間の抜けたじゃれ合いを見た重兵衛は、すっかり毒気が抜けてしまったようだ。
「しかし、『獣人同盟』みたいなデカいギルドですら、荒んだ暴走プレイヤーの餌食になるとは、マジでこの街は治安が悪いんだねぇ」
刹那とのじゃれ合いを終えた真太郎が、何気なく重兵衛に話を振る。
「人間、自分が弱っている時は、大抵自分より弱い奴をイジメたくなるものにゃ。『獣人同盟』は大きな組織だけど、構成員のほとんどが、可愛いだけが取り柄のか弱い猫人にゃ。鬱憤をぶつけるには、丁度いい相手なんだろうにゃ。よくテレビで猫が殺されるニュースを見るでしょ、あれにゃ。この世界に来てから、もう何回も頭のおかしい馬鹿共に襲われたにゃん」
そう痛切に語る重兵衛は、猫の姿である故の苦労を色々として来た様子だ。
「ふむ。奴らの生存本能が、『弱者を喰らって生き延びよ』と無意識に働きかけているのだろうな。馬鹿なりに、この状況をサバイバルしようとしているのだろう」
重兵衛の話を聞いた刹那が、したり顔で馬鹿な見識を述べる。
「何馬鹿言っているのにゃ、んな訳ないにゃん! アイツらはただ、人間として下衆ってだけだにゃん! このボケ中二娘が黙っとけにゃ!」
そう言って、刹那を一蹴した重兵衛が、シャーっと唸る。
「しかし、あのアキトとか言う迷惑プレイヤーは、本当に困った奴でござるな。こんなに可愛い重兵衛殿とせっちゃんに襲い掛かるなど、成敗が必要でござる」
身近な者達がPKの被害に遭った事で、正義漢なイナバが義憤を募らせた。
「今のこの街には、ああいうアホな連中がいっぱいいるにゃん。あいつを成敗した所で、また新しいアホが出て来るだけにゃ」
どこか諦めている様な顔つきの重兵衛が、しょんぼりしながら吐き捨てる。
「確かにそうかもね。だが、もうそんなものには、ここで終止符を打とう」
真太郎が不意打ちの様に言うなり、重兵衛が訝しげに彼を見つめた。
「可愛い猫人に襲い掛かる様な馬鹿共は、自分より弱い奴にしか喧嘩を売れないカスだ。大抵、酷いイジメをするヤツ程、そんなに腕っぷしは強くないし、自分より弱い奴にしか喧嘩を売れない卑劣な腰抜けだ」
「だからにゃに?」
「だから、俺達『名無しのギルド』と『獣人同盟』が、まとまって一大勢力になれば、格下相手にしか手を出せない雑魚共は、もう何も出来なくなるって事さ」
真太郎はそう言うと、自分が今、有力ギルドをまとめる為の会談の参加者を募るべく、各ギルドを回っている事を重兵衛に伝えた。
「――と言う訳で、今の状況を打破する為の話し合いをするから、ギルド会談に参加してくれないかな? 『獣人同盟』のギルドマスター・重兵衛殿」
話を終えた真太郎が、会談への参加を重兵衛に恭しく呼びかける。




