第10話 交渉終了2
板垣の話によれば、ゲーム時代にソロで遊んでいたプレイヤーの多くが、今回の非常事態を前にして、ギルドに所属する方向に変化を始めたらしい。
「街にいる全てのプレイヤーを見て統計を取った訳じゃないから、言明は避けたいけど、それでも実感としては、ギルド未所属、さらにパーティーまで未所属な『本当に一人っきり』の孤独なソロプレイヤーは、日に日にその数を減らしているね。現に、基本的にはソロのシンタロー君だって、そうやって徒党を組んでいるのが、いい証拠だよ」
「俺は、別に一人でも良かったんですけどねぇ。明確な目的が無い状態で徒党を組んだ所で、グズついて最悪喧嘩別れみたいになるのは、分かりきってますし。ま、今は目的があるので、成り行きでこうなってるだけですよ」
高レベルゆえの余裕なのか、意味も無く徒党を組む事を否定する真太郎だった。
「相変わらず、君は妙にクールだねぇ。でも、その意見には賛同するよ。この状況でテンパってオタつく事しか出来ない様な小者達が、恐怖と不安を紛らわす為だけに徒党を組んでも、最後には自らの小心ゆえに崩壊するだけだろうからね」
板垣は真太郎の意見に賛同してから、ふっと皮肉気な笑みを浮かべた。
「だが、多くの無所属プレイヤーは、君や私と違って、安心を得る為ならば誰でもいいから一緒にいたいという気持ちなのさ」
「だから、板垣さんは、助けを求めて来た野良達を、自分のギルドに迎え入れているんですか?」
「そりゃそうさ。だって、私は博愛主義だからね」
そう笑顔でうそぶく板垣だったが、笑顔の奥に隠された本心は違った。
『JMA』の様な先を見越した幾つかのギルドは、不安にさいなまれている無所属プレイヤーを集める事で、今後必ず起こるであろうこの街の覇権争いに備えて、今のうちに組織を大きくしているのだ。
「かつて、自分の『趣味』に反するギルドを壊滅させて回っていたレイシストの板垣さんが、何良い人ぶった事言ってんスか。つまんない冗談はやめて、本当の事を教えてくださいよ」
板垣とは浅からぬ仲である真太郎が、彼の思惑を見透かす。
「なんだい、その言い方は? まるで私が嘘をついているみたいじゃあないか」
「板垣さんが本当に官僚なら、国民に本当の事なんて話さないでしょ? こっちは貴方の本心が聞きたいんだ、追求しなくっちゃ」
「何、君? その年でプロ市民なの? 怖いなぁ」
ちょっとした行き違いから場の空気が悪くなる。
すると、ちょうどいいタイミングで、三つ編みお下げの地味な女の子が、お茶を持ってやって来た。
「失礼します。粗茶です――がっ!」
真太郎の顔と簡易ステータスを見た瞬間、お下げの女の子がずっこけそうになる程ビックリする。
「うひゃあっ! 『名無しのギルド』のシンタローがどうしてここにっ!?」
「何? どうしたの? さっちゃん、シンタロー君の事知ってるの?」
来て早々オーバーリアクションを取ったお下げの女の子・さっちゃんの態度を、板垣が訝しがる。
「ギルマス、知らないんですかっ!? この人は、トップランクの札付き迷惑プレイヤーを次々と始末し、しかもその後、そいつらを手なずけて最凶の迷惑ギルドを作った、あの『狂気の狂言師・シンタロー』ですよっ!」
「へぇ、初耳。シンタロー君って、変なあだ名なんだねぇ」
「他にも、お色気イベントをクリアする為だけに、各ギルドから手練れを集めて即席の最強ギルドを立ち上げてみたり、ギルド間抗争が最も激しかった時期に、その最強変態ギルドを率いて事態の鎮静化に貢献するなど、謎の神業を披露した有名人じゃないですかっ! 知らないんですかっ!?」
「へぇ~、シンタロー君って有名だったんだぁ。まったく知らなかったなぁ~」
割と驚くに値する真太郎の業績を聞いても、板垣は全く興味なさそうにしている。
「なんで知らないんですかっ!? ギルマスは、勇ゲーの魔法職最強のプレイヤーじゃないですかっ! 有名人同士お知り合いじゃないんですか?」
「私は、課金で強い装備買い揃えただけだし、シンタロー君とはゲームで仲良くなったというよりも、ゲームの外で仲良くなったって感じだからなぁ」
板垣が『課金』との言葉を口にするなり、真太郎が目ざとくツッコんだ。
「板垣さん、課金厨だったんですか?」
「そうだけど?」
「まさか、それ、国民の血税じゃ……?」
「そうだけど?」
「マジかよ! 板垣さん、時間がかかっても自分の手でアイテムを集めるのが、ゲームの醍醐味ってやつでしょう! それなのに、僕ら国民の血税をつぎ込んで、課金チートなんてサイテーですよッ!」
課金しようが無課金だろうが、本人のプレイヤースキルと遊び方次第でいかようにでも強くなれる勇者ゲームにおいては、真太郎の様に無課金で最強クラスになるプレイヤーも多かった。
「はぁ? 何ナンセンスな事言ってんの? それは課金も出来ない貧乏人の僻みかな? 君達大衆と違って私は忙しいんだ、ゲームごときに貴重な時間など費やせるかよ。金で買えるものを金で買って何が悪い? それに、血税とはいえ私の給料だ、使い道に文句言われる筋合いはないね」
また妙な事から、剣呑な雰囲気になってしまった。
「てか今、ゲームごときって言いましたよね? なんで、エリート官僚の板垣さんが、ゲームごときに金と時間をつぎ込んでるんですか?」
真太郎がそんな質問をするなり、突然場の空気が変わった。
「それは、実にいい質問だ……!」
何故かここで、板垣の瞳がギラリと怪しく光る。
「このゲーム、熟女のグラフィックが実にエクセレントッ!」
自称エリート官僚板垣は、レイシストだった。
「まったく大したゲームだよ! 政財界の著名人も一目置く、熟女マニアのこの私のハートを射止めたのだからねっ! いや~、今でも思い出すなぁ、政治家の接待に向かう道すがら銀座の街頭で見た『運命の女神』の熟れ具合をねっ!」
そう、熟女好き以外を徹底的に弾圧する筋金入りの熟女マニアだったのだ。
良く分からないスイッチが入った板垣が、かつてない熱心さで勇者ゲームの熟女たちについて生き生きと語り出すなり、真太郎が脱力する。
「あー……ゲームでも馬鹿な人は、やっぱりリアルでも馬鹿なんだ……。さっきまで死にそうだったのに、熟女の話になったら急に元気になりやがった……」
自分の事を棚に上げて、馬鹿な板垣に呆れる真太郎だった。
「板垣さん、話を戻してもいいですか? 熟女好き以外を徹底的に弾圧していた板垣さんが、なぜロリコンも混ざっているであろう野良プレイヤーを、ギルドに迎え入れているんですか?」
熟女講座を始めんばかりの板垣に呆れた真太郎が、少々強引に話を元に戻す。
「仲間は多い方がいいと思ってね。この街は『戦闘行為禁止区域』だから、いきなり戦闘が起こる事は無いとは思うけれど、それはゲームであればの話であり、『ここ』では違うかもしれない。だから、常に備えはしておきたいのさ。下衆の極みであるロリコン野郎共でも弾除けぐらいには、使えるだろうしね」
板垣の言う通り、オリエンスの街は戦闘行為禁止区域なので、突然戦闘が始まる様な事は起こりえない。
というのも、街の中で他プレイヤーに戦闘を仕掛けようとしたり、強盗行為を働いたり、行き過ぎたセクハラ行為を行った場合、自動的に、この世界の神である『運命の女神』の使徒である『秩序の守護者』が、いずこより現われて、加害者側を強制的に粛清するからだ。
「成程ねぇ。街では買占めが起きて物資が無くなりつつあり、色んな奴らの思惑が絡まってギルド間の勢力図も変わりつつある……か。確かに、問題は山積みだ」
板垣の話を全て聞き終えた真太郎が、うんざりした様子で感想を漏らす。
「厄介な問題だろう? そんな問題に頭を悩ませる私の前に、シンタロー君が有力ギルドを集めた会談の参加のお誘いにやって来てくれるなんて、実に私は運がいいな。やはり、日ごろから熟女相手に徳を積んでいるから、『運命の女神』のご加護があったのだろうねぇ」
意味の分からない事を言って得意がる板垣だった。真太郎は、死ねばいいと思った。
「運も熟女も関係ないでしょう。いずれにせよ、近いうちに何らかの形で三大ギルドは話し合いをしていたでしょうからね。俺はそれを早めただけです。むしろ、こういう事は、俺の様な一介のソロプレイヤーがやるべき事じゃなしに、板垣さん達の様な大ギルドを束ねる立場にある人間が、やるべき事なんじゃないですか?」
どこか責める様な口ぶりで真太郎が言うなり、板垣がわざとらしく肩をすくめた。
「私には無理だよ。だって、こんな事態は前例がないからね。官僚は前例が無い事を前にすると、途端にやる気がなくなるんだよ。それに、官僚が音頭を取ると、何故か事業計画は失敗しがちだしね。私一人なら、多少の失敗も甘受できるが、今はギルドの子達の面倒も見ないといけないし、迂闊な事は出来ないのさ」
いい加減な様でいて意外と仲間思いな板垣が、そう言って肩をすくめた。
「……迂闊な事は出来ない、か。確かに、おっしゃる通りですね。まぁ、それはともかく、板垣さんは有力ギルドを集めた会談には参加していただける、という事でよろしいですか?」
妙な話題が長引く事を嫌った真太郎は、さりげなく話題を逸らした。
「よろしいよ。その熟女会談とやら、我々も是非参加させてもらうよっ!」
「熟女会談じゃねーよ! ギルド会談だよッ!」
「おっと、失敬。そのギルド会談、我々『魔術結社Japan Madam Association』も喜んで参加させてもらうよ」
板垣がそんな事を言うなり、お下げの女の子がすかさずツッコんだ。
「ちょ、ギルマス! 名前が違いますよ! 私達は『魔術結社Japan Magician's Association』です!」
「ったく、熟女好きもいいけど、しっかりしてくださいよ? じゃあ、詳細は追ってチャットでお知らせしますんで、詳しくはそん時に」
真太郎は最後に簡単な挨拶を済ませると、『魔術結社JMA』のギルドハウスを後にした。
これにて、交渉終了。真太郎は、また一つ仕事を成功させた。




