幕間2―9 あの日のぼくたち、わたしたち ~アダー転移編
「アダー、久しぶりネ。最近全然顔見ないから、死んだかと思てたアルヨ」
「ここだけの話。実は一回死んだけど、今日生き返って、キミに会いに来たんだ」
恵璃華とのドライブデートを終えて家に帰って来たなつきは、彼女とのやり取りで思い出した勇者ゲームに、久しぶりにログインしていた。
「アハッ、元気そうで何よりネ。そうそう、知ってるカ? 勇ゲーにまた、アプデ来るらしヨ」
なつきが今、会話している赤いチャイナドレスを来た妖艶な美少女キャラは、テンテン。カンフー映画を愛する中華風ギルド『インヤン飯店』のギルマスだ。
自称だが、香港の黒社会系秘密結社の下部組織に所属し、勇者ゲームのRMTを担当しているらしい。
「知ってるよ。オフィシャルサイトに載っていたからね」
「そか。じゃあ、こんな事は知てるカ? 勇ゲーの運営会社『ハーメルン』の関連会社。あれ、殆どダミーだヨ。しかも、勇ゲーの開発者が皆、半年前から行方不明ネ」
「へぇ、面白い話だね」
テンテンの話は嘘も多いので、話半分に聞き流すなつきだった。
「そして、もう一個。面白ものアルネ」
そう言うと、テンテンはステータス画面を開いて、外部データを表示させた。
彼女が見せたのは、どこかの惑星の写真だった。
「なんだい、これ?」
「ハーメルンにハッキング仕掛けて手に入れた画像ヨ。『神々の故郷』と書いてアルネ。添付のテキストファイルになんか書いてあるヨ。お前、英語読めるカ?」
「馬鹿にするなよ。ボクは学校で英文聖書を読まされているんだぞ?」
なつきはそう言うと、テンテンから送られて来たテキストファイルを展開した。
「なになに……第三次エクソダス・リプライスメントヒーローズ? ……なんだい、これは?」
「さネ? ゲームの企画書じゃないのカ。そこで止まるとつまらないヨ、ささと続き読むネ」
テンテンに促されて、なつきがテキストファイルに再び目を通す。
「久遠に失われし、七つの世代。輝ける黄金の時代の終わり、バベルの塔は溶解し、十三番目の暦は忘れら去られた。プロメテウスの火とルシファーの智慧は、二匹の猿を白痴の楽園から解き放ったが、その代償として庇護者である神を失った。神の愛を失った罪深き愚かな猿の子らは、新天地で生まれ変わるしか、もはや生き残る術は残されていない――」
なつきはテキストデータを読み終わると、ふむと言って口を閉じた。
「なぁ、さっきからキミが寄越しているデータは、一体なんなんだい? オカルトや都市伝説が好きなキミの中二病ノートなのかな?」
「違うわ! それは全部、勇ゲー運営会社に、ハッキング仕掛けて引き出したデータアルヨ!」
なつきの何気ない発言に、テンテンが強めにツッコんできた。
「多分、新作の企画書か、資料だろうネ。このデータ群のタイトルは、『神々の故郷。遥かなるエデンへの旅』ヨ。どう? 面白い情報ダロ?」
テンテンがワクワクした様子で言うなり、なつきが気の無い返事を返す。
「それなりにはね。しかし、テンテンにハッキングの知識があるなんて、知らなかったな。凄いじゃないか」
「ハッキングぐらい朝飯前ヨ。なんたってワタシ一日中、ネットしてるからネ。なんでも知てるヨ。PCは、ネットの海に繋がる窓ネ。この窓の向こうには、広大な宇宙が広がっているヨ。欲しい知識は何でも手に入るアルネ」
なつきが褒めるなり、テンテンがどこか得意げに語った。
「ネット中毒を随分と詩的に表現するじゃあないか」
「ネット中毒、馬鹿にするよくないヨ。ネットやらない奴は、知識の範囲が半径十メートル、よくて百メートルネ。お外をうろちょろしても、知ることが出来るものなんて、たかが知れてるネ。それにネットやらない奴は、大抵テレビに洗脳されてる馬鹿ばっかアル。奴らのいうリアル、それは支配者が用意した幻想ネ。奴ら普通の人達は、常識という名のドラッグにラリってるジャンキーアルヨ」
「おいおい、酷い言い草だなぁ」
「ワタシ、間違った事言ってないアルヨ。そんな普通の人に対して、ネット中毒者は真実を知ってる賢者ネ。パソコンのモニターという窓越しに、広大なネットに繋がり、そして真実の世界を見ているネ。お前、サイバートウキョウに棲んでる癖に、土人みたいな事言うなヨ」
気の強いテンテンが煽って来るなり、なつきは軽く笑って肩をすくめた。
「テンテンは、口が悪いなぁ」
「思った事正直に言ってるだけヨ、口悪ないネ。そろそろアプデの時間ヨ。ワタシ、一回ログアウトするアル。話の続きは、アプデした後、ゲームの中でしよネ」
そう言って、テンテンがログアウトするなり、なつきもログアウトした。
ログアウトしてしばらく経つと、運営からアップデートのお知らせが入った。
『あたらしい冒険をはじめますか?』
勇者ゲームにアクセスすると、ログイン画面にそんな文面が表示された。
「あたらしい冒険ねぇ……するつもりはもうないけど、一応アプデしておこうかな」
もうゲームはやめるつもりだったなつきが、気乗りしない様子で「はい」を選んでクリックする。
次の瞬間、PCモニターが、目も眩まんばかりの強烈な光を発した。
「え?」
声を漏らすと同時に、なつきが何度も目にしたことがない様な、眩い光が彼女の体を包み込んだ。
強烈な光はすぐに渦となり、まるで嵐の様に激しく彼女の体を揺さぶった。
そして、気が付くと、白に塗りつぶされた意識が途切れて、全てが暗闇に包まれた――。
「なんだ今のは? 突発性のめまいか……ん?」
激しい視界と体の揺れの正体を確かめようとしたなつきは、奇妙な違和感に気付いて思わず動きを止めた。
「……ここは、どこだ?」
先程まで確かに自室にいたはずなのに、今なつきは、見知らぬ街に立っている。
なつきは急に不安になって、慌てて自分の体を触った。
しかし、なんらかの異常は感じられないし、損傷や怪我もない。
先程の激しいめまいも、既に何事も無かったかの様に治まっている。
「……奇妙だな」
真っ白になった視界は既に正常に戻っており、しっかりと目が見える。激しい振動を感じた体もちゃんと思い通りに動き、五感にも異常は無い。
「五体満足で、どこにも異常は無い……」
しかしその「異常が無い」という事が、なつきに嫌な違和感を覚えさせた。
その違和感の正体をなつきが確かめようとするなり、近くでざわざわとした声が沸き上がった。
「なんだよ、これはぁぁぁーっ!?」
「どうなってんだ!? 訳分かんねーよ! なんだよ、コレっ!? どこだよ、ココっ!?」
「誰か出てこいよっ! おいっ! ふざけんなっ!」
「質の悪いドッキリなのかッ!? それとも、拉致なのかよッ!?」
「誰でもいい、説明してくれよッ! 助けてくれよォォォーッ!?」
傍らから、完全にパニックを起こした人々の悲鳴が聞こえる。
それはまるで、突然、牧場から屠殺場へ連れて来られた家畜のような悲鳴だった。
「……やれやれ」
群集の余りにも混乱と恐怖が透けて見える情けない悲鳴を耳にするなり、なつきは急に冷めた気分になった。
「まったく、すぐに取り乱すなよ。ダサい連中だなぁ」
パニックを起こしている他人を見る事で、冷静になったなつきの口から、そんな台詞が無意識に飛び出した。
どうやら、もう既になつきは、平常心を取り戻すことが出来たみたいだ。
「で、ここはどこなのかな?」
異常事態に対しても眉一つ動かさないクール過ぎるなつきは、状況を確認する為に、辺りをぐるりと見回した。
見えるのは、どこか見覚えがある西洋風のファンタジックな街並み。そして、路上に這いつくばり、激しくパニックを起こながら喚き散らす大勢の人間だ。
「彼らも、ボクと同様の境遇って事なのかな? しかし、皆、勇ゲーのキャラみたいに、とんちきな格好をしているのは何故だろう?」
見える範囲内にざっと百人以上は存在する人々は、皆『勇者ゲーム』のキャラクターの様なファンタジックな格好をしていた。
奇妙過ぎる光景を目の当たりにしたなつきが、ふむと唸るなり、近くにいた男が突然、大声を張り上げた。
「この状況は、ゲームそっくりの世界にレベルカンストの最強状態で異世界転移したと確信するぜッ! となれば、やることは一つッ! 俺TUEEEE無双で、ハーレム作りでござるぅぅぅーッ!」
そう叫ぶのは、見るもおぞましい絶世のキモオタだった。
「なんと! ここには魔物がいるのかっ!?」
この場所がどこかは分からないが、どうやらここには魔物らしき不気味な生物が存在する様だ。それを知ったなつきが、慌てて身構える。
「デュフフコポォオウフドプフォフォカヌポウ!」
だが、不気味な魔物は何か危害を加えてくるわけでもなく、吐き気を催す様な不気味過ぎる鳴き声を上げると、そのままどこかに行ってしまった。
「……ここは、危険な場所みたいだね」
当面の危機は去ったとはいえ、今いる場所は危険だ。
なつきは、そう判断すると、すぐさま身を隠せる物陰に逃げた。
そして、身の安全を確認すると、何を思ったか急にニンマリと笑った。
「ゲームの世界に異世界転移か……こいつは実に素晴らしいっ!」
刺激的すぎる状況を目の前にした途端、身を焦がす程の退屈に心を蝕まれていたなつきの体に、突然、活力が湧き上がって来た。
「あはは! 流石ボクの人生だ。これは、突然の素敵な贈り物ってやつじゃあないか! 退屈過ぎて自殺を考えると、必ず運命がボクに突然の贈り物をくれるんだ!」
なつきは体の底から湧き上がるワクワクを抑えきれない様子で、楽しそうに笑った。
「いいじゃないか、いいじゃないかっ! やっぱり人生はこうでないとっ! 予定調和もテンプレもクソ喰らえ! 不条理とカオスこそが、人生のスパイスだっ! あははは! これでしばらく退屈とはおさらば出来そうだっ!」
この瞬間、人生に退屈していたお嬢様界最強の王子様は、危険で素敵でご機嫌な冒険に自ら思いっきり飛び込んだ。




