幕間2―8 あの日のぼくたち、わたしたち ~アダー日常編2~
「アダー。勇ゲーで有名な迷惑キャラとか地雷とかバカとかの狂人共を集めた最凶の迷惑ギルドを作ったんだけど、俺の手に全く負えないから、ギルマスやってくんない?」
「こら。とんでもない事を、昨日知り合ったばかりの相手に普通に頼むな!」
「あ、あと暇だったら受験勉強教えてくれない? アダーってば、いいとこの学生さんなんでしょ?」
「何故、それを今頼んだんだい? キミ、人との距離感が狂っているぞ……!」
奇妙過ぎる縁で知り合う事になった一種独特の感性を持つ少年・暁真太郎と出会った事で、なつきは長きに渡る退屈から解放されていた。
「なつき先生! 今夜野宿になったから、多摩川で自給自足生活して来るよ!」
「キミ、正気かい!?」
というのも、常識離れした馬鹿さに加えて無駄に行動力がある為、すぐに暴走する真太郎は、なつきを決して退屈させる事が無かったからだ。
「正気だけど? 財政破たんしたアメリカのデフォルトおよび、米中戦争が起きた際の経済崩壊に備えて、今のうちにサバイバル能力を鍛えているんだよ」
「ほぅ、なかなか面白い事を言うじゃあないか。よし、真太郎一人だと、蛇やカエルに飽き足らず、人間を襲って食べかねないから、ボクも同行しよう」
自分の人生には今まで存在しなかった人種である真太郎を、いたく気に入ったなつきは、彼と公私に渡って付き合い、今では家庭教師と教え子の間柄を超え、姉と弟の様な関係になる程に親しくなっていた。
これでやっと退屈がまぎれると思った矢先、またもや問題が起きた。
ゲームではラスボスを倒してストーリーを終えてしまい、リアルでは教え子の真太郎の受験が終わってしまったのだ。
「ゲームはクリアしちゃうし、真太郎の家庭教師も終わってしまったし、まったくもって退屈で死にそうだ」
再び退屈の魔の手にからめとられたなつきは、代わり映えのしない日常に鬱屈とした思いを募らせていた。
「やっぱり、内部進学しないで、他の大学に行くべきだったかなぁ? でも、幼稚舎から大学までお嬢様学校で過ごしたっていう経歴は、下手に一流大に行くよりも遥かに利用価値があるしなぁ……」
大人になったなつきは、幼い頃と違って世間知という物を身につけていた。
「ま、主席で入学出来たおかげで入学金と授業料が免除になったから、高級外車が買えたし、結果オーライなのかな?」
不器用過ぎた幼い頃に比べて随分とずる賢くなったなつきが、そんな事をひとりごちると、一人の女学生が彼女に声をかけて来た。
「ご機嫌よう、ミスター・なつき」
カフェテラスでお茶をしているなつきの前に現れたのは、長い黒髪を揺らす深窓の令嬢・鳳凰院恵璃華だ。
鳳凰院恵璃華は、華族系財閥・鳳凰院グループの一人娘という、正真正銘のお嬢様だ。容姿端麗にしてスタイル抜群、毅然とした立ち振る舞いに、凛々しくも華々しい雰囲気――と正に『THEお姫様』と言った佇まいの恵璃華は、なつきの通う学校の生徒達の誰もが憧れるお姫様的存在だ。
「誰が、ミスターだって? ボクは『ミス』だよっ!」
高校生になってから、ひょろりと背が高くなったなつきは、その中性的でボーイッシュな見た目のせいで、学校の皆に王子様扱いされ、『お嬢様界最強の王子様』と呼ばれていた。
「妙な呼び方はよしてくれ」
だが、なつきは、それが大いに不満だった。
「うふふ。それは、ごめんあそばせ」
不満げに口を尖らせるなつきを見て、楽しげに目を細めた恵璃華が何かに気付く。
「あら、また御髪の色を変えたのかしら?」
「金髪にしたら、君がおめでたい頭だとか言ってからかうから、シックに銀髪にしてみたんだよ」
「あらあら。クールで唯我独尊に見えて、意外と人の言う事を気にする質ですのね」
「ボクは女の子だから、繊細なんだよ。がさつで世間知らずなキミと一緒にしないでくれ」
「おやまぁ。繊細な女の子は、そんなお行儀の悪い態度はとらなくってよ?」
そんな風にしてなつきと楽しげじゃれ合っていた恵璃華が、不意に話題を変える。
「ところで、なつきさん。貴女、もうゼミは、お決めになって?」
「いや。どれも退屈そうなものばかりだから、どこにも入らないと思うよ」
「まぁ! サークルにも入らず、ゼミにも入らないつもりなのかしら?」
「つまらない人達と、つまらない時間を過ごす事が、ボクの学生生活に必要な事だとは思えないものでね」
なつきがそんな皮肉気な事を言うなり、恵璃華が柳眉を吊り上げた。
「貴女、ただでさえ授業もサボりがちで、必要最低限の単位しかとっていないのに、サークルにもゼミにも入らないって、一体全体どういう事なのかしらっ!?」
積極性と学習意欲に欠ける不良学生のなつきを、優等生の恵璃華が問い詰める。
「退屈なんだよ。何もかもがさ」
不意になつきが、そんな言葉を漏らして遠くを見つめた。
物憂げな眼差しの彼女が見つめるのは、楽しそうに笑いながらキャンパス内を歩く女学生たちだ。
「刺激と緊張感の無い平和な毎日って、こう……頭の中がゆっくりと腐っていく気がしないかい? ボクはする。子供の頃、周りにいるのは、無知な間抜けばかりで、どうして世界はこんなにつまらない場所なのかとよく思ったよ。そんな間抜けを出し抜き、全てをそつなく上手にこなして楽々の乗った学歴社会の成功者のレール……見ようと思えば、先の先まで見える自分の退屈な人生を想うと、気が狂いそうになる……」
「なつきさん、急にどうしたの?」
「これから青春が終わり、大人に堕ちた後、ただあてども無く働いて、買って、消費して、そして死ぬだけの愉快な大冒険が、老いて朽ちるまで続くと思うと……たまらなく死にたくなる……! でも、必死に誤魔化した。でも、退屈過ぎて苦しくて苦しくて苦しくてっ! 手遅れなる前に、自殺したくなったッ!」
何を思ったか、なつきは、鬼気迫る様子で物騒な事をとうとうと語り続けた。
「なつきさん? 貴女、さっきから何を言っているのかしら……?」
そんな彼女を心配した恵璃華が、思わず彼女の肩に手を伸ばす。
「でも、ボクは自殺衝動に耐えたッ! でも、でも、でもッ! とうとう昨日、これ以上耐えられなくなって、夜明けと同時に自殺しようって――ッ!」
我を忘れたかの様に語り続けるなつきの肩を、恵璃華が思いっきり掴む。
「なつきさんっ! これ以上、考えるのはおよしなさいっ! 考えすぎて死んでしまうわよっ!」
すると、なつきがハッとした様子で我に返り、恵璃華の顔を見つめた。
「そんな事を想いながら、お昼ご飯は、タラコスパゲティを食べようと思ったよ」
我に返ったなつきはそう言うと、冗談めかして爽やかに笑った。
そんななつきを見た恵璃華が、一安心したかの様に、ほっと溜息を漏らす。
「んもう。貴女は完璧な王子様だけれど、良からぬ事を考えすぎる所が玉に瑕ね」
恵璃華が呆れ顔でそんな事を言うなり、なつきがニヤリと笑う。
「キミは完璧なお姫様で、単純明快な所が何よりも素敵だよ」
「ふん。生意気に皮肉が言えるのなら、もう大丈夫そうね」
恵璃華が黒髪を手で払って不機嫌そうな顔をするなり、なつきが無邪気に微笑む。
「ありがとう、恵璃華。キミのおかげで命拾いしたよ、ちょっとキミに恋しそうだ」
そんないたずらっ子の様ななつきの顔を見るなり、恵璃華は怒る気も無くしてしまったようだ。
「まったく、すぐに人をおちょくって。子供の頃から何も変わらないんだから」
恵璃華にたしなめられるなり、なつきがわざと子供ぶる。
「あーあ、ゲームの世界に行けたらなぁ~。きっと楽しい楽しい大冒険が、ボクを待っているのにぃ~」
「んもう! 子供みたいな事を言うのは、およしなさい。冒険したければ、現実世界ですればいいでしょう」
「現実世界で、最高に面白い冒険をしてみませんか? 最初のステージは、現世ステージだ! まず子供時代は、頭をからっぽにして奴隷になる為の知識を丸暗記しよう! 大人になったら、自分以外の誰かの利益の為に必死で働こう! 途中、ステータス・世間体を良くする為に、愛してもいない人と結婚しよう! 出来ちゃった結婚ならベストだよっ! 結婚したら、必要の無い物をたくさん買って、たくさん消費して、子供に借金をいっぱい残して、次の天国ステージに行きましょう!」
「んもう! 本当に皮肉屋なんだからっ!」
なつきに良い様にからかわれるなり、恵璃華が拗ねてぷいっとそっぽを向いた。
「そんな事より、なつきさん。最近、ゲームに来ないじゃないの。『勇者ゲーム』は、大学に行って学校が変わっても、皆で集まれる様に、と始めたものなのよ? たまには顔ぐらい、お出しなさい」
「ゲームはもう終わったんだ。皆と連絡を取りたければ、適当なSNSですればいいじゃあないか?」
「それでは、普通過ぎてつまらないじゃない。折角、ゲームでのサロンとして、『ポム・アンプワゾネ』を作ったのに、SNSなんて使ったらもったいないわ」
箱入りのお嬢様だからなのか、恵璃華は、ちょっと変わった感性を持っていた。
「それに、なつきさんは大学に行ってから、学校の皆とあまり関わりを持たなくなったって、後輩たちが寂しがっているわよ。何か、理由がおありかしら?」
恵璃華がそんな事を言うなり、なつきは顎に細い指を添えた。
「理由? ただ忙しいだけさ。だけど、可愛い後輩達を寂しがらせちゃ、可哀想だね。よし、近いうちに、暇を見つけて高校の生徒会にでも顔を出すとしよう」
なつきはそんな事を言うなり、おもむろに立ち上がった。
「実は先日、車を買ったんだ。良ければこれから、ドライブにでも行かないかい?」
王子様じみた爽やかな笑顔で恵璃華をナンパしたなつきが、大学の駐車場に停めてある車を指さす。
「まぁ、真っ赤かっ!」
「真っ赤なスポーツカーなんて、お金持ちの王子様が乗っていそうで、実に素敵だろ?」
「まったく。自分で王子様だなんておっしゃっていたら、世話無いですわ」
「そう言った方が、恵璃華が喜ぶと思ったんだよ。実際、ボクにデートに誘われて嬉しいだろ?」
「どうだか」
呆れ顔の恵璃華をからかったなつきが、まるでお姫様をお誘いする王子様の様に恭しく手を差し出して、爽やかに微笑む。
「それでは、恵璃華お嬢様。このわたくしめと、めくるめく冒険に出かけましょう」
なつきの日常は、退屈な日常だった。
「わたくしを退屈させたら、許さなくってよ?」
「もちろん」
だが同時に、愛すべき日常でもあった。




