幕間2―7 あの日のぼくたち、わたしたち ~アダー日常編1~
「退屈過ぎて自殺しそうだッ!」
化野なつきは、人生に退屈していた。
そんななつきは、賢い女の子だった。
三歳になる前に、読み書きそろばんを習得し、おとぎ話の絵本の代わりに、百科事典を読み、親相手に難しい科学や歴史、政治に文学について話す子供だった。
それだけだったら、早熟すぎる天才幼女、あるいは稀代の麒麟児という事で、万々歳だっただろう。
だが、なつきの嗜好には問題があった。
「パパ。世界は病んでると思うの。やはり、腐敗した支配者階級を暴力によって打倒し、政治と経済を国民の手に取り戻さないといけないよねっ!」
なつきは、シンデレラよりも、チェ・ゲバラに憧れを抱くような子供だったのだ。
「闘争と革命によって、ボクらは真の自由と愛に目覚めるのだーっ!」
そんななつきは、四歳にしてフランス革命とキューバ革命の類似点と相似点をお絵かき帳に列挙し、資本家階級を打倒する為の市民による革命運動と、それに連動する市街地における近代ゲリラ戦法を、お人形を使ってままごとで実演して見せる様な鬼子に成長してしまっていた。
「これはマズい! このままじゃ、この子は将来、革命家かテロリストだっ!」
幼稚園に上がる前にして過激派革命家の素養を垣間見せた娘を心配した警察官の父親の手によって、なつきはカトリック系のお嬢様学校にぶち込まれる事になる。
賢いなつきだったから、突然がらりと環境が変わっても、すんなり対応する事が出来た。
だが、そこでも問題が発生した。
「人類を愛する神だと? ならなんで、この世界には、こんなにも不幸があふれているんだっ!?」
カトリック系の学校に入れられたせいで、神に出会ってしまったのだ。
「神はなんで人間を愛する……こんな醜く愚かな人間を……!? 悪魔はなんで人間を貶めようする、すでに落ちる所まで落ちたゴミ屑だぞ……っ!? はぁはぁ……神も悪魔も実在するのか? はぁはぁ……うぅ……! め……目に見えないし、有史以来、その……その存在を確認した証拠も無いんだ……ぞ……おえええええええ!」
なつきは神の正体を暴こうとするあまり、生まれて初めて知恵熱を出した。
「なつきちゃんっ!? 吐くほど考えるなんて、アナタ、考え過ぎよっ! もう神様について考えるのは止めなさいっ!」
熱にうなされ吐くほど神について考え続けた娘を心配した母親によって、なつきは神について考える事を禁止された。
「神様について考えるのは止めて、学校でお友達と遊んで来なさいっ!」
だが、神について考えるのを止めて友達と遊ぼうにも、ぶち込まれた学校が、伝統を重んじる由緒正しきお嬢様学校だったという事が、なつきにとって良くなかった。
「何もかも、うんざりだ。今や腐り果てた伝統と、偽りを基礎にした常識の檻で囲まれた箱庭の様な学校……! 白痴の天使の様に無邪気に微笑んでいるだけの同級生……! 反吐! 吐かずにはいられないッ!」
その出生から元々、なつきは社会やルールに縛られるのが大嫌いだった。
だから、格式ばった常識と伝統が支配する箱庭の様なお嬢様学校は、彼女にとって牢獄にも等しかった。
賢いが世間を知らない幼いなつきは思った――
『この世界はきっと間違っている。そんな世界に適応している皆は、狂っているんだ。なんで、皆と同じ事をしなければいけないんだ? なんで、皆と同じ様に笑ったり、泣いたりしなければいけないんだ?、なんで、つまらない奴らのつまらない話を聞かなければいけないんだ? なんで、なんで、なんで――!?』
「普通ってなんだ? この悲しみと憎しみで溢れ返った狂った世界に、疑問を感じない普通ってなんだ? ひょっとして、この世界を普通と思えないボクの方が、狂っているのか? ボクは狂人なのか……?」
幼さに不釣り合い過ぎる賢さを持ってしまったなつきは、それ故に、お嬢様を純粋培養したかの様な同級生達と馴染む事が出来なかった。
「いや、違う! この差別や殺戮がまかり通る世界で、ノイローゼになったり、死ぬほど悩まずにいられる『普通の人』の方が、狂人だっ! お前ら全員、どうかしてるぜっ! この狂った世界で『普通』の奴ほど怖いものはない! 『普通』の人とは距離を置き、狂った世界と対峙しなくては、ボクは喰われてしまうっ!」
小学生にもならないうちに、世の中や人生の意味について悩むようになった早熟すぎるなつきは、学校に居場所を失くし、愛する家族からも理解されず、遂には、この世界にたった一人で戦いを挑むような少女になってしまった。
「世界と戦う為に、ボクは世界を知らなければいけないっ……!」
世界と対峙する事を選んだなつきは、今や敵となった世界を理解する為に、聖書から百科事典、料理書からファッション雑誌に至るまで手当たり次第に本を読み漁り、サブカルチャーからハイカルチャーまで、分野を問わず知識を貪欲に求めた。
「キミ達、僕より三十年も長生きしているのに、こんな事も知らないのかい?」
聡明さが悪い方向に暴走してしまったなつきは、いつしか、周りの誰よりも賢くなってしまった。
そして、幼さに手に余る知識は、いつしかなつきを傲慢にしてしまった。
「キミ達は教師失格だ。だって、キミらは大人ではなく、ただ年老いた子供に過ぎないんだからね。なんだい、その腹立たしげな顔は? 馬鹿にされたくないのならば、シュタイナー教育ぐらいかじっておけよ。大体、GHQによる愚民奴隷育成計画である偏差値教育に何の疑問も無く従事している時点で、キミ達は国家反逆罪が適応されるんじゃないのかい? 革命の意志も国家転覆の闘志も無く、ただ怠惰に金の為だけに働く愚鈍な国賊風情が、このボクに説教なんかするんじゃあないッ! 恥を知れッ!」
子供なのに、おしゃべりではなく弁論をする様になったなつきは、専門用語と罵倒だらけの訳が分からない会話で、常に大人達を煙に巻いて皮肉る様な嫌な少女になってしまった。
「アンタ、訳分かんない事ばっか言って生意気なのよ!」
出る杭は叩かれるのは世の常だ。当然、皮肉と傲慢に支配されたなつきの周りには、敵がうようよ湧くようになった。
「生意気なのは、お前だ。愚か者は死ぬがいいっ!」
だが、幸いにも知力だけでなく、運動能力にも優れていたなつきに、敵はいなかった。
それになにより、運が良かったのは、美少女にも美少年にも見える中性的な美しい容姿に生まれついていた事だ。
誰もが息を飲む美貌を持っていたおかげで、なつきは、いじめられたりするどころか、むしろ一種独特の威厳を手に入れ、出過ぎた杭として手の出せない不可侵の存在になる事が出来たのだ。
そんな感じで小学生に上がったなつきに、ある時、転機が訪れる。
「ちょっと、そこの貴女っ! お花にお茶、ダンスにお歌まで極めたこのわたくし、鳳凰院恵璃華より成績が良いって、一体全体どういうことですのっ!?」
「なつきちゃんって、なんでも知ってて、なんでも出来てすごいのねっ! 百合子びっくりだわっ! もしかして、先生よりもすごいんじゃないのかしら?」
何度負けても自分に挑み続けて来る勝ち気なお嬢様・鳳凰院恵璃華と、まるで聖母の様に全てを優しく受け入れてくれる女の子・白鳥百合子に出会ったのだ。
「……変な奴ら」
得てせず出会う事になった彼女達との触れ合いの中で、なつきは触れる者全てを傷つけるナイフの様な人格を鞘に納める術を獲得した。
そしていつしか――
「「「キャー! なつきお姉様ぁー!」」」
「みんな、愛してるよ」
眉目秀麗にして頭脳優秀、その上、華やかで優しい性格を手に入れたなつきは、誰からも愛される存在になっていた。
傍目には全てが順風満帆に見えたが、またしても問題が発生する。
「……退屈だ」
全てを手に入れたが故に、なつきは人生に対して無視できない程の退屈を覚える様になってしまったのだ。
そんな時、何気なく彷徨っていたネットの海であるゲームを見つけた。
『勇者ゲーム』とかいう、MMORPGだ。
なんでも、開発にオカルト的秘密結社の連中が関わっているとか、ストーリーが死者の書と死海文書、古エッダなどの古文書をベースにしているとか、英国王室からアラブ諸国の王族に至る世界中の大富豪が出資しているとか、国連軍が将来の惑星移住に際した侵略シミュレーションとして作ったとか、中国とロシアのウィザード級のハッカー集団が攻撃を仕掛けるも、ハッキング出来なかったとか、CIAやKGB、モサドなどの各種諜報機関が運営会社をマークしているとか、とにかく、なつきの好奇心をくすぐる怪しげな噂が、いくつも付きまとうゲームだったのだ。
「ほぅ。退屈しのぎにはちょうどいいじゃあないか」
退屈を持て余していたなつきが、飛びつかない理由はなかった。
普段ゲームなんてしないなつきだったが、『勇者ゲーム』には思いがけずのめり込んでしまった。
というのも、MMORPGという都合から、勇者ゲームには大勢のプレイヤーが存在し、リアルタイムで同じゲームを遊んでいたからだ。
そこでなつきは、かねてから温めていた独自の革命理論を使って、勇者ゲームの世界を支配してみる事にした。
「ふふん。ゲームがもたらす匿名性によって、無個性になったプレイヤーは、まるで顔の無い群衆だな。学校の連中よりも簡単に操れるじゃあないか」
『勇者ゲーム』という戦場を得た事で、天性の革命家気質を遺憾なく発揮したなつきは、ゲーム開始一週間にして既存のギルドを全て乗っ取ってしまっていた。
そんな折、どんな勝負であれ、なつきに挑まずにはいられない勝ち気なお嬢様・恵璃華が、噂を聞きつけて勇者ゲームの世界にやって来た。
「最近、生徒会に顔を出さないと思えば、随分楽しそうな事をやっていますわね。このわたくしエリーゼが、お相手いたしますわっ!」
「……恵璃華、こんな所にまでボクを追って来たのかい?」
なつきと双璧を成す、学校での人気者である完璧お嬢様の恵璃華が、勇者ゲームを始めるなり、その噂は瞬く間に学校中に広まってしまった。
「「「きゃー! なつきお姉様と、恵璃華お姉様のバトル勃発ですわーっ!」」」
「……参ったなぁ、皆まで来たのかい?」
退屈しのぎと同時に、ファンの女子達の付きまといから逃れる為に始めたゲームだったのに、あっという間に学校と同じ様になってしまった。
「ただゲームをするのはつまらないから、みんなのサロンになるギルドを作りましょうよ。そうすれば、場所も時間も電話料金も気にする事無く、いつでもみんなでおしゃべりができるものっ! ね、なつきちゃん。素敵な思い付きだと思わない?」
「まったく、百合子まで……。たまにはボクを一人にしてくれよ」
ゲームの中でも自分を慕う無数の女の子達に取り囲まれて、ストレスを感じていたなつきは、ある日ふと自分のギルドを離れてみる事にした。
「皆がボクを慕ってくれるのは嬉しいけれど、昔の孤独だった頃が懐かしいや……」
自分を好いてくれる人々に囲まれたが故の幸せな不幸を嘆いて、孤独を懐かしむなつきの前に、突然妙な奴が現れた。
「確かに、一流と呼ばれるエリート達には努力家も多く、『努力をすれば、夢は何でも叶う』とのたまう輩が多いだろう。だが、それは通常、経済的に恵まれた温かい家庭の元に、心身共に健康で生まれたからこそ言える事だ。そんな彼らは、努力を許されない環境にある人達が存在すると言う事実を、全く想像出来ていないッ!」
目つきの悪いヒーラーの少年は、音声チャットを誰にでも聞こえるパブリック状態にして、街いく人を相手に辻説教をしていた。
「俺が言いたいのは、エリートとは決して自分の力でエリートになった才能と実力がある存在ではなく、まっとうに成長できる幸運に恵まれただけだけの存在にすぎないという事だっ! そもそも、格差問題の出発点は、そういう『環境』に対する認識の差が根源となっている事を、諸君はしかと理解しなくてはならないッ!」
「おや。ゲームの中で辻説教とは、面白いアホがいるぞ」
革命家の様な口ぶりで、集まった人々を煽っている妙な少年を見つけたなつきが、思わず興味を惹かれて立ち止まる。
「だから、全人類の男は、今すぐに努力しても『巨乳(エリート)』になれない貧乳の女性に『貧乳も好きだよ』みたいな戯言を言って期待を持たせるのは止めろッ! お前ら絶対、巨乳好きだろッ! 巨乳の女の子と貧乳の女の子が同時に『おっぱい揉んでいいよ』って言ったら、光の速さで巨乳を揉むだろ、揉みしだくだろッ!」
「急に何言ってんだ、お前ーッ!?」
群集相手に少年がとんでもなく馬鹿な事を言い出すなり、なつきは思わず人目もはばからず、大声でツッコんでしまった。
「確かに貧乳はクソだ。見てて全然興奮しない、むしろなんか萎える。だが、それ以上に最低なのは、本当は巨乳好きなのに『俺、美乳派だから』とかほざいて貧乳好きを装う偽善者共だッ! 今から、貧乳好き自称する巨乳好きの偽善者と詐欺師共を根絶する聖戦を開始するッ! 我こそはと思う奴は、この勇者シンタローの元に集えーッ!」
「ボ……ボクは今、本物の狂人を目の当たりにしているのか……っ!」
これが、後に自分の最愛の教え子になる少年との初遭遇だった。




