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幕間2―6 あの日のぼくたち、わたしたち ~刹那転移編~

「二度と口がきけなくなるように徹底的にやる、か……」

 頼れる人もいなければ、友達もいないきらりにとって、寄る辺は『名無しのギルド』メンバーだけだった。

 そのせいで、アダーの忠告もむなしく、刹那は悪い奴らにすっかり感化されてしまっていた。


「よし! やってやる! わたしをいじめたクソ共を、コテンパンに痛めつけてやる……!」

 きらりは、ゲームからログアウトした後、仲間達に言われた物騒な事を、何度も何度も、そして何日も何日も、頭の中で入念にシュミレーションしていた。

 根が真面目でピュアなきらりは、人を疑う事を知らないのだ。

「ゲームでの仲間の助言に従い、学校に行っていじめっ子をノックアウト! 見事、復習を果たしてやるんだからっ!」


 だが、頭の中では上手くいっても、いざ実行に移すとなると、とてもじゃないがそんな事は出来なかった。


「うぅ……。やっぱり、あんな事、わたしに出来る訳ないよぉ~……」

 学校に行って自分をいじめた奴らに逆襲してやろうと意気込んで、半年ぶりに制服を着たはいいが、いざ部屋を出るとなると、途端に怖気づいてしまう気弱なきらりだった。


 そしてそのままベッドに頭から突っ伏し、力なく倒れ込んだ。

「……死にたい。変に希望を持ったせいで、余計に辛くなってしまった……」

 情けない自分にうんざりしたきらりがそう呟くなり、不意にPCのモニターがチカチカと瞬いた。

 どうやら、つけっぱなしにしていたPCにメールが入ったらしい。


「なんだよぉ、誰からだよぉ……?」

 何気なくPCを見ると、勇者ゲームの運営から、アップデートのお知らせが入っている事に気が付いた。

「アップデート? あぁ、この間、魔王を倒したから……」

  

『あたらしい冒険をはじめますか?』


 PCのモニターに映し出されるその短い文章には、妙な引力があった。

 学校でいじめられ、友達には裏切られ、不登校になり、いまや全てを失ったきらりにとって、今いるこの場所は、今すぐに逃げ出したい最低な場所だったからだ。


「あたらしい、冒険……かぁ」

 いじめに挑むために立ち上がったが、何も出来ずにへこたれてしまったきらりにとって、あたらしく何かを始められるのならば、願ったりかなったりだった。


「ふ~ん、あたらしい冒険かぁ。暇つぶしぐらいにはなるか……」

 そんな気の無い事を言いながらも、実はずっと心待ちにしていたアップデートだった。

 というのも、ラスボスである魔王を倒してしまった事で、ゲームのメインストーリーが終わってしまって、やる事がなくなっていたからだ。

 しかも、タイミング悪く『名無しのギルド』のメンバー達も私生活が忙しくなって、これを機に解散してしまっていた。

 

 そんなこんなで、リアルでもゲームでも居場所を失くしていたきらりにとって、このアップデートはまさに僥倖だった。

『名無しのギルド』が解散して以降、きらりは親以外の誰ともコミュニケーションを取っていなかったから、寂しくてたまらなかったのだ。

 

 だが、きっとこのアップデートの知らせを受けて、『名無しのギルド』の連中もゲームに戻ってきているはずだ。全員とはいかないまでも、半分ぐらいは戻って来るだろう。

「よっしゃ! また馬鹿共をからかってやるとするかっ!」

 そんな思いを胸に抱いたきらりが、喜び勇んで『あらたしい冒険』を始める。


 その瞬間、PCのモニターが強烈な光を発した。


「うわぁぁぁーっ!?」

 目も眩まんばかりの強烈な閃光は、きらりが一度も目にしたことがない様な、眩い光だった。

 視界が光によって真っ白に塗り潰されるなり、体が腹の底から振動した。

 それと同時に視界が万華鏡のようにキラキラと光り出し、嵐の中に放り込まれたかのような体感に襲われる。

 グルグルと目が回り出すと、不意に全てが暗闇に包まれた――。


 最初に感じたのは、光。


「な……なんだっ!?」

 きらりは殆ど条件反射的に大きく呼吸をして、自分の身体に触れた。

 手足が引き千切られたかの様な感覚に襲われたが、どうやらただの錯覚だったらしい。その証拠に、自分の細い腕には、どこにも異常は見当たらない。


「なんだったんだ、今のは地震か……?」 

 腕から視線を外して顔を上げると、異様な光景が目に飛び込んできた。

 目の前に広がるのは、どこかで見た様な中世西洋風の街だ。


「……え? ここ……どこ……?」

 先ほどまで、確かに自分の部屋にいたはずだ。

 なのに、今、目の前に見えているのは、煉瓦作りの建物が建ち並ぶ中世西洋風の街だ。


 何がどうなっているのか、全く分からない状況に、きらりの口から思わず乾いた笑いが漏れる。

「ははっ……なんだこれ……?」

 すると、近くで何かが動き、叫び声を上げた。

 

「なんだよ、これはぁぁぁーっ!?」

「どうなってんだ!? 訳分かんねーよ! なんだよ、コレっ!? どこだよ、ココっ!?」

「誰か出てこいよっ! おいっ! ふざけんなっ! 」

「質の悪いドッキリなのかッ!? それとも、拉致なのかよッ!?」

「誰でもいい、説明してくれよッ! 助けてくれよォォォーッ!?」

 傍らから、完全にパニックを起こした人々の悲鳴が聞こえる。

 

 大の大人達が張り上げるのは、余りにも情けない悲鳴だった。

『名無しのギルド』の奴らと一緒にいる事で、すっかりスレてしまった普段のきらりならば、「はっ! 馬鹿か、こいつら?」と鼻で笑いもしただろう。


「……え? 拉致……?」 

 だが、今は一人ぼっちのか弱い女の子なのだ。

 鼻で笑うどころか、むしろパニックを起こした彼らに影響されてしまい、一瞬のうちに恐怖に憑りつかれてしまった。

「いやっ……!」

 

 悲鳴にも似た嗚咽を漏らすなり、隣にいた男が突然、大声を張り上げた。

「この状況は、ゲームそっくりの世界にレベルカンストの最強状態で異世界転移したと確信するぜッ! となれば、やることは一つッ! 俺TUEEEE無双で、ハーレム作りでござるぅぅぅーッ!」

 そう叫ぶのは、見るもおぞましい絶世のキモオタだった。


「ヒィ!」

 あまりのキモさに、きらりが思わず悲鳴を上げる。

「待ってたぜェ、この瞬間をよォ! くそったれなリアルにはおさらばよッ!」

 絶世のキモオタは不敵な顔でそう叫ぶと、刀を天に突き上げ、ダッシュでどこかに行ってしまった。


「な……なんだったの、今の……?」

 絶世のキモオタがいなくなるなり、きらりは安心してほっと胸を撫で下ろした。


「アイツ今、ゲームの世界に異世界転移とか言ってた……よな……?」

 確かにあのキモオタの言う通り、この場所はよくよく見てみると、勇者ゲームに出て来る『オリエンスの街』にそっくりだった。

 なんとなくゲームの事を思い出すなり、きらりの目の前にゲームのステータス画面そっくりの物体が出現した。


「うわっ! なんだこれっ!?」

 と最初は驚いたきらりだった。

 だが、すぐに好奇心の方が優ってしまい、目の前のステータス画面そっくりの物体に、おそるおそる触れてみた。


「さ、触れる……?」

 指の動きに連動するステータス画面そっくりの物体に、害が無いと分かるなり、きらりは好奇心のおもむくままそれをいじってみた。

 その物体の挙動は、ゲームに出て来るステータス画面とそっくり同じ様に思える。

 すると、頭の中に妙な考えが浮かんで来た。


「……まさか、本当にゲームの中に異世界転移しちゃったの……?」

 表面上はすっかりひねくれてしまったきらりだったが、その本質は夢見がちな中二病少女なのだ。どこかで見聞きした『異世界転移』という言葉に、興奮しない訳が無かった。

 それに、彼女にとって現実は、苦痛と悲しみに満ちた唾棄すべきものなのだ。

 現実とは違う場所にいる、という今の状況は、ある意味で僥倖とすらいえた。


「あはっ! こいつは面白くなってきやがったっ!」

 だから、彼女は笑った。


「異世界転移で俺TUEEEEかっ! クソったれだった俺の人生が、急に面白くなってきやがったぜっ!」 

 この瞬間、小さなきらりの大冒険が始まった。

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