幕間2―5 あの日のぼくたち、わたしたち ~刹那日常編3~
「――それで、そいつ自分の部屋に閉じこもりっぱなしでさぁ……そんな暗い気持ちで毎日を過ごすのは、本当に辛いと思うよ。本当に苦しいと思う……。なんかさ、一日中眠くて、一日が過ぎるのがすごく遅いんだって。でもさ、一日が過ぎたらよく覚えていなくって、今いる場所が、夢なのか現実なのかあやふやになっちゃってるらしいんだ。それで……なんだかよく分からないうちに毎日が過ぎていってて、不安と焦りだけがドンドン大きくなっていく中で、なんとか生きてるって状態みたいなんだ……」
きらりは、事実をところどころぼかしながら、でも自分の置かれた苦しい状況をしっかりと皆に話して聞かせた。
「オウフ……! まるで我がことの様に、胸が痛むでござるよぉ~……!」
きらりの思いが通じたのか、絶世の美剣士イナバが感極まって咽び泣いた。
「うぅ~! その子、超かわいそぅー!」
感情表現豊かなさくにゃんが、思わずもらい泣きする。
「若いのに大変ねぇ、お姉さん同情しちゃうわぁ」
そう言って、ジェニファーが悩ましげにため息を漏らす。
普段は自分の話を真面目に取り合ってくれない皆が、真剣に話を聞いてくれた事が嬉しくなったきらりは、思わず緊張感を解いて本音を漏らした。
「そいつ、これからどうしたらいいんだろう……?」
すると、シンタローがいの一番に口を開いた。
「テンパってもしょうがねー。焦っても意味がねー。人生は戦いだ、やられたらやりかえせ! それだけだ」
「……馬鹿はいいよな、単純で」
答えにならない答えを返されたきらりが、うんざりしながら落胆する。
すると今度は、ヴァンが腕を組んで偉そうに口を開いた。
「いじめに悩むそいつには、いい知らせと悪い知らせがある。どっちが聞きたい?」
どっかで聞いた様な台詞をヴァンが言い出すなり、こいつは当てにならないと思って、きらりは適当に返事をした。
「じゃあ、最初に良い事聞いて後から落されると嫌だから、悪い知らせから」
「悪い知らせか……。いいか、『学生時代の数年間を我慢して耐えて卒業すれば、その後は、いじめに耐えた分だけ幸せな人生が待っている』なんつー台詞をこの手の話題でしたり顔で言うマザファッカがよくいるが、それは全部フェイクだ。大人になっても待っているのは、エンドレスな残業とローンの支払い、独り身で毎日泣いている俺を出し抜いて結婚したファッキン野郎の結婚式の二次会の幹事の誘いなんかで、人生はちっともバラ色なんかじゃない、むしろ前よりバッドになる」
実体験なのかしらんが、ヴァンは覆面の向こうの目を腹立たしげに細めると、したり顔で語り出した。
「このファッキンな世の中は、ヘッズは全てカス同然だと考える性悪な老害ピンプジジイや、男を金づるにしか思ってない腐れビッチで溢れ返ってやがる。しかも、性別、宗教、肌の色、学歴や職業、果ては趣味に至るまで、どーでもいいような理由に噛みついて他人を毛嫌いし、ビーフを仕掛けてディスって来るワック共で満ち溢ている。残念な事だが、この俺様の様に寛容で思いやりにあふれ、思わず抱かれたくなるブリンブリンなナイスガイは、UFOに乗って地球にやって来たエイリアンよりもレアだ。ほぼいないといっても過言じゃねー。分かったか、チュウボーイ?」
ヴァンはそこまで言うと、おもむろに話を終えた。
「変な単語が満載で、何言ってるか分かんねーよ。つか、いい知らせは無いのかよ……?」
ヴァンにまったく希望の無い話を聞かされたきらりは、暗い気分になった。
「ある。いい知らせ、それは……人間は常に進歩し、成長するという事だ。マザーファッカー共に攻撃されながらも、いつかリベンジする時をモチベーションにして自分をハードコアにビルドするんだ。そうすれば、必ずいいバイブスに包まれ、いいクルーが集まり、ライフ・イズ・ビューティフルとなろう。基本的に、いじめに対する最も有効な反撃は、いじめて来た奴よりも自分が幸せになっている姿を見せつける事だ。人間ってやつは醜く愚かだから、自分が蹴落とした人間がサクセスしてハッピーになっているのを見ると、身を焼かれる苦しみに襲われる様になっている。だから、いじめて来た奴にリベンジするには、自分がビッグに成り上がるのが最も手っ取り早く、実入りがある。以上だ、チュウボーイ、アンダースタン?」
ヴァンは、最後に「俺って良い事言うなぁ~」と言って話を終えた。
「……むぅ。ア、アンダースタン……」
語り口はムカついたが、ヴァンの言う事には妙な説得力があったので、きらりは彼の話になんとなく納得してしまった。
すると、入れ替わりでアダーが話を始める。
「ヴァンにしては、なかなかに良い事を言うじゃあないか。確かに彼の言う通り、意地悪な人はどこにでもいる。だから、傷つくことは大人になっても、いや死を間近にした老人になってもあるだろう。だが、自分を高め、他者への思いやりや自分に自信を持つ事、そして何より常に賢くあろうとする事を忘れないでいれば、悪意ある他者に脅かされる事がなくなり、いつしか幸せを手に入れる事が出来るだろう」
「……そうか。ギルマスが、そう言うなら、間違いないのかもね」
優しく語るアダーがそんな希望に満ちた事を言ってくれるなり、シンタローが馬鹿にしたように鼻で笑った。
「ハッ! 詐欺師共が、綺麗事ばかり並べやがって! おめーらは、なに八先生だよっ? 気持ちの持ちようで人生が変わるか! もし変わっているとすれば、俺は今頃、世界的ロックスターで億万長者でハーレム王だよ! 寝言は寝て言えっ!」
折角希望を抱きかけた所に水を差されたきらりが、ムッとしてシンタローに食って掛かる。
「じゃあ、どーすりゃいいんだよっ!」
「あ? んなもん、包丁とハンマーとモロトフ火炎瓶でも持って学校行って、お前をいじめた奴らを全員ぶっ殺せよ。それで、まるっと解決だよ」
「解決しねぇー! お前、何考えてんだよっ! サイコパスかよっ!?」
「黙れ、お前の方がサイコ野郎だ。生意気に俺達を騙そうとしやがって、その『友達』ってのは、テメーの事だろっ! しおらしい態度で、しょうもない嘘話をしやがって、なんのつもりだ?」
シンタローが無駄に勘が良い所を発揮するなり、刹那がギクリとする。
「は、はぁ!? 俺じゃねーしっ! 俺がいじめられてる訳じゃねーよっ! 人の話を聞けよ、バカタロー!」
「どっちだっていーんだよ。俺が言いたいのは、カスみたいなポジティブシンキングやぬるい話し合いじゃ、いじめは解決なんてしねーって事だよ。いいか、なんで世界中でテロが起きているか、よく考えろ。差別と弾圧には暴力で抵抗するしかねーからだよっ! 暴力によって敵を打倒し、踏みにじられた尊厳を取り戻せッ!」
すぐに過激な事を言って暴走するシンタローが、早速暴走しだしたようだ。
「うるせーよ、バカタロー! なんで発想がテロリストの発想なんだよっ!」
「よく聞け、クソガキ! この世界は弱肉強食だ、人生は孤立無援の戦場だッ! お前を助けてくれる神様もヒーローも、優しい親や頼りになる友達や恋人すらも存在しねぇー! やられたら必ず自分でやり返せッ! 見敵必殺ッ! 以上ッ!」
そんな危険思想じみたシンタローの言葉を聞くなり、何を思ったか、さくにゃんが楽し気に笑った。
「あはっ! 流石シンタローちゃん、いい事言うねぇ! その通りだよぅ☆」
「はぁ? 何が?」
「刹那たん、人生は非暴力主義でも積極的敗北主義でも前には進めないよっ! 人間はいつだって、闘争で未来を掴むんだぁっ! まずは、君をいじめてる相手がいい気になってしゃべっている時に、思いっきり顔を殴りつけてみようっ☆」
天使の様な顔と声で話していたさくにゃんの顔が、不意に修羅の顔に変貌する。
「そして、敵の心に空白を強制的に作って、そこにグサッと来るような事を言って潜在意識に恐怖を叩き込めッ! 『テメーは俺に敵わない、次にその臭せぇ口を開いたら、それがテメーの死ぬ時だァ!』って、教育してやれッ! 肉を切り裂き、骨をへし折り、魂を穢して、絶望を叩き込んでやれいィーッ! お前の事を思い出すだけで、恐怖のあまり発狂して自殺する様に追い込んでやれィィィー!」
「可愛い顔して何言ってんだ、お前っ!? さくにゃん、こえーよっ!」
修羅に変貌を遂げたさくにゃんに、きらりが怯えるなり、ジェニファーが気だるげに口を開いた。
「確かにさくにゃんの言う通り、中途半端に反撃すると訴えられたりするからぁ、二度と笑ったり出来ない様に思いっきりやらないとダメよねぇ~。後遺症が残って口がきけなくなるぐらいが丁度いいわぁん、口封じになるしぃ~。あと~、目撃者には金を配るか、同じく暴力で口をふさぐ事も忘れちゃダメよん? 以上、ジェニファーお姉さんからのアドバイスでしたぁ~」
「そんな怖いアドバイスいらないよっ!」
物騒な事を言って畳みかけて来るギルメンに気圧されたきらりが、仙人を見る。熟考してくれているのか、仙人は先程からずっと黙って髭を撫でていた。
「仙人もなんか言ってくれよっ!」
「…………」
きらりが助けを求めるが、仙人は何も言わずゆっくりと髭を撫でるだけだ。
すると、シンタローが何かに気付いた。
「ジジイ、もしかして寝落してね?」
「はぁ!? 起きろよ、ジジイ!」
仙人が、自分の真剣で深刻な話をないがしろにして居眠りをしていると知るなり、きらりが思わず荒ぶった。
すると不意に、仙人の顔の前に、テキストチャットが表示された。
『同伴出勤で、ザギンでシースー食べた後、ホテルでチョメチョメっとしない?』
「おっと、すまん。誤爆じゃ」
「死ねっ、クソジジイっ! テメーは一生寝てろッ!」
まったく人の話を聞いていなかった仙人が、爛れたリアルを垣間見せるなり、きらりは思いっきりジジイを蹴り飛ばした。
「ったく、なんなんだよ、こいつら! マジでクソだわっ!」
「刹那。念のため言っておくが、シンタローとさくにゃんの話は、絶対に聞いてはいけないよ」
アダーはそう言って、とんでもない事を真顔で言い続けるギルメンに、翻弄されているきらりのフォローに入った。
「言われなくても、聞く訳ないよっ!」




