幕間2―3 あの日のぼくたち、わたしたち ~刹那日常編1~
「学校なんてクソだ」
星宮きらりは、そのアイドルの様な名前に負けないぐらい、可愛い顔をした少女だった。
そんな可愛いきらりはある時、クラスメイトの男の子に告白された。
その男の子は、学校のサッカー部ではエース、芸能プロダクションでは絶賛売り出し中の新人アイドル、と、スポーツ万能&眉目秀麗で、正にアイドルの様な男の子だった。
だから、クラスはおろか、学校全体、いや、地域全部の女の子の誰もが、恋人になりたがる程の人気者だった。
「え? あ、あの……その……ご、ごめんなさいっ!」
だけど、奥手なきらりは、男の子から告白されても戸惑うばかりで、上手く返事が出来ない事を、ただ謝る事しか出来なかった。
「そ、そんな……!」
それを拒否と受け取った男の子は、落胆のあまりしばらく学校に来なくなってしまった。
これだけならば、中学生の不器用な恋のとほほなオチで済んだだろう。
だが、その男の子は学校で一番の人気者で、誰もが恋人の座を狙うアイドルだ。
当然、きらりが告白を断ったせいで男の子が学校に来なくなってしまった、という噂話は、たちまち学校全体に広がった。
それだけならば、まだ良かった。
良くなかったのは、その男の子を好きだったクラスの女王的存在の女の子に、目を付けられてしまった事だ。
噂が学校に知れ渡ると同時に、きらりはいじめの餌食となってしまったのだ。
勿論、主犯はその女の子だ。
ただの逆恨み、いや、逆恨みですらない八つ当たりの悪意を全力でぶつけられたきらりは、ただただ戸惑うばかりだった。
「あ、あぅ……! ご、ごめんなさいっ……!」
心優しく奥手で引っ込み思案なきらりは、他人から剥き出しでぶつけられる敵意と悪意に対して、何も歯向かう術を持たなかった。
学校に行けば、下駄箱に泥が詰め込まれ、教室に入れば机が無い。
決定打だったのは、親友と思っていた仲のいい友達に裏切られた事だ。
「人間なんてクソだ」
信じていた友達に裏切られたショックで、きらりは部屋から一歩も出れなくなってしまった。
そして彼女は、身を守る為にいつしか、不登校になってしまっていた。
行けば悪意にさらされ、身も心も傷つけられる学校に行く気になんて、さらさらなれなかった。
「なんで……わたしが、こんな目にあわなきゃいけないの……?」
何の非も無い自分がいじめられる理由が分からず、何日も真剣に悩んだ。
いじめに対して何も出来ない無力な自分に腹が立ち、情けなさに毎日泣いた。
次第に口数が減り、親とも必要最低限の会話しかしない様になった。
内気だったきらりは、元から友達は少なかったし、さらに親友に裏切られた事で、悩みを相談できる相手は、誰もいなくなってしまった。
友達にも悩みを打ち明けられない、惨めすぎて、親になんてはなおさらだ。
「……ひとりぽっちになっちゃった……」
今や彼女は、冷たく残酷な世界の中心で、ひとりぼっちで泣く事しか出来ない女の子になってしまった。
「こんな世界クソだ……!」
夜、寝ようとする度に、自分から人生の幕を下ろしてしまおう、と何度も思った。
その度に、何度も泣いた。毎日のように泣いて、毎日のように考えていた。
「わたしは、何の為に生きてるんだろう?」――と。
その度に、きらりは熱望した。
「悩みを相談できる相手がいたらなぁ……。ううん、普通におしゃべり出来るだけでもいいよ……」
何もかもを失ったきらりは、誰よりも友達が欲しいと常に思っていた。
悩みと絶望に支配された不登校生活が続いたある日、きらりはネットの中で奇妙なゲームを見つけた。
「勇者ゲーム……?」
『勇者ゲーム』は、全世界に百万人以上のユーザーがいる大人気MMORPGだ。
最先端のCG技術によって描かれる異世界の風景は現実を凌ぎ、自然音を忠実に再現した音像世界は、まるで本物の異世界体験をユーザーに提供している。
現実にうんざりしていたきらりは、ここではないどこかを提供してくれる『勇者ゲーム』に飛びついた。
そして気が付けば、きらりは毎日の様に『勇者ゲーム』にログインする様になっていた。
そこでの彼女は、生まれながらの殺人鬼で、闇しか知らずに育ってきた最強の殺人鬼・『煉獄刹那』だった。
「ヒャハハハ! この剣が血を欲しがってしかたがねェんだよッ!」
新しい名前と姿を手に入れたきらりは、現実世界での鬱憤を晴らす様にゲームの世界で暴れに暴れた。
彼女は見るもの全てを切り裂き、傷つけ、そして破壊した。
まるで、辛い現実を全て壊すかのように――。
## # ## # ##
「俺が、賞金首だとォ!?」
リアルでの鬱憤をゲームで晴らすかの様に、我儘放題、暴れ放題、他人に迷惑かけ放題のきらりだったが、遂に年貢の納め時が来てしまった。
戯れにPKした初心者によってSNSサイトに晒し上げられ、賞金首になってしまったのだ。
「たかがゲームで何ムキになってんだよ、カス共が!」
しかし、きらりは止まらなかった。
最低なリアルから逃げて、ようやく手に入れた自分の居場所から逃げ出す事だけは、絶対に我慢がならなかったのだ。
「この世界まで、テメーらカス共に奪われてたまるかよっ!」
賞金首になったきらりは、前よりも激しく暴れた。
目につく奴を手当たり次第にPKして回った。
ゲームでの戦いは、最早きらりにとっての聖戦だったのだ。
「アホ共の断末魔を聞くだけで元気になるぜッ!」
いつしか、執念の様にPKをするようになった刹那は、誰にも止めれなかった。
彼女が一人殺すたびに賞金額が上がった。
その度に、彼女の首を狙う奴らが増えた。
「こいつはいい! これで一日中、血に不自由しなくなるなッ!」
だがそれは、すっかり闇の世界に生きる血に飢えた殺人鬼・煉獄刹那になってしまった今のきらりにとっては、かえって好都合だった。
賞金と名声狙い威勢のいいだけのアホを殺す事に飽きた頃、賞金稼ぎ達も彼女を恐れて近寄らなくなっていた。
「ここら辺は、大抵狩り尽したな。だが、まだ俺の剣は殺しに飢えているぜ……!」
根城にしていたエリアでは、皆がきらりを恐れるようになり、誰も近づかなくなってしまっていた。
なので彼女は、狩場を移す事に決めた。
きらりは、血と新たな犠牲者を求めて、新たな世界に旅に出た。
「なんだこいつらッ!? バカみてーに強ぇーじゃねーかッ!」
場所が変われば、敵も変わる。
狩場を移して最初に狙った敵に、きらりは追い詰められていた。
最初に襲ったのは、間抜け面を晒したヒーラーと痛い言動する侍だった。
「師匠! 威勢のいいPKが出てきましたよッ!」
「ならば、熱烈歓迎してやらねばいけないでござるなっ!」
しかし、そいつらは馬鹿みたいな見た目に反して、鬼のように強かった。
『勇者ゲーム』は、レベル制のゲームだ。
だが、新参が古参や課金勢に負けない様に、アイテムやスキルを効果的に使って賢く立ち回れば、レベルや装備の差を埋め合わせて、立ち向かえるシステムになっている。
なので、ゲーム中級者の刹那は、自分より格上の奴らとも戦えるように訓練していた。
罠アイテムの使い方に習熟して敵を罠にかけたり、フィールドのオブジェクトや地形を利用して事故や自然災害に敵を巻き込んだり、更には敵モンスターすら利用して敵を倒す――等々、賢く立ち回る術を覚え始めていた。
「ちゃちなトラップなど、拙者の八艘飛びで全て躱すでござるよっ!」
「小細工を弄するという事は、実力勝負が出来ない雑魚だと判断するぜッ!」
だが、こいつらは、罠に嵌めようとしてもすぐに見破るし、地形を利用しても逃げても、しつこく追って来る。更には、モンスターの群れをけしかけても、瞬殺してしまうのだ。
しかも、その最中、きらりを無視して馬鹿話をする余裕すら見せる始末。
「この間、狂信的に熟女好きな人に話を聞いたんですけど、なんでも、熟女をストライクゾーンに入れる事によって、全世界の七○%の女性と恋愛が出来る様になるらしいですよ。だから、視野狭窄なロリコンはクソらしいです」
「何を言ってるでござるかっ! 何も知らぬ幼き無垢な乙女と一途な愛を育む事こそ、至高にして究極の愛でござるっ!」
「なに言ってんだ、こいつらッ!? 戦いの最中に何馬鹿な事ほざいてんだよっ!」
馬鹿な会話できらりの心を乱してくるこいつらは、かなり厄介な連中だった。
だが、何よりも厄介なのは――
「真太郎。相手をしてやるのなら、真面目に相手してやらなきゃ、失礼じゃないか」
「よっしゃ~! 真面目なさくにゃんのラブリー虐殺真拳の餌食にしてやるぜっ☆」
「どうした、ボーイ。そんなに荒ぶって? ハニーにおあずけでも食らったのかい?」
「これから落ちようと思ってたのに、ウザったいわねぇ。速攻ぶっ殺すわよぉ~」
「ふぉふぉふぉ。七対一とは、なんじゃか、いじめみたいじゃのぉ」
こいつらが、群れで動いていたという事だ。
「あ……ありえん……! この俺が、こんな奴らに負けるだと……!?」
気が付けばきらりは、間抜け面のヒーラー一味にこてんぱんにのされてしまっていた。
「テメーら……一体何もんだ……!?」
「「「名無しのギルドですけど、何か?」」」
それが後に腐れ縁となる連中との初めての出会いだった。




