幕間2―2 あの日のぼくたち、わたしたち ~イナバ転移編~
『勇者ゲーム』にハマってから、数か月。
昼夜を問わずゲームをやり続けたイナバは、いつしか並み居る高レベルプレイヤーを引き離す程強くなり、各種掲示板サイトや勇者ゲームの公式サイトに名前が載る様になり始めていた。
「デュフフのフ。遂に拙者の時代が……キタァァァー!」
最初にネットで自分の名前を見つけた時は、素直に嬉しかった。賞賛はもちろんだが、嫉妬すらも嬉しかった。皆が何かを語りたくなる程に、自分の存在と才能を認めてもらっている気がしたからだ。
だが、なまじ名前と顔が売れ、更に誰にでも人当たり良く接していたせいか、お人好しなイナバは、心無いプレイヤー達に便利屋扱いされる事もしばしばだった。
「ではでは、レイドボスを倒しに行きますんで、各自装備の確認お願いしま~す! あ、イナバさん。回復アイテム貰っていいですか? 持ってくるの忘れちゃって」
「良いでござるよ」
「いや~、イナバさんのおかげで、無傷でボスの所まで来れましたよ! この先は、ボスのエンチャントドラゴンが待ってます。イナバさんが盾になってくれますから、皆さん頑張りましょう!」
「皆、気合を入れるでござるよっ!」
「やった! イナバさんのおかげで、初めてエンシャントドラゴンが倒せたぞ! 俺達やられっぱなしで、イナバさん一人で倒してましたね。じゃあ、さっそく獲得アイテムを山分けです。皆、頑張ったので平等に山分けしましょう!」
「え? あ、ああ……そうでござるな」
現実ではキモオタと蔑まれ、心無い人たちに酷い目に遭わされていたイナバは、自分は決してそうはなるまいと、常に温厚で人当たり良くしていた。
だがそれ故に、優しさを弱さと勘違いする無礼者たちに、嫌な目に遭わされることも多かった。
「あーあ、負けちゃった……。あのさぁ、イナバさん。パーティには役割があるって、解ってますか? 皆の状況をよく見て立ち回ってもらわないと、困るんですよねぇ」
「いや、皆があまりにも弱いから、拙者が一人で全てカバーしていたから……」
「あのさぁ……。ちょっと強いからって調子乗られても困るんですよねぇ」
「いや、調子になど乗っては……」
「言い訳ですか? そういうのウザいんですけどねぇ」
## # ## # ##
「――そんな事が立て続けにあったので、ずっとソロだったのでござるよ。折角の楽しいゲームなのに、こんなにギスギスしながら遊びたくないでござるからな」
イナバは、かつての仲間達との禄でもない思い出を、新しい仲間のシンタローに話して聞かせていた。
「ご愁傷様です。でも、雑魚と組むから悪いんですよ」
新しい仲間のシンタローは、自分の的確な指導の元、めきめきと実力を上げ、今では『癒し系殺人鬼・キラーヒーラー』の二つ名を持つほどに成長していた。
「でも、初心者を助けてあげるのも、高レベの務めの一つでござるよ」
「んな務め無いっスよ。つか、初心者とか抜きにして、カス野郎と組む師匠が悪いんですよ」
そんなシンタローは、今ではすっかり自分に懐き、『師匠』と呼び慕ってくれているまでになっていた。
「でも、一人で遊ぶのはつまらんでござろう?」
「だったら、高レベ揃いの上位ギルドにでも入れば、良かったんじゃないですか? 『渾沌騎士団』とかは、割と体育会系で礼儀にはうるさいですよ?」
「ええ~。上位ギルドって、ネトゲが遊びじゃない気がして、ちょっと嫌でござるなぁ~」
「はぁ? 廃人が何言ってんだよ。つか、上級者目線で偉そうに初心者に絡む面倒な迷惑プレイヤーだったから、どこにも入れてもらえなかっただけでしょ?」
「ござヒドス!」
シンタローは自分の事を師匠と慕う割に、容赦のない強めのツッコミをガンガン入れて来る不遜な少年だった。
「シンタロー殿だって、誰ともつるめないソロのボッチ野郎だったではござらぬかっ!」
「失礼なっ! 俺は誰かと一緒にいると、つい殺したくなっちゃうから、俺に殺されないぐらい強い人に出会うまでは、ずっと一人でいようと心に決め、それを忠実に守っていただけですよっ!」
「やだ! この子、サイコパスでござるっ!」
だが、今までロクに友達がいなかったイナバにとっては、思った事を何でも言い合えるシンタローとのやり取りは新鮮だったので、悪口の言い合いすらも楽しかった。
「ひょ……ひょっとして、拙者も殺す気なの?」
「既に十回程、試みています。が、打率は二割って所でしょうか?」
「ファッ!?」
思いがけず聞かされた驚愕の事実に、イナバは驚きを隠しきれない。
「冗談ですよ。それより、集合時間が迫ってます、急ぎましょう。遅れたら、奴らに何を言われるかわかったもんじゃないですからね」
「うむ。『名無しのギルド』は、みんな口が悪いでござるからなぁ」
ゲームとはいえ、気の置けない相棒の様な友達が出来て、更には自分の居場所であるギルドまで出来た。
イナバはもう、孤高のソロプレイヤーではないのだ。
「……俺は、失ったはずの青春をゲームの中でやり直しているのかもな」
そんな風に毎日が充実し始めた頃、イナバに人生の転機が訪れる――。
## # ## # ##
「浩ちゃん! もういい加減に働いて頂戴。アナタ、もう三十五歳なのよ?」
学校を卒業してから一向に働こうとしないイナバに対して、とうとう母親がしびれを切らしたのだ。
「……もう三十五歳だ。ロクな仕事なんてないよ」
「お母さん、この間、テレビで見たの。『人生を決めてしまうような出来事の八○% が、三十五歳までに起こる』ってね! だからきっと、こうちゃんにもピッタリのいい仕事が見つかるわっ。ほらっ、頑張ってハロワ行ってらっしゃいっ!」
ゲームでは無敵の剣聖イナバとはいえ、リアルでは無職のキモオタ稲葉なのだ。テレビの名物コメンテーターに感化された母親に抗う事すら出来ず、渋々ハロワに職を探しに向かった。
「こうちゃん、ファイト!」
玄関で自分を送り出してくれる母親の笑顔が心に苦しかった。
「キリストも三十歳から宣教を始めたって言うし、俺もそろそろ働いてもいいのかもな……」
久しぶりの太陽は刺すように眩しい。人混みを歩くと息がつまりそうだった。自分と同じ年ぐらいで家族連れの男を見ると、思わず叫び出しそうになった。
「でも、三十三で処刑されたんだよな……」
そして、イナバはハロワに行った――。
「はぁ。三十五歳で職歴無しですか……」
自分より年下の若い女に露骨に馬鹿にされながら、イナバは就職相談を受けていた。
「さーせん……」
職員の女が書類を取り出してあれこれとアドバイスをしてくれるのだが、まったく頭に入って来ない。隣の席で職員に悪たれを垂れている禿げ上がったおっさんを見たら、近い未来の自分がいる様で死にたくなった。
リアルなんてクソだ。
「オウフ……。ハロワに行ったら、異世界での仕事を紹介されたり、異世界にトリップしてしまうなんていう、素敵なハプニングは無かったでござるな……」
どう見てもブラック企業な会社の応募書類を貰って家に帰って来たイナバを、母親が満面に笑みで迎える。
「浩ちゃん! いい仕事あった?」
「ない」
家に帰って来るだけで死にそうに疲れたイナバは、母親の顔も見ずに吐き捨てた。
「……そう」
イナバの言葉を聞いた母親が、一瞬にして笑顔を曇らせる。
「でも、諦めずに探せばきっと見つかるわよ!」
しかし、すぐさま気丈に振舞って笑顔を作った。哀しい笑顔だった。
「……そうだね」
母親と話しているだけで胸が苦しくなるのを覚えたイナバは、足早に自分の部屋に向かった。
そして、部屋に入るなり、即座にスリープ状態にしてあったPCを立ち上げ、勇者ゲームを起動させる。
ゲームの音楽が流れて来るなり、イナバは自分が本来いるべき場所に帰ってきたことを実感して、ようやくリラックスできた。
「まったく、今日は散々な一日だったな……」
酷く疲れを覚えたイナバは、一刻も早く自分が本来いるべき場所に戻ろうと、机の隅に転がるヘッドマウントディスプレイに手を伸ばした。
「リアルなんてクソだぜ! あーあ、ゲームの世界に異世界転移でもしねーかな」
すると、不意に見慣れたスタート画面に妙な文字列が表示された。
『あたらしい冒険をはじめますか?』
そんな文章を見るなり、イナバは何かを思い出して「あっ!」と声を漏らした。
「しまった! 今日は、アプデの日だったっ!」
ハロワに行かされると言う罰ゲームのせいですっかり忘れていたが、今日はメインストーリーのラスボスである魔王を倒してから初のアップデートの日だったのだ。
「こんな大事な事を忘れてしまうとは、職探しのストレスは相当なものでござるな!」
そう悪たれをついたイナバは、即座に『あたらしい冒険』を始めるべく、『はい』をクリックした。
どこかいつもより強くマウスをクリックした瞬間、PCのモニターが強烈な光を発した。
「うわっ!?」
次の瞬間、目も眩まんばかりの光に視界が白く塗り潰される。
視界が全て白い光に埋め尽くされると同時に、全身が嵐の中に放り込まれたかのように激しく振動した。
振動が勢いを増すにつれ、白一色だった視界が万華鏡の様にキラキラ光り始める。
そして、その中をグルグルと回る奇妙な感覚に襲われた。
目が回ると同時に、イナバの意識がブツリと途切れて消える――。
再び、激しい嵐の中にでも放り込まれたかの様な感覚に蝕まれた後、突然全てが暗闇と静寂に包まれた。
暗闇に包まれた後、最初に感じたのは、光。
眩い光を感じると同時に、急速に意識が戻ってくる――。
「がはっ!」
息苦しさのあまり咽ると、慌てて深呼吸をした。
そして、何事が起きたのか、と辺りを見回す。
次の瞬間、イナバは思わず息を飲んだ。
「ここは……一体どこだ……!?」
目の前に広がる光景は、すえた臭いが漂う薄暗い自分の部屋ではなく、西洋風の煉瓦作りの建物がズラリと建ち並ぶ見知らぬ街だった。
いや、見知らぬ街ではない。この光景には確かに見覚えがある……。
「ここは……オリエンスの街……?」
見知らぬ街だと思ったこの場所は、リアル人生をなげうってまで没頭した『勇者ゲーム』に出て来る『オリエンスの街』だった。
それに気が付くなり、イナバは殆ど条件反射的に自分の身体に触れていた。
「感覚がある……」
確かな手ごたえ、柔らかくも硬い肉体の感触。思い通りに動く自分の手足。どうやら、あの嵐の様に激しい振動による損傷や怪我などは無いようだ。
目は見え、耳は聞こえ、鼻は臭いを嗅げる。体はしっかりと思い通りに動き、全てに感覚がある。
奇妙な、奇妙過ぎる状況だった。
だが、何を思ったか、イナバはすぐに口の端を吊り上げ、ニンマリと笑った。
「……理解完了。どうやら、願いが叶ったようでござるな……!」
何かを理解したイナバはしたり顔で笑うと、手を軽やかに動かした。
「ステータスオープン!」
そう言うなり、イナバの目の前に『勇者ゲーム』のステータス画面が出現した。
それを見るなり、イナバは再びニンマリと、先程よりも更にニンマリと笑う。
「どうやら拙者、勇ゲーの世界に異世界転移してしまったようでござるよっ!」
事態の正体を見抜いたイナバは、得意げに眼鏡をクイッとさせると、目の前に表示されているステータス画面をしげしげと見つめた。
「ほぅ。ステータス有り、そしてレベルとスキル有り。そしてそれらは全て、ゲーム時代からの引継ぎか……こいつは面白い」
そう言って笑うと、不意に腰にぶら下がっている刀に気付いた。
さらに、今の自分の格好が、今まで着ていたくたびれたTシャツではなく、ゲームで自キャラが着ていた鎧になっている事にも気付いた。
「更にゲームでの容姿が反映される……と。成程ね」
何かを確信したイナバは愉快そうに呟くと、おもむろに刀を抜刀した。
「この状況は、ゲームそっくりの世界に、レベルカンストの最強状態で異世界転移したと確信するぜッ! となれば、やることは一つッ! 俺TUEEEE無双で、ハーレム作りでござるぅぅぅーッ!」
瞬時に全てを悟ったイナバだったが、彼はまだ重要な事に気づいていなかった。
「待ってたぜェ、この瞬間をよォ! くそったれなリアルには、おさらばよッ! 勇者イナバ、ここに爆誕でござるッ!」
全てがゲームそっくりの状況でありながら、自分の姿だけは、リアルと同じ絶世のキモオタフェイスのままだという事に。
「デュフフコポォオウフドプフォフォカヌポウ!」
この瞬間、全てを失って絶望したキモオタが、全てを取り戻す冒険が幕を上げた。




