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第7話 師匠の誓い ~キモオタからラストサムライへ~

「えっ、なんでいちいち確認するのでござるのっ!? 拙者が嘘ついたと思ったのっ!?」


「キモオタな見た目の師匠を心の底ではやっぱり信じていないとか、そういう訳じゃなくて、気になる事は出来るだけ自分で確かめたいんですよ。気にしないでください」

 面倒臭いツッコミを入れて来たイナバを強めにあしらうと、真太郎はメニュー画面に視線を戻した。

 

 だがイナバの言う通り、『報告機能』のボタンを押しても、反応は何も起きなかった。


(……ふ~ん、連打してもダメか。少なくとも現状は、運営会社への連絡は取れないって事か。ま、最初からそんな事は期待してなかったけどね)


「ちょ、シンタロー殿。今なんかものスゴイ事言わなかったでござるか?」


「運営にメール入れて、『おい、ふざけんなクソ運営! ゲームの世界にとじこめられちまったぞ、どーなってんだッ!? 今すぐ家に帰せボケッ!』。『あれぇ~、新アプデ気に入りませんでした? そんじゃ、元に戻しまーす☆』とかなんとかやって、そっこーで元の生活に戻れるはずなんてないですよね?」


「え? 急にどうしたでのござる? シンタロー殿は何を言っているのでござるの?」


「いや~、皆聞いてよ。俺ってば、昨日勇者ゲームの世界に閉じ込められちゃったんだよねぇ。なんていうの、ヴァーチャルリアリティって奴? いつの間にか時代は進んでたんだねぇ。しっかし、ゲームの世界に閉じ込められた時はマジで焦ったけど、超セーフでした! こんなに簡単に帰ってこられるなら、もっとゲームの世界を楽しめばよかったなぁ」

 何を思ったか、突然真太郎が謎の小芝居を始めた。


「とか言って、意気揚々とネットに書き込み、SNSで拡散、しばしネットで話題の中心になってニヤニヤ、なーんてバカみたいな事ある訳ないですよね?」

 真太郎の奇行に恐怖を感じたイナバが、思わず怒りを忘れて後ずさる。

「そ……そうでござるな」


「……ふっ。そんな簡単に今の状況を解決できるなら苦労はないよな。人生、キツくて辛くて苦しい事に限って、そー簡単に解決なんてしないんだからさ。そんな当たり前の事を考えから外すなんて、俺の馬鹿もここに極まれりだよ」

 真太郎はシニカルで乾いた笑い声を漏らすと、再びメニュー画面の操作をした。


(師匠の話が正しければ、今の『勇ゲー風の異世界に閉じ込められた』状況は、既に一週間続いている訳だ。となると、更に長くこの状況が続く事を想定して物を考えた方がいいな。最悪、一生ここで暮らすなーんて事もあるかもしれないし……)


 現在自分が置かれている状況が一朝一夕で解決する事はない、と判断した真太郎は、『ここから脱出する』事に主眼を置く考えを『ここで生き延びる』事に注力する考えに切り替えて事に挑むことにした。


(となると、アイテムや魔法の次は、自分自身について知る必要があるな)

 考えを切り替えた真太郎は、早速ステータス画面のメニュー項目を調べ始めた。


 真太郎――というか今は、勇者ゲームの自キャラクターである『シンタロー』である自身のステータスは、今の状況が起きる以前と変わらないようだった。


(ステの数値は大体同じだな……って、細かい数値は覚えてないけど。でも、俺のレベルがレベル上限の99であり、HP・MP共に最大値であるという事さえ分かればいい、かな)


 レベル制の『勇者ゲーム』の最高レベルは、『99』。

 そして、シンタローのレベルは『99』。

 この世界がゲーム通りであるとするならば、現在の真太郎は受験に失敗したアホなネトゲ廃人・真太郎ではなく、最強の力を持っている『勇者シンタロー』と言ってもいいだろう。


(ゲームでの自キャラのステータスが、リアルの俺自身に反映されるのならば、そう簡単に死んだり殺されたりはしないだろう。この世界で生き延びる為のハードルを一つ越えたな)

 この世界で生き延びる事への不安が少しだけ軽くなった感覚を覚えた真太郎は、レベルと能力値をチェックし終わった後、アイテムの欄を再び調べた。


「あちゃー、これはステと違って見ても分からんぞ。自分でも収拾がつかなくなる量のアイテムを所持しているからなぁ」

 ほぼ無数にあると言ってもいいこの物量ならば、よほどの事が無い限り物資不足で困る事はないだろう。


 同様に所持金もかなり多い。手持ちだけでも軽く一千万を超えている為、年単位で宿屋に泊り続けることが出来るはずだ。


(レベルは最高の状態で、なおかつスキルもアイテムも金も最強な状態で全て揃っている。実際『魔法』も使えて、しかも確かな威力がある。ここは現実とは違うイカれた異世界だけど、勇ゲーを反映している所を上手く使って慎重に事を運べば、生き延びるのに苦労する事はさしてなさそうだな)


「師匠。この勇ゲー風異世界って、仕組みを理解すれば、実は結構楽しめる場所なんじゃないですか?」

 なんとなくこの世界で出来る事が分かって来た事で、真太郎の心に余裕が生まれ、自然と軽口がこぼれる。  


「あ、やっぱりシンタロー殿もそう思うでござる? いや~、転移して来たばかりで不安であろうシンタロー殿の手前、言い出せなかったのでござるが、実は拙者もそう思っておったのでござるよ」

 流石長年コンビを組んでいるだけあって、気が合うのだろう。イナバも実は、真太郎と同じような事を思っていらしい。


「実は拙者、なんだかんだ言っても、この異世界転移にテンション上がっていたのでござるよ! いや~、最初は一人きりだったから不安の方が大きかったのでござるが、シンタロー殿という心強い仲間が出来たとあれば、ワクワクが優ってしまうでござるよ! デュフフ!」

 隠していたワクワクを曝け出したイナバが、キモオタ全開ではしゃぎだした。


「はしゃいでますねぇ~。何、師匠は異世界転移モノが好きなんですか?」

「大好物でござるよ! まぁ、拙者の場合、異世界転移好きとは言っても、昨今のいわゆる願望充足物のとして異世界モノを見ている訳ではなく、メタ神話作品として見ているちょっと変わり者でござるので、ウラジーミル・プロップの影響でござるね。ドプフォ! ついマニアックな知識が出てしまったでござるよ。いや失敬失敬」


「街はあっちか。次は、まともな人間に出会える事を期待しよう」

 真太郎は、キモオタの性を全開にしたイナバを速攻で斬り捨てた。


「おわッ!? シンタロー殿、どこへ行くでござるかっ!? 話はまだ終わっていないでござるよーっ!」

 真太郎に捨てられたイナバが、ダッシュで追いついてくる。


「くそ、ゲームの設定が反映されてるせいで、高機動キモオタになってやがる!」

 無駄に足が速いイナバを見るなり、真太郎が思わず舌打ちをした。


「まったく、まだ話の途中でござるよ? まあ、昨今のヒーローズジャーニーのメタファーとしての異世界転移モノは純粋によく書けてるなと賞賛出来るでござるが、拙者みたいに一歩引いた見方をすると、ネット小説の異世界トリップものは、今の殺伐とした希望の無い時代を生きる若者達の新たな英雄譚としての一面を形成しつつあると――」

 謎のダッシュ力を使って追いついたイナバが、何事も無かったかの様にハイテンションで話を続ける。


「ふーん」

 だが、アホに付き合うつもりは一切なかった真太郎は全力でイナバを無視して、街に向かって黙々と歩き続けた。


「――以上が拙者の考察でござるよ。まぁ、物語とは常に、力を持たざる者達の魂の発露であるのだから、ネット小説をオタクのキモい妄想と嘲笑うのは、ロックの黎明期にビートルズやピストルズを嘲笑った人や、黒人達から出て来たジャズやヒップホップを下賤な音楽と貶した人らと同じ愚行なのでござるよ」

 そして、イナバの話がひと段落する頃には、街の輪郭がハッキリと見える所までたどり着いていた。


「それはともかく。ゲームをやっていて、気が付いたら異世界転移っていうのは、ちょっとドラマティックさに欠けるとは思わないでござるか?」

 

 真太郎は「まだしゃべってたのかよ」と思いつつも、無視を続けるのも良くないと思い、仕方なくイナバの相手をすることにした。

 

「トラックに轢き殺されて異世界転移とかよりは、マシじゃないですか。少なくとも痛い思いをしたりしてないし、五体満足でこうしていられる訳ですしね。それと、赤ちゃんになって異世界転生もキツイですよ。二十歳にもなってない状況ですら人生がキツイのに、最初からまたやり直すなんて御免ですよ。しかも二度目の人生でもしくじったら、目も当てられない。俺は、今の異世界転移状態だけでお腹いっぱいですよ」


「まぁ、言われてみれば確かにそうでござるな……。でも、ゲームをやっていて異世界転移っていうのも、どうかと思うでござるよ。演出が安直すぎるでござる」

「じゃあ、師匠はどんな感じで異世界に来たかったんですか?」

 何気なく真太郎が質問するなり、イナバの眼鏡がギラリと凶暴に光った。


「ロリ幼女による異世界召喚」

 イナバ即答。その間、実にコンマ一秒。逡巡全く無しッ!


「こいつ、キモいぞッ……!」

 イナバの圧倒的キモオタ力に、真太郎は速攻でドン引きした。


「ロリ幼女とは言ってもただのロリではなく、のじゃロリ。これぞ至高。夢と書いてロマンと読む。のじゃロリ幼女による異世界召喚! これは心躍るらざるをえないっ! まさに、圧倒的愉悦っ!」


(こんなセリフを現実に言う奴が俺の隣に存在するなんて、ここは地獄かッ!?)


『ロリと幼女は意味が被っているのでは?』とか、『やっぱ、こいつはただのキモオタじゃねーか!』とかそんな事は、どーでも良くなるぐらいに、イナバのキモオタっぷりは吹っ切れていた。


「流石、師匠ッ! これぞキモオタのお手本の様な回答ですねッ! こんなもん敬意を表さずには、いられないですよッ!」

 しかし、イナバのハイレベルなキモオタさに触れた真太郎はショックのあまり、ドン引くよりもむしろ逆に憧れに近い感情を抱いてしまった。


「えっ、ヤダ! 完全にバカにしている文面なのに、その態度はまるでセリエAのスター選手に憧れるサッカー少年そのもの! 拙者、戸惑いを隠しきれないでござるっ!」

 イナバは、真太郎の憧れに満ちた眼差しに、不覚にも胸キュンしてしまう。


「ロリ幼女に召喚されなかったとはいえ、ここはゲーム風異世界。となれば、やることは一つ。現代の知識とゲームでのチートスキルを使って世界を支配し、女の子とフラグを立てまくってハーレム作りでござるッ!」

 何思ったか、イナバがここで畳みかけるかのようにキモオタ的発言を放った。


『セリエAのスター選手に憧れるよりも、このキモオタに憧れる様にしてやるぜッ!』とでも言わんばかりの態度のイナバが、渾身のドヤ顔を決める。


「何アホみたいなこと言ってんスか。いい加減キモいですよ」

 だが、とっくに正気に戻っていた真太郎に、思いっきり一蹴されてしまった。


「ござッ!?」

 真太郎の豹変ぶりにイナバは戸惑いを隠せない。

「あのさぁ。師匠さぁ、リアルつか、現実社会でどうでした? リア充でした?」


「ち……違うでござる。三十五歳無職童貞でござる」

 切り替えが早いと言うか、熱しやすく冷めやすい性格の真太郎に翻弄されるイナバは、思わず言わんでも良い事を言ってしまった。


「なんですかそれ、ただのカス野郎じゃないですか。もうさ、師匠はカス野郎なんだから、異世界でもカス野郎に決まってるでしょ? 異世界に来たからって急にリア充になれるわけないですよ。もうさ、いい年なんだから妙な夢見てないで、堅実に生きましょうよ」

 先ほどの憧れに満ちた態度から一変した真太郎が、完全に格下の馬鹿を見る目つきでイナバに接する。


「ご、ござる……」

 バイト先の高校生に怒られている様な所在の無い気持ちになったイナバが、言いたい事も言えない様な顔で沈黙する。


「ったく、これだからネトゲ廃人は。ネトゲにドはまりする様なオタク野郎は、社会不適合者のクスばっかだな」

 あまりにもきつく言われ過ぎたせいで、温厚なイナバの堪忍袋の緒が切れた。


「う、うっさいでござる! シンタロー殿もネトゲ廃人ではござらぬかッ!」

「俺は別にそんなんじゃないですよ。気付いたらなんかやっちゃうだけで、廃人なんてとんでもない。俺は師匠とは違うんです」

「そんなもん立派な廃人ござるよっ! 拙者を馬鹿になんて出来ないでござるッ!」


「……でも、ふと気が付くと、止めようと思っても止められなくなってて……。辛くて苦しくてもう止めたいのに、それでも気が付くと勇ゲーをやってて……! 苦しくてたまらないのに、逃げたいのに、自分じゃもう止められなくなってて……! ゲームを止めると虚脱感と苦痛が襲って来て、はぁ、はぁ、はぁ……!」

 謎の業を背負っていた事が露見した真太郎が、思いつめた様子で苦しそうに喘ぐ。


「これネトゲ廃人っていうか、本当の意味で廃人でござるよッ! ヤバい感じの依存症になっているでござるよッ! 今すぐに精神科医によるセラピーが必要でござるーッ!」

 真太郎がある意味で自分よりヤバい所にいるという事を知ったイナバは、思わず怒りも忘れて彼の身を心配してしまった。


「シンタロー殿、大丈夫でござるか……?」


「……俺は、大丈夫です。それよりも、お互いカス野郎なら、カス野郎なりに強く明るく生きていきましょうよ。そんで、カス野郎でも下衆野郎じゃないって事を、世界の皆に教えてやりましょうよ」

 何とか立ち直った真太郎は、深呼吸して心を落ち着かせると、突然妙な事を言い出した。


「師匠、一つ頼みがあります。もう俺に、貴方の事をキモオタなんて呼ばせないでください。たとえ見た目はキモオタでも、リアルの正体が三十五歳無職童貞でも。それでも心は、俺がゲーム時代から憧れ続けているラストサムライ・イナバだという事を証明してください……!」

 何を思ったのか、真太郎が馬鹿にしているのか、慕っているのか良く分からない言動を取る。


「シンタロー殿が、拙者をどのような存在と受け止めているのか良く分からんでござる」

 そんな真太郎の言動に振り回されるイナバが、思わず困惑する。


「が、シンタロー殿が拙者の事を『師匠』と呼んでくれる限り、その名に恥じない男でいようと思うでござるよ」

 だが、直ぐに真太郎の頼みを承諾した。

 真太郎に師匠と呼ばれる事が、イナバにとって何か特別な意味を持っている事が窺い知れる。


「ありがとうございます。どうやら、師匠はゲーム時代と同じラストサムライのままだったみたいですね、安心しました。見た目に惑わされた不躾な俺を許してください。それより、あれが見えますか?」

 話を急に変えた真太郎が指さす先――街の入り口に繋がる桟橋の手前には、ガラの悪そうな男達に絡まれている女の子がいた。


「女の子が、ガラの悪そうな奴らにちょっかい出されていますよ。どーします?」

「どーするもこーするも、助けるに決まっているでござるよっ!」

 イナバ即答。逡巡全くなし。


「その侍のごとき男気に溢れた言葉を聞きたかった。それでこそ、俺の師匠です!」

 イナバのキモオタに非ざる圧倒的師匠力を見た真太郎は、急落していた彼への評価を速攻でプラス補正した。


「しかし、何やってんスかね、まさかPK? 確か、『市街エリア』って、PK制限ありませんでした? この世界はそーいうのは無くて、ルール無用のバイオレンスの嵐吹き荒れるヒャッハーな世紀末って感じなんですか?」

 ゲームでの事を引き合いに出しながら、真太郎が街エリアの情報を探る。


「それはないでござるよ。市街地でのPK制限は、ゲームの時と同様に存在するでござるからな。でも、あの桟橋は渡りきらない限り、ギリギリ『市街エリア』ではないから、PK制限がないのでござるよ」

「じゃあ、あの子はあのままだったら、PKされちゃうって事ですか?」

 真太郎がそう言うなり、イナバが真剣な目つきをした。


「PKされるか、はたまたもっと悪い事をされるやもしれんでござる。ここは勇者ゲームそっくりの世界でござるが、ゲームではなく現実なのでござるから、現実世界同様の酷い事も十分に起こりえるのでござるよ」

「それ、マジっ!? こいつは、急いだ方がいいかもしんないですねっ!」


 割と事態が深刻だった事を悟った真太郎とイナバは、ガラの悪い男達に絡まれている女の子を助けるべく、ダッシュで街に向かった。

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