第32話 先生と教え子の鬼ごっこ
「……やっと一人になれたか。それにしても、あんなにムキになって俺を手元に置いておこうとするなんて、よっぽどアダーは俺の事が好きなんだなぁ」
などと見当違いな事を言っている真太郎は今、オリエンスの中心街にいた。
天まで届きそうな頑丈な城壁にぐるっと囲まれているオリエンスの街は、安全な土地の上で無尽蔵に広がる現代の街に比べれば、決して広い街ではない。
そんなオリエンスの街は、限られた土地を有効利用する為に、東西南北で棲み分けをしている街だった。
東地区は、勇者ギルドや輪廻の神殿、ワープゲートなどの各種インフラ施設が建ち並んでいる閑静な公共施設地区だ。
その反対側の西地区は、武器屋・防具屋・アイテム屋などの各種店舗が軒を連ねて雑然とした市場を形成している通称、買い物横丁。
南地区は、プレイヤー達が設立した各種ギルドのギルドハウスが建ち並ぶ、通称ギルドタウン。ここにはプレイヤーのギルドハウス以外にも、NPCの鍛冶職人や服飾職人、大工といった各種職人達の工房がひしめく職人街も存在している。
そして北地区には、この世界の神である『導きの女神』を祀る聖堂と、その女神の使徒であり、この街の治安を司っている『福音騎士団』の詰所が存在する。
「とりあえず、街を見て回りたいけど、その前に斬人に会っておきたいなぁ」
真太郎は次に会うべき人間に連絡を取ろうと、チャット機能を展開した。
「筋金入りの廃人だから、この世界にいるとは思うけど……いなかったらどーしようかなぁ?」
などと言いながら、チャット機能のフレンドリストをいじり、目的の人物を探す。
すると、すぐに探し人は見つかった。
件の人物『斬人』が思惑通りログインしている事を確認して、会話ボタンを押そうとするなり、後方に刹那、イナバ、みこの姿が見えた。
「……アダーに言われて追って来たのかな?」
真太郎が面倒臭そうに呟くなり、三人が真太郎に追いついた。
「やっと見つけたぞ! ギルマスの言いつけを破ってんじゃねーぞっ!」
「シンタロー殿、独断専行はダメでござるよ。あんまり勝手をすると、魔王の時みたいな事になってしまうでござる。今はアダー殿の指示に従うでござるよ」
現れるなり、一方的に注意して来た刹那とイナバに、真太郎が少しムッとする。
「二人は何か勘違いしているようだね。俺とアダーの関係において、多少のやんちゃはご愛嬌。教え子の俺が好き勝手したところで、先生のアダーは笑って許してくれるのさ」
「んな事ねーよ。ギルマス、なんかめっちゃ怒ってたぞ」
「赤の他人のチュウには、そう見えるだけだよ」
「アダー殿は怒りながら、シンタロー殿を連れ戻してくるように拙者達に申し付けたでござるよ」
「それは可愛い教え子が自分を捨てた事に腹を立てているだけで、俺の勝手を怒っている訳ではないよ」
「真太郎さんってば、なんでも都合良く取り過ぎだよぉ~」
謎の自信を見せつける真太郎に、みこが呆れながらツッコミを入れる。
「そんな事より、シンタロー殿。アダー殿の所に帰るでござるよ」
イナバがそう言って、真太郎の手を取る。
しかし、すぐさまその手は振り払われてしまった。
「嫌ですよ。俺はこれから斬人に会うんだ。アホのアダーに付き合っている暇はないね」
『斬人』という名前が真太郎の口から出て来るなり、イナバが訝しげな顔をする。
「シンタロー殿は、『渾沌騎士団』に会うつもりなのでござるか?」
『渾沌騎士団』は、オリエンスの街の三大ギルドの一つであり、最も武闘派のギルドだ。そして、そこのギルマスが、真太郎がこれから会おうとしている人物『斬人』である
「そうですよ。じゃ、俺は忙しいんで、邪魔するなら消え失せてください」
「おい! 口が悪いぞ、バカタロー!」
「チュウには言われたくないな」
「んだとぉー!」
真太郎と刹那が口喧嘩を始めると、その横でイナバがアダーにチャットで連絡を取り始めた。
「アダー殿でござるか? シンタロー殿を捕まえたでござるよ。――だが、連れて帰るのは得策ではないかもしれないでござる。――というのも、どうやらシンタロー殿は、斬人殿にコンタクトを取るつもりらしいのでござるよ」
イナバはアダーと何やら話をすると、不意に真太郎を呼び寄せた。
「シンタロー殿、アダー殿が話があるようでござる」
イナバが言い終わるなり、真太郎のチャット機能が展開した。
チャットの相手は当然、アダーからだ。
真太郎は「めんどくせーなぁ」とか思いながら、渋々チャットに応じる。
「何? また俺の邪魔すんだったら、あの秘密をバラすよ」
『いきなりなんだ? 何の秘密だ?』
「エリーゼさんが、思わず調子に乗ってからかって来る様なあの秘密」
真太郎がそう言うなり、アダーが口を閉じた。
『……分かったよ。もう真太郎を止めない』
どんな秘密を握られているのか知らないが、アダーが真太郎の脅しに屈した。
『だが、その代わり、イナバさんと刹那、そしてみこちゃんを連れていくんだ』
「皆を連れていくと色々と厄介な事になりそうだから、置いて来たんだけどなぁ」
『イナバさんをボクらの所に置いておいたら、モンスターに間違われてうちの子達に殺されてしまうだろう。真太郎的に、それは困るんじゃないのかい?』
「仕方ない。連れていくか」
あまりにも納得できる理由だったので、真太郎はイナバを連れていく事を即座に了承した。
「だけど、チュウとみこちゃんはいらないよ。そっちで預かってよ」
『おいおい、間の抜けた事を言うなよ。子供の刹那と可愛い女の子のみこちゃんを連れていけば、女子供が安心して側にいる人間という事で、交渉相手に良い印象を与えられるじゃあないか?』
「みこちゃんはともかく、チュウは地雷として有名だから、どーだろうなぁ」
『なら、煉獄刹那ではなく、星宮きらりとして紹介すればいいだろう?』
事を荒立てる様子を一切見せずに、上手い具合に丸め込もうとして来るアダーに、真太郎が不信感を抱く。
「ってか、なんでアダーは俺を一人にさせたくない訳?」
『決まっているじゃあないか。ボクは、可愛い教え子が心配なんだよ』
アダーが優しげな声を出すなり、真太郎が「ははっ」と笑う。
「やめなよ、柄にもない。そんな優しい先生じゃないだろ?」
『なんだって?』
馬鹿にされたと思ったアダーが、ムッとした声を出す。
「そう心配しなくても、三大ギルドだけは確実に味方に引き込むよ。最低、仲間に出来なくても、仲間にはなってくる。アダーが危惧している、俺の暴走をきっかけにした街での全面戦争、みたいな事には絶対にならないさ」
真太郎に胸中を見抜かれでもしたのか、アダーが不意に黙り込んだ。
「はっきり言って、最も仲間にするのが難しいと思っていたのが、男子禁制の『ポム・アンプワゾネ』だ。そこをなつき先生が何とかしてくれる見込みが付いたからこそ、俺は先生と別れて動いているんだよ。こんな事は、なつき先生には全部分かっているだろ?」
『キミがボクの事を名前で呼ぶ時は、禄でもない事を考えている時だって知ってるよ』
見透かしている様で、その実アダーに逆に見透かされていた真太郎が、一瞬口を閉じる。
「……別に俺はアダーを騙そうとしたり、ハメようとしたり、裏切ろうとしてる訳じゃあないんだよ? 二手に分かれていれば、俺が失敗してもアダーが、第二弾として手を打てるだろ?」
『おいおい、キミの尻拭いをボクにやらせるつもりなのかい?』
「まさか、そんな訳ないだろ?」
『では何を考えているんだ? 何故に、そんなに事を急くんだい?』
「俺がなんで急いでいるのか、解らないのかい? おいおい、マジかよ! なつきちゃ~ん、勘弁してよ。なんだよ、賢こぶってるけど、とんだお馬鹿たれじゃん!」
何を思ったか、真太郎は、自分の考えを見抜けないアダーを馬鹿にしだした。
『キミの様な馬鹿たれの考えなど分かるか!』
すると、当然の様にアダーがムッとした声を出す。
「俺が急いている訳じゃあなく、状況が俺を急かしているんだよ。いいかい、考えても見たまえ。俺のレベルは現在110レベル。多分、俺と同じ様にレベル上限を突破した奴はまだいないだろう。だが、渾沌騎士団、JMAあたりの大ギルドは、近いうちに戦闘を始めてレベルを上げるだろう。そうなると、今の俺の『誰よりも高レベル』というアドバンテージが死ぬ。武闘派な連中に話を聞かせるには、レベルの差は分かりやすいだろ?」
『……ふむ』
真太郎が真面目な話を始めるなり、アダーが怒るのを止めて聞きに徹する。
「それに俺は、魔王と戦った経験があるし、死んで生き返った経験もある。つまり、今の俺には、レベルと情報のアドバンテージがあるんだよ。多分、このアドバンテージがある状態じゃなければ、大手や有力ギルドの奴らとはコンタクトが取れない。実際、エリーゼさんに面会出来たのだって、俺が彼女達の持っていない情報を持っていたからだろう?」
『それは違うよ』
「違わないでしょう、気を遣わなくていいよ。俺がアダーの知り合いだからなんていうアホみたいな理由で、極度の男嫌いのエリーゼさんが、危険なよそ者を自分の家に招き入れる訳ないだろ? 普通なら無理だ。よほどのリアルでの絆、あるいは利害、それか付け入れる弱みが無ければ、他人を自分の家に上げるなんてありえない。この世界は、現実世界と違って、カオスと弱肉強食が道理としてまかり通っているアナーキーな場所なんだからね」
真太郎がそう言うと、何を思ったかアダーが急に楽しそうに笑った。
『あははは! おやおや~? 意外だなぁ。真太郎は、この世界だけがカオスと弱肉強食の理で動いている場所だと思ってるのかい? じゃあ、ボクらが元いた世界がどんなものか、詳しく話してくれないかなぁ? いつもどこかで、老若男女分け隔てなく多くの人が苦しみ嘆き、毎分誰かが自殺している美しく優しい世界についてさぁ! あははは!』
「アダー。皮肉にしては、はしたないよ。それに淑女は、大声で笑わないよ」
『真太郎が、面白い事を言って笑わせるのがいけないんじゃないか』
アダーはそう言って一通り笑うと、不意に真面目な声を出した。
『成程ね、ようやく真太郎の考えが分かった。つまりキミは、ボクの事を信用していないという事だね。だから、ボクに全てを任せないし、肝心な事は自分で決めようとするんだね』
(あっ。バレた)
『今、バレたって思っただろう?』
「何故分かったっ!?」
アダーに考えを見透かされた真太郎が、思わず動揺する。
『悪だくみをしていない時の無邪気で素直な反応は、実にキミらしいね。キミは、ボクが育てたんだ。真太郎の事なら何でも分かるよ。そうだろう?』
「育てた? 一年間だけ勉強を教えてくれただけだろ? それで俺の何が分かる?」
『何も分からないよ。ただ――』
不意にアダーの声が途切れる。
すると、真太郎の背後に何者かが立った。
「ただ、やっと真太郎を捕まえた事だけは確かだね」
「いっ!?」
突然、アダーが背後に現れるなり、真太郎が思わず驚いて声を上げる。




