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第30話 さらば乙女の園。百合も見たし、俺は次に行く

「な、殴ったねっ!?」

 真太郎が言った瞬間、エリーゼが無言でもう一回ビンタを喰らわせた。


「二度もぶった! なつき先生にもぶたれたことないのにっ!」


「お黙らっしゃい! 貴方がなつきさんをかどわかしたせいで、こんな事になってしまったのよっ! 殴られて当然ですわ! 貴方が来るまで、なつきさんはとってもいい子だったのに、貴方が現れた瞬間、おかしくなってしまったわっ! まるで、一年前の悪夢の再来ですわ! 貴方のせいで、なつきさんは変わっておしまいになったのですわッ! 貴方がわたくし達の平和を乱したのです、死んでお詫びなさいっ!」

 怒りのあまり細い肩を震わせるエリーゼが、積年の恨みを晴らすかのように一回言葉を区切るごとに真太郎にビンタを食らわせていく。

 

「ぐはっ! ぎゃ! アイターッ! ア……アダー、助けっ! 助けてっ!」

 戦闘職のエリーゼが放つ強烈なビンタは、まるで格闘家に殴られているかの様なダメージだ。そんなビンタを連続で食らい続けた真太郎のHPが、みるみる減っていく。


「止めないか、恵璃華っ!」

 死にそうな真太郎を見かねたアダーが、エリーゼの腕を掴んで攻撃を止めさせる。

「今やらなければいけないのは、真太郎を殴る事じゃあない。限られた時間のうち、与えられた手段で何が出来るのかを考える事だ。真太郎を殴って鬱憤を晴らす事は、考える事を放棄する事と同じだよ」


「真太郎さんの訳の分からない提案に乗るのも、考えるのを放棄するのと同じ事でしてよ! いいえ、それよりもっと酷い! まるで自暴自棄、正に自殺行為ですわっ!」

「かといって、キミの理想論的な愚策が現状打破に繋がるとも思えないね」

「わたくしの考えが、愚策ですってっ!?」

 エリーゼとアダーがまた喧嘩を始めそうになるなり、百合子がすかさず止めに入る。


「なつきちゃん、恵璃華ちゃん。ここは一旦保留という事にして、皆でじっくり相談しましょう? ね?」

 二人を落ち着かせようとする百合子が、おっとりした優しい声を出してなだめる。

 だが、アダーは百合子の言葉に聞く耳を持たなかった。


「ダメだ、そんな時間はない。ここから先は、事なかれ主義では前に進めないんだ。だから、百合子、エリーゼ、そして皆も、現状にしがみつくのを今すぐに止めるんだ。今の状況は、一刻も早く捨て去らなければならない。でなければ、ボクらに待つのは地獄だ」

 リアリストのアダーが、日和見主義的な百合子に厳しい言葉をぶつける。


「そんなに心配するなよ。真太郎の話に乗ったとはいえ、彼のアイディアを貰ったと言うだけの事さ。これからボクが計画を練り直して、確実に状況が良くなる策を考える。だから、ボクを信じて、皆の力を貸してくれないかい?」

 まるで全てが自分の手の内にあるとでも言わんばかりの顔をするアダーが自信満々で、女の子達に語り掛ける。


「「「はい、よろこんでっ!」」」

 アダーの甘い声に誘惑された女の子達が、二つ返事で応じる。


 するとアダーが、王子様の様な爽やかな微笑を彼女達に向けた。

「ありがとう。みんな、愛してるよ」

「「「きゃー! 素敵ですわー、なつきお姉様ぁぁぁーっ!」」」」

 一気にテンションがマックスになった女の子達が、黄色い声を上げてアダーにじゃれつく。


 そんな女の子達に呆気に取られた真太郎が、隣で同じ様にしているイナバに話を振る。

「な……なんスか、アレ?」

「拙者に聞かれても困るでござるよ……」


「うひゃー! スゲー百合だっ!」

「ひゃ~、なんだかすごい事になっちゃたねぇ!」

 女の子達に囲まれるアダーを見た瞬間、何を思ったか刹那とみこが、はしゃぎだした。


 真太郎達がそんな事をやっていると、エリーゼがアダーの肩を掴んだ。

「何をやっているのっ!? なつきさんの一存で、皆をたぶらかすのはおやめなさいっ!」

「たぶらかしてなどいないよ。皆がボクを選んだけさ」

 既にポム・アンプワゾネのメンバー達の人心を掌握していたアダーは、エリーゼがいくら騒いだところで眉一つ動かさない。


「くっ! ああ言えばこう言う! なんて小癪な娘ですのっ!」

 すると、エリーゼはアダーを説得するのを止めて、女の子達にターゲットを移した。


「皆さん、なつきさんの甘言に騙されてはいけませんわっ! 何が舞闘会ですか、何がバトルロイヤルですか! そんなものに参加したら、大怪我するだけじゃ済まなくってよっ! 百合子も何か言って頂戴っ!」

 一人ではアダーに敵わない思ったエリーゼが、百合子を会話に引っ張り込む。


「恵璃華ちゃんの言う通りよ。なつきちゃんのやろうとしている事は、今の辛うじて平穏が保たれているだけの危うい均衡に、いたずらに争いの火をつけるだけと思うわ。なつきちゃん、もう一度考え直して頂戴。ね?」

 すぐに荒ぶるエリーゼと違って、理性的な百合子が穏やかな口調でアダーをたしなめる。

 すると、アダーが呆れ顔でため息をついた。


「はぁ。恵璃華も百合子も根本的にズレているなぁ。いいかい? さっきも言ったけれども、身内が家の前で変質者に襲われた時点で、もう様子見で静観している段階は終わったんだよ。今からは、行動を起こさねばならない段階になったんだ。だから、このまま現状維持を続ける訳にはいかないんだよ。下手に棲み分けが出来てしまうと、介入が難しくなってしまうからね」

「介入? 介入って何に?」

 百合子が小首を傾げると、その他の女の子達も同じ様に小首を傾げた。


「この街の人間に、だよ。今の混沌としている状態は、分かりやすく言えばクラス替えをしたばかりの教室みたいなものだ。ここで、ボクらが先んじて介入する事で、後々良いポジションを得やすくなる」

「なつきちゃんの言いたい事が、ちょっと良く分からないわ」

 アダーの話を上手く理解出来ない百合子が、への字眉毛で困り顔をする。


「考えてもみたまえ、ごくごく普通の学生か、会社員をやっているぐらいが関の山の人生経験しかない人間達が、今の状況でずっと冷静でいられるはずないだろう? 放置しておけば、とおからず精神が崩壊するのは必定だ。その後は、カオスとバイオレンスが街を支配するだろう。そうなれば、さっき真太郎が言っていた様な事が実現するだろうね」

 真太郎が言うのとアダーが言うのでは、同じ言葉でも重みが違ったようで、百合子は恐ろしい未来を想像して思わず息を止めた。


「それにボクは、勝算も無しにこんな事を言っている訳ではないんだよ。一つ、『ポム・アンプワゾネ』はリアルでの知り合いが集まった組織だから、他のギルドとは違う意味で『本物の組織』として動ける。二つ、この事態が起きてから一週間しか経っていないので、人々はまだ混乱の中にある。三つ、ボクとここの皆はそれを知っている」

「ちょっと、待って。なつきちゃん、話が急すぎるわ。ゆっくり話して頂戴」

 百合子がそう言うと同時に、真太郎が二人の話に割って入った。


「話が盛り上がってきた所、悪いんだけど。俺はそろそろお暇させていただくよ」


「なんだと?」

「エリーゼお姉様方の説得は、アダーに任せるよ。最善を尽くして『ポム・アンプワゾネ』を仲間に引きづり込んでくれ。俺じゃ何があっても、ここの人達を仲間には出来ないからね。んじゃ、俺は次の予定があるから、もう行くよ」

 真太郎は一方的にそう言うと、おもむろに部屋から出ていこうとした。


「次の予定? 一体何の話だい?」

 アダーが百合子との話を一旦脇に置いて、真太郎を呼び止める。


「声かけたい連中が、今後の方針決めて身内でがっちりまとまっちゃうと困るから、そうなる前に唾付けて回って来るんだよ」

「待て、そういう事ならボクも行く」

 アダーがそう言って後を追って来ようとするなり、真太郎がそれを止めた。


「来なくていいよ、アダーはこのままここで、エリーゼさんを説得してくれ。なにせ時間がないからね、二手に分かれられるのならばそうしたい」

「待て、待て。何をそんなに急いでいるんだ?」

「急ぐ必要があるんだよ。俺が声をかけたい連中で、メンタル弱そうな奴らが何人かいるから、そいつらが学習性無力感や認知的不協和に陥っちゃって使い物にならなくなってると困るじゃん? そうなる前にハートに火をつけてやらないといけないんだよ」

 真太郎はそう言うと、話を一方的に打ち切った。


「ちょ! 待つんだ、勝手な事をするなっ! ギルマスであるボクの指示で動きたまえっ!」 

 アダーは、目を離すと何をするか分からない真太郎を慌てて引き留める。


「俺達『名無しのギルド』は、各人がギルドに依存せずに独立して動くスタンドアローン型の集団だ。求めるのは共通の利益であって、馴れ合いじゃあない。お互いにやるべき事が別な今、無意味に一緒にいる事は損失でしかないよ」

 既に次の目標に向かって動き出した真太郎は、引き留めるアダーに別れを告げて部屋から出ていった。

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