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第25話 なつき先生と問答形式の授業

 刹那に殺されたイナバは、前回、前々回と同様に、何事も無かったかのように『輪廻の神殿』で復活を果たした。

 そして、生き返った所を見計らって真太郎にチャットで呼び出され、『ポム・アンプワゾネ』のギルドハウスに舞い戻って来ていた。


「――と、この様に。この世界では仮に死んでしまったとしても、本質的な『死』に陥る事は無く、死に次第、『輪廻の神殿』で復活する訳ですな」

 イナバの死を利用して、この世界の『死と再生』の仕組みが本当だという証拠をアダー、エリーゼ、百合子に見せる事に成功した真太郎だった。


「し……信じられない。本当に生き返ったじゃあないか……!」

 刹那に惨殺されたにもかかわらず、見事に復活して帰って来たイナバを、アダーが動揺しながらしげしげと見つめる。


「先程、確かに心臓を一突きにされたはずなのに、傷一つありませんわ……」

 刹那に殺された時の傷が完治している事を発見したエリーゼが、目を丸くして驚く。

「そんな……。本当に死んでも生き返るなんて……! あぁ、マリア様。この世界はどうなっているのでしょうっ!」

 神の摂理を超えた事態に直面した百合子が、信心深さを発揮して思わず神に助けを求める。


「どうもこうも、御覧の通りですよ。さて、先程俺が皆さんにお話しした事は、嘘偽りのない事実だという事を、これでご理解いただけましたかな?」

 真太郎が言うなり、三人の中で最初に冷静さを取り戻したアダーがいの一番に口を開いた。


「真太郎の話が事実だという事は分かった。しかし、まさかここまで『勇者ゲーム』通りだとは、驚きを禁じ得ない。この世界でのボクらの命とは何なんだ?」

「さぁ? ただ一つ言える事は、俺達、魔法少女にとって、この世界での肉体は、代替可能な外付けのハードウェアにすぎないのかもしれないね」

「真顔で何を言っているんだ! ボクらは魔法少女じゃないだろうがっ!」

 真太郎がしょうもない冗談を言うなり、アダーが怒って強めにツッコむ。


「冗談はともかく、今の俺達は肉体が滅んでも、魂は死せず、輪廻の神殿で復活するんだな。復活の際の肉体が死んだ時の物なのか、新しいものなのかは分からないけどね」

「死んで復活する際、何らかのペナルティーはあるのかい?」

 死と再生が事実だと知った途端、アダーは熱心に情報取集をし始めた。君子豹変すではないが、頭の回転の速い彼女はいち早く状況を理解したようだ。


「デスペナは、ゲームと同じで、経験値とお金と所持アイテムの一部喪失だね」

「ふむ。それ以外には何か失うものはないのかい? たとえば、記憶とか」

 アダーに尋ねられた真太郎は、記憶をざっと辿ってみた。

 だが、特に欠けている所は思い当たらなかった。


「今のところは無いかな。死のペナルティーで記憶をなくして、最初からこの世界にいたみたいになっちゃって、気が付けばゲームの世界の住人になってました。バットエンド・完! みたいな事はないと思うよ」

 真太郎はここまで言うと、何かに気付いて「あっ」と声を漏らした。


「でも、あれだよね。仮にデスペナで記憶が消えているとしても、記憶が消えているんだから、その消えた記憶を思い出すこと自体が出来ない訳だよね? だったら、俺は自覚してないだけで、本当は記憶が消えているのかもしれないね」

「こ……怖い事を言わないでくれ」

 意外と怖がりなアダーが、真太郎の言葉にそこはかとない恐怖を覚える。


「ま、とにかく。自覚している限りにおいて、デスペナは今言ったものだけだね。死ぬことによって重篤な障害が発生したりはしていないよ。俺は既に一回死んで復活しているけど、死ぬ前と全く変わらない状態だしね」

「だが、それは死んだ回数が一回だから、なのではないのかい? 複数回死ぬ事でようやく悪影響が出始めたりはしないのかな?」

 何時も凛としているアダーが不安げな顔をするなり、真太郎は彼女を元気づけてやる事にした。


「色々と不安に思う気持ちは分かるけど、死ななければ何の問題も無いよ。違うかい? 死んでも生き返るからといって、わざわざ死ぬ必要は無い訳だしさ」  

 その思いが伝わったのか、アダーはしばし考え込む様な仕草をすると、冷静さを取り戻した。

「そうだね。真太郎の言う通りだ。死ななければ、デスペナを心配する必要はないね」

 アダーが冷静さを取り戻すなり、真太郎が話を本題に進める。


「だけど、今の状況を放置しておくと、近いうちに本当に死んじゃう可能性が高いから、油断はできないけどね。確かにこの世界は、『勇者ゲーム』の仕様が良く再現されているよ。だけど、『勇者ゲーム』はただのゲームであって、こんな現実感溢れる異世界体験なんかじゃ決してなかった訳だ」

「現実であれば、ゲームとは違う問題が起こりうる……いや、必ず起こる。という事だね」


「その通り。死なないとはいえ、この『リアル版勇者ゲーム』には、痛みも苦しみも存在する。見方を変えれば、死んだからといって、痛みと苦しみからは決して解放されない、という事だね。それって、ある意味では、死ぬより数倍辛い事だと思うよ。となれば……」 

 真太郎がここまで言うと、アダーは彼がどこに話を持って行こうとしているかを理解し、口元をニヤリとさせた。


「「この世界で、一刻も早く安全を確保しなければならない」」

 真太郎とアダーが、強い決意を持ってそう言い切る。

 

 すると、二人の話を聞いていた百合子が、不安げに瞳を揺らしながら口を挟んだ。

「安全を確保するって、どうするつもりなの……?」


「まずは、この街に安定と平穏をもたらす」

 百合子の質問に、アダーがきっぱりと即答する。

「具体的には、何をどうするおつもりなのかしら?」

 百合子に続いてエリーゼが、アダーに質問をぶつける。


「その前に、まずは現状を再確認しよう。現在のボクらは、元いた現実世界と違う『勇者ゲーム』にそっくりな異世界にいる。そして、ボクらはゲームでいう所の『オリエンスの街』に滞在を余儀なくされている。そして、オリエンスの街は現在、勇者ゲーム風異世界にやって来た事に混乱する人々で満ち溢れている。更に悪い事に、最近では自暴自棄になった連中が、暴動や強盗、強引なセクハラ、更には殺人行為を犯し始め治安が急速に悪くなっている――といった所でいいかな?」

 アダーは淡々と現状を列挙して、この場にいる全員にコンセンサスを形成させた。


「現在の状況になってから一週間が過ぎたが、元の世界に帰る事はおろか、元いた世界と連絡すら取れていない。そんな状況で、ボクらが拠点としている『オリエンスの街』の治安は刻一刻と悪化し続けている。言いたくはないが、現状は最悪と判断するべきだろう」

 感情を込めて語ると、刹那や百合子などの気の弱い子達が怯えると思ったアダーは、彼女達を必要以上に怖がらせない様に落ち着いた声音で冷静に話を続けた。


「さて、ここからが本題だ。我々が現在陥っている末期的な状況の原因はなんだ?」 

「はい。この世界に来た事。そして、この世界から元の世界に帰れない事です」

 アダーに質問されるなり、つい、いつもの癖で答えてしまう真太郎だった。


「その通りだ。だが、この問題を解決する事は、現状不可能と言っていいだろう。というよりも、今の状況――便宜的に『異世界転移現象』と呼ぼう――について、いくら考えた所で答えは見つからないだろう。故に『異世界転移現象』にかかずらうよりも、もっと現実的な問題の解決を優先した方がいい。では、現実的な問題とは何かな?」


「この世界での安全圏の確保と、生存手段の確立かな?」

「正解。いい子だ、真太郎」

 真太郎が望む答えをポンポンと返してくると、アダーが嬉しそうに微笑んだ。 


「では次の質問だ。この世界での安全圏と生存手段を獲得する為に、まずは何をしたらいいだろうか?」

「う~ん。ちょっと分からないなぁ。ヒントをくれない?」

「何もかもを全部一緒に解決しようと思うから、分からなくなるんだよ。とりあえず、問題を地理的要素と人的要素に分けて炙り出してみようか。まずは、地理的要素だ。このオリエンスの街は安全かな?」

 現実世界では、家庭教師とその教え子の関係だけあって、真太郎とアダーの息はぴったりだった。二人会話は、まるで問答形式の授業に見える。


「知っている限りだと、安全だと思うよ。ゲーム通り、城壁のおかげで外にいるモンスターは街に入って来れないみたいだしね。そうですよね、エリーゼさん?」

 何故かここで真太郎が、エリーゼに話を振った。

「そうですわね。モンスターが街に入って来れない、という点においては安全ですわ」

 エリーゼがすんなり話に応えてくれるなり、真太郎は彼女に分からない程度にニヤリと笑った。それを見るなりアダーが何かに気付いて、口元を微かにニンマリと吊り上げる。


「ちょっと、待ってください。その言い方だと、モンスター以外に何か危険な要素があるみたいじゃあないですか」

「何をとぼけた事を言っているのかしら? 先程なつきさんがおっしゃったじゃありませんか。現在、街には不逞の輩がはびこっており、治安が非常に悪いのですわ」

 呆れ顔のエリーゼはそう言うと、金髪を揺らして物憂げにため息をついた。


「成程。という事は地理的な問題は、実は人的な問題だったんですね。つまり、この街を危険にしているのは、他でもないこの街にいる一部の暴走した人々という事になります。という事でいいのかな、なつき先生?」

「その通り。現在、この街を危険な場所にしているのは、一部の不逞の輩だ。だが、君の答えでは十全ではない」


「と言いますと?」

「この状況を見て見ぬ振りをしている大多数の人間も共犯、という事だよ」

 アダーがそう言うと、エリーゼと百合子が気まずそうに目を伏せた。


「よし。ここまでで、現状の危険要素が『不逞の輩』と『それを見て見ぬ振りしている大多数の人間』という事に、あたりを付けることが出来た。ここまではいいね?」

「いいぞ」

 先ほどから黙っていた刹那が、飛び入りでなつき先生の授業に参加する。


「よろしい。では、何故、不逞の輩が生まれるのだろう? そして、何故それを見て見ぬ振りをする連中が生まれるのだろう? 刹那、分かるかな?」

 アダーに質問された刹那が、しばし悩んでから、ぽつりと答えた。

「……怖いんじゃないのかな?」


「怖い?」

「……うん。皆怖いんだよ、きっと。訳も分からずこんな所に連れて来られて、もうずっと家に帰る事も出来ない。しかも、家族も友達もいないんだ。代わりにいるのは、知らない人ばっかり……。誰もいないところで一人ぽっちでいたら、孤独でも平気だよ。でも、皆がいるのに誰とも繋がれない状態の一人ぽっちは、とっても辛いんだ……本当の孤独だよ」

 ぽつりぽつりと語られる刹那の言葉には、真太郎達に会うまでずっと一人で孤独に耐え続けていた彼女の真摯な思いが、ぎゅっと詰め込まれていた。


「そんな状況が続いたら、心がささくれ立っちゃうから、訳分かんなくなって暴れても仕方がないよ。だって、そうでもしなきゃ、不安と恐怖に心が押し潰されちゃうもん……」

 そう言って刹那は話を終えた。

 彼女が口を閉じるとともに、しんと重苦しい沈黙が部屋に満ちる。

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