第17話 現状に対する真太郎の傾向と対策
翌朝。真太郎は目を覚ますなり、絶望に包まれた。
何故なら、眠りから覚めた時、未だに勇者ゲーム風の世界にいたからだ。
(……ぐっすり寝て夢から目が覚めれば、元の世界に戻っていると期待したけど、やっぱり駄目だったか……)
真太郎がそんな事を思ったのには、理由があった。
というのも、『勇者ゲーム』のログアウトの仕方の一つに『宿屋で眠る』という方法があったからだ。
「宿屋で眠れば、『ログアウト』の項目が出て来て、『はい』を選べはログアウト出来たはずなんだけどなぁ。自由にログアウト出来たのは遥か昔、って事なのかねぇ……」
淡い期待がいともあっさり裏切られた事に泣きたくなりながら、ぼーっと天井を見つめる。
見慣れた自分の部屋とは全く違う天井だった。
真太郎はそれを見るだけで、自分が本来いるべきではない場所にいる事が一瞬で理解出来て、また泣きたくなる。
「ハァ……。なんでこんな事になっちゃったのかねぇ」
真太郎は、言葉にならない複雑に入り組んだ負の感情をため息に乗せて体から吐き出した。何気なく、太陽の明るい光が差し込んでくる窓を開け放って、辛気臭い空気を入れ換える。
すると途端に、眩い光と爽やかな朝の空気が部屋に入って来た。
「天気がいいのが、せめてもの救いかな?」
新鮮な空気を胸いっぱいに吸う事でなんとなく気を落ち着けた真太郎が、木製のベットに腰を下ろす。
「しかし、勇ゲーで宿屋を利用したのは、久しぶりだな」
ゲームとして『勇者ゲーム』を楽しんでいた頃は、いちいち街に戻って宿屋に泊ってHPを回復させるなんて手間はかけなかった。HPが減ったら適当な所でアイテムなり魔法なりを使って、体力を回復すればいいからだ。
しかしゲームの世界に現実の体をもって存在している現状では、そうもいかない様だ。
どうやら、ステータス画面で『HP』として数値化されている『体力』は、魔法やアイテムで回復する事は出来ても、本質的な肉体と精神の疲労は現実世界と同じ様に、睡眠という手段をとらなければ、回復する事が出来ない様だった。
「厄介な話だな、ゲームの世界なのに寝なきゃいけないだなんてさ。アダーがいなかったら、下手したら野宿だったかも。あの人にはホント、感謝しないといけないね」
真太郎はそう呟くと、昨日の出来事を一から思い出す事にした。
勇者ゲームをやっていたら突然、女神を名乗るイカレタ女に襲われ、気付けばこの世界にいた事。
勇者ゲームにそっくりのこの世界に来るなり、イカレたPK野郎に殺されそうになった事。
PKに殺されそうになるなり、絶世のキモオタに助けられた事。
絶世のキモオタと共に、イカレたPKに襲われていた女の子を助けた事。
次いでイカレた地雷キャラ刹那をボコったら、何故か勝手にくっ付いてきた事。
元の世界に帰るには魔王を倒せばいい、と言う神懸かり的なアイディアを閃いた事。
しかしそれは、愚策中の愚策であり、イカレた魔王にあっさり殺されてしまった事。
死んだにも関わらず、ゲーム同様に復活した事――。
「……俺の物語には、イカレた奴らしか出て来ないのか?」
自分の物語を彩る登場人物達にげんなりした真太郎は、それ以上記憶を手繰る気になれなかったので、ふて寝をする事にした。
すると不意に、眼前にチャット機能の画面が表示された。
画面には通信者であるアダーの名前と、彼女の姿が可愛らしくデフォルメされたSDキャラが表示されている。
面倒臭いなぁ、とか思いながらも一応、通話ボタンを押して会話を開始する。
『もしもし、真太郎。起きてるかい?』
「……ん~、一応」
気怠そうに返すなり、アダーの涼やかなアルトボイスがちょっとだけ暗くなる。
『元気がないね。まさか、昨夜のアレの後遺症が出たのかい?』
アダーの言葉を聞いて何かを思い出した真太郎が、掌を数回開いたり閉じたりする。
「……いや、体に異常はないよ。今の所は、だけどね」
『今の所は、か……』
黙り込んだアダーを心配させまいと、真太郎が強い言葉を投げかける。
「心配は無用だよ。この世界は勇ゲーのシステムとシンクロしてるんだ、問題はないはずだよ」
するとすぐにアダーが反論して来た。
『問題が無いとは言い切れないよ。この世界が、ゲームのシステムに似た性質をしているのは、見かけ上だけに過ぎないのかもしれないのだからね。確かに一見、この世界は『勇者ゲーム』のルールで動いている様に見える。だが、実際はこの世界独自のルールで動いている可能性が高いんだ。この世界を勇者ゲームの世界と同一視するのは危険だよ』
冷静なアダーは、現実世界と違う不可解な事象を全て『ゲームだから』で済ませる事にした真太郎と違って、物をよく考えているようだった。
「確かにそーかもね。でも、この世界では、体がバラバラに切り刻まれて死んでも、輪廻の神殿で生き返る時は、五体満足で復活するんだ。最悪、体に異常が出たら死ねばいいよ」
『……おい、真太郎。それは正気で言っているのかい?』
不意に、アダーの涼やかな声のトーンが落ちる。
その瞬間、今までの経験から彼女が怒った事を察した真太郎がすぐに謝る。
「ごめん、冗談。とりあえず、今日一日様子を見てみるよ」
『そうするべきだね。今日は予定を取りやめにし――』
アダーが言いかけるなり、真太郎が彼女の言葉を遮った。
「いや、今は時間が惜しい。予定は予定通り実行する。やれる事は出来るだけ、早め早めに手を打ちたいからね」
真太郎がそう言うと、アダーは考え込むかの様に黙った。
しばしの沈黙の後、アダーが再び話を始める。
『分かった、今から昨日の酒場に来てくれ。それから予定通り、エリーゼ達に会いに行こう』
そう言ってアダーは会話を終えると、チャット機能を切った。
「さて、と。今日も一日頑張りますか」
チャット機能がオフになのを見届けた真太郎は、気合を入れる様に深呼吸を一回した。
そして、コートハンガーにかけてあったコートを手に取り、ゆっくりと立ち上がる。
「今日は忙しくなりそうだ」
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昨日の酒場で合流した真太郎とアダーは、他の仲間達を待ちながら雑談をしていた。
「所で、真太郎。昨日の妙な実験には、何の意味があったんだい?」
「言ってもいいけど、自分で答えに辿り着いた方が楽しいと思うよ」
「なんだい、その言い草は。ボクは真太郎の為に、手の内を晒してやったんだぞ。それにキミを信じて、一人で危険な夜の森に出向いたんだ。なのに、その言い方は腹が立つな」
真太郎が意地悪な事を言うなり、アダーが切れ長の目を細めて彼を睨んだ。
「一人で? アダーは嘘つきだなぁ、護衛だかなんだかを連れてた癖に、良く言うよ」
責める様な物言いのアダーに対して、真太郎は全てお見通しとばかりに笑顔を返す。
「……気付いていたのかい?」
「無論。だけど、俺の信頼を裏切った事は気にしなくていいよ、貸しにしておくから。それに、アダーはそんな王子様みたいな見た目でも、女の子だ。夜に一人で男と会うのは怖くて当然だろうし、大目に見てあげるよ」
完全に上から目線で語る真太郎に、アダーがちょっとイラッとする。
「ありがとう。寛大な真太郎に感謝するよ」
だが、彼の言う通りの行動をしていたので、あまり強くは出ることが出来なかった。
「それはともかくとして、真太郎が何を考えているのかを知りたいね。あんな危険な事を自分の身で実験するなんてどうかしているよ」
現在完全に真太郎のペースに巻き込まれている形になっているアダーが、後手に回らない様に会話の主導権を握る。
「昔アダーが言っていた言葉をふと思い出したんだよ。――何かしらの希望を持ちたいのならば、それなりに根拠のある希望を持たなければいけない、ってやつをね」
「その言葉をもとに動いているのならば、何の根拠もない希望にすがりつくと、後で余計に大きな絶望に見舞われてしまう、という事も考えに入れているはずだよね?」
「勿論。曖昧な根拠のもとに動く訳にはいかないからね。具体的な希望を手に入れる為に、今日もまた『実験』をするよ」
真太郎がそう言って笑うなり、アダーが切れ長の目を丸くして驚愕する。
「なんだと? またやる気なのかっ!?」
声を荒げたアダーが、狂人を見る目つきで真太郎を見つめる。
「そうだねぇ。『アレ』は、俺のやりたい事に必要不可欠だから、あと何回かやって確証を掴みたいね。それに、アダーにとっても『アレ』は、ここでの生存戦略上必要な事だと思うよ」
「……キミは今、一体何を考えているんだ?」
アダーに真顔で尋ねられるなり、真太郎が窓の外に視線をやった。
「多分、アダーとは違う方法で、同じ事をしようとしているんだと思うよ」
「ほぅ、面白い事を言うじゃないか。ちょっと聞かせてみたまえ」
「こうなってから既に一週間。状況が状況だから仕方ないけど、治安が悪くなってきている事は誰の目にも明らかだ」
「まぁ、確かに。日増しに治安は悪くなってきているよね。とうとう、手当たり次第に人を襲うPKとかも出てき始めたし」
真太郎よりも街の現状に詳しいアダーが、ため息交じりに言葉を漏らす。
「俺、そのうちの一人に襲われた当事者だよ。ま、それはともかく、元の世界に帰る方法を探すにせよ、この世界で根を張って生きるにせよ、この劣悪な状況を改善しなければ、まともに生活する事すら出来ない」
「で、真太郎が考える傾向と対策は?」
家庭教師と教え子の関係だった頃の態度でアダーが尋ねるなり、真太郎が窓から目を逸らし彼女に視線を戻す。
「今、この街にいるプレイヤー達は、勇ゲー風異世界に来てしまったという状況に対応が出来ていない為、パニック状態にあると仮定する。こういう時に落ち着きを取り戻すには、強大な何かに縋るのが最も手っ取り早い。と言う訳で、皆が思わず縋りつきたくなるようなデカい組織を作ろうと思うんだ」
ここまで言って真太郎は、アダーの反応を待った。
「ふむ。続けて」
「出来れば、一つのデカいギルドを作りたい。が、そう簡単にはいかないだろうから、とりあえず今は、巨大ギルド作りのきっかけとして、プレイヤーの互助会、最低でも有力なギルドを束ねた簡単な連絡会だけでも構築したい」
「悪くはない考えだね。面子はどうするんだい?」
「野良は基本ダメ、今の状況で孤立した人間を集めた所で何の意味も無いからね。ギルド……出来れば『三大ギルド』の全部、それと中小のトップクラスの攻略組と顧客の多い生産系ギルド、そこら辺の求心力のある連中を集めたい。ゲーム時代に魔王討伐戦に参加した連中を全部まとめられれば、最高だ」
「真太郎の考えがボクに似ていて、嬉しいよ」
ここまで聞きに徹していたアダーが、不意に耳を疑う様な事をサラリと言い放った。
「実はボクもキミに近しい考えで動いていて、既に三大ギルドの一つ『ポム・アンプワゾネ』の中に入り込んで、参謀の地位を手に入れている」
「マジかよ!? やっぱスゲーな、なつき先生っ!」
不遜な真太郎が素直に称賛するなり、アダーが得意げに微笑む。
「ボクは、キミの先生だよ? 生徒より優れていて当然じゃあないか」




