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第5話 冒険の始まり

「またそれかよ、リアルって何さ。くそ、最初はちょっとテンション上がったけど、実はこの夢、スゲームカつく夢だぞ。痛みも強烈に感じるし……」

 出だしは楽しかった夢が段々と悪夢に変わってきた事で、真太郎がイラつき始める。


(……しかし、夢だかリアルだか分からないが、この状況はあまりに不可解だ。一回冷静になって考えてないと……)

 そんな事を思った真太郎は、ここに来る前の事を思い出す事にした。


 ――この状況になる直前、自室で『勇者ゲーム』をプレイしていた。これは確かだ。自分の部屋で勇者ゲームをしていた場面は鮮明に思い出せる。その間に妙な事をやった覚えはない。


「というか、ここが夢ならば、直前に寝ているはず!」

 現状が夢であるのならば、直前に寝ていなければいけない。


 だが、眠った記憶が無い。

 直前の記憶が鮮明なのだから、寝落ちをした訳でもない。では、一体何が……?


 状況を分析しようとして深みにはまり出した真太郎の脳裏で、様々な思いが錯綜する。


「シンタロー殿は、ここに来る直前、勇者ゲームをやっていたのでござろう?」

 真太郎が考えに行き詰まり始めるなり、不意にキモオタが口を開いた。

「シンタロー殿の疑問に答えてくれる全ての鍵は、『勇者ゲーム』にあるでござるよ」


『勇者ゲーム』は、ある日突然ネット上に現れ、瞬く間に野火の様にネットゲーム界隈に広がった奇妙なMMORPGだ。

 大型掲示板サイト、SNS、口コミ、雑誌、一体どこが流行の出発点かも分からないままに、いつの間にかネトゲーマー達が群がり、今やネトゲ界隈はおろか、ネットをやっていたら『勇者ゲーム』の名を知らない者はいないとされるゲームである。


 ネトゲの域を超えて映画レベルに金がかかっていると思われるビジュアルとサウンド。プレイヤー達の行動によって、刻一刻と生き物の様に変化するストーリー。運営期間十年オーバーの歴史から来る奥行と幅を持ったゲーム性――といった好奇心を刺激する要素がユーザーからの人気を博し、リリースから既に十年以上経つが、上記の要素がもたらす中毒性によって古参は決して去らず、また同時に未だに新規プレイヤーを獲得し続ける息の長いタイトルだった。


「勇者ゲームが……? それってどういう事ですか?」

 キモオタの言葉に引っかかるものを覚えた真太郎が、反射的に彼に質問する。


「拙者は、勇ゲーをやっていてこちらの世界に飛ばされて来たのでござるよ。きっと、シンタロー殿も勇ゲーをやっていて、こちらの世界に飛ばされたのでござろう? とりあえず、まずは落ち着いて拙者の話を聞いて欲しいでござる」

 キモオタはそう言って眼鏡の位置を直すと、ゆっくりと話し始めた。


「シンタロー殿は、今年の年明けに十三番目の拡張パックのレイドボスである魔王を倒した事で、メインストーリーが終了したのは覚えておるでござるか?」


「勿論、覚えてますよ。なんたって、大晦日の夕方から元旦の朝までかかって魔王を討伐しましたからね。まさか、あんな熱い年越しをするとは思いませんでしたよ」

 真太郎がどこか嬉しそうに言うなり、キモオタも同じ様な顔で頷いた。


「あれは燃えたでござるな! おっと、それより最近シンタロー殿はインしてなかった様でござるが、一週間前に十三番目の大規模アップデートがあったのは、知っておるでござるか?」


「色々あって鬱状態になって寝たきりだったから、最近の事は何も知らないですね」

「鬱で寝たきり! 一体何があったでござるかっ!?」

「言いたくないです……」

 受験に落ちた事を思い出した真太郎が、今にも死にそうな顔をする。


「顔が暗すぎるでござるよ! 一体何があった……いや、言いたくないなら、無理に言わないで良いでござるよ。人のプライベートを詮索するのは、野暮でござるしな」

 真太郎に師匠と慕われるだけあって、気遣いが出来るキモオタだった。


 そんな気遣いキモオタが、咳払いを一つして話を仕切り直す。

「まぁ、とにかく、一週間前のその日、十三番目の大規模アップデートがあったのでござるよ。魔王討伐というメインストーリーが終わった状況で導入された新しいアプデには、多くのプレイヤー同様、拙者も期待をしていたから、導入後即プレイを開始したのでござる。だけど……」

 不意にキモオタが、深刻そうな顔して声を低くした。


「『あたらしい冒険を始めますか』との問いに喜び勇んで『はい』と答えた瞬間、拙者を含めその時ログインしていたプレイヤー全員が、この勇者ゲームに酷似した世界に『異世界転移」したのでござるよ」

 

 十三番目のアップデートがもたらしたものは、新しいストーリーやアイテム、未知のダンジョンやモンスターなんかではなく、この異常な状況だった――と最後に言って、キモオタは話を締めた。


「ゲームをやってたプレイヤーが全員、ゲームの世界に異世界転移……ねぇ」

 最後まで聞いたが、キモオタの話からは大した情報を得られなかった。


 話から得られた情報といえば、キモオタと自分は同じ様な行動をとった末に『ここ』にいるという事と、キモオタ以外にも人間がいるという事、そしてここが第三者から見ても『勇者ゲーム』に酷似した世界だという事ぐらいだった。


(……まぁ。朧げとはいえ、現状が確認できただけでもよしとするか)


「しかしシンタロー殿は、てっきり『こちらの世界』には来ていないと思っていたのでござるが……いやはや、一週間も遅れて異世界転移して来るとは、相変わらず意表をついて来る男でござるな!」

 無駄にはしゃぐキモオタに対して、未だに状況に困惑している真太郎はつれない態度を取る。


「んな事言われても、別に俺が何かした訳じゃないですけどねぇ」


「ははっ、それはそうでござるな。ま、いずれにせよ、もう二度と会えないと思っていた相棒に再会出来て嬉しいという事だけは確かでござる。まさか、こんな風にリアルで顔を合わせる事になるとは夢にも思っていなかったでござるが、こちらの世界でも、一つよろしくでござる」

 長年ゲーム内でコンビを組んでいた師匠『イナバ』を名乗るキモオタは、全身から友愛の情をほとばしらせると、キモオタスマイルで真太郎に握手を求めた。


「あの~、『異世界転移』とか言ってはしゃいでいる所、申し訳ないんですけども。それマジで言ってるの? ゲームによる集団催眠とかじゃなくて、異世界に転移だよ、正気なの?」


「えっ、拙者の感動の再会に対するコメントは無視でござるの?」


「ああ、俺も師匠に会えて感動してますよ。それより、勇者ゲームをやった事が原因で『ここ』にいる事はなんとなく分かりました。でも、『ここ』はゲームの世界によく似ているだけで、勇者ゲームの世界とは全く無関係な場所なんじゃないいんですか?」

 キモオタに対する淡白さを見せつける真太郎が、彼を軽くあしらいながら話を進める。


「『ここ』が、本当の意味でどこかは分からないでござるよ。でも、既に拙者は一週間もここにいるのでござる。ここがどこかは分からずとも、ここが勇者ゲームの世界に酷似した世界だという事だけは、理解せざるを得なかったのでござるよ」


「その言い方だと、前はここがゲームとは関係ない場所だと思ってた、って事ですか?」


「勿論でござる。いくら拙者がネトゲ廃人とはいえ、いきなりゲームの世界に異世界転移したなんてトチ狂った事は思わないでござるよ。最初はシンタロー殿と同じように夢だと思っていたでござる」

 割と冷静な所を見せたキモオタはそう言うと、少し諦めが滲む様な声音を出した。


「でも、既にこの世界に来て早一週間、色々とここから脱出する方法を試したけれど、未だに現実世界には戻れていないでござる。……もう今では、ここが夢かもしれないという考えは一切無いでござるよ。今や、拙者達にとっての『リアル』は、元いた世界の方ではなく、勇者ゲームに酷似したこの世界の方なのでござるからな」


 深刻そうな顔のキモオタの言葉が、ここが夢ではないと思い始めている真太郎の心に確かな重みをもってのしかかる。


「……成程ね。今の状況は夢じゃないって事か。まぁ、確かに夢って決めつけて何もしないより、現実だと思って対処した方が賢い選択かもしれないですよね」

 だが、真太郎はパニックになったり恐怖に陥ったりするよりも先に、むしろ現状を分析する方に思考を使う事にした。


「とりあえず、俺達は勇者ゲームをやっていたら、ゲームそっくりの世界に異世界転移してしまった、って事に仮定してしまいましょう」

「き……切り替えが早いでござるな。転移してきてまだ三十分も経っていないでござるよ。もう少し、驚いたり戸惑ったりはしないのでござるか?」

 キモオタは、真太郎の切り替えの早さに驚きを隠せない。


「答えが分かりそうにない問題に執着していても仕方がないですよ。それに、ここが夢なら、そのうち勝手に目が覚めるでしょ? だったら、夢かもしれないっていう可能性は、脇に置いておいても支障はないですよ。つか、現状は師匠の言う通り、ここがリアルだと仮定した方が身のためかもしれない。さっきのPK野郎達の事もありますしね」

 真太郎が合理的な考えを見せつけるなり、キモオタは感心したかの様な声を漏らした。


「なんか、シンタロー殿は逞しいでござるな。拙者なんか、この世界から現実に帰れないと分かった時は、パニックを起こして右往左往していたのでござるのに」


「解けそうにない問題に頓着しててもしょうがないでしょ? しかもそれに執着してパニックになるなんて、一番やっちゃダメな事ですよ。それより、キモ……」


 目の前のキモオタをキモオタと呼ぶか、それとも彼が言う様にゲームで師匠と仰いでいたイナバと呼ぶか、一瞬悩んで言葉を止めた真太郎だった。


「キモ? なんでござるか?」


(あのカッコ良くて男気に溢れる師匠の正体が、こんなキモオタだなんて決して認めたくないよ。だけど、PKから助けてくれたし敵ではないんだろうなぁ……。ここでキモオタ呼ばわりして敵対されたりしたら困るもんな。しばらくは師匠と呼んでおこう)


「いや、イナバ師匠。ちょっと、質問していいですか?」

 数秒悩んだ末に、状況が落ち着くまでは、キモオタの事はイナバで通す事にした。


「ゲームにそっくりな世界にいるって事は、やる事もゲームと同じになるんですかね?」


 勇者ゲームは、多くのMMORPGと同じ様に、ゲーム世界でクエストと呼ばれるイベントをこなしながら冒険する事と、アイテムの生産や商売を営んだりして異世界の住人になりきるロールプレイングを楽しむ事が主な遊び方になる。

 それと同時に『勇者ゲーム』はその名の通り、プレイヤーが『勇者』になって、世界を支配している魔王を退治する事を最終目的としていた。


「いや、それは……正直、分からないでござる」

「分からないってなんで? 師匠は、勇ゲーの事で知らない事はないでしょ?」

 真太郎に言われて、イナバがバツの悪そうな顔をした。


「確かにゲームだったら知らない事はないでござる……。が、ここは勇ゲーに酷似した場所とはいえ、生憎と異世界でござる。分からない事の方が多いでござるよ」


「あら? 既に一週間もここにいるんですよね?」


「そう言われても、拙者だっていきなり異世界に飛ばされて右も左も分からない状況なのでござるよ。なんとか生き抜く事だけで精一杯で、まだ情報収集もロクに出来ていないのでござるよ。それにシンタロー殿に出会うまでは一人でいたから、積極的に行動もできなかったのでござる」

 かなり早い段階で、イナバが意外と使えない事が判明した。


 しかし、真太郎もキモオタにそこまで期待はしていなかったので、特に気にする事もなかった。分からないのであれば、これから情報を集めていけばいいだけの事だ。


「まー、この状況じゃ仕方ないですよね。それより、師匠はここから現実に帰ろうとはしなかったんですか? ログアウトの方法とか試してみました?」


「試したに決まっているでござろう。でも、どうやってもログアウト出来ないし、運営に連絡もつかない。完全に八方塞がりで帰るに帰れないから、こうして困っているのでござるよ」


「あ、困ってたんだ。俺はてっきり、『アイ・ラブ・ゲーム』なネトゲ廃人の師匠の事だから、『ゲームの世界に来れて最高でござる!』ぐらいにしか考えてないと思ってたよ」


「確かに最初は、そんな風に思っていたでござるが、流石に一日が終わる頃には、そう能天気にはしゃいでもいられなくなったでござるよ。いくら慣れ親しんだ勇ゲーとそっくりな世界とはいえ、あまりにも現実離れしすぎているでござるし。なにより、さっきのPKの様に暴走する奴らも多くて、とても楽しんでいる余裕はなかったでござるよ」

 感情を込めて語るキモオタの憔悴した顔からは、ここで彼が過ごした一週間の過酷さをうかがい知ることが出来た。


「はぁ~、大変だったんですねぇ。そんな状況で、良くここまで生き残れましたね」


「とりあえず、ゲームでのレベルやらアイテムやらのステータスは引き継いでいるみたいなので、食事や寝る所に困る事はなかったのでござるよ。まぁ、不幸中の幸いって奴でござるな。生き残るだけであれば、拙者の様な引きこもりの社会不適合者気味なネトゲ廃人でも、なんとかなるのでござるよ」


 先ほどのイナバの人間離れした戦いぶりを思い出してみれば、確かに彼の言う通りなのかもしれなかった。

 

 状況が思っていたほど最悪ではなかった事を知った真太郎は、少しだけ気が楽になった。 


「それは朗報ですね。師匠のこれまでの話で、唯一役に立つ情報じゃないですか!」

「ござっ!?」

 真太郎が漏らした本音を聞いて、「え、マジ!?」みたいな顔でイナバが驚愕する。


「い……いつもながら辛辣でござるな」

「成程ねぇ。師匠の話が本当なら、いきなり死んじゃったりすることはないのかな。つか、ゲームでのステータスが引き継がれているのならば、ある意味無敵じゃないですか!」

 

 高校入学と同時に『勇者ゲーム』を始めた真太郎は、平日休日昼夜問わずどっぷりゲームに浸かっており、今ではレベルをカンストさせ、取得が超困難なチートスキルすら手にいれる程のベテランプレイヤーだった。


 そして、自他共に認めるネトゲ廃人のイナバに至っては、十年前のサービス開始直後から今までずっと勇者ゲームの世界に浸かり続けていた大ベテランというか、完全なる廃人であり、レベルカンスト&全アイテムコンプリートまでしている有様だ。


 そんなこんなで、現実をないがしろにしてゲームに没頭していた二人は、ゲームの内容通りのこの世界では、ある意味で最強の存在なのかもしれない。


「しかし、ナイスな話を師匠から聞けたとはいえ、情報があまりにも足りなさすぎますね。まずは何はともあれ、街に行ってみましょう。って事でいいですか?」

 思い付きを口にした真太郎が一応お伺いを立てると、イナバも同意見の様だった。


「それがいいでござるな。ここは『フィールドエリア』だから危険でござるしな」

 

 危険との言葉を聞いた真太郎が、思わず聞き返す。


「危険とはいえ、ここは街の近くだから高レベル帯のモンスターは出ないでござるよ。それに、拙者たちは揃ってレベル99でござるから、そもそもここら辺一体の低レベルモンスターは怯えて近寄ってきさえしないでござる。ご安心召されよ」


「あ、そうなんですか? ちょっとビビって損しちゃいましたよ。ま、それ以前の問題として、どんな凶悪なモンスターやイカれた凶悪PKが出て来ても、無敵の師匠がいるから怖いものなんてないんですけどね!」


「オウフ! いや~、それほどでもないでござるよっ! デュフフのフ!」

 とかなんとかやってじゃれ合い終わると、真太郎は遠くに見える街に向かって杖を突き出した。


「それじゃ、これから俺達の大冒険の始まりって事でよろしいですか?」

「うむ。なんだか急に盛り上がって来たでござるなっ!」

「ではでは、勇者シンタローと勇者イナバ、冒険の旅にしゅっぱーつ!」 

 

 そんな具合に、勇者シンタロー達の冒険が幕を上げた。 

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