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第15話 アダーの手料理とリアクション大会

「何がどうなってんの?」

 狐につままれたみたいな顔をする真太郎が、仲間の顔を見る。

「「「さぁ?」」」

 刹那達三人が揃って肩をすくめるなり、店の厨房から良い匂いがしてきた。

 

「こういう異常な時ほど、日常が大事だ。みんな、深刻な話は止めて食事にしよう」

 そう言って再び真太郎達の前に姿を現したアダーは、手にお盆を持っていた。お盆の上には、シチューらしきものがたっぷり入った木の器が四つ乗っている。


「味の保証は出来かねるが、量があるからお腹はいっぱいになるはずだよ」

 料理がテーブルに乗せられるなり、器から立ち上る白い湯気と共に食欲をそそるいい匂いが酒場中に広がった。

「なにコレ? もしかしてシチュー?」

 器の中のシチューらしき茶色い液体を見た真太郎が、アダーに尋ねる。


「この世界では、『何が食べられて、何が食べられないか』が分からないので、火を通すものしか作れないんだ。シチューしかない、と文句を言わないでくれよ?」

「いや、文句なんて言ってないよ。アダーの手料理だったら、なんでも美味しいからね。つか、なにこれ? 食べていいの?」

 現実世界で何度も食べた事があるアダーの美味しい手作り料理を見た瞬間、真太郎は先程の深刻な話も忘れてテンションを上げた。


「勿論だよ。キミ達をここへ呼んだのは、ご飯を食べさせてあげる為なんだからね」

 アダーはそう言うと再び厨房に戻り、今度はライ麦パンみたいな丸いパンと、人数分のグラスと、綺麗に透き通った水が入ったピッチャーを持ってきた。

「ご飯を食べさせてあげる為って、どういう事?」


「人間は、お腹が減っているとダメになるんだ、空腹だとロクな事を考えなくなるからね。人間は、ある程度お腹を満たして、モノを考えないようにしておくぐらいで丁度いいんだよ。じゃないと、いきなり魔王に挑んで、味方を巻き込んで爆死したりするようになるんだ」

 料理を並べ終えたアダーが、一仕事終わったとばかりにゆっくりと席に着く。

「それに、こういうヤバい時ほど、いつもと同じ様に振舞っていないと気が滅入ってしまう。お腹が減り、ロクな事を考えず、気が滅入ると、お次は必ず死にたくなる」


「……確かにそうかも」

 真太郎に向けて放たれたアダーの言葉を聞いた刹那が、ぽつりと漏らす。

 真太郎達に出会うまで、一人で廃墟に閉じこもって空腹と不安に耐えていた彼女だからこそ、アダーの言葉が身に染みるのだろう。


「さぁ、遠慮せずドンドン食べてくれ。お腹が膨れれば、元気にもなるだろう」

 アダーはそう言って、刹那の頭を優しく撫でた。真太郎がそんな事をすれば噛みつかれたであろう仕草も、アダーがすれば話は別。

「きゃは、くすぐったいよ」

 刹那は、少しくすぐったそうして柔らかく微笑むだけだ。


「おや? なんだい刹那。キミってば、笑うと随分と可愛いじゃないか」

「え? わ、私が可愛い……?」

 どう見てもイケメン王子様なアダーに褒められるなり、刹那がポッと頬を赤くする。

「出た、アダーお得意の女の子ナンパ。女なのに女を惚れさせるとか、怖いお人やで」

 アダーが小娘の刹那をぽーっとさせるなり、真太郎が適当にはやしたてた。


「しかし相変わらず、男前な顔に似合わず美味そうな料理を作るよなぁ」

「失敬な事を言うな、ボクのどこが男前だっ!」

 男前と言われたアダーが怒る。だが、料理を褒められている手前、あまり強くは言わなかった。


「さ、皆。遠慮なく食べてくれよ」

「この世界で、またアダーの料理が食べられるとは思わなかったなぁ」

 アダーの料理の上手さを知っている真太郎が、ちょっとワクワクしながら木のスプーンを手に取る。

 アダーお手製のシチューはスプーンに取っただけで、それが美味いものだという事が分かるいい匂いがする。

 時間をかけて煮込まれた事が一目で分かるデミグラスソース風のシチューの中には、ごろごろとした大きな肉と人参、ジャガイモが転がっている。


「なんかいい感じの見た目で美味そうだなぁ」

「ただの有り合わせを煮込んだだけのシチューだよ、大したものじゃあないさ」

 アダーの話に耳を澄ませながら、真太郎が早速シチューを頂く。

 ふうふうと冷まして火傷に気をつけながら、熱々なシチューを頬張る。すると、口いっぱいに、肉汁と野菜の出汁がコラボレートしたジューシーな味が広がった。


「ウマイ! これは美味いぞっ! 通常のビーフシチューとは全く違い、まったりとしたコクの中に爽やかな酸味があって食べたことのない美味しさだっ! この独特の酸味によって、こってりとした肉汁の油が食べるそばから中和され、重厚な味ながらも胃がもたれる感じが全くしないっ! この味の秘密は一体っ!?」

「ワインの代わりに、地元の人たちが飲んでいるエールビールを入れてみたんだ。フルーティーな香りが程よく口に広がり、食欲が進むだろう?」

 ハイテンションなリアクションを取る真太郎の問いかけに、アダーが嬉しそうに答える。


「成程! しかし何と言っても美味いのが、このごろごろとした大きな肉だっ! 軽く噛みしめるだけで口いっぱいに肉汁が広がり、思わず幸せな気持ちになってしまうっ! 舌に乗せただけでほろほろと身が崩れていく様は、まさに肉のゲシュタルト崩壊っ! また嬉しくも憎いのが、じゃがいもや人参がたっぷりな所っ! 腹持ち抜群でおまけに栄養までたっぷりっ! この慈愛に満ちたシチューは正に、シチュー界の女神様やぁー!」

 真太郎がグルメリポーターみたいなリアクションを取るなり、刹那がツッコミを入れる。


「さっきからうっせーよッ! テメーは、グルメ漫画の登場人物かよっ!」

「いくらなんでもリアクションがオーバー過ぎるでござるっ!」 

 などとツッコみつつも、いつもスカしてる真太郎がそこまで大はしゃぎするからには、それ相当に美味いはずだと思った刹那とイナバが、ゴクンと生唾を飲む。


「ったく、飯の時ぐらい静かにしろよな。ホント、バカタローだぜ」

「それはともかく、拙者達もアダー殿の手料理を頂戴しようではござらぬか。折角の温かいシチューが冷めてしまったら、もったいないでござるからな」

 押さえきれない食欲に駆られた刹那とイナバが、おもむろに食事に取り掛かる。


「「ぅんまぁ~いいい!」」

 シチューを口に入れた瞬間、刹那とイナバが揃って大声を上げる。


「この世界の料理は、味が濃すぎるか薄すぎるかの両極端ばかりで、全く美味しくなかったのでござるが、アダー殿の作ったシチューは絶妙な味加減で正に絶品でござるっ! 宿屋で食べたシチューはこれに比べたら、ドブの汚水でござるよっ!」

 何気に食にうるさい所があるイナバは、舌に合わないこの世界の食事に辟易していた。そんな所に、ひょいと現れた絶品料理の前には、テンションが上がるのを抑えられない。


「お褒めに与り光栄だよ。確かに、イナバさんの言う通り、この世界の料理はあんまり美味しくないよね。この世界の料理は、基本的に出汁を使わないで、塩気か匂いで味を誤魔化すのが多いから、なんでも味がシンプルというか雑になっちゃって、マズく感じちゃうんだろうね」

 この世界で生き残る為に、食について調べていたアダーが、訳知り顔で言う。


「言われてみればそーですねぇ。ところで、どうやったらこんな美味しいシチューが作れるんですか? やっぱり、隠し味は愛情ですか?」

 料理に興味がありげなみこが、アダーに尋ねる。

「それもあるけれど、メインは水からじっくり煮込んだ香味野菜の出汁かな。あと、一緒に煮込んだ牛肉を普通の肉にせずに、塩漬け肉を使ったんだ。これにより、凝縮された旨みが加わるんだよ」

 料理上手なアダーが楽しそうにみこに解説をするその横で、刹那が夢中でシチューに食らいつく。


「はむはむ! 俺は料理の事は詳しくないが、はむはむ! ギルマスの料理がとってもはむっ! 美味しいって事は良く分かるぞっ!」

 まともなエサを与えられていなかった小動物の様になっている刹那が、夢中になってガツガツとシチューを食べる。

 そんな刹那を慈しむように見つめるアダーが、柔らかにほほ笑む。

「ありがとう、そう言ってもらえると嬉しいよ。ところで刹那、シチューをパンにつけて食べると美味しいよ」

 言われて刹那が、パンをシチューにつけて口に放り込んだ。


「はむむーっ!」

 次の瞬間、刹那があどけない顔いっぱいに幸せそうな笑みを浮かべた。

「アダーの料理が美味しいのは分かるけど、チュウはがっつき過ぎだろ?」

「うるさいぞ、バカタロー。俺は一週間もロクな物を喰ってなかったんだっ! この世界に来てからまともな食事は、今日が初めてなんだっ! 食事の邪魔をするなっ!」

「まともな食事が初めてって……お前、今まで一体何食って生きてたんだよ?」  

 はむはむ言いながら夢中で食事を続ける刹那を見た真太郎が、素朴な質問をする。


「はむはむ! そこら辺の木になってた林檎とか木苺とか、川の小魚とかだはむはむっ!」

「……お前、何気に命知らずだな」

「サバイバーせっちゃん、たくましカワユスでござるっ!」

「刹那って見かけによらず、タフだねぇ」

「ははは。可愛くて頼もしいなんて、実に素晴らしいじゃないか」

 などとやりながら五人は、美味しい食事を心ゆくまで楽しんだ。

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