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第14話 なつき先生からの宿題

「この世界で生き残るとは?」

 明瞭さに欠くアダーの言葉の続きを、真太郎が促す。


「状況がどうであれ、死んでしまったら全てが終わりだ。真太郎の言う様に『魔王を倒す』などの元の世界に帰る為の何らかの手段を探すにせよ、ただ黙って神に祈って現実世界に帰れる時を待つにせよ、ボクらは元の世界に帰るその時までこの世界で生き延びなければならない」


「ま、そりゃそうだ。普通、この状況でいきなり『魔王を倒せば元の世界に帰れる』なんて考えねーよな」

 アダーの言葉を聞いた刹那が、真太郎を責める様な感想を漏らした。

「考えるだけならともかく、本当に実行するなんて滅茶苦茶でござるよ」

 真太郎に振り回された結果、二回も死んだイナバの素直な気持ちだった。

 案外仲間に対する思いやりに欠ける二人に、真太郎が軽くイラつく。


「一週間も時間があったのに何もせず、ただビビって逃げ回っていただけのヘタレのお二人には、僕の大胆不敵な行動は理解出来ないのでしょうなっ!」

「あんだと、バカタロー!」

 真太郎と刹那が喧嘩を始めそうになるなり、アダーがやんわりと止めに入る。


「こらこら、喧嘩しない。それに、終わった事で言い争うのは止めたまえ。今のボクらの仲間は、この五人だけなんだ。ここで仲間割れをしたら、外でたむろしている連中の様になってしまうよ。ここに来るまでに、他のプレイヤーの悲惨な状況を見ただろう? あんな風にはなりたくないよね?」

 アダーが脅しを含めて冷静に諭すなり、真太郎と刹那が一瞬で黙った。

 流石、彼らが所属するギルドのギルマスだけあって、アダーは真太郎達の扱い方を心得ている。


「勇者ゲームの運営が公表しているプレイヤー人口から、ざっと計算しただけでも、このオリエンスの街には三万人以上の人間がいる。だが、その大多数が、茫然としたまま馬鹿面を晒して何もせずに、どこからか救いが来るのをただ待っている……彼らは皆一人だから、ああいう風になるんだよ。ボクらは、仲間がいてある程度安心できる状況にいるから、こんな風に落ち着いて話が出来るんだ。だから、仲たがいは絶対にやめたまえ、この状況での離反は死を招くよ」

 アダーの言葉で、真太郎達は街に溢れ返っていた他のプレイヤー達の姿を思い出した。


 項垂れたまま啜り泣き続ける者、誰か救いをねだるかの様な顔で街を彷徨い歩く者、不満の声を上げ他プレイヤーに絡む者、なんの非も無い現地民に乱暴狼藉を働く者、果てはPKという名の殺人行為に身を委ねる者――。

「……ああなったら、おしまいだな」

 他のプレイヤーの悲惨な姿を思い描いた真太郎が、重いため息をつく。


「バカタローの馬鹿は毎度の事だもんな。つい、それを忘れてたぜ」

「ゲームのキャラで無茶苦茶だったのだから、リアルのシンタロー殿が無茶苦茶なのは当然の事でござるよなぁ。だって同一人物なのでござるもん」

 すると刹那とイナバも同じ様に思ったのか、同じくため息をついた。


「分かってくれて何よりだ。だが、真太郎の行為は、そこまで非難されるものではないよ」

 思いがけない事をアダーが言い出すなり、みこが聞き返した。

「それってどういう意味ですか?」


「馬鹿で無茶苦茶な行為だろうが、動かねばどうしようもない、何も変わらない。その点、真太郎は馬鹿で無茶苦茶だが、動いて変化をもたらした。そのおかげでボクらは、この世界では死んでも生き返る事を知り、絶対的な脅威である魔王が存在する事を知った。この二つの情報を知れただけでも大収穫だよ」

「バカタローが無茶苦茶な馬鹿だったおかげで、得をしたという事か?」

 刹那の問いに、アダーがうむと頷く。


「その通り。大多数のプレイヤーは、街に閉じこもっていて一歩も外に出ないし、モンスターとの戦闘経験も無い。いわんや、死んで生き返るなんて事をした奴は皆無だろう。さっきの二つの情報を持っているというだけも、随分とアドバンテージになるよ」

「結果オーライとはいえ、確かにシンタロー殿と合流した事で、拙者は一人でいた時よりも遥かに、この世界の情報を得る事が出来たでござる。それに、せっちゃんも、シンタロー殿が襲いかからなければ、仲間にする事も出来なかったでござる。そう考えると、シンタロー殿の無茶苦茶さは、決して非難されるものではないでござるな」


「その通りだよ。真太郎は無茶苦茶な馬鹿者だが、その扱いさえ心得ていれば実に有用な人物だ。キミ達は、ボクと違って彼の扱い方を知らなかったせいで、不幸に巻き込まれたのだよ。これからは、真太郎がすぐに暴走する底抜けの無茶苦茶な馬鹿だと知った上で接したまえ」

「うんっ!」

「了解でござる!」

 アダーがしたり顔でアドバイスすると、刹那とイナバが揃っていい返事をした。


「やかましいわっ! 誰がすぐに暴走する底抜けの無茶苦茶な馬鹿だよっ!」

 あんまりな言われ様に、真太郎が思わずキレる。

「そう怒るなよ。キミの馬鹿は馬鹿でも褒められる馬鹿だ。このゲームの世界が現実になったなんていう非常識な世界において、常識的な思考は足枷でしかない。常識の罠に囚われない様にする為には、現在持っている考えを一旦、脇に避けておく必要がある。その為には、馬鹿になるのが最も手っ取り早い。真太郎の様にね」

 褒めているのか貶しているのか、よく分からない事を言い出したアダーが、不意に窓の外を見る。

 何事かと、皆が彼女の視線を追った。

 窓の向こうには、薄暗い通りが見える。

 そしてその薄暗い通りには、絶望に打ちひしがれた人々が大勢見えた。


「『勇者ゲーム』の日本サーバーには、十万人前後のアクティブユーザーが居るって話だよね。そして、今の勇者ゲームの世界に取り込まれてしまった状況が発生した日は、ゲーム開始当初からの念願であった魔王の討伐後、初のアプデ適用の日だ。当然、普段より多くの人がアクセスしていたはずだ。ボクが調べた限りざっと見積もって、三万強のプレイヤーがこの街にいる」

 アダーはそう言うと、通りに散見されるプレイヤー達に目をやった。

「だが、あまりにも、街にいるプレイヤーが少ないように思わないかい?」


「……言われてみれば、確かに。街にいる人は多いけど、その殆どがプレイヤーじゃなくてNPCだ。三万人以上人がいるなら、もっとプレイヤーがいてもいいはずだ」

 通りを見つめながら真太郎が答えるなり、アダーが何を思ったか微かに微笑んだ。

「そこで問題だ。表だって姿を見せないプレイヤー達は、どこにいると思う?」

「さぁ。ギルドハウスとか宿屋とか、どっか隠れられる場所じゃないの?」

 真太郎が何気なくそう返答するなり、アダーがパチンと指を鳴らした。


「真太郎、なぜ今『隠れられる場所』って言ったんだい? ここは、強固な城塞に守られた街で、モンスターは絶対に入って来られない安全な場所なんだ。危険なんてどこにもないはずだよ?」

「何言ってんだよ。モンスターから隠れてるんじゃあない、『人間』から隠れてるんだよ」

 真太郎はここまで言うと、何かに気付いてハッとした。


「あ~、なんか分かっちゃったよ。変な質問してくるから、何かと思ったけどそーいう事なのね。アダーは、もう『この世界で生き残った後の事』を考えてるんだね」

「流石はボクの教え子だ。何も言わずとも、ボクの言いたい事が分かったみたいだね」

 辿り着いて欲しかった答えに真太郎が思ったよりも早く辿り着いた事を知ったアダーが、嬉しそうにニンマリと微笑む。


「既にPKに襲われた俺が言うのもなんだけど、やっぱ街の治安って悪いの?」

「悪い。だが、許容の範囲内だ。危険度で言えば、夜の渋谷や新宿なんかの繁華街ぐらいのものだよ」

「アホか! 人殺しが楽しいみたいな事を嬉々としてほざく殺人鬼が、フツーに襲い掛かって来るんだぞ、そんな渋谷や新宿があってたまるかっ!」

 真太郎が、自分に襲い掛かって来たPKの事を思い出しながらツッコむ。


「頭のおかしい通り魔や武装強盗なんかは、どの世界のどの国のどの街にでもいるよ。勿論、日本も例外じゃなくね。真太郎は、テレビでニュースを見ないのかい? 連日連夜24時間、凄惨な殺人事件を報道しているじゃあないか。渋谷、新宿は殺人鬼のメッカだよ?」

「あー、もういい。分かったよ。すぐそうやって馬鹿にするような嫌味な話し方するんだから。で、アダーは結局、この治安の悪い街をどうしたいのさ?」

「なんだい、もう終わりかい? つまらないなぁ、これからねちねちとキミの世間知らずぶりをからかってやろうと思っていたのに」

 真太郎が面倒臭そうにあしらうなり、アダーが口を尖らせて拗ねた様な仕草をする。


「なに拗ねた振りなんかして、かわいこぶってんだよ。それより、俺の質問に答えてよ。アダーはこの街をどうしたいのさ?」

「それはボクへの質問であると同時に、真太郎への質問でもある」

 急にアダーが真顔で妙な事を言い出した。


「は? 何言ってんの?」

「つまり、真太郎にも、『これから何を考え、どう行動するべきか』を考えて欲しいという事さ。これはボクからの宿題だ。明日の授業の時間までに答えを考えておきたまえ」

 先生ぶったアダーはそう言って一方的に話を打ち切ると、すっと立ち上がり、店の厨房に向かった。

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