第12話 人生初の心からの『はぁ!?』
「受験に失敗しただとっ!? このボクが夏休みから受験直前までつきっきりで勉強を見てやって、おまけに受験会場まで付いていってやったというのに、落ちたのかっ!?」
男装の麗人から鬼女に変貌を遂げたアダーを見て、これは勝てないと観念した真太郎は、下手な言い訳などせずに素直に謝る事にした。
「……落ちました。ごめんなさい」
「冗談だろ? センター試験は、いい点を取れていたじゃないか。ボクが見てやった時は、赤本でやった模擬も完璧だったはずだろ?」
「……それで調子乗って、それ以降は勉強しなかったら……」
「お前は馬鹿かっ!」
怒りのあまり思わず手が出たアダーに、真太郎がぶっ飛ばされる。
「あいたーっ! っていうか、アダーは、この時期に受験勉強始めたって受からないとか言ったじゃん!」
「それは普通の学校から、いきなり一流大学を目指すような連中に限っての話だよ」
すぐに人のせいにする真太郎には、呆れて物が言えないアダーだった。
「とはいえ、受験に成功しようが失敗しようが、こんなことになってしまうという未来が待っていたのならば、どっちでもいい事だよね?」
「どっちでもよくない! キミに費やしたボクの時間と労力を返してくれっ!」
「うるせー! 受験に受かろうが落ちようが、どっちにしろ異世界行きだったんだよ! 俺はそれを見越して受験に落ちたんだよっ! どうだ参ったかっ!」
「「「開き直りやがった」」」
しょうもない強がりを続ける真太郎を見て、その場にいた全員が呆れ返る。
「しかし、シンタロー殿は、こんな美女につきっきりで勉強を教えてもらっていたのでござるな。姉弟のように仲もいいし、うらやましい限りでござるよ」
アダーと真太郎の関係が、なんだかちょっとうらやましくなるイナバだった。
「師匠が何を期待しているか知りませんが、受験勉強と一緒にエッチな勉強も教えてくれるお姉さんなんて存在しませんよ、ファンタジーやメルヘンじゃないんですから。いるのは、ちょっと受験に失敗しただけで殴って来る男女だけ。師匠はAVの見すぎです」
「だ……誰もそんな事言ってないでござるよ」
真太郎は荒ぶるあまり、イナバの扱いが雑になってしまっていた。
「こうなると思ったから、アダーには会いたくなかったんだよ。でも、ゲームとリアルの垣根なく友人関係を築いていたアダーと出会えた事は、僥倖という事にしておこう」
元いた世界でよくやられたのと同じ様に怒られただけで、何故だか不思議とずっと張り詰めていた緊張の糸が緩む気がした真太郎だった。
「結構平気なつもりだったけど、やっぱり今の理解不能な状況から受ける精神的なストレスとプレッシャーは、ヤバかったみたいだ。アダーの美しい顔を見て、その優しい声を聞いた瞬間、女神様に救われたような気分になったよ」
「嘘くさい事を言うな。キミは、相変わらず話の誤魔化し方が下手だな」
本音だかお世辞だかわからない真太郎の言葉を聞いたアダーが、呆れ笑いをする。
「しかし、アダーはもうゲームは止めたと思っていたけど、まだやってたんだね。『魔王を倒してエンディングを見たから、もうやめる』とか言ってなかったけ?」
アダーが呆れるなり、真太郎がその隙を突いてさりげなく話題を変える。
「止めたよ。だけど、新しいアップデートが来るって聞いたから、暇潰がてら様子を見に来たのさ。そうしたら、ゲームよりも面白い『勇者ゲーム』が始まってしまったよ。実に素晴らしい」
真太郎が話題逸らしをしたのに気づきながらも、あえてそれに乗ってやる大人なアダーだった。
「なんだか、随分と余裕のある言い方ですね」
みこがそう言うなり、アダーがすんなり答えた。
「今は余裕があるからね。でも、最初は本当に参ったよ――って、キミは誰かな?」
アダーが自分に気付いたのを知るなり、みこは自己紹介をした。
「ご紹介遅れました。あたし、みこですっ! よろしくどうぞっ!」
「あはは、元気のいい子だね。こちらこそ、よろしく」
アダーはそう言うと、王子様然とした爽やかな笑顔でみこに手を差し出した。
「わぁ~。近くで見ると、本当にイケメ――」
みこが「イケメン」と言おうとするなり、真太郎が慌てた様子でアダーに話しかけた。
「このみこちゃんが、さっき話したPKに襲われてた所を助けた女の子だよ」
そう言うと、真太郎はアダーにみことの出会いをかいつまんで話した。
「――成程ね。真太郎は、ボク抜きで随分と楽しそうな事をしていたみたいじゃあないか。それより、こうなるって分かっていれば、戦闘パーティーの延長じゃない、ちゃんとした組織としての『ギルド』を作っておけば良かったね」
『ギルド』というのは、『勇者ゲーム』におけるコミュニティグループの代表的な代物で、目的や利害を共にする複数のプレイヤーが作る集団の事である。
プレイヤーはギルドに所属する事によって、本部として利用できる私的空間であるギルドハウスの賃貸または、購入が出来る様になる。またゲーム内の銀行にギルド用の口座を開設する事が可能となり、資金の共有が出来る様になる。更に倉庫や工房を手に入れれば、アイテムと作業場の共用も可能だ。
この様に、『ギルド』に所属していると、ゲームを進める上で有利になる様々な恩恵を受ける事が出来るのだ。アダーが悔いるのも、当然である。
「ねぇ、真太郎。この世界でボクと『ギルド』を作ろうか?」
「そんな……これから一緒に家庭を作ろうか? みたいに言われても……俺、困るよ」
女の子を口説くような流し目でアダーに誘いをかけられた真太郎が、思わず照れる。
「言ってねーよ! 何ギルマスに発情してんだよっ! この変態クソセクハラ野郎が!」
何故かアダーではなく、刹那が真太郎にツッコんだ。
「まぁまぁ、刹那落ち着いて。真太郎のいつもの悪ふざけさ、気にはしないよ」
とか言いつつ、女扱いされてちょっとご機嫌なアダーだった。
「む、そうなのか? ギルマスは、バカタローに怒っていたのではなかったのか?」
無邪気な刹那の問いかけに、アダーが軽く頭を振った。
「真太郎の『馬鹿』には慣れているよ、いちいち怒りはしないさ」
慣れた様子でアダーがそう言うなり、真太郎が目を輝かせる。
「それって、毎日つきっきりで勉強を教えたのにも関わらず俺が受験に落ちた事を、もうアダーは怒ってないって事だよねっ!?」
「怒ってはいないが、だからと言って、許してもいないよ。ボクの苦労は、真太郎が大学に合格する事で報われるはずだったんだ。だが、キミが受験に失敗した事で、ボクは報酬を受け取れなくなった。今のキミには、ボクの労苦に対しての賠償責任が生じているんだよ。慰謝料でも貰わないとやってられないな」
浮かれる真太郎に、アダーがすかさず釘を刺す。
「い……慰謝料?」
真太郎が怯えながら尋ねると、アダーが切れ長の目を細めて爽やかに微笑んだ。
「とりあえず、ボクの奴隷になって貰おうかな?」
「んなっ! 性奴隷だとっ!?」
言葉を聞き間違った真太郎が大げさに驚愕するなり、刹那とみこがつられて驚愕する。
「「ファッ!?」」
「ち……違うっ! そんな事は一言も言っていないぞ! 妙な聞き間違いをするなっ!」
ちょっとしたお色気ハプニングに大げさに動揺するアダーが、頬を赤く染めて吠える。
「言い方が悪かった! 何でも言う事を聞く右腕になれ。真太郎には勉強以外にも哲学やらサブカルやらイカサマ術やら色々と教えてやったんだ。その恩を、この世界で返してみせたまえ」
恥ずかしさを隠すかのように、早口で捲し立てるアダーだった。
「え……右腕になれ? 仲間になれって事ね。なんだよ、いきなり真顔で『性奴隷になれ』とか言うからビックリしちゃったじゃないか」
「言ってないっ!」
「いいや、確かに言ったよ。言ってないって思ってるのは、アダーだけだよ。きっと欲求不満のあまり、無意識に欲望が口をついて出ちゃったんだろうねぇ」
アダーがエロ方面に免疫がない事を知っている真太郎が、彼女をからかって遊ぶ。
「出てないっ! 真太郎が勝手に勘違いしただけだっ! したり顔で語るなっ!」
「まぁ、そういう事にしておきましょう。なんたって、俺はアダーの右腕なんだから、相棒の少々の粗相には目を瞑ってあげないといけないしね」
「ぐぬぬっ! なんて腹立たしい顔をするんだっ!」
会話の主導権を握っていたつもりが、いつの間にか真太郎に奪われていたアダーが、悔しそうに唸る。
「まぁまぁ、そう怒らないで。でも、俺は怒ってる『なつきちゃん』も好きだよ」
「気安く本名で呼ぶなっ!」
「アダーも俺の事を本名で読んでるんだから、おあいこだよ」
「ぐぬぬっ! ああ言えばこう言う、相変わらず小生意気な奴だっ!」
すっかりアダーを手玉に取っている真太郎は、唸りながら睨んでくる彼女を無視して話を変えた。
「で? アダーは、俺を右腕にしてどうしたいの?」
「こらっ、急に話を変えるなっ!」
真太郎の話術に翻弄されるアダーが主導権を再び握るべく、咳払いをして仕切り直す。
「ゴホン。ボクが真太郎を右腕にしたのは、この状況から脱して元いた世界に帰るのに、キミが必要だからだ」
そして、おもむろに自分から話を始める。
「勿論、どうしてもキミがいいって訳じゃあないよ。現実の知り合いであり、人となりを知っていて、かつ使えそうな人間が生憎、キミしかいないから仕方なく、だからね」
弱みを握られない為にあえて、意地悪な事を言うアダーだった。
「仕方なくとはいえ、俺を選んでくれた事は素直に嬉しいよ」
真太郎は短いながらも濃い付き合いから、アダーの真意を見抜いていたので、いちいちツッコんだりはしなかった。
「で、俺の協力を取り付けて、アダーは何をする気なの?」
真太郎が先程のおちゃらけムードを止めて、真面目な態度で話を振る。
「今言っただろ? この勇者ゲーム風の異世界から、元いた世界に帰るつもりだよ」
すると、アダーも先ほどの浮ついたやり取りを一瞬で収めて、冷静に応じた。現実世界で家庭教師と教え子の関係にあっただけあって、二人の息はぴったりだ。
「それはいい考えだと思うけど……帰れる見込みってあるの?」
「残念ながら、無い。少なくとも、現状はね。一週間もここにいるが、分からない事が多すぎて、何から手を付けていいのか分からないのさ。まったくのお手上げ状態だよ」
アダーは隠し立てすらせず素直にそう言うと、白旗を上げる様に両手を上げた。
「だよね。ま、魔王もあんなに強かったし、お家に帰るのは当分先だろうなぁ~」
ほぼ何も出来ずに瞬殺された魔王の事を思い出しながら、真太郎がため息をつく。
「やっぱ、地道に行かないとダメなんだろうなぁ。ってことは、これは異世界転移モノの定石通り、俺達はこの世界でサバイバル生活する事になるって事だな」
真太郎がそう言って今後の事を話そうとすると、アダーが慌てて止めに入った。
「ちょっと待てくれ、真太郎。今、なんて言った?」
「サバイバル生活しなくっちゃね、って」
「違う。もっと前」
「怒ってるなつきちゃんも好きだよ?」
「違う、ワザとやっているのかっ! 今、魔王がどうのこうの言っていただろうがっ!」
からかっていたらアダーに怒られてしまった。
「ごめん、ごめん! ちょっとからかっただけだよ、今から言うから落ち着いてよ」
あまり怒らせるとアイアンクローが飛び出すと思った真太郎が、アダーが聞きたがっている所をもう一度言ってやった。
「魔王はあんなに強かった――そう言ったんだよ。そう、実は何を隠そう俺達は、既に一度魔王と戦っているのだっ!」
「はぁ!?」
アダーこと、化野なつき・二十歳。人生二十年目にして、心からの『はぁ!?』であった。




