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第11話 ギルマスは、お嬢様界最強の王子様!?

「は? じゃねーよ! この馬鹿チュウが! アダーれっきとした女なんだよ! 宝塚の男役っぽい見た目だからって、男だとかふざけた事抜かしてんじゃねーぞっ!」

「ふぇ? マジで、女……なのか?」

 信じられないといった面持ちの刹那が、おずおずとアダー本人に尋ねる。


「見て分からないのかい? ボクは、どう見ても女だろ?」

 男顔負けの長身とキリリとした目鼻立ちと短髪のせいで、一見美少年と見間違えるほどのボーイッシュな姿をしているアダーだったが、彼女はれっきとした『女性』なのだ。

「成績優秀、運動万能、眉目秀麗、おまけにお金持ちなアダーは、通っている女子大では『お嬢様界最強の王子様』と言われてるけど、実はお裁縫やお菓子作りや可愛いものが大好きな麗しの乙女なんだよ! だから男と間違われるのが、一番傷つくんだよっ!」


「誰が、お嬢様界最強の王子様なのかな? そんな事は言われた事が無いよ……?」

「ひぃぃ! 夢中でフォローしすぎて墓穴を掘ってしまったッ!」

 男扱いされたアダーが爽やかな笑顔を浮かべながら、真太郎にアイアンクローを食らわせる。

「と……とにかく。アダーは、見ただけで女って分かるだろ。チュウは、どんな目してんだよ。つか、お前が馬鹿なせいで、アダーに殺されるところだったじゃねーか!」

 真太郎が、刹那のフォローなんてしなければ良かった、と悪態をつく。


「マジで女なのかよ……。なんかショックなんだけど……」

 危うく恋しかけたイケメンが女だと知った刹那は、失恋にも似た感情に支配された。

「そんなに落ち込まれると、こっちの方がショックだよ」

 男扱いされた事にショックを受けたアダーが、沈痛な面持ちで苦笑いする。


「……でも、ギルマスはゲームでは男だっただろう? どういう事なのだ?」

 徹底的にキャラメイクが出来て、なおかつロールプレイまで出来る勇者ゲームにおいて、プレイヤーとキャラクターの性別が違うというのは、余り一般的ではなかった。とはいえ一般的ではないだけであり、異性を演じたい好き者達は、少なくない数いるのだ。

「現実であまりにも男扱いされるから、男性を演じるのも面白いと思って、男キャラにしていただけだよ。ゲームと現実をごっちゃにするのは止めたまえ。本物のボクは女だ」

 アダーはきっぱりとそう言って、拗ねた子供の様に少し口を尖らせた。


「おい、チュウ! 何アダーを責めてんだよ。オメーもゲームでは、男だったじゃねーか!」

「俺は、女キャラを使っていると、出会い厨みたいなキモい奴らが絡んで来るから、男にしてたんだよ。ゲームで遊びたいだけなのに、なんで嫌な思いしなきゃなんねーんだよ」

 などと刹那はうそぶいたが、真太郎は彼女の話など聞かずにアダーを慰めていた。


「アダー、馬鹿中学生の言う事だから気にしないでね。アダーは、素敵なお姉さんだよ」

「ありがとう、真太郎。でも、男の子扱いされるのは、小さい頃からの慣れっこだから、気にしてなんていないよ」

 気遣う真太郎に対して気丈に振舞いつつも、ショックを受けているのを隠しきれない繊細なアダーだった。


「ところで。真太郎の後ろに、落ち武者みたいなのが見えるのだけれど……。あれはボクだけに見える……あれかな? モノノケ的な何かかな?」

 キモオタ侍イナバに気付いたアダーが、お化けを見たかのような青い顔をして真太郎の袖をキュッと握りしめる。

「え、落ち武者? ああ、このお侍さんは師匠――イナバさんですよ」

「何だとっ!?」


 ゲームでのイナバは、人々から『剣聖』の二つ名を付けられる程に堂に入った立派な侍だった。

「デュフ! 拙者、イナバ! よろしくでござる!」

 だが、今目の前にいるイナバは、人々がドン引きする程に堂に入った絶世のキモオタに成り果てていた。


「ちょっと待ちたまえ、真太郎! アレが、イナバさんだっていうのかいっ!?」

 アダーは、自分が知っているイナバの姿と、現在の彼の姿のあまりの乖離っぷりに理解が追い付かなかった。

「そうだよ。あれは師匠――『剣聖・つばめ返しのイナバ』だよ」

 真顔で真太郎が答えるなり、アダーは混乱した。


「待て、待つんだ、待ってくれ真太郎。キミが嘘を言っていないのは分かる、別にキミを疑っている訳ではないんだ。だが、待ってくれ。この世界に転移して来たプレイヤーは、ほぼ例外なくゲームでの自キャラと本人の外観が融合して、皆見た目が良くなっているはずなんだ」

 イナバのあまりの絶世のキモオタぶりに、アダーは思わず目を回して混乱した。

「だから、師匠は『例外』の部分に当てはまる人なんでしょ。多分、師匠はリアルでの個性が強すぎてゲームの影響を無効化……いや、ゲームに侵食しているんじゃないのかなぁ?」


「し……侵食だと……? な……何を言っているのか、分からないぞ……!」

 真太郎が真顔で怖い事を言うなり、アダーが目に見えて怯えた。

「俺だって分からないよ。そもそも今の勇者ゲーム風の異世界にいる、って状況自体が訳が分からないんだから、分かんない事ばっかりだよ。むしろ、分かる事なんて何もないよ」

 一見無茶苦茶な真太郎の理論だったが、ある意味では正論だった。


「とにかく、見た目はキモオタでも、中身はあの師匠なんだ。キモオタだからって、怖がらなくてもいいんだよ。師匠は悪いキモオタじゃないんだ、それは俺が保証するよ」

「そ……そうか。真太郎がそこまで言うのなら、そうなのだろう。信じる……よ」

 そう言って納得するアダーだった。だが、やはり女としては、キモオタは生理的に無理なのか、警戒を決して緩めはしなかった。


 そんな警戒心に満ちた眼差しで見つめられた瞬間、イナバが思わず泣き崩れる。

「オウフ……。やっぱり拙者は、キモオタに見られるのでござるね……!」

 知ってはいたが、面と向かって女の子にキモオタ扱いされるとなると、流石に心に傷を負ってしまう繊細なイナバだった。

「彼、大丈夫かい?」 

「師匠はあんな雑な見た目なのに、心はガラスの様に繊細で打たれ弱いんだよ。でも、放っておけば勝手に立ち直る強さも持っているから、今はそっとしておいてあげて」

 イナバの扱いに習熟しつつある真太郎が、あえて冷たくするという優しさを見せる。


「……ぐっ! いかん、自己否定をし過ぎると気力が削られて、自殺を考えてしまうでござる! 挫折した時も落胆した時も打ちのめされた時も、拙者の弱さと脆さと愛しさを全て受け入れてくれたのが、勇者ゲームだった! そして、ここは勇者ゲームの世界……ならば、拙者に付け入るスキはないっ! ござーギブアップ!」

 良く分からないポジティブシンキングを駆使する事で、イナバが復活を遂げた。

「ほらね」

「……彼、随分キてるね」

 一種独特の生態を垣間見せたイナバを、アダーが若干引きながら見つめる。


「まぁいい。外で話していてもしょうがない、店の中に入りたまえ」 

 そう言うとアダーは、真太郎達を酒場の中に案内した。

 酒場『酔いどれドラゴン』は、そのパンチの効いた名前のイメージと違って、クラシックな内装と品の良い調度品で飾られた落ち着いた酒場だった。


「つうかさ、表通りの店はなんか襲撃されていたけど、ここは大丈夫なの?」

 ソファーに腰を下ろした真太郎が、警戒しつつ尋ねる。

「問題ない。ここはボクのプライベートエリアだ、部外者は立ち入れないよ」

『勇者ゲーム』では、ゲームに登場する施設を購入し、自分の所有物に出来る制度があった。そして、酒場『酔いどれドラゴン』は、勇者ゲームに数多あるプレイヤーが購入できる施設の一つであり、アダーの所有物だった。


「それに万が一、押し入られたとしても、ここではスキルは使えない設定にしてあるから、PKは出来ないさ。外よりも数段安全度は高いよ」 

 個人の所有物となった施設は所有者権限により、他プレイヤーの入退場の制限やスキル使用の有無に対して制限をかけることが出来るのだ。

「……こういう所にも、しっかりゲームのシステムが反映されているんだな」

 何気なく真太郎が呟くなり、アダーがふむ、と考え込む様な仕草をした。


「キミもここが、『勇者ゲーム』と何らかの繋がり持った世界だと考えているのかい?」

「そりゃそうだよ。見えるもの全てが勇ゲーにそっくりで、スキルやらチャットやら、この街やら、ゲームそっくりの現象や物事が目白押しなんだ、そういう風に考えない方がおかしいよ」

「……確かに、そうだね。所で、真太郎は現在の状況をどのように考えているのかな? これはゲームの現実化現象かい? それともゲームの中に入っちゃった的な事なのかな? あるいは、どこぞで流行りのネット小説の様にゲーム風の異世界への転移か……」

 足を組んで椅子に座るアダーが、試す様な目つきで真太郎に尋ねた。


「こうなった原因が分からないし、真実も分からない。分かるのは状況だけ。そんな状況下で、ここがどういう世界かを考える事にそれほど意味はないよ。理解するべきは、ここが『勇者ゲーム』の世界観とシステムを色濃く反映している場所って事だけさ」

 この世界での分からない事は全て『ゲームだから』で済ませて深く考えない事にしている真太郎が、何気に冷静な所を見せる。


「この状況で、なかなか冷静な判断をするじゃあないか。流石ボクの教え子だ。ゼロベース思考と仮説思考を教えておいた事が思わぬ形で功を奏したようだね」

 真太郎の理知的な態度を気に入ったアダーは、切れ長の目を細めて満足げに微笑んだ。

「それより、真太郎。なぜ、もっと早くボクに連絡をくれなかったんだい?」

 責める様なそれでいて拗ねている様な顔つきのアダーが、真太郎をじっと見つめる。


「しゃーあないよ、俺は五、六時間ぐらい前にこの世界に来たばっかりなんだもん」

 予想していた答えとまるっきり違う答えが返ってくるなり、アダーが思わず困惑する。

「何? 五、六時間前だって? ここにいるプレイヤー達は皆、七日前にこの世界にやって来ていて、それ以降にこの世界に姿を現した新規プレイヤーはいないはずだよ? どういう事なんだい?」

 アダーに真剣な眼差しで見つめられた真太郎は、つい本当の事を口走ってしまった。


「ああ、それは多分、俺が新規アプデを適応するのが遅かったからだよ。受験に失敗してから、しばらく鬱になって寝込んでて、ずっとゲームはやってなかったんだよねぇ……はうあ!」

 真太郎が言って「しまった!」と思った時には時すでに遅し。アダーの涼やかで美しい顔にみるみる怒気が満ちていった。

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