第9話 もしもしギルマス
(う~ん、ここは他の人に任せようかな? いやいや、ダメだ。師匠は知り合いが俺より多いけど、俺と合流するまでソロだったって事は、キモオタぶりを恐れて人が近づかなかったって事だろうし、チュウに限ってはまず知り合いがいない。それに、みこちゃんはソロって言ってたしなぁ~……)
真太郎はそんな事を考えつつ、フレンドリストを流し読みしていった。
(しかし、ゲーム抜きで『リアル』でまともにコミュニケーションが取れる奴って、どれ位いるよ? しかも、パニック必至のこの訳の分からん状況下でだ。現実世界から切り離され、家にも帰れず、危険なモンスターやイカレたPKがうろちょろしている狂気に満ちたこの状況で、冷静さを保っていて、まともに話が出て来て、尚且つ一緒にいても安全が確保できる相手って誰よ?)
敗戦の経験から危機管理に気を配る真太郎は、とりあえず目についた奴から連絡を取る様な無謀な事は決してしなかった。
(はてさて、知り合いばっかで友達がいないフレンドリストから、誰を選び出したらいいものか……)
そんな事を思いながら、頭の中で何人かの人間を思い浮かべてみる。
だが、条件に合う様な相手はまったくいなかった。それはそうだろう、『フレンド』などと言ってはみても、所詮は顔も本名も知らないゲームだけの知り合いなのだから。
(図らずとも既に死線を越えた師匠とチュウとみこちゃんは、一応信用できるよ。でも、そんな経験もしてない奴の中に信用出来る人間なんているのかよ? こいつは、参ったなぁ……)
真太郎が誰に連絡を取るべきか悩んでいると、心配したイナバが彼に声をかけた。
「随分と悩んでいる様でござるが、大丈夫でござるか?」
「う~ん、ダメかも。一番仲間にしたい師匠が既に側にいるから、他の人は思い当たらないよ」
「やだ、シンタロー殿っ! そんなきゅんとする事サラっと言わないでっ!」
真太郎の不意打ちに、イナバの中の乙女が騒ぎ出す。
「死ねっ! キショいんだよッ!」
「押忍! ごっちゃんですっ!」
いつものやり取りをしているイナバと刹那を横目で見ながら、真太郎がフレンドリストを再びいじる。
すると、不意にリストを繰る手が止まった。
「あ、一人いたわ。信頼できる人間」
真太郎はそう言うと、すぐさまチャットの通話ボタンに指を伸ばした。
しかし、何を思ったか、寸前でピタリと指が止る。
「あ~……でも、怒られそうだなぁ。でも、この状況だもんなぁ、背に腹は代えられないか……。いや、大丈夫だろ。いくらなんでも、この状況で怒ったりはしないだろ」
真太郎は何かをぶつぶつ言いながら逡巡を終えると、意を決して通話ボタンを押した。
チャット機能の軽やかな起動音に続いて、プルル、プルルという呼び出し音が頭の中で鳴り始めた。
「でも、どうだろうなぁ。あんだけ世話になってこの様じゃ、キレられて当然だよなぁ……。怖いな~、あの人、綺麗な顔してやる事ヤクザだからなぁ。ある意味で一番信頼出来る人なのに全然思いつかなかったのは、無意識で避けてたって事だし……止めようかなぁ」
ブツブツと独り言を呟く真太郎が、呼び出し相手の事を思って煩悶する。
出てほしい様な出てほしくない様な、いじましい気持ちになりながら、永遠にも感じる時間を待つ――。
『もしもし』
すると不意に、頭の中で声が聞こえた。
「もしもし、アダー? 俺だよ」
テレパシーを体感している様な奇妙な感覚を覚えながら、懐かしく響く落ち着いた調子の涼やかなアルトボイスに耳を澄ませる。
『……真太郎、かい?』
「あ、うん。そう、真太郎。アダー、元気?」
意中の相手と連絡がついた真太郎が、少しだけほっとした様な顔をする。
「――うん、そう。そうなっちゃったみたい。――うん、元気。ごはん? 食べてなかったけど、今パン食べた――うん、大丈夫」
何故かチャット通話の相手・アダーに、子供じみた話し方で接する真太郎だった。
「なんでバカタローは、久しぶりに母親に電話した子供みてーになってんだよ?」
「一体、誰に連絡を取ってるのかなぁ?」
そんな真太郎を見た刹那とみこが、揃って小首を傾げる。
『とにかく、元気で良かった。一回会って話そう、今どこにいるんだい?』
「どこって……え~と、輪廻の神殿の前の広場の隅だけど」
『ふむ、そこは良くない場所だな。NPCにちょっかいを出す連中が、うろちょろしているだろう?』
「うん、なんかパン屋の少年を蹴り飛ばしてる奴らがいたよ」
『相変わらず荒れているな。所で、食事はとってないんだよね?』
「さっき、パン食べたって言わなかったけ?」
「男の子がそれだけじゃ足りないだろう? よし、こうしよう。繁華街の裏町に『酔いどれドラゴン』って、酒場があっただろう。あそこに来たまえ、食事をおごろう』
「酒場? なんか危ないんじゃないの?」
『そうかもしれないね。だが、ボクがいる場所は安全だよ。なぜなら、このボクがいるのだからね』
無茶苦茶な言い分だったが、アダーの人となりを知っている真太郎は、アダーの言う通りにする事にした。
「分かった。今からそこに行くよ。そうだ、師匠とチュウが一緒なんだけど、連れて行ってもいいかい?」
『イナバさんと刹那が、一緒にいるのかい?』
アダーの声が一瞬曇ったのを真太郎が耳聡く察知する。
「警戒するのは分かるけど、二人は信頼できるよ。少なくとも俺は、アダーと同じぐらい彼らを信頼してもいいと思ってる」
真太郎がそう言うと、アダーはしばしの沈黙の後、会話を再開した。
『分かった、キミの判断を信じるよ』
「あと、もう一人。街で女の子を拾ったんだけど、その子も連れていくね」
『はぁ? 女の子を拾っただと?』
「PKに襲われてた所を助けたら、仲間になったんだよ」
「……良く分からないが、その子だけ仲間外れにする訳にもいくまい、全員連れて来たまえ。店まで来たら声をかけてくれ』
アダーはそう言うと、チャット機能を切った。
会話が終わるなり、真太郎はアダーとの話をイナバと刹那、みこにかいつまんで話した。
「ギルマスに会いに行くのか……悪くないな」
真太郎達は気ままな野良プレイヤーの集まりだったが、ギルドコンテンツを利用する為に形式上のギルドを組んでいた。
その名も『名無しのギルド』。そのギルドのギルドマスターが、件の人物アダーなのだ。
「うむ。アダー殿ならば、この世界でも信頼がおける人物でござる」
「良く分かんないけど、シンタローさん達がそこまで、信頼してるんだったら、あたしが反対する理由はないよ」
そんな訳で、件の人物アダーと合流するという提案は、満場一致で可決された。
「じゃ、俺達はこれからアダーと合流するって事で決まりね」
次の行動目標が決まるなり、真太郎が奇妙な事を言い出した。
「三人とも、もし俺がアダーに殺される様な事があっても、それは俺が全面的に悪いから仕返しとかしないでね」
「ええっー!? なにそれっ!?」
「ござっ!? それはどういう事でござるのっ!?」
「おい! 待てよ、バカタロー! お前を殺すような相手に会って、大丈夫なのかよっ!?」
真太郎の剣呑な言葉を聞いたみこ達が、思わず動揺する。
「……分かんない。だけど、俺の居場所を知られた以上、こちらからアダーに会いに行かなかったら、奴の方からこっちに殺しに来るはずだよ……。でも、アダーはすごい良い人だから、きっと大丈ブイ」
真太郎は死を予感したかのような哀しげな瞳でそう告げると、ゆっくりと歩き出した。
「全然大丈ブイな顔じゃねーぞ……!」
「め……滅茶苦茶不安でござる」
「なんだか、嫌な予感しかしないよ」




