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第4話 殴っても目は覚めない、だってここはリアルだから

「無用な殺生はしたくないでござる。攻撃を仕掛けてきていないお主たちは、見逃してやるでござるよ」

 キモオタはアキトを斬り伏せると、刀を構えたままアキトの仲間を睨みつけた。


「ただし、まだ戦うと言うのならば……容赦はしないでござるッ!」

 キモオタが、キモオタとは思えない武士の様な鋭い眼光で睨みつけるなり、アキトの仲間達が身をすくめて一目散に逃げ出した。


「……お、終わったのか? 終わったよな、敵はみんな逃げたし」

 キモオタはたった一言の台詞だけで、場を収める事に成功した。

 それを見た真太郎が、戦闘の終わりを理解して緊張感を解く。


 すると、キモオタが真太郎に向かって、スカッと爽やかにキモオタスマイルを浮かべた。  


「拙者達の協力奥義『ダンシング・斬フィーバー』が、見事に決まったでござるな! シンタロー殿のチートスキル『コラボレーター』の力で、拙者の『つばめ返し』がダメージ上限無視になったから、高レベPKも一刀両断でござる」


 しかし、真太郎は語り掛けて来るキモオタを見ずに、一刀両断されたPKアキトを見ていた。


「……ゴア描写もありかよ。PCに負荷がかかって重くなるから切ってたのに、夢では再現されるのか」

 真っ赤な血しぶきをまき散らして地面に転がるアキトを見た真太郎が、腕組みをしながら感想を漏らす。

 そんな真太郎に、キモオタが刀を鞘にしまいながら近づいて来る。


「シンタロー殿の質問に、見事『応えて』みせたでござるよ。これで拙者が『イナバ』だという事を、分かってくれたでござるか?」

 戦闘を終えたキモオタが、眼鏡をクイッと指で押し上げながら親しげに話しかけて来る。

 そんなキモオタの顔を見つめながら、真太郎はしばし思考を巡らした。


(ゲームには存在しない、俺達が勝手に作って遊んでいたツープラトン技に即座に反応したって事は、このキモオタはマジで『師匠』って事なのか……?)


 師匠とまで呼んだ最も親しかったプレイヤーが、キモオタ的存在だという状況を認めたくない真太郎は、答えを適当に濁す事にした。


「あ~、そうっスねぇ。分かった様な分からない様な分かりたくない様な感じで分かった感じですねぇ」 

「え、何その煮え切らない答え! どっちでござるかっ!?」

 答えをはぐらかされたキモオタが荒ぶるなり、アキトの体が光と共に消失した。 

 それと同時に彼がいた場所に、アイテムや金貨が散らばる。


「おっ。PKが死んでアイテムがばらまかれたのか? これまた再現度高いなぁ」

 ゲームと同じ演出に感心した真太郎は、何気なく金貨を一つ摘まみ上げた。


 指先に感じるのは、金属の重さと冷たさ、そして人工物特有の硬質な滑らかさだ。この金貨の質感は、明らかに夢特有のふわふわとした曖昧さからはかけ離れている。それが真太郎には、なんだか凄く奇妙に思えた。


(この妙なリアルさ、本物みたいだ。なんだか気持ち悪い夢だなぁ)

 真太郎が、夢とは思えない程に実体感を持った金貨をまじまじと見ているその横で、キモオタがアイテムを回収し始めた。


「アイテムと金貨は迷惑料として、ありがたく頂戴しておくでござるよ」

 腰に下げているバックにアイテムをひょいひょいと収納し終えたキモオタが、真太郎に声をかける。


「まったく、折角『勇者ゲーム』の世界に『異世界転移』したというのに、やる事が冒険ではなく、PKとはどうかしているでござるよ」

「よくわかんないけど、一番怖いのは人間って事なんじゃないですかね」

 真太郎は適当に相槌を打つと、キモオタにPKから助けてもらった礼を言った。


「危うく殺されそうだった所を助けてくれて、本当にありがとうございました」

 初めて真太郎がまともな返しをしてくれた事が嬉しかったのか、キモオタが俄かにはっしゃいだ。


「デュフフコポォ。いや~、礼には及ばないでござるよ。困っている人を助けるのは、人として当然の事でござる。拙者は、ただ当然の事をしただけでござるよ、デュフフ!」

「なんスか、それ? 笑ってるんですか?」

 キモオタの照れ笑いのあまりのキモさに、真太郎がドン引く。


「それより、あんな凶悪な奴を一刀両断で撃退してしまうなんて、お侍さんはすごい人だなぁ!」

 一説によれば、人を剣で斬り殺す為には剣道の段位所有者並の技量が必要だという。

 という事は、このキモオタは見た目に反して、かなりの手練れなのだろうか?


「ん? これくらい普通でござるが、どうかしたのでござるか?」

 普通に感心する真太郎に対して、キモオタがきょとん顔で応じる。


「スゲー! それで普通なんですかっ!?」

 驚く真太郎を横目でちらりと見たキモオタが、含み笑いをする。


「そーいえば、初めてシンタロー殿と出会った時もこんなシチュエーションでござったな。瞳を閉じれば、あの日のメモリーが、デュフフコポォオウフドプフォフォカヌポウ!」


「え、え、え? 何、急にどうしたよ? 最後荒ぶり過ぎて言葉になってねーよ!」

 遠い日のメモリーを思い出しながらはしゃぐキモオタのあまりのキモさに、思わずイラつく真太郎だった。


(今すぐぶっとばしたい! でも、簡易ステータスらしきモノの名前の欄に『イナバ』って書いてあるし……。マジで、このキモオタが、『師匠』なの? 増税と同じぐらい認めたくないんだけど!)

 だが、キモオタの顔の横に表示されているステータス画面の名前の欄を見てしまうと、殴り殺して逃げるのが躊躇われた。


(どーしよう、この状況……。師匠の名を騙るこのキモオタってば、見た目以外の実力と言動は、まさに師匠そのものなんだよなぁ。唐突に振ったツープラトン技も苦も無く合わせて来たし、無駄に男気溢れる台詞とかも正に師匠そのものなんだよなぁ~……キモオタな見た目以外は)

 キモオタ的外見以外は、『師匠』と呼んでいたプレイヤーにそっくりな目の前のキモオタに、真太郎は頭を悩ませた。


(はぁ……このままこうしてても、埒が明かないか。とりあえず、このキモオタを師匠と仮定して先に進もう。それに、このキモオタは人間一人を斬り殺す実力の持ち主、敵対しても良い事はない)

 しばし悩んだ真太郎は、とりあえず現状を受け入れてしまって、先に進む事にした。


「イナバさん。イっちゃってる所申し訳ないんですけど、俺の話を聞いてもらっていいですか?」

 真太郎がイナバと呼びかけるなり、キモオタが眼鏡越しの目を輝かせた。


「シンタロー殿、ようやく拙者をイナバと認めてくれたのでござるなっ!」

 ずっと訴え続けて来た主張が認められた事が嬉しかったのか、キモオタが再びはしゃぎだす。


「認めたくはないけど、認めざるを得ないですからね。それより、イナバさん。話し戻していいですか?」

 真太郎はキモオタがはしゃぐのを未然に防ぐと、本題を切り出した。


「さっき、これが夢じゃない『リアル勇者ゲーム』とか言ってましたよね? それって、どーいう意味ですか?」

 夢だとは思うのだが、あまりにも現実感を感じすぎる為に、自分の判断に自信が持てなくなっている真太郎が、何か知っていそうな様子のキモオタにストレートな質問をぶつける。


「オウフ! いわゆるストレートな質問キタコレでござるな! おっとっと、拙者『キタコレ』などとついネット用語が、失敬、失敬。時に、シンタロー殿。先程のPKに、ルーキーと言われていた様でござるが、どうしてでござるの?」

 キモオタはキモオタらしく、キモオタのテンプレ的台詞をしゃべった。


「さぁ? 十分か、十五分ぐらい前に、この世界に来たからじゃないかな? なんか、『勇ゲー』やろうとして気付いたら、ここにいたんですよねぇ」

 なんともなしに真太郎が答えるなり、キモオタが目を見開いて驚愕した。 

「んなっ!? 転移直後でござるだとッ!? 拙者達『勇ゲー』プレイヤーの異世界転移から既に、一週間が経っているというのに、シンタロー殿はたった今、こちらに転移されて来たというのでござるかッ!?」

 真太郎の言葉に驚愕するキモオタが、何やら独り言をぶつぶつと言い出す。


「……これは、一体どういう事でござるのだ? 多少の誤差こそあれ、プレイヤー達がこちらの世界に転移した日時は、ほぼ同時だったはずでござるよ。なぜ、シンタロー殿だけ一週間も遅れて転移して来たのでござるか……?」

 独り言を呟いていたキモオタが、突然何か思いついた様な顔をした。


「シンタロー殿。一週間前の勇ゲーのアプデの時、ログインしていたでござるか?」 

「いや、してないですよ」

「つまりシンタロー殿は、今日、というか、つい十分ぐらい前に勇ゲーにログインしたばかり、って事でござるか?」

「そーなりますねぇ。って、それがどうかしたんですか?」

 キモオタは真太郎の質問を無視して、再び独り言を呟きながら考え事を始めた。

 

「成程。だからシンタロー殿は、今まで『こちらの世界』にいなかったのでござるな。常連のメンバーが全員揃っているのに、廃人プレイヤーのシンタロー殿だけがいないのは、おかしいと思っていたのでござるよ。そうか、単純にログインしていなかっただけでござったのか。しかし、なぜ拙者達とシンタロー殿で転移時期に開きがあるのでござろう? 単純にログイン時間のズレだとしたら、これからも『こちらの世界』に新しい転移者がやって来るという事で――」

 ヒートアップしだしたキモオタの独り言を遮る様にして、真太郎が口を開いた。


「盛り上がってる所悪いんですけど、ちょっと良いですか? 『こちらの世界』って、どちらの世界?」


「『こちらの世界』――つまり、『勇者ゲームの世界』でござるよ」

 キモオタが真顔でしょうもない事を言いだす。

 それを聞くなり、真太郎は思わず鼻で笑ってしまった。


「黙って聞いてりゃ、いい加減にしろよ。なんだよ、ゲームの世界って、バカかよ。夢に決まってんだろ?」

 真太郎がバカにしたように嘲笑う。

 

 だが、キモオタはなぜか怒るどころか、今までに何度も同じやり取りをしたかのような態度で落ち着いた対応をとった。


「……皆同じような事を言うのでござるな。確かに、あまりに現実離れしているから夢だと思うのも致し方ないでござる。でも、今の状況は夢なんかじゃないのでござるよ」

 キモオタはまるで諭すような口ぶりで真太郎に言い聞かせると、不意に質問をぶつけて来た。


「シンタロー殿。ここは夢だと言うのならば、なぜこんなにも意識がはっきりしているのでござるか? 夢って自分で思った通りに考えたり、動いたりできないでござるよね?」

 キモオタはもっともらしい事を言いながら、足元の土を指先で摘まんでパラパラと散らした。


「見渡す限りの雄大な大自然、目に見えないながらも肌に確かに感じる風の感触、鼻から息を吸えば湿った草と土の匂いが分かり、眩しい太陽の光には暖かさを感じる……夢でこんなにリアルに五感を感じた事があるでござるか? それに、夢特有のふわふわした感覚や、継ぎ接ぎされた様な意識の断絶がないでござろう? あまりにも意識が鮮明で、時間の流れもはっきり意識できている。夢にしては、あまりにも『目覚めた状態』だとは思わないでござるか?」

 

 言われてみればその通りだった。

 確かに、夢にしてみては異常なまでに現実感がある。


(……モノをハッキリ考えられたり、自由に体を動かせる時点で、ちょっと普通の夢じゃないのは確かなんだよなぁ。でも、普通の『夢』じゃないからと言って、『現実』だと言う訳でもない)


「良く分かんないけど、明晰夢ってやつじゃないんですか?」

 この状況をとても現実とは思えない真太郎が、肩をすくめて言う。

 そんな彼を見たキモオタが何を思ったか、切なげに首を振った。


「拙者も最初は同じように考えていたでござるよ。だが、拙者は既に『こちらの世界』に飛ばされて一週間もの時を過ごしているのでござる。だからこそ、言えるのでござるよ――ここは夢の世界なんかじゃなくて、現実なのでござる……と」

 真太郎の言葉を否定する様に、キモオタが真剣な表情できっぱりと言い切った。


 しかし、真太郎は到底彼の言葉を信じる事は出来なかった。

 なぜならば、目の前のキモオタが『こんなキモオタ見た事が無い!』っていうぐらいに現実離れしたキモオタ的存在だったからだ。


(……こんなキモオタのテンプレを120%濃縮したかのようなキモオタが、現実に存在する訳ねーだろ。こんな奴が実在してたまるかよ。夢じゃなきゃこんなダーウィンの進化論を無視して独自進化したような奴、存在すら出来ねーよ)

 

 キモオタの話には一応耳を傾けるべき所はあるのだが、その話を語るキモオタ自身が、二次元の世界ですら見た事が無いほどに現実離れしたキモオタ的存在であるが故に、語る話が全く現実感を伴わない。


「その顔……まだ疑っているようでござるな。まぁ、確かに拙者も現状を受け止めるのに三日ぐらいかかったから、シンタロー殿の今の気持ちは十分理解できるのでござるよ。でも、ここが夢ではないという事だけは、揺るぎのない事実なのでござる」


「なんかこの夢、もう飽きて来たなぁ。もう内容の半分以上がキモオタとのトークってなんだよこれ。もはや悪夢以外の何物でもねーよ」


「だーかーら、これは夢ではないでござるよっ! いい加減信じてくれでござるっ!」

 話を信じない真太郎に対してキモオタもまた自分の主張を曲げない為、二人の話は平行線をたどるばかりだった。


 話がグダグダになってきた状況にうんざりした真太郎が、妙案を思いつく。

「よし、こうしましょう! これが夢かどうか、ここらではっきりさせましょう。イナバさん、ちょっと俺を殴ってみてくれよ」

 突然妙な事を言いだした真太郎にキモオタが困惑する。


「え? 何を言っているのでござるか?」

「いいから、殴ってくれ。夢なら痛みで目が覚める、だから殴ってくれ」

「殴ったからって目は覚めないでござるよ。これは、夢ではないのでござるからな」

「夢の登場人物が何を言った所で説得力がねーよ。いいから、さっさと俺をぶっとばせ!」 

 この言葉で真太郎の思惑を理解したキモオタは、渋々頼みを聞いてやる事にした。


「ふぅ、やれやれ……。それで気が済むならば、仕方ないでござるな。でも、殴られた所で、目なんて覚めないでござるよ。これは夢ではないのでござるからな」

「同じ事を二回も言うなよ。さぁ、頼む。この悪い夢から俺を解放してくれ!」

 気の進まない様子のキモオタだったが、真剣な眼差しの真太郎に頼まれてしまうと、言う事を聞かざるを得なくなってしまったようだった。


「ほら、さっさとしろよ。このキモオタ野郎ッ!」

 グズグズしているキモオタを真太郎が煽って急かす。

 すると、キモオタがピクリと目元を歪ませ、拳を固く握った。


「どこを殴ればいいのでござるか? 顔でござるか、腹でござるか?」

「どこでもいい、強烈なのをくれッ!」

 真太郎が言うなり、キモオタが大きく拳を振り回した。

 いかにも喧嘩慣れしていないキモオタのへなちょこパンチが、真太郎の首筋にぶつかる。


「痛ッ! 死ねよキモオタッ!」 

 殴られた瞬間、真太郎が反射的にキモオタに強烈な蹴りを食らわせた。

「ござっ!?」

 真太郎に蹴り飛ばされたキモオタが、目を白黒させ困惑する。


 真太郎は首を撫で、キモオタはたるんだ腹を両手で押さえながら、二人揃って痛みに喘いだ。


「クソ、痛てぇ……でも、目が覚めん! 痛みが足りない! もう一回殴ってくれ!」

 殴られた痛みでも目が覚めなかった真太郎が、苛立ちながらキモオタに頼む。


「い、嫌でござる! ちょっと殴ったら、思いっきり蹴り飛ばして来るではござらんか!」

「じゃあ今から俺が先に殴るから、やり返して!」

「い、意味分からんでござる! 何、その謎のカウンター!? 嫌でござるよ!」

「なら、イナバさんが殴ってよ。ほら、もう一発だ。もう一発、俺を殴ってくれ!」


「い……嫌でござるよ! やり返してくるではござらんか」

「やらないって、今度はやらないから。さっきは反射的に体が動いちゃっただけです。次はやりません。次はカウンター禁止。だから、お願いしますよ。ね?」

「絶対嘘でござる。これ、繰り返しになるパターンでござるもん!」

 悪い予感を察知したキモオタが執拗に嫌がる。

 そんなキモオタを説得するために、真太郎が両手を合わせて頼み込む。


「頼みますよ、『師匠』っ! こんな事を頼めるのは、信頼できる師匠しかいないんですよッ!」

「え? こんな見た目の拙者をリアルでも『師匠』と呼び慕ってくれるの? っていうか、拙者しかいないのでござるって、どういう意味でござるの? ちょ、もうヤダ! 勘違いしちゃうでござるよっ!」

 リアルでは人望の無いと思われるキモオタが、師匠と呼ばれて胸をときめかせる。


「勘違いでもなんでもいいから、もう一発目が覚めるような強烈な一発を頼みますよ」 

「んもう、仕方ない子でござるなぁ。もう一発だけでござるよ?」

 真太郎の合図と同時に、キモオタが腕を大きく振りかぶった。

 乱暴に振り下ろされたキモオタの拳が、真太郎の側頭部を打ち抜く。


「クソ、痛てェーッ! 死ねよ、キモオタッ!」

 あまりの痛さにキレた真太郎が、キモオタを思いっきり蹴り飛ばした。


「ああっ、やっぱりッ!」

 蹴り飛ばされた反動で、キモオタが背中から地面に倒れ込む。


 痛みに喘ぐ二人が、無言でしばらくもんどりを打つ。


「ちくしょー! こんなに痛いのに、何で目が覚めないんだッ!」

こめかみの辺りを手で押さえる真太郎が、腹立たしげに叫ぶ。


「い、言ったでござろう……この状況は夢ではないのでござるよ。再三言ったでござるが、これは『リアル』なのでござるよ」

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