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第5話 哀しきデジャヴ

「えっ!? マジかよっ、どーいう事だよっ!?」


「ここはオリエンスの街じゃよ」

 真太郎の『えっ!?』は、老人がゲームと同じ台詞をしゃべった事に対する反応だったのだが、老人は話を聞き返されたと思ったらしい。


「……ここはオリエンスの街なんですか?」

「ここはオリエンスの街じゃよ」

 老人は真太郎の問いかけに首を縦に振るでもなく、ただオウム返しをした。

 それを見るなり、イナバが動揺する。


「同じ言葉を繰り返しているでござるっ! まるでゲームのキャラクターの様にっ!」

「なんで師匠が驚いてんスか? 既に現地の人とは、接触済みなんじゃないんですか?」

「いや、当たり障りのない対応の宿屋やショップの店員とは、話した事があるのでござるが……一般人には、怖くて話しかけられなかったのでござるよ」

 コミュ障な所を遺憾なく発揮するイナバは、やはり肝心な所で頼りにならなかった。


「……はぁ。しっかりしてくださいよ。ここは勝手知ったる『勇者ゲーム』の世界なんですよ。怖いものなんて何もないじゃないですか?」

「ここはオリエンスの街じゃよ」

「何っ!? ジジイに話しかけた訳じゃないのに、ジジイが反応したぞっ!」

 老人が話しかけてもいないのに反応したのを見た刹那が、小さな体をビクつかせる。


「なんでチュウも驚いてんだよ? お前は既に一週間もここにいるんだから、現地の人と話した事ぐらい、何回もあるんじゃないのかよ?」

 などと尋ねつつも、刹那の返して来るであろう答えが、なんとなく分かる真太郎だった。

「……他人が怖くてずっと人を避けてたから、無い」

「やっぱりな。他人を避けて、廃墟に隠れ住んでるぐらいだもんな。そりゃ、ねーよな」

「ここはオリエンスの街じゃよ」

「ったく、使えねーコミュ障共だな。ここにいる人間が、ゲーム同様のNPCなのか、この異世界の現地民としての人間なのか知りたかったのに、なんも情報なしかよ」

 コミュ障過ぎる仲間の使えなさに、真太郎が呆れてため息をつく。


「ここはオリエンスの街じゃよ」

「え? なんですか、おじいちゃん? もうそれは聞きましたよ~?」

 先程から同じ事を言い続けているジジイに、みこがおもむろに話しかける。

「ここはオリエンスの街じゃよ」

 だが、まともな返事は返ってこなかった。人当たりのいいみこでダメなのだから、このジジイとまともに話をするのは無理に思える。


「う~ん、なんかこのおじいちゃん、ボケちゃってるのかなぁ?」

「ここはオリエンスの街じゃよ」

「だろうね。いや、ゲームの設定で動いているこの世界ならば、ボケているというよりもむしろ、『NPC』って考えた方がいいかもね」

「ここはオリエンスの街じゃよ」

 同じ言葉を機械の様にただ意味も無く繰り返す老人の態度から、真太郎は彼が人間ではなく、NPCだと判断する事にした。


「おい、ジジイ。さっきから、ちょいちょい会話に混ざってくんじゃねーよ」

 人間でないという事と、人の話を聞かずに同じ言葉を繰り返すムカつく態度が混ざったせいで、老人の扱いが思わず雑になる真太郎だった。

「ここはオリエンスの街じゃよ」

「それはもう分かったよ、懲りないジイさんだな」

(……しかし、このジイさんが『NPC』だとすると、この世界は別の惑星や別の次元の世界って意味での異世界じゃなくて、ゲームの中の世界って意味の異世界って事になるのか? それともここは、勇ゲーを正確に模したテーマパークかなんかで、このジジイは超高性能かつ超リアルなサイボーグ? クソ、考えれば考える程、訳分からんっ!)


「クソー! 一体ここはどこなんだッ!?」

「ここはオリエンスの街じゃよ」

「それは知ってんだよッ!」

 絶妙な間で合いの手を入れて来たジジイの不敵な態度に、真太郎がイラつきだす。


「ここはオリエンスの街じゃよ」

「しつけーぞ、ジジイッ! ボケてんのかッ!」

「ここはオリエンスの街じゃよ。ここはオリエンスの街じゃよ」

「ジジイ……!」

「ここはオリエンスの街じゃよ」

 最早、ただの嫌がらせにしか思えない老人の態度に、とうとう真太郎がキレる。


「ホールドエネ――」

 真太郎が魔法を使おうと杖を振り上げた瞬間、若い女が老人に駆け寄った。

「おじいちゃん、見つけたっ! もう、勝手にどっか行かないでよねっ!」

「ここはオリエンスの街じゃよ」

「もうっ! すっかりボケちゃってんだから。しっかりしてよねっ!」

 どうやら老人は、ゲームのNPCとして同じ台詞を繰り返していた訳ではなく、単純にボケていただけだったようだ。


「「「「……」」」」

 色々と勘違いしていた真太郎達が、あんまりな真相を前にして思わず言葉を失う。

 すると、老人の孫娘と思われる女の子が彼らに気付いた。

「すいません。うちの祖父が何かご迷惑をおかけしました――ッ!?」

 真太郎達の顔を見た瞬間、孫娘の顔が恐怖に引きつり、華奢な体が凍り付く。

 まるで恐ろしい化け物を見ているかの様に怯えた目つきをしている孫娘の態度に、真太郎が訝しげな顔をする。


「どうかしました?」

「本当にっ! 申し訳ありませんでしたっ!」

 真太郎が話しかけた瞬間、孫娘が地面に額を擦り付けんばかりの勢いで頭を下げた。

「祖父が粗相をしてしまったようで、申し訳ありませんっ! 勇者様達にはどうお詫びをしたらいいのかっ!」

 孫娘の態度は、勇者に対する態度というよりも、悪代官にひれ伏すみたいな妙な感じだった。


 孫娘が何を恐れているのか分からないが、とにかくこのまま謝られ続けても困るので、真太郎は彼女をなだめる事にした。刺激しない様に落ち着いた調子で声をかける。

「落ち着いてください。別に俺達は、おじいさんに何かされたって訳じゃないですよ」

 真太郎が落ち着いた口調で優しく話しかけるなり、孫娘が戸惑いがちに目を瞬かせた。

「とにかく、何も悪い事をされていないのに、謝られても困ります。頭を上げてください」


「あ、はい……。申し訳ありま……せん……」

 真太郎に言われた孫娘は謝るのを止めると、警戒しながらゆっくりと頭を上げた。

 それを見るなり、真太郎は彼女に敵意が無いと証明する為に、愛想笑いを浮かべた。

「いや、別に謝らなくてもいいですよ。それより、なんか俺達に怯えているみたいだけど、俺達は君にも君のおじいさんにも、危害を加えるつもりはないからね」

 すると、孫娘が意外そうな顔で真太郎を見つめた。

「え……? 本当ですか、勇者様……?」

 孫娘の妙な態度を訝しんだ真太郎が、彼女に断りを入れて仲間を招集する。


「おい、どうなってんだ? なんであの女の子は、俺達にあんなにビビってんだよ?」

「知らねーよ。バカタローの事が怖いんじゃないのか?」

「馬鹿言え。俺みたいな優しいだけが取り柄の男を怖がる女子がいるか」

 真太郎と刹那が馬鹿なやり取りをする横で、みこが訳知り顔をした。

「……もしかしたら。悪いプレイヤーに何かされたのかもしれないね」

 それっぽい事をみこが言うなり、ヒソヒソ話を続ける真太郎達を孫娘が不安げに見つめだした。

 真太郎はその視線に気付くなり、面倒事が起きる前にこの場を収める事にした。


「真相は分かりませんが、とにかく今問題を起こすのは得策じゃありません。上手い事言って、さっさとこの場を離れましょう」

「それがいいでござるな」

 真太郎の提案に反対する者は誰もいなかった。

 皆、もう厄介事はこりごりなのだ。


「あー、お嬢さん。誤解も解けたみたいだし、俺達はもう行くけどいいかな?」

「え? 何もしないんですか……?」

 孫娘が妙な事を言うなり、刹那がふんと鼻を鳴らした。

「お前ごときに構っている程、俺達は暇じゃねーんだよ。それより、お前。迷惑だから、耄碌ジジイから目を話すなよな」

「は、はい! 申し訳ありません、これからは注意しますのでお許しくださいっ!」

 刹那の口の悪さを、脅しと勘違いした孫娘が、再び怯えて頭を下げ始めた。

 それを見るなり、真太郎が呆れ顔で刹那を睨みつける。


「チュ~ウ~」

「な……なんだよ! 俺は何も変な事言ってないぞっ!」

「せっちゃんは、ぶっきらぼう過ぎるのでござるよ。もっとおしとやかにしなければダメでござるよ」

 いつの間にかすっかり「せっちゃん」呼ばわりを定着させたイナバが、刹那を窘める。

 そんなイナバを見た瞬間、孫娘が顔面を蒼白させる。


「きゃぁぁぁー、モンスター!」

 孫娘はイナバをモンスターと勘違いすると、恐怖のあまりジジイを放り出して一目散に逃げ出した。

「ござっ!?」

 モンスター扱いされた事にショックを受けたイナバがリアクションを取る頃には、既に孫娘はもう見えない程遠くに逃げていってしまっていた。


「……オウフ。デジャヴでござるよ」

「失礼過ぎるあの小娘にキレても誰も文句なんて言わないのに、ただ哀しく笑うだけなんて誰にでも出来ることじゃないよ……」 

 かつて見た事がある切な過ぎる光景に、イナバだけでなく真太郎までも思わず涙ぐむ。

「ここはオリエンスの街じゃよ」

「……オウフ。それもデジャヴでござるよ」

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